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第4話 『ドラゴン・アマチュア』と書いて『素人』と読ませるはずでした。

1.


 日曜日。朝7時にサークルの連中と駅前で集合して、電車に乗る。目的地は隣の県にある『ドラゴントレーニングセンター』だ。

 フレアーの実射や格闘訓練など、広いスペースが必要なことは街中の学校ではできない。そのためのセンターだ。基本的にはオーナーがドラゴンを訓練するための施設だが、ブリーダーのドラゴンも不特定多数との訓練をした方が都合がいいこともあり、利用されている。

 センターには訓練科目ごとに教官がいて、彼らと相談しながら自分が養育しているドラゴンを進むべき方向へと導いてやる……といえば聞こえはいいが、俺たちオーナーはブリーダーに比べて経験が圧倒的に足りないため、悪く言えば教官のいいなりになるケースが多い。俺なりの見極めで、あいつらの進路を教官に相談できるようになったのはごく最近だ。

 センターに行けるのは月1か2。それ以上は家計費的に厳しい。ブリーダーなら、自宅兼トレーニング場やHDB会員が無料で使用できるトレーニングセンターでさらに訓練を施せるのだが、俺たちはせいぜいドラ幼の登下校時に飛行訓練めいたこと(本気でやったらスピード違反や逸脱飛行行為で警察沙汰になりかねないので、あくまでまじめに飛んでいるふりをせねばならない)くらいしかできないのが歯がゆい。

 サークルの連中といっても、今日集まるのは俺と石松、猿渡さんと坂崎さんの計4人。バイトだったり私用が入ったりして、12人全員が集まることは新人の歓迎会と卒業生の送別会のときくらいらしい。そういえば飲み会って、サークルに入ったときの歓迎会しか行ってないな。金も時間もないからどうにもならないんだけど。そういえば……

「坂崎さんは? 確か今日センターに行く面子の中に入ってたよね?」

 この電車の中には3人しかいないのを確認して発した俺の問いに猿渡さんが答えてくれた。父親と一緒にセンターに行くから別行動とのこと。

 坂崎さんの父親はHDBの理事で、この業界では有名なブリーダーだ。20代の頃に強力なドラゴンを3体立て続けに養育して世に出したことで、一躍名を馳せることになった……というのは『ドラゴンジャーナル』の特集記事の受け売りだけど。

 ブリーダーにせよオーナーにせよ、ドラゴンに飯を食わせて寝床を提供するだけでいいわけじゃない。専門的なことは教官の指導を仰がなきゃいけないが、体調管理や成体になるまでの養育の方向性の決定、あるいは励ましやハッパかけ、などなど。本来親ドラゴンや群れの長老がやっていたことを、人間とドラゴンが共同でやっているわけだ。そこでもブリーダーとオーナーの経験の差が出るはずだが、もちろんそのドラゴンの才能が一番の要素であることには違いない。競馬用語をもじって『人3龍7』と言われる由縁だ。

 入り口で申し込みをして中に入ると、俺たちのドラゴンが一塊で大きな木の下にいた。彼らには訓練も兼ねて、ここまで直接飛んできてもらっている。許可証をドラゴンたちに取り付けて、さっそく訓練へGO!

 格闘訓練の予約時間までまだ間があるため、まず最初に比較的空いているフレアーの射撃場に向かう。

 ドラゴン最大の攻撃手段が、咢から射出されるフレアーだ。といっても、大昔の特撮怪獣のように口の中からボーッと火を吐くわけじゃない。開口した咢の先に形成した特殊な結界の中に超高温性物質・ドラゴレアを生成して燃焼させ、前方に打ち出す仕組みだ。その温度は通常約4,000度。かの名高き宇宙恐竜には遠く及ばないが、この世のほとんどのものを焼き尽くせる必殺攻撃である。

 そんな物騒なもの吐ける奴らを野放しにしてるのかって? もちろん法の縛りはある。訓練域以外で結界を形成した時点で殺人(あるいは殺龍)未遂となり、執行猶予無しの実刑が科せられる。

 それでもかつてはその未遂犯、ないし実行犯に対して攻撃できるのは警察官のみだった。だが、2000年代初頭に発生した小学校無差別殺傷事件の犯龍であるドラゴンに対して、小学校の近隣に住んでいたドラゴンがフレアによる制圧をためらい、のちにそのことで良心の呵責に苛まれて自殺する案件が発生した。このことがきっかけとなって法改正され、結界形成を視認した時点で誰でも相手を制圧可能となっている。

 律儀に一列に並んで順番待ちするドラゴンたち。やがてアマネが飛び立ち、機動射撃訓練を始めた。シューティングレンジの中を飛び回り、次々と現れるターゲットにフレアーを発射していくアマネ。なのだが……

「相変わらず命中率、悪いなぁ」

 教官席に座るドラゴンがぼやく。俺も双眼鏡で見た限り、40パーセント弱しか当たっていない気がする。教官がアマネに落ち着いて発射するよう指示を出すが、直ったようには見えない。

 次はリオ。アマネほど命中率は悪くないのだが、いかんせん射程(一般的には約700メートル)が短い。射出結界を上手に操れていないためで、そのため命中する前にフレアーが消滅してしまう場合があるのだ。

 最後はスミ。彼女の翼は小さく、それ故に小回りが効く。動体視力がとても優れていることもあって目標へのターゲティングは上手なのだが、翼から得られるスピードが遅いため、破壊可能な距離まで詰められず、結局ターゲットが沈むまでに破壊できないパターンが多い。それでも、先月よりは多少改善したかな。まあまだ5歳だし、スミはまだまだ伸びるかも。そう思いながら、射撃訓練を終えた3体のところへ向かう。

 しょんぼりしているアマネを見つけ、背中をなでてやる。

「お疲れさん。また、フレアーの温度が上がったぞ」

 アマネのフレアーは、さっきの計測で5,000度弱と表示されていた。遠距離からのセンサーによる計測だから誤差はあるけど、結構な数値だ。

「……当たらにゃあ、意味がないじゃあなあんか」

「地上で長距離射撃ならイケるじゃん。今度はそっちでやってみようぜ」

 まだ萎れているアマネにハッパをかけて、俺はまたアマネを射撃の列に向かわせた。次はリオだな、と思っていると、スミがじゃれついてきた。

「お兄ちゃん、わたし、どうだった?」

「うん、よくがんばってた。えらいぞ、スミ」と声をかけ翼をなでてやる。

「スピードもこの間より出てたし、これで翼が大きくなればもっと撃破率が上がると思うぞ」

 というわけで、スミは飛翔訓練のほうへ行かせることにする。翼の大きさが訓練で変わるわけがないが、スタートダッシュのかけ方や尻尾を使った小回りの効かせ方など、訓練で改善する要素も多い。

「そういえばリオは?」

「リオちゃんは、予約時間を待ちきれずに格闘場へ行ったよ」

 好きだなぁ、リオは。そう言って、1人と1体で笑った。

 スミを飛翔訓練エリアへのシャトルバスに乗せて、俺は急ぎ足で格闘場へ向かう。

 格闘場は大勢のドラゴンが訓練する物音で、いつ来ても圧倒される。高台にある無線使用可能エリアに入り、50メートルほど先の現場――射撃場もそうだが、危険すぎて人間は近くに行けない――を見渡すと、いた。うちのリオが順番待ちの列に並んでいる。気のせいか、眼がキラキラしているように見えて、なんだろうと独り言をつぶやいたら、隣にいたおじさんが教えてくれた。あの列は、有名な格闘家(名前を聞いてもさっぱりわからなかった)のドラゴンに教えを乞う、というか有名人に会いたい列なんだそうな。なんでも日本留学してこのセンターに通った経歴があるらしく、たまにふらりと立ち寄って稽古をつけてくれるらしい。

 リオは格闘が得意だ。単純な力押しならアマネに軍配が上がるが、センスがあるらしい。この夏開かれた地区大会で準優勝して10月開催の全国大会への出場権を得た。全国レベルにはさすがに及ばず3回戦で敗退だったが、うちのサークル名が大学の名前込みで全国放送されたこともあって、大学からの報奨金が出てあの時は大いに盛り上がったものだ。

 ああそういえばその時も飲み会があったな。じゃああれ以来か、なんてことを考えながら見学して1時間後、訓練の終わったリオを出口で待っていると、スキップしながら出てきた。

「見て見て淳平! これ」と言うのでしゃがんだリオの頭頂部を見ると、体毛の一部が焦げて縮れてる。

「なにこれ?」

「なにって、スワニスキーさまに投げられた時に床で擦れた跡に決まってるじゃない!」

 胸に手を当て夢見心地のご様子なリオの背中を押して、飛行訓練エリアへ行くシャトルバスに乗り込む。10分ほどで待機エリアに降りると、スミと教官がなにやら話しこんでいた。

「あ、お兄ちゃん!」

 俺を見つけたスミが飛びついてくるのをがっぷり四つで受け止める。スミは現在、身長183センチ体重130キロの育ち盛り。こういった"軽量級筋肉ダルマ"に飛びつかれて転倒し、その生涯を圧迫死や脳挫傷で終えるブリーダーやオーナーが年に1人は出る。そろそろきついが、俺はできるかぎり受け止めてやりたい。

 うれしさのあまりそのまま飛び跳ね始めたスミを、飛行訓練担当の教官が笑いながらたしなめてくれた。その教官に今日のスミの出来を伺う。

「スミの飛行はどうですか?」

「うん、相変わらずいい機動だね」と教官は褒めてくれた。スミの笑顔がさらに大きくなる。

「アマネ君ともう少し一緒に飛んで、筋肉を付けたほうがいい。そうすれば、もっとダッシュが効くようになるし、一回のはばたきでより長く滑空できるようになるから」

 ドラゴンは飛翔の際、翼下に羽撃結界を張り、羽ばたくことによって結界からエネルギーの流れを作り出して進む。当然羽ばたく回数が多ければ多いほど、羽撃結界が大きければ大きいほど速く飛べるということになる。

 アマネは193センチという大柄な体に似合いの、大きく分厚い翼を持っている。この手合いは細かな機動は苦手だが、強い胸筋を活かした大馬力大推進のタイプとなる。アマネは特にその傾向が強く『直線番長』としてこのトレセンでは良くも悪くも有名だ。

 リオの飛行訓練を見学する。いたって平均的な飛行能力の彼女は、それだけにどう導くかが難しく、指導教官とはこれまで何度か打ち合わせをした結果、敵との間合いを詰めて格闘に持ち込みやすくするためのダッシュ力と、尻尾や翼のねじりを使った体勢の変化の付け方を磨くことにしている。本人もそれを承知で訓練に励んでいるため、最近は以前のような半ばふてくされた態度を取ることはなくなった。

 うん、うまくやれてるな。成果が出ているようでホッとすると同時に、腹の虫が鳴った。


2.

 

 30分ほどで終えて出てきたリオをスミとともにねぎらうもそこそこに、アマネと合流して食堂へ向かった。もう昼過ぎ。食事の時間だ。

 食堂にはサークル仲間が席を取ってくれていた。俺はそこに、4人目のサークル仲間を見留めた。

「やあ、坂崎さん」

 俺が声をかけると、猿渡さんと話していた坂崎さんはビクッと震えてこちらを見たあと、満面の笑顔で挨拶を返してきた。なんだか顔が赤いけど、風邪だろうか?

「やあやあ高城一家のご登場ですね! いやはや、サンニュシェンがお出ましになると、場が華やぎますねぇ!」

 騒々しくも歓迎してくれたのは、坂崎さんがいま養育しているドラゴンのゲンゾウ。新緑を思わせる鮮やかな体毛がいつ見てもきれいにカットされている、坂崎さんと同じくらいのおしゃれさん(正直ドラゴンにここまで手間をかける必要があるのかどうかはさておき)だ。

 『サンニュシェン』とは、ドラゴンがかつて話していた古語で『3柱の女神』という意味らしい。ぶっちゃけおべんちゃらなわけだが、こいつが言うと嫌味に聞こえないのはさっぱりした性格の賜物だと思う。俺がこんなこと猿渡さんに言ったら、さっくり無視されて1カ月は枕に顔をうずめて足をバタバタだろうな。

 持ってきた弁当をパクつきながら猿渡さんや坂崎さんとお互いのドラゴンについて話をしていると、急に周りが静まり返った。顔を上げた坂崎さんの表情が悲しげなものに変わる。

「魅琴、午後の訓練の時間だ。行くぞ」

 坂崎理事が俺のすぐ近くに立っていた。ブランド物と思しきスーツに包まれたがっしりした体にいかつい顔。きっついオーデコロンの香りとオールバックにキメていることもあって、坂崎さんには悪いがカタギの人には見えない。

「パパ、午後からはサークルの人たちと一緒に回りたいんだけど……」

 坂崎さんの希望は、一顧だにされなかった。再度出立を促され、ちらりと俺や猿渡さんのほうを見ながら渋る坂崎さんに、坂崎理事から暴言が飛び出したのは、その時だった。

「何をぐずぐずしている。早くしろ。下手がうつる」

 俺は思わず立ち上がっていた。

「何がどう下手なんですか? お偉い理事さんなら、教えて下さいよ!」

 俺の反論は予想外だったらしい。坂崎理事の顔がみるみる怒気に染まる。

「きさま、ひよっ子の分際で!!」

 俺に詰め寄り胸ぐらを掴んでくる坂崎理事を負けずににらみ返す。その場を収めたのは、父親の腕にすがりつく涙目の坂崎さんでも、俺と理事さんの間に割って入ろうとした石松でもなく、1人の男性だった。

「理事さん、いいんですか? 記事にしちゃいますよ?」

 俺たちから離れること5メートルほどの椅子に座って、『ドラゴンジャーナル』の記者さんがデジカメ片手に微笑んでいた。

 大きく舌打ちをして坂崎理事は俺の服をつかんでいる手を放したが、治まらないのだろう、俺をにらみつけて捨て台詞を吐いた。

「はっ! 素人が!」

 そして野次馬を押しのけて食堂を出て行った。その少しあとを坂崎さんが、ごめんね、となぜか俺に謝って付いていった。ゲンゾウはうちの3体に笑顔で手を振りながら退場。あとには苦々しさだけが残った。

「いやー、災難だったね、高城君」

 先ほどの記者さんが俺に声をかけながら近づいてきた。俺が3体を預けられたことはこの業界では良くも悪くも有名で、その取材もあってこの記者さんとは顔見知りである。

 食堂にいたほかの客たちも、記者さんの声で落ち着いたのかいろいろと声をかけてくれた。俺的には、猿渡さんが心配そうなのが一番うれしいのだけど。

 記者さんにお礼を言うと、意外な言葉が返ってきた。

「坂崎理事が最近荒れてる、っていう情報をキャッチしたんでそれとなく付いて回ってたんだ。ごめんな、ちょっと利用しちゃったよ」

「でも、あんまりです。素人だなんて」と猿渡さんが目を赤くしている。

 二十数年前の規制緩和論議の時HDBがこだわったことの1つが、“規制緩和することによって新規参入してくる不特定多数をどう呼ぶか”であった。親ドラゴン夫婦や稚体を世話するわけではないのだから、ブリーダーはおかしい。ではどう呼ぶべきかという詰めの論議の一部が外部に漏れた。それが『アマチュア』呼ばわりだったのだ。

 『ドラゴン・アマチュア』と外来語風にすればごまかせそうだが、それの本来の意味は『素人』であるし、HDBはその意味で使おうとしていた。それが漏れ、進退に窮したHDBが出した案が『オーナー』だった。そしてそれを『養育者』とヒノモト語訳にすることで世論も妥協した、という経緯がある。

 この"オーナー=養育者"も実際はまやかしだ。本来は"飼い主"程度の意味しかないからだ。だから妥協なわけ。ちなみにうちのアマネが俺のことを『飼い主殿』と呼ぶのは、彼女を育てた広島人のブリーダー夫妻がドラゴン・オーナーを『飼い主すなわち素人』と言ってはばからない人たちだったからだそうで、それもあってうちに来た当初はそりゃもうお高くとまってらっしゃって大変でしたよ、ええ。

 そうだねと猿渡さんに調子を合わせながら、申し訳ないけど俺自身は素人だと思っている。だってドラゴンを養育して10ヶ月ちょっとだよ? 犬や猫を飼って10カ月の人が『俺は飼育のプロ』だなんて言わないじゃん。


3.


 午後はアマネは飛行訓練、リオとスミは格闘訓練……だったんだが、アマネのほうを見に行こうと思った矢先に格闘場に呼び出された。何事かと行ってみれば、そこには大泣きしている三毛ドラゴンが1体。

「ふえ、ふぇぇぇ~、痛いよぉ~」

 教官に話を聞くと、訓練が始まってすぐ他のドラゴンに投げ飛ばされて泣き出したとのこと。その教官に頼んで外に出してもらい、慰めることにした。

「どこ打ったんだ? このあたりか? よしよし」などと声をかけながら撫でさすることしばし、ようやく泣き止んでくれた。

「ひっく……格闘怖いよぉ」

 どうもスミは相手の圧力をまともに受け止められない。心根が優しいというべきか、柔弱というべきか。俺は前者を選んだ。

「ごめんな。格闘訓練は最低時間の義務があるから。もう少しだけがんばろう。俺がずっと見ててあげるから」

 彼ら彼女らが成体となってどのような進路に進むかはともかく、第1目標は戦闘用生体兵器だ。格闘訓練は相手を倒すためだけでなく、相手の攻撃をかわすためにも必須なのだ。

 スミの訓練を見守ってやる、という約束は、終了まであと10分というところで果たせなくなった。今度は飛行訓練場。シャトルバスに飛び乗り到着した俺を待ち受けていたのは、失神したアマネだった。高速での急降下に専念するあまりブイを避けきれず、頭から激突したとのこと。直線番長も大概にしてほしいが、説教は意識を回復してからと救護所まで付き添う俺をさらなる急報が襲う。リオが格闘訓練で5人抜き達成……までは良かったが、訓練終了後にその敗退者の1体に絡まれて騒ぎになっているとのことだった。

 忙しい。アマネをセンターの人に任せるとシャトルバスに飛び乗って格闘訓練場へとんぼ返り。バスの運ちゃんに白い目で見られながら飛び降りて、俺は迷わずリオと他のドラゴンとの間に割って入った。

「リオ。何があった?」

 周りの人間やドラゴンが目を丸くして固まっている。ドラゴン同士のいさかいに人間が飛び込むのは、骨が折れる程度なら軽傷と言われるくらいの無茶なこと。しかし同時に、意表を突く形で騒ぎを鎮めるにはいい方法だ……というのはネットで見た情報の受け売りです、すみません。

「私にやられた腹いせに、指導してやるとか言ってスミを投げ飛ばしてたのを見たから止めたのよ!」

 リオの証言に彼女の背後を確認すると、スミが丸くなって震えている。俺はカッとなって目の前のドラゴンに食って掛かった。

「おいどういうつもりだ!」

 すると、ドラゴンが咢の端を釣り上げて言った。

「あぁ? どういうも何もないっしょ。へたくそに稽古つけてやっただけっすよ」

 ふざけてる。そう思って俺がさらに声を荒げようとした時、後ろからだみ声が飛んできた。

「おい小僧、うちのドラゴンが、ありがたくもお前んとこの未熟者に稽古つけてやったんだ。這いつくばってお礼を言われこそすれ、因縁つけられるイワレはねぇなぁ」

 出たよ、ブリーダー。『その髪型のモデルはあのG13型トラクターの人かよ』ってツッコみたくなるくらい見事なパンチパーマにグラサン、ドルチェだかドゥーチェだかのでっかいロゴ入りジャージ上下を着てそっくり返っているその姿は、坂崎理事とは別のベクトルでカタギには見えない御大登場ときたもんだ。

「あんたのドラゴンはそんなに強いのかよ! じゃあ弱い者いじめなんかしてないで、強いやつと組み手でもしてろよ!」

「かっかっかっ! いやぁうちのドラゴンが強すぎて、す ま ん か っ た ね ぇ 」

 パンチがヤニ臭い大口開けて笑いながら no soul な謝罪を繰り出し、それに答えてドラゴンが、

「自分はまだまだ未熟者っす」

 とかなんとかニヤニヤは変えずに言いたれる。俺とリオの我慢の限界が訪れようとした時、その太く低い声は辺りに響き渡った。

「そうか、お前は未熟者か。ならばこの俺がお前に稽古をつけてやろう」

 ニヤニヤ顔が凍りついたドラゴンとブリーダーの背後に、格闘家のナントカスキーが立っていた。笑っていない両眼をニヤニヤに据えたまま、傍らに経つ格闘教官に告げる。

「すみません、格闘場の隅を貸してください。彼は自らを未熟者と知る逸材だ。ぜひ私の手で彼を成長させたい」

 無言の身振りで教官が許可を出すと、ナントカスキーはニヤニヤの首根っこをつまんで持ち上げ――子猫のようにと言いたいところだが、ニヤニヤはスミより一回り大きいドラゴンだ――格闘場へと連れ去った。あいつ、五体無事でこのセンターを出られるんだろうか。

「スワニスキーさま、かっこいい……」

 こいつにはハァトポワポワとでも名付けるか。眼を潤ませたリオが感激と興奮のあまりまぶたや鼻を桃色に染めている。俺はスミのそばに駆け寄ると、背中を撫でながら安否を気遣った。

「う、うん。大丈夫。リオちゃんが守ってくれたから」

 投げられて痛いだろうに、助けに来てくれたリオに気を使っているのだろう。スミのその心根の優しさが愛おしくて、俺はもうしばらくふかふかな三毛の背中を撫でてやることにした。


4.


 救護所のベッドの上ではアマネが拗ねていた。目を覚ました時に傍にいないなんてひどいひどいとおっしゃる。俺はお前の恋人じゃねぇとデコピンを食らわしてやった後、事情を説明した。顔をしかめているアマネにもう少し寝ているようにと医者からの指示を伝えると、リオ(まだハァトポワポワフォーム)や、打ち身等を治療してもらっているスミを置いて、俺は救護所の外に出た。

 その玄関近くにあった自動販売機で缶コーヒーを買って、それを背もたれ代わりにして飲んでいると、風に乗って聞こえてきたのはなにやら騒がしい一団の声。

「いやあ、さすが坂崎理事。この毛のつやといったら! 私には到底出せないつやですよ」

「なかなか斬新なカットですよね! トリミングはいつものあのカリスマトリマーですか?」

「最近また身体つきが一段とスタイリッシュになったんじゃないですか? 成体になったあとの所属事務所はもうお決まりで?」

 坂崎理事とその養育している暗灰色のドラゴンが7、8人に周りを囲まれていた。あれだけ美辞麗句を並べられながら、理事は仏頂面だ。でも、あれがお世辞かというとそうでもない。実際、見栄えのいいドラゴンだ。正直かっこいいと思う。でも。

「困ったものじゃ」

 突然俺の横からしわがれた声。びっくりして振り向くと、そこには老齢のドラゴンが顔に苦笑いを張り付かせて立っていた。クァンロン日本支部長のエライさん(ちなみに本名)だった。何が困ったものなのか俺にはわかる。それはエライさんの次の一言でも明らかだった。

「我々はイヌやネコではないというのに」

 俺が産まれる何年か前、日本では"一生懸命"や"こつこつと地道に"を嘲り、何かにこだわり詳しい人を一括で『オタク』呼ばわりして蔑み、とにかく薄く軽くスタイリッシュに万事を処理しようという風潮が席巻していたそうだ。その風潮は先の特徴を多く持っていたHDBをも襲い、イメージが悪化する事態に慌てたHDBは1つの打開策を講じた。大手広告代理店や在京マスコミとのコネクションを作り、HDBとそれが産み出すドラゴンに対するイメージを好転させようとしたのだ。

 その結果、ドラマでブリーダー役を人気若手俳優が演じたり、アイドル女優がブリーダーと一緒に育てたスタイリッシュなドラゴンが、外国のブリーダーが育てた武骨なドラゴンに勝負で勝つ(という演出の)バラエティ番組が、(大手広告代理店傘下の視聴率調査会社による集計で)高視聴率を上げたりするようになったという。

 あげくのはてには、外国のモデル事務所と契約したHDB産のドラゴンが週何回トリミングをしただの、帰国した時ファンが何百人出迎えた(不思議なことに出国の時の見送りは毎回だれもいなかった)だのという女性週刊誌の記事が乱発されたり、若手歌手とコラボしたシングルCDが(予約したのちドタキャンしても売上枚数にカウントされる不思議システム採用の)ヒットチャート提供会社発表のランキング1位に輝いたりといった出来事まで起こるようになった。

 それに伴い、ブリーダーも変わった。訓練よりも体毛のつやや長さに気を配り、太っているといわれないよう筋肉を付けることすら最小限にして。だがそれは、ドラゴンの戦闘用生体兵器としての能力とトレードオフの関係だった。ゆえにHDB産ドラゴンの能力が芳しくなくなって規制緩和へ向かうという、HDBにとっては泣くに泣けない時代であったそうな。

「エライさん、前々から疑問に思ってたんですけど」と前置きして、俺は白い物の混じった緑の体毛を風になびかせるエライさんに向き直る。

「どうしてその時クァンロンは止めなかったんですか?」

 エライさんは眼を閉じしばらく黙っていたが、やがて眼を開けるとにこりともせず話し始めた。

「止められんよ。この国の民の選択じゃもの。それに、一概に悪いことばかりでもないんじゃよ。高城君は、"種の多様性"という言葉を知っておるかな?」

 思い当たらない無知な俺。かぶりを振ると、エライさんは今度はにっこり笑った。

「多様な身体的特徴や性質を持った生物の種のほうが、そうでない種よりも生存競争に生き残りやすい、ということじゃよ。見てくれだけのドラゴンとて、それに対する需要があるなら、それはそれでドラゴン全体としては生き残るために必要なバリエーションになるということ」

 ま、じゃからといってあのチヤホヤは度が過ぎておるとは思うがの。エライさんは遠ざかって行く一団を見送りながらつぶやいた。

「そうっすよね。あんなにみえみえのお世辞言われて、うれしいんですかね?」

「うれしくないからこその仏頂面なんじゃよ」とエライさんは言う。

「あの男とて、かつては高能力なドラゴンを生み出すのに血道を上げておったんじゃもの。それが、ドラゴン・オーナーと大差ない現状では仏頂面にならざるをえまいて」と。

 ドラゴン新法制定と施行から20年が経ち、昨年その成果と課題をまとめた報告書が出た。結論は『ブリーダー、オーナーともに切磋琢磨しての結果、双方から高能力なドラゴンが産出されつつある』というものだった。つまり素人の"飼い主"でもやればできる(もちろん分母が大きいので平均を取れば低くなる)ということで、逆にいえばブリーダーの面目丸つぶれというわけだ。

「まあ正直なところ、『もう少し勧告なりで介入すべきではあったかもしれない』という反省は、クァンロン内部でも出ておる。軍の戦力低下ばかりが原因でもないが、最近日本国周辺がきな臭くなっておるしの。そこで、高城君たちの登場というわけじゃ」

 なんでそこで俺なんですか。さっぱり意味がわからない。その疑問を率直にエライさんにぶつけると、この年老いたドラゴンは眼を細めて俺を見返してきた。

「わしが面接した時のことを憶えておるか?」

 そう言われて俺は、その時のことを思い出そうと記憶を手繰った。たしか、最終面接が終わった後帰ろうとしたら呼び止められて、もう一度面接会場に入ったらエライさんがいて……

「そう。そこで君はわしの質問に答えてこう言ったんじゃ。『トライロードを育ててみたいです』とな。いやあ、時代が変わったなと思ったもんじゃ」

 エライさんは眼を細めたまま立ち去り際に、まだいまいち飲み込めないままの俺の肩に手をかけて言った。

「頼んだぞ、若人よ」と。

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