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第12話 『別れ』と書いて『卒業』と読むなんて欺瞞です。

1.


 記者会見場は、そっけない内装の部屋だった。クァンロンと国防軍のロゴが市松模様に並ぶ背景の前に、エライさん、軍の広報官とともに並ぶ。

 まっすぐ前を見据えて、と広報官からレクチャーされていたが、なにこれまぶしい。視界を埋め尽くす報道陣からのフラッシュと撮影用のライトが俺たちに浴びせられて、眼がくらみそうになる。記者会見やる人って、こんなのに耐えてるんだ。

 司会が記者会見の開始を告げると、俺たちは一礼したのち席に着いた。まず状況の説明を広報官からかいつまんで説明。次は俺の番だ。アリスの名前の由来は、少なくない記者から鼻で笑われた。が、彼女が成体化する場面の回想にはみな一様に真剣な面持ちだった。その後また報道官がアリスの今後の予定を発表して、こちらの説明は終わった。

「続きまして、質疑応答へと移ります」

 という司会の言葉をきっかけに、手が挙がる。といっても質問者を指名するのはエライさんか報道官だから、俺は回答マシーン。

――アリス……でしたっけ? 初めて見たときの感想は?

「先ほどご説明したとおり、襲われてましたので何が何やら分かりませんでした」

――ご自分でトライロードを作り出したことに感想は?

「エライさんには面接の時、育ててみたいと言ってましたので、感慨深いです」

――容疑者のドラゴンジャーナル記者とは面識があったということですが?

「取材を何回か受けたことがあります」

 ……レクチャー通りの無味乾燥な質疑応答が続く。スキャンダルを起こしたわけじゃないから当たり前なんだけど、自分が受けてみると苦痛極まりない。

 帰りたい。魅琴ちゃんのところに。でも、今日は帰れない。俺にはまだ、やることが残っているんだ。

 左派を気取る新聞の記者からの質問を、俺の代わりに軍の報道官が答えてひと悶着あったり、俺のプライベートに関する質問を司会が遮ったり。ちょっとした波乱があったほかは滞りなく記者会見は終わった。俺のイライラはもはや顔に出掛かっているレベルだ。

 なんで、みんな聞かないんだ? 3体同時養育について。

 最後に立ち上がって一礼した時、前列にいた記者の1人の目が泳いだ。つと追うと、部屋脇のカーテンの陰にチラリと見えたのは、あの諜報部の無表情。そうか。現政権をあげつらおうが真実追求を称揚しようが、現実はどこぞの誰かの大きな手のひらの上ってことなんだな。 

『気の利いたことの一つくらい言ってこいよ。目指せ流行語大賞だ!』お断りだ石松。そんなことで、俺の人生の残りの運を使い果たしたくないんだ。俺のボキャブラリがそれ以前の問題だし。


2.


 疲れた俺はクァンロンの職員に案内されて、とある一室にやってきた。アリスのたっての希望で。

 そこはブリーダーやオーナーに虐待を受けたドラゴンを保護するための一角。外界から完全シャットダウンな環境のため、あの夜以来彼女はここに保護されている。

 チャイムを鳴らす。どういう顔をして会えばいいのか、まだわからないのに。

「あ、あの、どうぞ……」と躊躇いがちに聞こえたのはアマネの声、正確には元アマネか。

 ドアを開けて気配のするほうに向かった俺は、眼の前の光景に戸惑い、立ち尽くした。

 そこはキッチン。流し台の上に置かれているのはまな板。その前に立って、アリスが包丁を握っていたのだ。

 おっかなびっくり。まさにその表現通り、不規則なリズムで大根を刻むアリス。包丁がドラゴン用の大振りなもののはずなのに、2メートル超の巨躯の持ち主が使っているさまは、まるでままごとのよう。おまけにわざわざ調達してもらったのか、白いエプロンを腰に巻いているのが余計にその感を強くしている。

「なにしてるんだ……?」

 聞くべきじゃなかったのかもしれない。でも、このまま黙って立ち尽くすわけにもいかない。明日の朝、アリスは軍の訓練校に旅立つのだ。

「え……その……いつも飼い主殿にまかせっきりじゃったけぇ、たまにゃあ……その痛!」

 見事なお約束で指を切り、涙目な6つの瞳。内線で絆創膏のありかを聞いて、リビングで手当てをしてやる。

 ソファに座って、そのままうなだれるアリス。やがてしゃべりだしたのは、スミの顔だった。

「お兄ちゃん……わたし……どんどん意識や記憶が飛んでいくの……気が付いたらもうお父さんやお母さんのことも思い出せないの……」

 唇を噛み、目を閉じる俺。あの記者会見の後、もう一度あったエライさんとのブリーフィングで聞いてはいた。メインであるアマネの意識に統合されていっているのだ。いずれリオとスミの脳は敵の捕捉や照準、翼と尻尾の制御を司り、メインに危機的状況が起きた時のサブ脳となる。

「スミ、もう泣かないの」

 話し始めたのはリオ。その眼は悲しみに彩られてはいるものの、決然とした声色が彼女らしい。

「淳平やみんなを守れたんだから。それにこれから軍でこの国を守る仕事に就くんだし。だから――」

「嫌!」

 スミの目から涙がこぼれ、カーペットに染みを作る。

「もっとお兄ちゃんや、アマネちゃんやリオちゃんとお話したかった! 一緒にご飯食べて、同じ部屋で寝て、学校行って! 成体になっても、時々集まってあそ……」

 急に悲痛な訴えが止んだ。スミの咢はゆっくりと閉じ、まぶたも下りていく。

「意識が落ちたようじゃの」

 アリスの声も沈んでいる。ところで、とアリスは俺の顔を見据えた。

「なんね、"アリス"って。うちに相談もなしに決めて。こんなことならもっとこう……」

 大仰に手を振り抗議していたアリスが急に黙った。なに? お前まで意識が落ちるの?

 リオの咢から笑い声が漏れた。

「特に思いつかないから黙り込んだだけよ。あたしは気に入ってるけどな。……淳平?」

「ん?」

「あたしもいつ落ちるかわからないから、先に言っとくね。ありがとう。あたしを育ててくれて。魅琴さんとお幸せに、ね」

 ありがとうとだけしか言えない不甲斐ない俺は、ただただ鼻っ面を撫でてやることしかできなくて。

「あ、それから」とリオが再びしゃべり始めた。

「もしキョウスケ君に会うこと……」

 リオも沈黙した。

 涙が、俺の頬を伝う。俺は、こんなことも想像できなかった俺は……

 アリスがゆっくりと立ち上がって、キッチンのほうへ向かった。しばらくのち、また不規則な刻み音が聞こえ始める。俺とアリスの、今晩の食事を作るために。

 アリスの、いや、リオとスミのたっての願い。『最後にもう一度、淳平と一緒に生活したい』

 本来そうすべきではないとベスプッチではされている、らしいことをエライさんに言われた。そりゃそうだ。手塩にかけたドラゴンが2体、意識と記憶が統合されて消えていくさまなんて、誰が見たいものか。

 けど俺は即答した。自分のしでかしたことの成り行きを見届けたい。それが、リオとスミの願いなら、なおさら。

 アリスの住む部屋へ案内される段になって、魅琴ちゃんは俺の腕を取って言った。

『電話は、掛けないから。だから戻ってきて。明日の朝、一緒にアリスを見送ろう』

 俺は、魅琴ちゃんにとってはどうにも頼りないみたいだね。そう言ったら泣かれて、猿渡さんにはお小言を、石松には蹴りを食らって。

 ……だめだ。このままじゃ、どうにも持たない。

 俺は腕まくりをしながらキッチンへと向かった。

「ちょっと、飼い主殿、今日はうちが作る約束じゃけぇ」

「で、いつ頃完成予定かね?」

 まだ大根しか切ってないじゃん。もう5時半過ぎだぜ。

「一緒に作ろうぜ。なに作る予定だったんだ?」

 聞いて失笑。主を呼べと叫びたくなる至高のメニューだった。

 朝焼けを楽しみながら食事を摂るために夕食を絶つ趣味は、残念ながら俺にはない。アリスに現実路線へと舵を切らせて、できるだけサポートに徹しつつできた料理を一緒に食べたのは3時間後。

 なんでそんなに時間がかかるんだって? トライロードの食い扶持を作るのに必死だったんだよ! タダでさえ大飯喰らいのうちの子が3体合体してんだぜ? 実際彼女の分だけで7人前くらいは用意したと思う。

 夕食が始まってすぐリオとスミの意識も戻って、賑やかな――短時間ではあったが――夕食になった。努めて泣かないようにしたけど、先ほどとは逆に空元気を出してるスミを見るたびに、鼻の奥がつんとして。うう……

 後片付けを俺がしている間に、アリスは風呂に入った。ここはお約束でのぞいてやろうか、と黒い俺が囁く。が、リオ時代のかなり手加減したグーパンでも吹き飛ぶ超軽量級(ドラゴン比)の俺が、トライロードのそれを食らったらそれこそ魅琴ちゃんに合わせる顔がなくなっちゃう。物理的に。

 交代で入った俺が風呂を出てしばらく、アリスといろいろ会話する。記者会見が繰り返しテレビで流れていて、うわ実家にまで取材が行ってるじゃん。

「ふーん、ここが飼い主殿の実家か。もしあっちに行ったらのぞいてみようかな」

 ああ、ぜひ行ってサインでも残してきてくれ。そうアリスに言ったら、考え込んでしまった。彼女が軍の広報部から聞いた話によると、既に各地にある基地や駐屯地から、お祭りの目玉として来られないかと広報部に内々の打診が来ているらしい。

「じゃから、サインも考えたほうがええんじゃろかの?」

「それ以前に、お前が持てるサインペンって存在するのか?」

 おお、トライロードに衝撃を与えたぞ。

「飼い主殿は意地悪だの。魅琴さんに愛想つかされんゆいが」

 大きなお世話だ。さあ、そろそろ寝るか。

 これまたどこから調達したのかキングサイズの布団を敷いて、就寝となった。そういえばスミが添い寝してほしがっていたことを思い出したが、

「寝返りで潰して魅琴さんに刺されとぉないから、勘弁して」

 とアリスに言われて、素直に彼女の頭の上に寝ころぶ。

 灯りを消した天井は、見慣れない白いもの。それだけじゃなく、どうにも寝付けない。寝返りをうつ俺に、アリスが話しかけてきた。

「さっきスミが、だんだん記憶が飛んでいくって話をしてたゆうて思うが、微妙に違うんよ」と。

「うちがスミの記憶を段々引き継いでいっとるんよ。いなげなことじゃが、スミやリオのおとんやおかんも自分の親として認識してる。これも多分、完全に統合したらその認識自体がなくなるんじゃないかゆうて思うとるん」

 起き上がった俺をうつ伏せで見つめる、元アマネの眼。

「これからうちゃぁ、この2人の人生を引き継いで生きていくんよ。消えるわけじゃないわ。リオも、スミも」

 だから安心して。そう言われて、俺はまた泣いた。情けないな。

「ほんまだの。魅琴さん家追い出されたら、うちの専属家政夫として雇ったげるから」

 おやすみ。そう言い残してアリスは仰向けに戻り、やがて寝息を立て始めた。俺も寝なきゃ、そう思っているうちに、意識は夢の中へ持っていかれた。


3.


 翌朝は快晴。俺とともにクァンロン日本支部の正面玄関に姿を現したアリスに、無数のフラッシュが間近に陣取った報道陣から、そしてわずかなシュプレヒコールが塀の外遠くから浴びせられた。

《破壊の象徴は日本から去れ~!》

 いつも思うんだが、日本語ってこういう叫びに向かないよな。傍らの魅琴ちゃんに囁いて笑いあう。

 昨日の少佐が受取人役。どうも嫌われたようで、俺を見てもにこりともしないままアリスに敬礼。アリスも保護生活の間に訓練した答礼をしてから、俺のほうを振り返った。

「では、淳平お兄ちゃん殿」

「混ぜるな」

「自分は混ぜたくせに」

 そうこぼして、にこりと笑うアリス。そして、いきなりハグされた。苦しい。報道陣からのどよめきがうるさい。

 何分かしてやっとハグから解放されたと思ったら、別のハグ先に引き渡されただけだった。

 俺の腕にしがみついた魅琴ちゃんは、めっさ笑顔。俺はまだ儀式が終わってないことを少佐の苦々しい面から思い出して、アリスのほうにまっすぐ向き直る。彼女はまたにこりとすると言った。

「じゃあの」

 アリスはゆっくりと向きを変えると、少佐の先導のもと正門をくぐっていった。

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