第一章 始まり 二
×××
「……――――っ!」
新上雄也はベッドから跳ね起きた。
「今の、あの本はっ!」
夢の最後に現れた光景が目に焼き付いて離れなかった。
黒衣の男が手にしていた本。それは昨日、雄也が古本屋にて購入した本、『ポセイドンの書』だった。
「一体何なんだ、今の……、クソッ、思い出せ、思い出すんだ。今の夢は絶対に何か大切なメッセージの筈だ」
雄也は懸命に、自分の見た夢の記憶をたどろうとする。しかし、すでに記憶の輪郭は失われ、蜃気楼のように揺らいでいた。
「黒衣の男と、『ポセイドンの書』と、なんかよくわからない本と、それから場所は海の中の暗い部屋で、それから、ええっと……」
そこまでが限界だった。思い出すことが出来たものが確実に輪郭を取り戻し、はっきりとした姿となって頭の中で再現される。しかし、それ以外のものは全て霧散し消え失せた。
「…………って、こんな朝早く飛び起きて、何やってんだよ、俺は」
雄也はふと冷静さを取り戻しながら呟いた。
窓の外にはまだ薄暗い空。カーテンを揺らし網戸から入ってくる風はまだ涼しい。家の前の通りからカラスの鳴き声が聞こえる。
ベッドのわきに置いてある目覚まし時計が、光を失った蛍光塗料付きの針で四時三十五分を指し示している。まだアラームの鳴る時間ではない。
「と言うかアラームをセットしてない。……おいおいおいおいおい、四時半過ぎとかどんだけ早起きだよ、スポーツ選手か? 早朝ランニングでもするつもりか!? それともあれか、ラジオ体操に行きたいのか? いいぜ、余裕で間に合っちまうぜ。昨日があれで今日はこれか、どんだけ早寝早起きが好きなんだよ、この模範的優等生気取りの健康優良児め!」
早朝、独り、パジャマ姿で、ベッドのわきに立ち、誰に向かってと言うわけでもなく一気にまくし立てた後、やっとのことで冷静さを取り戻した。
「……二度寝、しよっかな。と言うか、するべきだな、ここは」
そんなことを呟きながら、雄也はふと、自分の机の上に視線を移した。そこには昨日古本屋で買ってきた書物が、圧倒的存在感を伴って鎮座している。
「『ポセイドンの書』、か」
雄也の夢の中に現れた黒衣の男は、見たこともないような本を携えていたが、途中でそれが、この『ポセイドンの書』へと変化した。そして、その『ポセイドンの書』のページから眩い光が発せられたところで、雄也は飛び起きた。
(今冷静になってみると、何故俺はあの時飛び起きたんだ? 夢の内容自体は覚えている限りでは特に怖くはなかったし、それほど重要なものを見たわけじゃない、はずだ。俺はあの時、無理やり夢から引きはがされて、何か強い力によって起こされた。そうとしか思えないような感覚だった。それにあの夢は、夢とは思えないほど現実味があった)
雄也は机の上の『ポセイドンの書』へと手を伸ばす。
(こいつが得体のしれない力を持ってることは確実だな。多分何かが起ころうとしている。いや、すでに何かが起こってるかもしれない。その総ての元凶、それか鍵になるのがこいつの筈だ)
雄也の指が『ポセイドンの書』の表紙へと触れる。
「――っ!」
その瞬間、雄也の体に電流のような感覚が走った。
「なんだ、今のは!? 霊気の放出、しかも強力な――」
驚愕の言葉を最後まで言うことは出来なかった。
雄也が思わず『ポセイドンの書』から手を離した直後、その本から強力な衝撃波のようなものが発せられ、雄也は部屋の壁へと叩きつけられたのだ。
「一体、何が――」
そのままベッドの上へと崩れ落ちた雄也が呻く。
奇妙な現象は止まらない。
机の上にあった『ポセイドンの書』が突如、禍々しい光を放ちながら浮かび上がった。
雄也の視線は浮かび上がる『ポセイドンの書』へと引き寄せられた。
『破損チェック、完了。状態、良好。必要魔力資質検出、完了。翻訳機能、正常起動確認』
突然、雄也の脳内に声が響き渡った。
『擬態装置、正常稼働。使用言語認識、完了。全ページに対する閲覧制限、使用可能』
男性とも女性とも取れない、機械的で無機質な声。その声が雄也の脳内へと直接語りかける。
『周辺霊気との適合、終了。初期化、完了。これより契約の儀式を執り行います』
その言葉と共に宙に浮いていた『ポセイドンの書』のページが勢いよく開かれ、そしてものすごい速さで送られていく。
それと同時に、雄也の脳内にもう一つの声が響いた。
《さあ始めよう。これが神話の、新たなる一ページとなる》
それは、夢の中で雄也が聞いた声。
黒衣の男が言った言葉だった。
《何も恐れることはない》
男の声が催眠術のように響く。
『ポセイドンの書』に記された無数の文字や記号、図形、そして挿絵が次々と目の前に現れる。
《舞台は全て整えた。さあ、幕を開けようじゃないか》
男の声が脳内で反響する。
意識が朦朧とする。巨大な海底遺跡のイメージが脳内で再生される。視界がぼやけ、思考することが出来なくなる。
《さあ、始めるとしよう》
その男の声が聞こえた直後、『ポセイドンの書』からの無機質な声が響き渡った。
『契約を』
その声に対して、雄也は無意識のうちに頷いた。
僅かな沈黙。
そして、『ポセイドンの書』から声が発せられた。
『契約完了。Book of Poseidonは新上雄也を所有者と認め、その英知の全てを与えます』
開かれていた本のページが閉じられる。次の瞬間、雄也の脳内へと『何か』が流れ込んできた。
「――――――――――っ!!」
まともな人間ならば拒絶する感覚。
例えるのであれば、無理やり脳みそをこじ開けられ泥水を流し込まれるような、皮膚の内側を無数のナメクジが這い回るような、口や鼻から無数の蛆虫が入り込んでくるような、そんな感覚が雄也を襲った。
心臓が今にも張り裂けそうなほどの速さで脈打っている。夏の暑さとは無関係にいやな汗が全身から吹き出す。
「アァァアアァアアァァァアァァ――――――――ッ」
自分のものとは思えないような、声にならない叫び声を上げる。
自分の意思とは無関係に筋肉が痙攣し、鳥肌が止まらなくなる。頭痛と眩暈と吐き気が一気に押し寄せてくる。
その数秒後、雄也にとっては永劫とも思えるような数秒の後、その耐え難い苦痛が止み、それと同時に、宙に浮き光を放っていた『ポセイドンの書』から光が消え、机の上へと落ちた。
「――――ハァ、ハァ、ハァ、……」
雄也は肩で息をしながら何とか意識を保とうとする。
「なんだ、何がどうなってやがる。今の、あの本は。それにこの気持ちの悪い感覚」
ゆっくりと『ポセイドンの書』へと視線を向けた。先ほどまでの異常事態が、まるで夢か幻であったかのように沈黙している。
「……あの声は、俺の夢の中に出てきた黒衣の男と同じだった。あいつは、いったい何者なんだ?」
雄也は自分の体に異常がないかどうか確かめるようにしながら、立ち上がろうとした。
先ほどの体に起きた異常、震えや頭痛などはすぐに治っている。
ふと、雄也の視線がある一カ所へと注がれた。
空中。
先ほど『ポセイドンの書』が浮かんでいたあたりの空間。
ひらひらと落下する二枚のしおりのような物。
恐らくは先ほど本が開いたときに、中に挟まっていたものが飛ばされたのだろう。
それほど驚くような光景ではない。
少なくとも、本が宙に浮いたり、光ったり、話しかけてきたりするよりはずっと『まとも』な情景だ。
(……――っ! そんなわけないだろ! なら、どうしそのうちの一枚が青白い炎に包まれて燃えているんだ! どうして両方のしおりに魔方陣が描かれているんだ!)
とっさに身を乗り出し、手を伸ばす。
予感。直感。野生の勘。
どんな言葉でも構わないが、ともかく雄也は感じ取った。
(こいつを、何とかしないとまずいことになる!)
理屈などなく、理由などなく、しかし雄也は確信した。
しかし届かない。
二枚のしおりは、雄也の部屋の床へと落ちた。
一枚目の、青白い炎に包まれたしおりは、そのまま跡形もなく消滅した。
二枚目のしおりは、床の上に落ちると同時に眩い閃光を放った。次の瞬間、そのしおりを中心とし、緑色の光によって魔方陣が形成された。
(何っ!)
雄也は突然の出来事に驚き後すさろうとするが、すでに壁に背がついているため後退できない。結果として、右手を前に突き出したポーズのまま硬直することとなる。
魔方陣は、ちょうど中に人が一人はいれるくらいの大きさに変化し、そして周囲の霊気を収集し始めた。
(――これは、召喚魔法!?)
この魔方陣により『何か』が呼び出されようとしていることに雄也は気が付いた。
(使い魔か、いや、違う。それよりももっと強力な――)
膨大な量の霊気が魔方陣の中へと収束し、緑色の光彩が膨れ上がる。
いったい何が呼び出されようとしているのかわからない。その呼び出されるものによっては雄也の命にかかわってくる。しかし、この召喚魔法を止めることは雄也にはできなかった。
(チクショウ、今この場で魔方陣に干渉して、無理やり召喚を止めることが出来ないわけじゃないが、そんなことをすれば、不完全な魔法の発動によって、収束した霊気が暴走し、周囲に被害を出す。こんなに大量の霊気を集めた状態でそれをやったら、少なくとも半径数十メートルの範囲が吹き飛ぶ。今は、動けねえ)
雄也はこの光景を傍観するしかない。
やがて魔方陣の中心から、眩く禍々しい緑色の光彩に包まれた『何か』が、ゆっくりとせり出してきた。
(っ! ついにきやがった! さあなんだ、何が来やがる! 鬼か? 悪魔か? それとも邪神か!?)
『何か』の動きが止まる。
魔方陣から現れた『何か』は緑色の閃光に包まれその姿がはっきりと見えない。
雄也はその正体をいち早く見極めようと、『何か』に対して目を凝らした。
(――っ!)
次の瞬間、雄也の脳裏にあるイメージが流れ込んできた。
物理の法則が狂ったかのような形状の海底神殿。
無数の様式化された水棲生物の掘り込まれたレリーフ。
異様な大きさの玉座。
魚を可能な限り醜悪に擬人化したような魚人達が、海底の礼拝堂で跪き大声で祈りを捧げている。
肥大化した頭部と触手のような髭、そして蝙蝠のような羽を持った化け物が咆哮を上げる。その傍らには、水棲生物的な特徴を持った化け物がつき従っている。
声が聞こえる。
おおよそ人間では発音できないような声が。
『――イア、イア、クトゥルフ、フタグン、フングルイ、ムグルナフ、クトゥルフ、ルルイエ、 ウガフナグルフタブン、イア、イア、クトゥルフ、イア、イア、イア、イア――』
それらは、今、目の前に召喚された『何か』触発して現れたイメージだった。
『何か』を包んでいた緑色の光彩と魔方陣が消えていく。
ついに、『何か』の全貌が雄也の前に現れた。
「…………――――おい、嘘だろ……」
雄也は眼前に姿を現した存在に驚愕した。
「どういうことだ、マジで何がどうなってやがるんだ!?」
雄也の目の前に現れたのは、目を閉じ、うつむいたまま佇む一人の少女だった。
年は恐らく十代半ば程だろうか。見る者を畏怖させるほど整った顔立ち。左右非対称に肌の露出した体に張り付くような奇妙な深緑の服。透き通るような白い肌と、緑色の光を放つ長い髪。
おおよそ普通という言葉からは離れかけたその外見の、人間離れした奇妙な魅力を持つ少女だった。
雄也は絶句した。
あらゆる最悪の事態を想定した雄也もこの状況には絶句せざるを得なかった。しかし、一方でどこか納得していた。
(思い出した。こいつは、俺の夢に出てきているはっきりとは思いだせないけど、俺は夢の中でこいつを見ている)
緑の髪の少女がゆっくりと顔を上げた。
雄也は無意識に少女の顔を見つめる。
緑の髪の少女が、閉じていた目をゆっくりと開いた。
それは赤い瞳だった。夕焼けのように、炎のように。
あるいは、そう。
血のように。
人の体から流れ出る鮮血のように、どこまでも紅く、朱く、赤く輝く瞳だった。
雄也は思わずその瞳を見つめた。少女の白く透き通るような肌が、その赤さをより際立たせる。
不意に少女がほほ笑んだ。
そして口を開く。少女の口から言葉が紡がれた。
「おヌシじゃな? ワシを永劫の眠りから醒まさせ、光の呪縛から解き放ち、この地へと呼び寄せたのは?」
少女は透き通るような声で雄也へと向かってそう言った。
×××
「何を呆けておる。ワシの問いに答えんか。繰り返し問うぞ、おヌシなのじゃな? ワシを永劫の眠りから醒まさせ、光の呪縛から解き放ち、この地へと呼び寄せたのは?」
緑の髪の少女は雄也へと向かってそう言った。透き通るような声と変に年寄りくさいような喋り方の組み合わせが奇妙なユーモラスを持っている。
しばしの間、いくつもの急変する事態に思考がついていけなくなったり、今少なくとも自分が生きていることに対する安心感だったり、目の前の少女に見とれていたりと、様々な要素で呆けていた雄也は、半ば気が動転しながら、少女の問いへと答えた。
「……い、いや、正直に言うとよくわからん。少なくとも俺はお前を呼ぼうなんて思っていないし、大体お前が誰なのかもわからない。まあ確かに、俺がこの状況に無関係ではないということは確かなんだが……」
「ええい、はっきりせん奴じゃな。おヌシ、名前は何という?」
「名前? 俺のか?」
「そう言っておるじゃろうが。他に何があるというのじゃ。さあ、はよう言え」
「……新上、新上雄也だ」
少女は少しの沈黙の後、口を開いた。
「アラガミユウヤ、か。なるほどな間違いない。ワシは『Book of Poseidon』の所有者、アラガミユウヤによってこの場に呼び出された」
少女の言葉に雄也は沈黙した。
雄也が自分の名前を名乗った後に、初めてこの少女は雄也の名前を言った。それだけならば誰でもできることであり、信頼には値しない。しかし、この少女は雄也が『Book of Poseidon』、すなわち『ポセイドンの書』の所有者であるといった。このことは、この少女の知らないはずのことだった。雄也は『所有者』という言葉がどのようなニュアンスで使われているのかは分からないが、数分前に『ポセイドンの書』とよくわからぬうちに『契約』なるものを結んだことは確かなことであり、恐らくはそのことを指しているであろう、ということは推測できた。
つまり、この少女の言うことは恐らく真実だ。
(何かの拍子に、たぶん、あのしおりのせいで呼び出しちまったんだ。それで、あれが俺の意思によるものだって、判断されたんだ)
雄也は改めて目の前にいる緑の髪の少女を見つめた。
端的に言うのであれば、この少女はとてもかわいかった。
そして、それと同時にひどく異質だった。
長く綺麗な緑の髪、整った顔立ち、無邪気な赤い瞳、扇情的ともいえる奇妙な服装と、その服によって強調される痩せ型の体型。
およそ『現実』にこんな『人間』は存在しないだろう。
たまに「二次元の嫁が画面から出てこない」などという生産性皆無の嘆きがあるが、それが実現してしまったかのような異質さ、と言えば通じるだろうか。
さらには、その少女から発せられる、異様な霊気。
それら諸々の要素から、雄也は『あること』を本能的に確信していた。
(まあそれよりも、だ。とりあえず確かめなきゃいけないことがあるな。まず、何よりも最優先で。それによって、俺のこれから取るべき行動、あるいは人生そのもの変化するはずだ)
「何をじろじろ見ておるのじゃ。失礼な奴め。おヌシはワシを解放してくれた恩人であるし、感謝もしているが、おヌシとワシの間には圧倒的な格の違いがあるということを理解しておらんようじゃな」
「――ああ、申し訳ない。癇に障ったなら謝罪する。申し訳なかった」
「何、それほど気にしてはおらんよ。ワシは寛大じゃからの」
「無礼を承知で一つ質問をさせていただけないだろうか」
「ほう、何じゃ?」
「――あんた何者だよっ!」
雄也が吼えた。
慣れない敬語を使うのも、相手を気遣うのも、最早限界だった。
雄也は本能的に確信していた。この少女が、少なくとも人間ではない、人外の、超越的な存在であるということを。
もし仮に、この目の前にいる少女が悪魔か何かの類で、機嫌を損ねれば魂を奪われるかもしれないなどということは、最早雄也にとってはどうでもいいこととなっていた。
いや、どうでもいいことなどでは無いのだが、それをどうでもいいことと思えてしまうほどに、今の雄也は『疲れて』いた。
精神的限界といってもいい。
目の前で連続して起こる正体不明の怪奇現象に対して、それに対する精神的余裕がなくなっていたのだ。
故に雄也は吼えた。
そんな雄也の剣幕に、緑の髪の少女は僅かに気圧され少々たじろいだ。
「な、何者、じゃと? まさかおヌシ、ワシがなんであるのかわからんのか? このワシのことを知らぬというのか?」
あるいは、雄也が自分の名前を知らないということに対して驚いたのかもしれない。
雄也は構わず続けた。
「ああそうさ。まずはあんたの名前だ。俺は正直に名乗ったぜ。なら、あんたも俺に対して名乗るのが筋ってもんじゃないのか」
「おヌシ、少々口のきき方に気を付けた方がいいぞ。いかにワシが寛大じゃからと言っても我慢には限度というものがある。たかが人間の分際でなかなか大きく出たものじゃな、その度胸だけは評価してやろう」
そう言うと緑の髪の少女は、わざとらしく髪をかき上げた。そして赤い瞳を細くし、嗜虐的に笑うと、再び口を開いた。
「まあよい。下々の者の言葉を聞き入れるのも、高貴なる者の務めじゃ。ではこころして訊くがよいぞ。我が名は――」
そこまで言うと緑の髪の少女は硬直した。
雄也は耳を澄ます。
「わ、我が名は……、ク……」
「ク?」
「…………」
「…………」
「……ま、待ってくれ。少し待ってくれ。……何故じゃ……何故思い出せんのじゃ?」
「? どうしたんだ?」
緑の髪の少女は、先ほどまでの尊大な態度とは打って変わって、ひどく焦っている様子だった。
「……どういうことじゃ、いったい何が起こっておるのじゃ? おヌシ、一体ワシに何をした!?」
今にも掴みかかりそうな剣幕で、少女は雄也へとまくし立てた。
「い、いや、知らん。俺は何もしてないぞ」
「……なあユウヤよ」
「……なんでしょう」
思わず敬語になっていた。
「……ワ、ワシの、ワシの名前はなんじゃ?」
「い、いいえ、知りませんが」
先ほどまでの態度はどこへやら、緑の髪の少女は頭を抱えたままその場へとへたり込んでしまった。
「……自分の名前が、分からないのか?」
「…………う、うむ。どうやらそのようじゃ。それに名前だけではない。記憶の、しかも大部分が欠落しておるようなのじゃ」
魔方陣から召喚された緑の髪の少女は、どうやら記憶喪失のようだった。
「……使い魔か、何かの類なのか?」
雄也が呟いた。
在り得ない話ではない。と言うよりも一番在り得そうな話だった。もっともこれほどまでにはっきりとした人格を備えた使い魔と言うのもそうそういないが。
召喚時の膨大な霊気や、姿を見せる直前に受けたイメージがいまいち腑に落ちないが、誤差の範囲と言ってしまえばそれまでかもしれない。
しかし、緑の髪の少女は雄也の呟きを聞き漏らさず、そして反論した。
「使い魔、じゃと? 無礼者め! ワシをあのような格下の連中と同列に語るでないわ!」
「……おまえ、さっき記憶が欠落してるって自分で言っただろ」
「う、うむ。確かにそうじゃ。じゃがな、ワシにはわかる。自分が高貴で高位なる存在であるということが」
「その理由は?」
「理由などあるものか。ワシがわかると言ったらわかるのじゃ。おヌシはそんなこともわからんのか」
なぜか逆切れされた。
ここで起こらせると後々厄介なことになると直感した雄也は、少女をなだめながら質問する。
「何か思い出せないか? 名前以外にもいろいろとあるだろ。出身、家族構成、種族、何かそういうので覚えていることはないのか?」
「うむ、全く思い出せん。覚えていることと言えば、ここに呼び出されるまでどこか暗い場所で眠っておったということじゃ」
「……ああ、そう言えば最初にそんなこと言っていたな」
「じゃが、それ以外のことは全く思い出せん。何故かはわからんがの」
「……まじかよ」
「うむ。しかし仕方がないじゃろ、本当に思い出せんのじゃから」
緑の髪の少女はそう言うと立ち上がり、雄也へと向かってニカッ、と笑った。何故かやたらと偉そうだった。
「これはあれじゃな。過去にとらわれずに未来へ向かって前向きに生きろという、大宇宙の意思に違いない」
「そんなことでいいのか」
雄也は半ば何かを諦めたように適当に答えながら、しかし一方で冷静にこの状況を見極めようとしていた。
(敵意はない、か)
それは雄也にとって重要なことだった。
(見たところ、何か強力な力を持っているという風でもない。俺に対して何か害を為そうという様子もないし、現状とりあえず無害と判断しても問題はなさそうだな)
「なんじゃ、急に黙り込んで」
「いや、少し考え事をしていてな」
「ほう、考え事か。いったい何を?」
「お前の名前だよ」
「覚えておらんと言っておるじゃろうが」
だから、なぜそんなに自慢げに言うんだ。
「だとしても、何か必要だろ。俺は、お前のことをどう呼べばいいんだ?」
「……ふむ、そうじゃのう」
緑の髪の少女は、そう言って無を閉じしばしの間思案すると再び口を開いた。
「ワシのことは『クー』とでも呼ぶがいい」
「……クー?」
「うむ。名前はそこまでしか思い出せなかったからのう。しかしこれが名前の一部であることは確実じゃ。それに、我ながらなかなかいい響きじゃ」
雄也は、なんかペットの名前みたいだ、と思ってはいたがそれを決して口にはしなかった。自分自身を「高貴な存在だ」と言う相手に対して、そんなことを言えば何をされるかわからない。
そもそも、この『クー』と名乗る少女は無害そうとは言ったものの、どんな力を持っているかわからない未知数の存在なのだ。
下手をすれば『触らぬ神に祟りなし』と言う言葉が文字通りの意味としてこの状況を表しているかもしれないのだ。
「ちなみに、ワシはおヌシのことを『ユウヤ』と呼ぶつもりじゃが、それでよいな」
「あ、ああ。別にかまわないぜ」
この時、雄也は僅かに動揺していた。
目の前にいる『クー』と名乗る少女は、いかに人外の超越的存在(であると雄也は決めつけていた)であるとは言っても、その外見は人間と大差なく、否、ただの人間以上にかわいらしい少女の姿なのだ。
雄也は、超越的存在を知覚し、干渉することが出来るだけの力を持っており、幼いころから周囲の人間と一定以上の距離をとるようにしていた。
他人から気味悪がられたり嫌われるのを恐れていた雄也は他人との接触を極力避けてきた。
それ故に他人から、特に異性ともなれば尚更だが、下の名前で呼ばれることなどほとんどありえないことだった。他者と、それほどまでに親密な関係を築こうという発想自体が、雄也にはなかったのだ。
しかし、目の前の『クー』と名乗る少女は、それをいとも簡単にやってのけたのだ。
有体に言うのであれば、雄也は照れていた。
「む、どうしたのじゃユウヤよ」
クーはそんな雄也の様子を不信がりながら尋ねた。クーは、今の雄也の心情を察せるほどには人間のことを知らなかった(あるいは思い出せなかったのか)ようだ。
「何でもねーよ」
一方の雄也は、そんな自分の心をクーに悟られまいとしていた。
謎めいた悪夢、『ポセイドンの書』、奇妙なイメージ、クーの正体、そしてこれから自分は一体何をすればいいのか。
状況はまさに前途多難だが、しかし、「悪くない」と雄也は思っていた。
確かに、今まで雄也は、超越的存在を知覚し、干渉することが出来るだけの力を持っているという『特殊な』人間だった。しかし、積極的にそれらに関わろうとはしてこなかった。自分の人生は平凡極まりない、例え『特殊な』力を持っていようともそんなことには何の意味もないような、平凡なものになると思っていた。
それが今、まさにこの瞬間に覆ろうとしているのだと思った。
謎の少女との出会いという、フィクションの世界ではありふれているはずの、しかし現実ではまず起こり得ない現象が目の前で起こっている。
いかに『特殊な』力を持っていようとも、早々起こり得ない状況が目の前にある。
例えるなら、突然物語の主人公になってしまったようなイメージ。
特に根拠はないが、なんだかんだ言って大団円になるんじゃないかという予感。
何となくだが、雄也は楽しかったのだ。
×××
八月十四日、午前五時三十分。雄也はパジャマから私服へと着替え、リビングの椅子に座っていた。テーブルを挟んだ雄也の向かい側には、クーと名乗る緑の髪の少女がいる。
「まず一つはっきりと言っておかなきゃいけないことがあるんだ」
最初に口火を切ったのは雄也だった。
「……ふむ、一体何じゃね?」
「お前は、『新上雄也によって呼び出された』と言ったがそれは厳密には違う」
「……む、いったいどういう意味じゃ?」
「俺はお前を呼び出すための、というか、召喚の儀式自体行っていない」
「ユウヤよ、おヌシはいったい何を言っておるのじゃ? 現に今、ワシはこうしてこの場におるではないか」
「確かにそうなんだがな、たぶん、どうもこれは何かの手違いか、それとも性質の悪い偶然のような物らしい」
雄也の発言に、クーは眉をひそめた。
「一体どういうことじゃ。詳しく説明してほしいんじゃが」
クーの言葉を受けて、雄也は事の顛末、クーが現れるまでのことを説明した。
『ポセイドンの書』を偶然購入したこと。夢に現れた黒い男のこと。『ポセイドンの書』の異変と『声』のこと。そして二枚のしおりのこと。クーが現れる要因と成り得そうなものと、それに関わりのありそうなことの全てを話した。
「……なるほどのお、まあ大体の状況は把握できたぞ」
「理解が早くて助かるよ」
「あまりワシを見くびってもらっては困る。……しかし、ふむ、『Book of Poseidon』おヌシが『ポセイドンの書』と呼んでおるそれじゃが、何か怪しいのお」
クーの指摘には雄也も賛同した。
事実、雄也の周囲で起こったこれまでの現象は、どこかで『ポセイドンの書』に繋がっていた。故に、雄也も「何かがある」とは踏んでいた。
その一方で、クーの方も正体が不明であるという点では怪しさ抜群なのだが、雄也はそのことをあえて口に出そうとは思わなかった。
「で、これがその『ポセイドンの書』だ」
雄也は傍らに置いておいた分厚く大きな本をクーへと渡した。
「ふむふむ、これか……」
クーは『ポセイドンの書』を手に取ると、しげしげと表紙を眺めた後、ページをぱらぱらとめくり、内容を軽く読んでいた(少なくとも雄也にはそう見えた)。
そして数分後、黙りこくっていたクーが口を開いた。
「……なるほど」
「どうだクー、何かわかったのか、それとも何か思い出したのか?」
「……いや」
クーはゆっくりと首を横に振った。
「……全くじゃ、全く何もわからん」
「……まあ、だろうとは思ったさ。それほど期待はしていなかった」
正直なところ、超越的存在であるクーならば、この本について何かわかるかもしれないと思っていたのだが、当てが外れてしまい少々落胆していたのだ。
何しろ『ポセイドンの書』が『オカルト的な本』ならば、クーは『オカルト的存在』そのものなのだ。
「……じゃが、まあ、これが何か怪しいということだけはよくわかった」
「それがわかってもらえて何よりだよ」
「それで、おヌシはこれからどうするつもりなのじゃ?」
「……あー、それなんだがな、これを正面切って言うのは多少気まずいんだが、お前のことは特に用もなく呼び出してしまったわけで、出来ればもといた場所に戻ってもらえるとありがたいというか、送り戻したいと思っているわけだが」
「まあ、そんなことじゃろうとは思っておったよ。おヌシの最初の話を信ずるのであれば、ワシがここにおるのは、手違いと言うか事故のような物じゃからのう。しかし、具体的にはどうするつもりなのじゃ? ワシは自力で還ることなど出来んぞ」
何処へ還ればいいのかも分からんしの、と冗談めかして加えると、クーは雄也の方を見つめた。
「まあそうだろうな。実は俺も、お前を元の場所へと還す方法がわからないんだ」
「……なんじゃと? ではどうするつもりなのじゃ」
「数日後に出かけている父さんと母さんが帰ってくるんだ。特に父さんは『この類のこと』に関しては俺よりも何倍も詳しいはずだから、クーをもといた場所へと還すことが出来ると思う」
「……ふむ、なるほど。……それは、喜ぶべきこと、じゃな」
「でも、それまでの間何もしないというのはもったいない話だ。特に、この『ポセイドンの書』に関しては、いち早くその正体を見極める必要があると俺は思ってる。何しろ、これ以上の厄介事には巻き込まれたくないからな」
「……それは同感じゃな」
「それに、もしかするとクーの記憶を取り戻す方法がわかるかもしれない」
「なるほどのう」
「そこで頼みたいことがある」
「頼みごと? なんじゃ、言ってみるがよい」
クーのその言葉に対して、雄也は身を乗り出すと右手を差し出した。
「この本『ポセイドンの書』について調べるのに協力してくれ」
「いいのか? 相手は素性の知れない人外じゃよ? もしかすればおヌシを取って食おうと思っているかもしれん」
「素性が分からないなら尚更調べる必要があるな。何しろ張本人に聞いてもわからないと来ている」
クーは、そんな雄也の言葉に苦笑すると、雄也が右手を差し出したのに応じるようにして身を乗り出し、雄也へと向けて右手を差し出した。
「何、構わんよ。ではよろしく頼むぞ、ユウヤ」
「ありがとう、こちらこそよろしく頼むぜ、クー」
そして、二人は互いの手を固く握り合った。
握手。
古より、信頼の証として執り行われる儀式であった。
×××
朝食を食べながら、今後の行動についての作戦会議を開いた結果、まずは雄也が本を買った古本屋へと行くことになった。
「クーもついてくるか?」
「当然じゃ。もしかするとおヌシは気が付いていないかもしれんが、ワシはこの世界に現界するための霊気を、おヌシを通して供給しておる。故におヌシの近くから、あまり離れることが出来んのじゃよ。まあそうでなくても、ワシは調査に協力すると言ったのじゃから、ついていくのは当然じゃろ。何か問題でもあるのか?」
「いや、問題と言うかな……」
雄也はそう言うと、改めてクーの全身を見た。
「多分、いや、確実に目立ちすぎるんだよ、お前が」
髪の色や服装に関してもそうだが、それ以上に『クー』という存在自体が放っている異質感は相当なものだった。
「くっくっく、ユウヤよ、おヌシ、そんなことを気にしておるのか。何とも気の小さい奴じゃのう」
「いや、気にするよ。と言うか普通は気にするものなんだよ。……いや、……ああ、なるほどな。別に問題はないな。問題ないはずだ」
「ん? 急にどうしたのじゃ」
「ああ、いや、冷静に考えたらな、たぶんお前のことは、ほとんどの人が見ることが出来ない」
「どういうことじゃユウヤ、おヌシにはワシの姿も見えておるのじゃろ?」
クーの問いに対して雄也はどこかばつが悪そうに答えた。
「まあ、それはそうなんだが……。要するに人間には大きく分けると二種類あって、俺みたいにクーのような存在を知覚できる奴と、それが出来ない奴がいるわけだ」
「……ワシのような存在?」
クーはそう言いながら首を傾げた。
「それは一体どういう意味じゃ?」
「お前がさっき自分で言ってただろうが。『ワシはこの世界に現界するための霊気を、おヌシを通して供給しておる』とかいろいろと。要はそういう存在のことさ。この世界に現界するために霊力を必要とするような存在、俺達はそういうのをいろいろとひっくるめて、『超越的存在』って呼んでいて、とにかくそういう存在のことさ」
「ふむ、なるほど。つまり、ワシのような『超越的存在』を認識できる者と認識できぬものがおり」
「この世界の大多数の人間は、『認識できない側』の人間ってわけだ」
「なるほどのお」
クーは、どこか感心したような声を上げた。
「おヌシ、もしかしてとてもすごいやつなのか?」
「……別に、すごくなんてねーよ。たったそれだけのことで、自分が特別だの優れているだのと悦に入るつもりは毛頭ないね。むしろ、知らずにいられるという当たり前のことが出来ない分、俺は他の奴らに劣っているともいえる。少数派なんてものは、所詮劣等種なんだよ」
「ユウヤよ、何もそこまで自分を卑下することもないじゃろうに。……おヌシがどんな考え方をしておるのかワシにはわからんし、『人間』というものがどういった存在なのかワシにはそこまでよくわからんが……。……いや、出過ぎた真似は止そう。すまんが忘れてくれ」
「いや、俺の方こそ変な話をしちまって悪かったな。……まあ、それはともかくとして、クーがついてくることは問題ないな」
「うむ、そのようじゃ。では行くとするかのう」
×××
そんなこんなで、雄也とクーは商店街の古本屋へと来ていた。
店主に『ポセイドンの書』を誰から仕入れたのか聞くことで、この本の正体に少しでも近づこうというわけだ。
ちなみにクーは雄也の後ろから、若干宙に浮いた状態でついて来ている。どうやら飛べるらしい。
(何と言うか、あれだ、背後霊みたいだ)
そう思ってはいたが、あえてそれを口にしようとも思わない雄也だった。
ちなみに、超越的存在を認識することの出来るユウヤではあるが、背後霊というものは今まで一度も見たことがない。だが、もしそれが存在し視認することが出来たのならば、こんな感じなのだろうとぼんやりと思っていた。
「すみません」
雄也は、店の奥にあるカウンターに腰掛け暇そうにしている人物に話しかけた。この店の店主である初老の男性である。名前は知らない。
「ああいらっしゃい、何だね兄ちゃん」
雄也はこの店を何度も訪れており、店主とは多少顔見知りだった。
「昨日買ったこの本なんですけど」
そう言って雄也は手提げ袋に入れてきた『ポセイドンの書』を見せた。
(さて、何と言ったらいいものか)
まさか今までの事をそのまま話し、「この本をここへ売りに来たのはいったい何者なんだ?」などと質問するわけにもいかない。かといってさりげなく訊き出すようなテクニックを持っているわけでもない。
『素直に訊けば良いじゃろうが』
「……まあそれしかないか」
雄也は背後からのクーの声に小声で応じた。
「この本ってどんな人から買い取ったんですか」
「ん? いったいどうしてだね?」
「……ああ、……いえ、実は、この本について少し調べたら、なんか珍しい本みたいで、それで少し気になって……」
雄也の苦し紛れの言葉。しかし嘘はついていない。
「ああ、なるほど、この本か」
店主は雄也の『ポセイドンの書』も見るなり、何故かすぐに納得した。
「この本、私も調べてみたけどよくわからなくてね。それに、売りに来たのもすごく変わった人だったんだよ」
「変わった人、って、いったいどんな人だったんですか?」
「外人さんだよ、真っ黒で変な服を着た銀髪の男の人。流暢な日本語だったけど、絶対に日本人じゃないね」
「――っ!」
店主の言葉に反応し、ユウヤの脳裏には昨夜の夢の断片がフラッシュバックした。
痩せこけた頬、浅黒い肌、銀色の長髪、あちこちに金具や装飾が付けられた黒い服、そして毒蛇のような狡猾そうな瞳をもった、長身痩躯の優男。
その黒衣の男が持つ『ポセイドンの書』。
《さあ、始めるとしよう》
黒衣の男の言葉が、頭の中で反響する。
『おい、ユウヤ! おヌシ大丈夫か?』
「……ああ、平気だ」
雄也はクーの声に対して静かに応じた。
どうやら雄也が動揺していたことを、クーも感じ取ったようだ。
「しかも買取の時に変わったことを言うんだよ」
雄也の動揺には気づくことなく店主は話を続ける。
「『この本はとても貴重なものですが、あなたにはタダでお譲りします。その代りこの店に商品として置いていただき、運命に導かれたものが現れましたら、その人に渡していただきたい』とかなんとかね。さすがに胡散臭いとは思ったけど、まあタダで譲るっていうからねえ」
「……なるほど、そんなことがあったんですか。ちなみに、それっていうのは、いつごろの話なんですか?」
「実はその黒い服の外人さんが来たのは、兄ちゃんが来るほんの少し前の事なんだよ。だから兄ちゃんがこの本を買っていったときは、そりゃあほんとに驚いたよ」
「そんなことがあったんですか!」
店主の話に対して驚いてみせた雄也であったが、実際のところはひどく冷静だった。
(恐らくは店主の話は本当の事だろう。作り話にしてはあまりにも出来過ぎている)
雄也の抱いた感想は、『普通』の人とは真逆のものだった。
これほど奇妙奇天烈な話を聞かされれば、『普通』は、これが作り話である可能性を疑う。しかし、雄也は仮にも『普通』とは遠いところにある『超越的存在』というものを知る人間だ。
雄也は奇妙奇天烈な現実が存在することを知っている。
だからこそ、これが嘘である可能性を疑わないのだ。
雄也の夢に現れた、雄也しか知らないはずの存在によく似た姿の人間のことを語り、夢での出来事と奇妙な一致を見せる店主の発言は、疑うほうが非現実的であると雄也は思ったのだ。
×××
雄也は店主に感謝の言葉を残し、古本屋を後にした。
『しかし奇妙な話じゃのう』
「ああ、その通りだな」
商店街を歩きながら雄也とクーは言葉を交わす。
『店主の言っておった黒い服の外人とやらじゃが、何とも怪しいのう』
「やっぱりクーもそう思うか」
『うむ、しかし納得がいかん』
「と言うと?」
『おヌシの話と、店主の話を合わせて考えると、本の中に魔方陣を仕掛け、ワシを呼び出したのはその黒い服の外人とやらじゃろう? そいつがなぜそんなことをしようとしたのか、その意図が全く分からん。あまつさえワシの記憶を消したりなどしおって。全く迷惑な話じゃ』
「そいつがお前の記憶を消したっていう確証はないだろ」
『いいや、そいつに違いない。ワシの本能がそうだと告げておる』
ちなみに、クーの姿は用全周りの人たちには見えておらず、また声も聞こえない。そのため傍から見ると雄也は独りで歩いているようにしか見えない。
しかし、当然雄也の声は周りの人たちに聞こえているわけで、要するに、客観的に見ると雄也は独り言をぶつぶつ言いながら歩いているとい、なんだかとてもアブナイ人に見えるというわけだ。
雄也もそのことは十分に分かっており、また、クーにもそのことを説明したのだが、どうやら他人からの評価と言うものについてあまり理解を示さないクーにとっては、『ユウヤが他人からどう思われようとも関係ない』と言わんばかりに、雄也へと話しかけてくる。
雄也にしてもクーに悪意がないということは理解しており、また、クーの言葉を無視するわけにもいかず、苦肉の策といて、人目をなるべく避け、小声でしゃべるということをしていた。
実際には、そうすることによって怪しさが数割増しとなっているのだが、当人はそこまで気にするほどの余裕がなかった。
『まあ、何にせよ一歩前進じゃな』
「いや。むしろ分からないことが増えて、余計ややこしくなった」
『ユウヤはネガティブじゃのう』
「クーがポジティブなだけだ」
ユウヤは、クーが話しかけてくるのを鬱陶しく思いつつも、一方ではこの状況を楽しんでいた。
普段から人を避けていた雄也にとっては、こうした他愛もないお喋りというものが、慣れない苦手なものであると同時に、新鮮なものであり、また、一種の憧れのような物でもあったのだ。
×××
「――――…………うにゅっ!な、何をするんじゃおヌシ!」
時刻は午後六時過ぎ。夕方。
古本屋から帰った後、クーは雄也のベッドを占拠し、死んだように昼寝をしていた。
雄也がそんなクーを叩き起こした時に、クーの上げた奇声が冒頭のものである。
「仕事だ。出かけるぞ」
そんな雄也の言葉に対して、眠たそうにまぶたをこすりながらクーは応じた。
「仕事? 何のことじゃ?」
「言ってなかったか?」
「聞いておらんぞ、ワシは」
僅かな沈黙。
「まあいっか。それじゃあ今から説明しよう」
「ユウヤよ。おヌシ、なかなか切り替えが早いのう」
クーの言葉に肩をすくめると、雄也は『仕事』、つまり『退魔師』についての説明を行った。夜鬼と呼ばれる存在のその特性と戦闘能力について。そして、自分が何故、いかにして戦うかについて。
「――と言うわけで、状況次第では町を守るためにも戦う必要があるわけなんだが、そう言えばクー、お前戦えるか?」
雄也は、ほとんど先入観からクーが戦闘技能、あるいは能力を持っているものだと思っていた。しかし、冷静に考えれば、今日一日の間でもクーがそう言った行動に出たことはないのだ。そもそも、記憶喪失の人間に対してそう言った質問をすること自体、おかしいと言えばおかしいことなのだ。
しかし、クーの返答は雄也にとって予想外のものだった。
「うむ、そのはずじゃ」
「……まじで?」
「少なくともおヌシよりは強いはずじゃよ」
「どうしてそう言い切れるんだ? 記憶喪失なんじゃなかったのか?」
雄也の問いに対してクーは不敵な笑みを浮かべた。
「存在の本質とは魂に刻み込まれるものじゃよ。いくら記憶をなくそうとも、己の本質的な部分は本能で理解できるものじゃ」
「……ふーん、そういうもんか。まあそれはいいや。それより聞き捨てならねーな」
「何のことじゃ?」
「『少なくともおヌシより強いはずじゃ』だと? なめられたもんだな。お前に一体何が出来るんだ? 今日だって、衝撃的な登場の割には、あんまり役に立ってなかったぞ。実際のところ俺の後ろについて来て、お喋りして、帰ってきてからは寝てただけじゃねーか」
「ふっふっふ。もしも今日、『敵』に遭遇したならば、ワシの力を披露してやろう。楽しみにしておるがいいぞ」
×××
そんなわけで、雄也とクーは『仕事』に向かった。夜鬼などに代表される人に害をなす超越的存在を探し出し、そして駆逐するという、パトロールのようなものだ。
雄也は呪印の記されたマントやら木刀やらで装備しており、秘匿の為に認識を歪める呪印を使っていなければ周囲の目を引く格好である。
ちなみに、雄也が自身のこの格好に対して下した評価は、『中途半端に気合の入ったコスプレイヤーみたいな格好』である。極めて妥当な評価だろう。
そんな雄也の後ろを、ふよふよと僅かに地上から浮きながらクーはついて来ていた。
こちらの格好は先ほどと変わらず、左右非対称の奇妙な服のままである。
「……見つけた」
雄也はそう言うと歩みを止め、空を見渡した。
日が落ち始め、オレンジ色に染まる空に、有翼の人影がいくつも羽ばたいている。夜鬼の群れだ。
(まずいな、いつもより数が多い)
雄也は夜鬼から視線を外さずにクーへと質問する。
「……クー、跳べるか?」
平静を装いつつも、内心雄也は焦っていた。
雄也と夜鬼の戦闘能力は、一対一で雄也の方が僅かに有利といったところであり、複数で来られればほとんど勝ち目がない。
雄也の問いに対して、クーは不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「……うむ、飛べるぞ」
その言葉と同時に、クーがアスファルトを蹴った。
跳躍。
たった一蹴りで、数十メートルの彼方へと飛び上がる。次の瞬間クーの背中へと周囲の霊気が収束する。その直後、クーの背中には霊力によって形作られた光輝く羽が出現した。
蝙蝠によく似た、緑の輝きを放つ光の羽。
その羽をはばたかせたクーがさらに加速し、一気に上昇する。そして拳を振りかぶると、一気に振りぬいた。
クーの拳が一体の夜鬼へと命中する。
上昇時の加速に腕力を加えただけの、ただのパンチ。しかし、それを受けた夜鬼の胴体は見事に抉り取られ、そして直後に霧散した。
雄也はこの僅か数秒の出来事に対して呆気にとられていたが、即座に気持ちを切り替えるとクーを追うようにして跳躍する。
今の雄也は呪印によって身体能力を一時的に強化している。そのため、塀や電信柱を足場に使って駆け上がり、空中に創り出した霊気の足場を蹴って上空へと飛び上がる事が可能なのだ。
「何っ!」
クーの隣へと何とか辿り着いた雄也を待っていたのは、最悪の光景だった。
仲間が攻撃を受けたことに対して腹を立てたらしい夜鬼が、一斉にクーと雄也へ襲い掛かってきた。
その数、合計十二体。
雄也の普段の経験からすれば、どうあがいても勝ちようがない、悪夢のような状況だった。
しかしクーはそれに対してひるむことなくたった一人で突っ込んでいく。
「お、おいクー、いくらなんでも――」
無茶だ、と言おうと思った雄也はその言葉を飲み込んだ。
どこか狂気的な笑みを浮かべながら、四方八方からの夜鬼の攻撃を華麗に避け、常識はずれの破壊力の攻撃を行うクーに対して、雄也にかける言葉など持ち合わせてはいなかった。
突如、雄也へと向けて黒い影が急降下した。クーの攻撃を避けた一体の夜鬼が殺気を放ちながら雄也の下へと接近する。
夜鬼が腕を振りかぶる。
「……ちっ、俺だって!」
雄也はそう叫ぶと、木刀を夜鬼へと向けて打ち込んだ。夜鬼の振り下ろした腕へと木刀が直撃する。
衝撃。
威力は互角。お互いに反動で後方へと吹き飛ばされる。
「うおおおおおおお――――っ!」
雄也は叫びながら空中で反転。
そして、それと同時に夜鬼の方へと木刀を持っていない左手を向けた。
「穿て!」
雄也のその声に合わせて、左手の先から霊力によって形作られたピンポン玉ほどの大きさの光弾が、夜鬼へと向かって放たれる。
命中。
しかし、夜鬼は全くそれを意に介さない。
「ならばっ!」
霊気によって作り出された足場を蹴り、再び夜鬼へと間合いを詰めながら木刀を振りかぶる。
(一撃で斃す!)
木刀を強く握り、そして念じる。
それに反応し、木刀に刻まれた呪印が大気中の霊気を吸収する。
「――――ッ」
夜鬼もそれに応じるかのように反撃する。
雄也が夜鬼に対して木刀を振り下ろそうとした瞬間、カウンター気味に夜鬼の拳が放たれた。
「!」
雄也はそれを紙一重で回避し、青白い輝きを放つ木刀を夜鬼の脳天へと振り下ろした。
両断。
確かな手応えと共に、夜鬼は切り裂かれ、そして黒い霧となって消滅した。
「ふぅ……」
雄也が一息つき周囲を見渡した直後、クーと戦っていた夜鬼の内の四体が消滅した。
さらに、辛うじて斃されなかった夜鬼が、二体落下してくる。
雄也は、上空へと飛び上がり、すれ違いざまに弱った二体の夜鬼を一太刀で粉砕すると、クーの隣に立った。
「――ずいぶんと強いじゃねーかよ。なんで黙ってたんだ?」
「ユウヤが何も言わんからじゃ」
「そう言えばそうだったな」
「おヌシの方こそ、人間にしてはなかなかの強さじゃの。それともそれが普通なのか?」
「いや、少なくとも普通ではないはずだ」
残る夜鬼は合計で六体。先ほどはクーに対して一斉攻撃を仕掛けてきたが、現在は一時的に距離をとっているようだった。
突然、雄也たちの背後にいた一体の夜鬼が方へと向けて勢いよく飛んできた。
「くっ……」
「ふん……」
焦り木刀を構え直す雄也とは対照的に、クーはどこか余裕塗ら感じられる。
飛び込んできた夜鬼に対して、まず雄也が木刀を振り下ろす。しかし、夜鬼はこれを察知し直前で後退。
雄也の木刀は夜鬼の鼻先を掠めて空を切る。
「――っ!」
その直後、雄也の後ろにいたクーが雄也の肩を踏み台にして、飛び上がった。そして、一回転するとそのまま、降下と同時に雄也の攻撃を避けた夜鬼に対して踵落としを喰らわせる。
クーの身体能力は人間の、否、夜鬼のそれをはるかに上回っている。
加えて、クーの放った空手で言うところの胴回し回転蹴りにも似たこの技は、筋力に重力と遠心力を加えた、必殺クラスの技である。ただのパンチですら耐えられなかった夜鬼がこれに耐えられるはずがない。
夜鬼の肩をクーの足が抉りそのまま両断する。そして、夜鬼はそのまま消滅した。
「ばっちりのタイミングじゃな! 即興にしては上出来じゃ」
「踏み台にするならせめて事前にいってくれ」
そんなやり取りをしながら、雄也とクーは、空中にとどまったまま振り向く。
視線の先には、残された五体の夜鬼。
その五体の夜鬼が一カ所に集まると、一斉に雄也たちの方へと手を向けた。
直後、夜鬼たちの手のひらに霊気が収束し始める。
「――っ!まずいっ!」
雄也が叫ぶ。
五体の夜鬼がいる位置は、雄也たちの斜め上空約五十メートル先。
「ユウヤよ、あやつらは一体何をしようとしておるのじゃ」
「霊力砲だ。収束させた霊気を光線状に放出する攻撃。しかも五体同時、とんでもない威力になるぞ」
霊力砲は威力を高めようとすれば、それだけチャージに時間が掛かり隙が出来る。その隙を一体の夜鬼を囮に使うことで克服したのだ。
「この距離じゃ、今から斃しに行って阻止することは出来ない。よければ町に被害が出るし、かといってあれを防御しきるのは――」
不可能だ。
雄也がそう言おうとしたところに、クーの声が割り込む。
「ワシに任せろ」
クーはそう言って雄也の前に出ると、左手を夜鬼たちの方へと向けた。
直後、五体の夜鬼から霊力砲が放たれる。
放たれた五つの光線が、絡み合い、混ざり合い、「砲」と呼ぶに相応しい巨大な光線へと変化する。
瞬きするまもなく五十メートルの間合いを詰めた霊力砲が、クーへと直撃した。
「――っ!」
否。
夜鬼たちの霊力砲は、命中の直前にクーの左手の前へと出現した「何か」に阻まれ、周囲へと拡散しそして霧散した。
周囲の光を屈折させ、不定形に揺れ動く「何か」。
「――水、なのか?」
雄也の問いに対し、クーがニッと笑いながら答える。
「その通りじゃ。……さて、雄也よ。今からおヌシに、ワシの能力を見せて進ぜよう」
そう言ってクーは、水の『盾』へと向けて右手を向けた。
直後、ものすごい勢いで『盾』が膨張を始めた。
周囲からかき集めたのか、あるいは何らかの方法で創り出しているのか、今の雄也にそれを知る術はないが、ともかく、クーの作り出した水の『盾』は巨大化した。
「ゆくぞ」
クーのその掛け声とともに勢いよく『盾』から水が放出される。そして水の『盾』へと、向けていた右腕を真横へと振るった。
その動作に連動し、放たれた水が勢いよく薙ぎ払われる。
五十メートルの距離を一瞬で詰めるほどの勢いで放たれた水が、しなる鞭のように、あるいは意思を持った生物のように、夜鬼へと向けて襲い掛かった。
ウォーターカッターというものが存在する。加圧された水を放ち切断などの加工を行うものなのだが、たかが水と侮ってはいけない。コンクリートや鉄製の扉といったものすらも切断、貫通することが可能なのである。
クーの行った攻撃は水に霊力を付与したものであり、厳密な部分では異なるかもしれないが、おおよそ同じ原理を用いた攻撃だ。
回避不能な速度と、防御不能な攻撃力を持った「水」の「斬撃」が五体の夜鬼をいっぺんに襲う。
「消え失せるがいい」
決着は一瞬だった。
回避も防御も許されず横一文字に切り裂かれた夜鬼が、黒い粒子となって霧散する。
クーの、雄也たちの勝利だった。
雄也とクーは、無言のまま地上へと降り立つ。
「……クー、お前これほどの力を……」
先に口を開いたのは雄也だった。
クーは、そんな雄也の方を振り向き、緑の髪を夕焼けに煌めかせながら、満面の笑みで応じた。
「おヌシには、まだ見せておらんかったのう。そう、これこそがワシの特技じゃ。『水流操作』とでも言っておこうかのう」
これほどの能力をクーが持っていたということは、雄也にとって、確かに驚愕すべきことだった。
(だが、それだけじゃない。この能力有無以前の問題だ。純粋な腕力に加えて卓越した技術、それに飛行能力までも。身体能力に戦闘技能、おまけに特殊能力、それも四代元素系と来てやがる。……今ほど、こいつが味方でよかったと思ったことはないな)
「じゃがしかし、まだ不完全じゃ」
「不完全、だと? どういう意味だ」
「言葉の通りじゃよ。おヌシは、ワシの記憶が欠落しておるということを忘れとるのか? そのせいで今のワシは全くの不調じゃ。記憶を取り戻せば、この十倍は確実に強くなれる」
「……マジかよ」
「本当じゃよ。ワシの魂は、そのことを知っておるようじゃ」
もし仮に、クーの言葉が真実であるのだとすれば、雄也当初の予想をはるかに上回る事態である。
(使い魔どころの騒ぎじゃない。これだけの力を持っていても、まだ不完全だっていうなら、クーの正体、下手をすれば神獣クラスの存在だぞ……。もしかして、俺はとんでもない奴を呼び出しちまったのか?)
この時、雄也は平静を装いつつも確実に動揺していた。
ただの変わった女の子か、あるいは使い魔程度にしか考えていなかったクーのその圧倒的な戦闘能力と、潜在能力を目の当たりにしたためだ。
そして、そのことによってクーに対する捉え方を大きく変えなければならなくなったためである。
記憶を取り戻したクーは神話に出てくるような、完全に人智を超越した存在であると、雄也の本能が告げていたのだ。
雄也は、クーに対して、ある種の恐怖にも似た感情を、この時初めて抱いた。
「おヌシもなかなかやるのう。人間とはそれほどまでに強い存在なのか」
クーが屈託ない表情で雄也へと話しかける。それに対し雄也は僅かに動揺しながらも答えた。
「……あ、いや、俺みたいなのは例外だよ。だからこそ、わざわざこんな戦いをしなけりゃならないわけで。それに、俺はその『例外』の中でもかなり弱い方さ」
「そういうものなのか? まあしかし、何にせよおヌシはワシの隣に並び立つに相応しい力の持ち主であるということは、十分に理解することが出来た。
「……ずいぶんと言ってくれるじゃねーか。お前を呼び出したのは俺だぜ。もとより上下関係は明白だ」
雄也は精一杯の虚勢と共にクーへとそう告げる。クーは、そんな裕也の心を即座に見抜いたのか、どこか悪戯っぽい表情を浮かべた。
「なあに、安心せい。ワシが『何者』であったとて、おヌシを裏切ったりなどせんよ。そのことは心の底から約束しよう。例えどれほどの力があろうとも世界を滅ぼしたりなどせぬし、おヌシを殺したりもせぬ。だから安心せい」
「……本当か?」
雄也はクーの瞳を見つめながら静かにそう言った。
「本当じゃよ」
血のように赤い瞳は、穢れも曇りもない純粋な瞳だった。例えその純粋さが記憶の欠落による、虚構のものである可能性を理解していてもなお、信頼し信ずるに値するものであると思えるほどに綺麗な瞳だった。
「……わかった。悪かったな、変に疑ったりして。……それと、今日は助かった。礼を言わせともらおう」
「気にするな。おヌシは素性の知れぬワシに対して一定以上の信頼を置き、ワシの記憶を取り戻すために協力してくれると言った。ならばワシも、おヌシに可能な限り協力する。当然の事じゃよ」
「ありがと。俺も、クーの記憶が戻るように全力を尽くすぜ。改めてよろしくな」
雄也の言葉に対して、クーは笑顔で応じた。
「ワシの方こそ。よろしく頼むぞ、ユウヤ」