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第一章 始まり 一



第一章 始まり


 八月十三日。その日の朝は新上雄也にとっては最悪の目醒めとなった。

「何なんだあの夢は」

 そう口に出しはするものの、いざどんな夢だったのかと思い出そうとしてみるが、意外と正確には思い出せない。

「なんか変な本が出てきたかと思ったら、いきなり海底神殿の中にいてそれから……ん?」

 夢などというものは、大概はまともに思い出すことが出来ないものだ。心理学的か脳医学的か、そんな詳しいことまでは知らないが、少なくともそういうものであるということは雄也も知っていた。

「あー、何で思い出せねーかな。なんかこう、とんでもないものを見たような気がするんだよな」

 そうだと判っていても、いや、思い出すことが困難であるということをわかっているからこそ、雄也は懸命に自分の見た夢を思い出そうとしていた。自分の安眠を妨害したものがいったい何者であるかを突き止めたい、というのもあったが、それ以上に雄也にとって、夢と言うのは大きな意味を持っていた。

 夢占い、というものがある。

 夢というものが何らかの超常的力を秘めているというのは、人類有史以来から言われ続けてきたことだ。夢が、眠っている間におこる脳の単なる生理現象にすぎない、という一応の科学的解明が為された現代でも、星占いやら、タロット占いやら、手相占いなどと同列に夢占いも扱われている。そもそも科学的解明と言っても『一応』であり、まだまだ未知の分野であることに変わりはない。

 特に、超越的存在を知覚することが出来る者たちにとっては、『夢』と言うのは特別な意味を持っている。

 夢は単なる記憶を繋ぎ合わせた虚像ではなく、一種の予言的力を持っている、というのは有名な話だ。

 夢を通じて超越的存在とコミュニケーションをとることが出来る、あるいは超越的存在は夢を通じて人間に語りかけてくると主張するものは多く存在する。

 夢の中には別の次元に通じる扉があると主張する者すらもいる。

 そして、超越的存在を知る者たち、知覚することが出来る者たちは、これらの夢にまつわる逸話というものが、事実であるということを実体験として知っているのだ。

 超越的存在を知覚することが出来る者たちは、そういった夢を見る力の強い者のことを『夢見人』と呼んでいる。

 雄也も『夢見人』としての才能がある。少なくとも雄也自身はそうであると思っていた。

 夢の中でよくないことが起これば、それに近いことが現実でも起こる。特に超越的存在絡みのことは予言的であると言ってもいい。逆に夢の中でいいことがあってもそれが現実化したことは一度もない。

「理不尽、とは言わねーよな。と言うか、夜鬼みたいな化け物が存在すること自体理不尽だぜ」

 雄也にとっては自身の安眠を妨害した(といっても、夏真っ盛りのこの時期のことだ、どうせ暑さで起きるにきまっているのだが、そんなことは言いっこなしだ)悪夢を解明することは、後に己の身に降りかかるかもしれない厄災の正体を、事前に見極めるための大切な作業なのだ。

「とはいえ、降りかかることに変わりはないわけだから、一種の心構えみたいなもんか」

 そんな独り言をぶつぶつと呟きながら、昨日の夕飯の残りで作った朝食を食べた後、部屋でダラダラと過ごしていた。

 早起きで手に入れた時間を盛大に無駄使いしつつ、今日の予定を考える。

「夏休みは、まだ一週間以上あるから宿題に手を付ける必要は無い。しかしどこかに遊びに行く予定があるわけでもない。……冷静に考えたら、両親が出かけていようと出かけていまいと、俺の普段の生活が劇的に変化するわけでもないんだよな……」

 雄也は、ふと時計に目を向ける。

 時刻すでに午前十時。最早、早起きには何の意味もなかったということを知った雄也にとっては、ただ睡眠時間を奪っただけの自分の見た夢が恨めしく思えてくるが、それも今更といったところだ。

「とりあえず外に出るか。冷蔵庫の中はそろそろ空っぽになるから、どっちにしろ食料は買いに行かなきゃいけないわけだし」


×××


 そんなこんなで雄也は地元の商店街へと向かっていた。八百屋、魚屋、肉屋、文房具屋、金物屋、コンビニ、スーパー、等々とりあえず生活に必要な店は一通りそろっている。

 厳密に言うのであれば、コンビニとスーパーは商店会とは関係ないが、そんなことは雄也にとっては些細なことだった。(大量の客がスーパーに流れてしまうため商店会にとっては重大な問題だが)

「まあ、こんなもんかな。」

 いくつか店を回り、とりあえず買い物を終えた雄也は、そんなことを呟きながら商店街を歩いていた。

「――っ!」

 雄也は唐突に足を止めた。

(なんだこの感覚、どこかで感じたことがあるような、この違和感。『何か』がある。たぶん、とんでもないものが。――チクショウ、勘弁してくれよ、真昼間っから『厄介事』なんて)

 雄也が足を止めた場所は古本屋の前だった。ここは雄也もたまに利用しており、店主とも顔見知りだった。

(あぁ、分かったよ、行けばいいんだろ、どっちにしろ『厄介事』があれば俺が出なきゃいけねーんだ。まあ、思い過ごしかもしれないわけだが、それでも一応確認する必要がありそうだしな)

 覚悟を決めて店内に入る。

 入り口付近の手に取りやすい棚には流行の小説や絵本、新書本などが大量に入っており、少し奥に行くと専門書や、見るからに高そうな大判の本、それに洋書などが置かれている。

「これは……」

 雄也は店の奥、店主である初老の男性の座るカウンターの近くに無造作に積まれている、一冊の本に目が吸い寄せられた。

「Book of Poseidon……?」

 その本は黒字の表紙に金の文字でそう書かれていた。大きさはB4サイズほどで辞書のように分厚い。表紙も五ミリほどの厚さがあり、一目で『高そうな本』であることがわかる。

 表紙には表題の下にいくつもの様式化された水棲生物のシンボルが描かれており、中央にはタコを擬人化したような奇妙なものが描かれている。その奇妙な絵も相まって存在するだけで圧倒的な存在感を放っていた。

(いや、外見の存在感だけじゃない。明らかにほかの本とは別格の違和感。……この本、僅かだが霊気を放出している。それも、かなりやばい感じのするやつを。まさか、魔導書、なのか)

 魔導書とは、単純に魔術について書かれているだけの本を指すわけではない。その本自体が、何らかの魔術的な力を持っているものを指すのだ。雄也もそう言った書物が存在するということは十分に知っている。もとより彼はそちら側、すなわち、『常識』の裏側の人間だ。

 だがそんな雄也であっても、本物の魔導書というものを見たことはあっても、読んだことなど一度もなかった。

 そもそも、魔導書に記されている知識は、並みの人間ならば、聞いただけで精神に異常をきたすレベルの禁断の知識が記されているのが常であり、熟練の魔術師や錬金術師、退魔師であっても、その取扱いには慎重にならざるを得ない、はずなのだ。

(故に、そんなものが古本屋で無造作に詰まれているはずはないんだけどな……。ここに置かれているこの本は、明らかに普通じゃない。魔導書か、あるいはそれに準ずるような何かであるということは最早明白なわけで、つまり、……いったいどうなってんだよ、この状況は)

 雄也は戸惑いながらも、その本へと手を伸ばした。そして右手が表紙に触れた瞬間、雄也は電撃にでも打たれたかのような感覚を受けた。

「――っ!」

 そして、それと同時に脳裏に不可思議な光景が浮かび上がる。

 奇妙な本、暗い海、海底、そして、狂気的な造形の神殿と、緑の髪の少女。

「――――今のは、いったい、何なんだ」

 激流のように景色が脳裏を駆け抜けた後、雄也は呻いた。

(今の光景、初めて見る、いや、知っているぞ。思い出した、俺が夢で見たのと同じ、あの悪夢と同じ景色だ。でも、どうして今そんなものを、この場で急に思い出したんだ?)

 気を取り直して雄也はその本を手にとった。

 外見通り、非常に重かったが、雄也は本の重さが紙の質量以外の、何か超常的な現象にとって上乗せされているように感じた。

 紐で括られており中身を確認することが出来ないが、もし仮に魔導書やそれに準ずるものなら、不用意に開くのは危険だろう。

「気になるお値段は、っと」

 裏表紙には小さな値札シールが張られている。

「一と五とゼロが二つ、か」

 税込千五百円。

 今の雄也の財布の中身と相談した時に、無理なく購入できる値段だった。


×××


「マジかよ、買っちまったぜ、いや、買えちまったぜ、か」

 結局『本』を買った雄也は、そのまま帰宅した。

 『本』からは相変わらず禍々しい霊気が放たれている。

「冷静に考えれば、古本屋に行って、たまたま見かけた正体不明の本を衝動買いしてきたというわけで。うん、なんていうか、すごくバカっぽいな、俺」

 軽く昼食をとった後、雄也はこの『本』が何なのかを調べることにした。まずは表紙と裏表紙を結んでいる紐をほどき、ページを開いてみる。

「……開けたら呪われるとか、そういうのじゃねーよな」

 恐る恐るページを覗き込む。

 次の瞬間、雄也はそこに記されている内容に驚愕し、戦慄することとなった。それは、この『本』を古本屋において購入したことを心の底から後悔させ、今すぐにでも手放したいと思わせるのには十分すぎるものだった。

「……読めない、やっぱり英語なのか」

 本の内容が全て英語で記されていたのだ。

 雄也の学校での成績は決していいものでは無い。特に英語は彼の苦手科目なのだ。いや、例えそうでなかったとしても、英語のみで書かれた書物を読み解く力を持った高校生など、日本人の中では少数派だろう。

 そんなわけで解読作業は難航を極めた。

 そして、それに輪をかけるように想定外のことが起こった。

「……奥付がない、だと?」

 奥付とは、題名や著者名、出版社、発行年などが記述されている部分のことだ。一般的には、本の本文が終わった後や巻末に設けられるのだが、この本にはそれが存在しなかった。

 奥付の情報を基に、著者や出版年をネットで調べれば何かわかるかもしれない、と踏んでいた雄也の目論見はこの時点で出鼻を挫かれることとなった。

 そもそもこの『本』がいつ出版されたものであるか、というのが全く分からないのだ。紙自体は若干黄色く変質しているが、あたかも新品であるかのように本自体には全くと言っていいほど傷みがない。

「とりあえず、タイトルだけで調べてみるか」

 この時点で既に「内容を翻訳しよう」という考え方は雄也の中で完全に消滅していた。

「頼むから、何か出てきてくれよ」

 そう祈りながらパソコンをネットにつなぐと、検索キーワードに『Book of Poseidon 書籍』と入力した。


×××


「これ以上は無理、か」

 調べ始めてからおよそ三時間、限界を感じた雄也はついに諦めた。

 わかったことは、これと同じ本が、国内には国立国会図書館と夜刀浦大学図書館に存在し、どちらも禁帯出、つまりは持ち出し禁止になっているということ。

 海外では、アメリカのミスカトニック大学図書館に存在するということだった。

 また、とあるコレクターのホームページによると、「二十世紀初頭に出版された本であり、発行部数が少ないため極めて希少だが、内容はまるで意味不明なものである」とのことだ。

 別のサイトでは「ギリシャ神話の神ポセイドンについて、独自の視点から考察した研究書であると推測される」と書かれており、また別のサイトでは、「カルト宗教の聖書であり常人にはまるで理解不能な内容の書かれたオカルト本である」と書かれていた。

 中には、「人類を滅ぼすことが出来る邪神を呼び出すことが出来る呪文が記されている」などといった、退魔師である雄也でもにわかに信じがたいようなものまであった。

「この本自体に関する書き込みは多少あっても、内容そのものに関する具体的な記述がほとんどないな。俗にいう希少本ってやつなのか、それとも、やっぱりほんとに魔導書なのか、あるいは、その両方か」

 実際に魔導書であるのならば、その内容や存在が『表』に出てくるということはあまりない。そういったモノは往々にして秘匿されるものだからだ。

 例えば雄也の知っている魔導書、『死霊秘法ネクロノミコン』は、超越的存在に関わっている者なら一度は聞いたことがあるほど、『超有名な魔導書』であり、確かに実在する。だがネット上では半ば都市伝説のように扱われているのだ。

 もちろん海外の国立図書館や大規模な大学図書館に行き、正式な手続きを行えば現物を閲覧することも出来る。

 しかし、『死霊秘法』の内容が信用に出来るのである、ということや、『死霊秘法』が『本物』であるというような書き込みはほとんどない。ましてや、『死霊秘法』の内容に関する記述など『普通の方法』では見つけることは出来ない。

 もしもネット上でそうしたことを調べようとするならば、それなりの『ルール』なり『キーワード』なりを知っている必要があるのだ。

 こういったことが起こるのは、一部の魔術師や退魔師が『検閲』を行っているためであり、その目的は、超越的存在に関する知識や情報が『表』に流出し不用意に混乱を生み出さないようにするためである。

「Book of Poseidon……、まあ『ポセイドンの書』とでも言ったところかな。とりあえず、情報が中途半端だな。ただの希少本と言うには出てくる情報が少なすぎるし、もし本当に魔導書だとすれば、出てくる情報が多すぎる。その上内容に関してはみんな違うことを書いてある、か」

 雄也はパソコンの画面から視線を外すと、脇に置いてあったその『本』、便宜的に『ポセイドンの書』と呼ぶことにしたそれを手に取った。

「ただ、こいつが何ともいやな感じの霊気を放っているということに変わりはないわけで、まあとりあえず、『何か』であることは確かなんだよな」

 雄也はパソコンの電源を落とし席から立った。退魔師としての『見回り』とそれから帰ってきてからの夕飯、少なくともそれまでの間は『ポセイドンの書』のことは頭の片隅まで追いやることにしたのだ。

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