夢Ⅲ
夢Ⅲ
『私』の目の前には信じられない光景が繰り広げられていた。
例えこれが夢であると自覚していたとしても、これが『私』の脳が作り出しているということを決して認めたくない光景だった。
これほどまでに悍ましい光景などあるだろうか。
これほどまでに恐ろしい光景などあるだろうか。
私の目の前に広がるもの。
それは戦争だった。
二つの勢力が命を磨り潰しぶつかり合う闘争の場だった。
『私』の本能が告げる。
「これは歴史だ」と。
遥かなる古、人類誕生ですらも遥か彼方と思えるほど昔に繰り広げられた戦争であると。
それがあまりにも荒唐無稽な考え方であるということを、『私』は十分に理解している。
しかし一方で、これが真実であると受け入れている私がいた。
戦場は巨大な大陸だった。
一方の勢力は植物のような体と巨大な翼、そして五芒星のような形状の頭部を持った生物と、それに率いられる泡立つ不定形の生物だった。
もう一方の勢力は、山のような巨体と、蝙蝠に似た翼、鋭い鉤爪、そして肥大化した頭部とタコの触腕によく似た髭を持つ、一体の禍々しい『存在』と、それの前に無数に並び立つ魚類と人間を限りなく醜悪に混ぜ合わせたような兵士たちだった。
二つの勢力は激しくぶつかり合う。
鉤爪が肉を引き裂き、牙が骨を砕く。
泡立不定形の生物が、その形状と質量を自在に変化させながら敵へと近づき、取り付くと同時に敵の頭部を食いちぎる。
魚類によく似た特徴を持った兵士たちが、強靭な筋力を用いて敵へと近づき、手にした金色の光を放つ武器で敵の体を切り裂く。
虚空より互いの敵をめがけて放たれる無数の光が、敵味方の区別なく兵士たちの体を焼き払う。
血で血を洗い、屍の上に屍を築き、死臭の上に死臭を重ね、それでもなお闘争は終わらない。
『私』の意識はその光景を遥か虚空から見下ろしていた。
眼下に広がる原初の狂気をただ冷静に見つめていた。
その禍々しくも恐ろしい光景を、ただひたすらに傍観していた。
広大な大地を赤く、紅く、朱く染め上げながら、狂気の進軍は、両者一歩も引くことなく続けられる。
『私』は魚類たちの勢力へと意識を向けた。
突如、魚類の兵士を束ねている巨大な『存在』の隣へと、同じような巨体の『存在』が現れた。
増援だろうか。
『存在』達の姿は、そのどれもがとても言葉では言い表せないほどに醜悪な、戦慄を禁じ得ないような形状であった。
増援として現れた『存在』の中の一体に、『私』は見覚えがあった。
人間の下半身に当たる部分は、絡まりながらのた打ち回る太い触手によって形成されている。
鱗にまみれた巨大な腕からは巨大な鉤爪が生えている。
肥大化した頭部からは、髪の毛のように生えたいくつもの細い緑色の触手が、それぞれ固有の意思を持っているかの様に蠢いている。
背中からは蝙蝠に似た巨大な翼が生えている。
そして、その顔に並ぶ無数の赤く輝く瞳。
間違いない。
私はこの『存在』を知っている。
鮮血のように赤い無数の瞳が煌めき、それと同時に増援として現れた『存在』達が一斉に雄叫びを上げた。
大地が赤く染まる。
赤く、紅く、朱く染まっていく。
じわじわと、まるで夕焼けのように染まっていく。
少女の声が聞こえる。『私』のよく知っている声だ。
澄んだ美しい歌声が、戦士たちを慰め鼓舞するかのように、凄惨なる悪夢を具現化したかのような悍ましき古の戦場へと響き渡った。