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もう一つのエピローグ

もう一つのエピローグ


 雄也の『治療』を行い、手紙を書き終えたハワードは新上家を後に、ある場所を目指して一人夜の街を歩いていた。

 少し歩き、商店街へと入ったハワードは古本屋の前で足を止めた。

 そこは雄也が『ポセイドンの書』を購入した場所であり、また店主の言葉から察するにニャルラトホテプが『ポセイドンの書』を売った場所でもある。

 時刻は午後十一時。多くの店がすでにシャッターを下ろす中、古本屋だけは煌々と明かりが点けられていた。

 ハワードは杖を左手に握ると、その古本屋の中へと入っていく。

「……いらっしゃいませ」

 店の奥のカウンターに腰かける店主が、ハワードへとあいさつをする。

 ハワードは無言のまま店主へと詰め寄り、杖に右手をかけると素早く抜刀し、刀の切っ先を店主の首元へと突きつけた。

「答えろ、どこまでが貴様の計画だったんだ?」

「……」

「最初の雄也の話の時点でおかしかった。何故古本屋の店主が『ポセイドンの書』の存在を知らない? あれは、『表』に対しても希少本として流通している。古書を扱う人間がそれを知らないという道理もない。知らなくても、調べればすぐにわかることだ。それすらしないというのは流石に不自然なのではないか」

「……」

「そもそも、本に細工をして、それを雄也に対して確実に売りつけるということが出来るのは、本を売る店側の人間の筈だからな」

「……」

「さて、そこまでがすべて貴様の茶番だったとしよう。雄也が『ポセイドンの書』を手にする前から、ルルイエとクティーラにまつわる夢を見せることで雄也を誘導し、『ポセイドンの書』を手にしたあとは夢に干渉して『所有者の契約』を円滑に進むようにする。結果として、貴様の狙い通りクティーラは召喚された」

「……」

「だが、その先はどうだ。貴様の計画は私の手によって歪められた。その私の計画ですら、あの二人の行動によって予想外の結末を迎えた」

「……」

「答えろ。目的はなんだ?」

「………………」

「私の問いに答えろ。貴様の目的はなんだ?」

「………………………………」

「答えろと言っているのだ! ニャルラトホテプ! 貴様の目的はなんだ!」

 そう叫ぶとハワードは、店主の首先に突きつけた刀を、そのまま勢いよく突き立てた。

 だが、手ごたえがない。

 直後、店主の姿が黒い霧のようなものとなって消えた。

「クックックックックッ、相変わらずの短気ですね、ハワード・カーター。何をそんなに焦っているのです? 別に、あなたに対して私の計画を教えなければならないという道理はない。そうでしょ?」

 ハワードの背後から声が響く。

「貴様ぁ――っ!」

 ハワードは振り返りながら、刀を振り下ろした。

 ハワードの背後にいた銀髪長身痩躯の男、ニャルラトホテプへと向かって、刀が煌めく。

 しかし、その刀はニャルラトホテプへは届かなかった。

 ニャルラトホテプが二本の指で刀を挟み、受け止めたからだ。

「やれやれ、全く、暴力的ですねえ。もし仮に、仮にですよ、あなたがこの場で私を殺したとして、殺すことが出来たと仮定して、その果てに一体何が起こるかはあなたが一番よくわかっているはずですよ。あなたには私を殺すことが出来ない。自分が存在することによって生じる益と、私が存在することによって生じる害。それを冷静に天秤にかけた結果、生きることを選択した。まあどのみち、『死霊秘法』と所有者の契約を結んでいる以上、自分の意思で死と言う選択肢は選べないんですけどねえ」

「見くびるなよ、この害悪の化身め。『旧神』の名の下では、貴様とて無力な存在にすぎん。契約を反故にしてしまっても構わないのだぞ」

「そんなことが出来ると、本気で言っているのですか?」

「試してみるか?」

「…………」

 両者沈黙。

「…………」

 睨み合いの末、先に折れたのはニャルラトホテプだった。

「……まあいいでしょう。今回は答えてあげることにしますよ。なかなか面白いショーを見ることが出来ましたしね。あなたが心にもない台詞を言いながらあの少年を焚き付けるところなど、クックックックック、今思い出しても、笑いがこみあげてきますよ。わざわざ夢に干渉してあんなことを言いに行くなんて。クックックックック、あなたがあんなことをしなくても、間違いなく新上雄也はやり遂げましたよ。そう考えると、あなたはやはり、最高の道化ですねえ。アッハッハッハッハッハハハハハハ」

 そう言うとニャルラトホテプは刀から指を離すと同時に、一歩後退した。

「まあ、おおよそあなたの読み通りですよ。大正解です。さて、目的、ですか。そんなものは簡単です。クティーラの召喚ですよ。そんなこともわからないんですか?」

 ニャルラトホテプのその言葉に、ハワードは笑い声を上げた。

「ははははは、だとすれば、私は貴様の手助けをしてしまったということか。こいつは一本取られたよ」

 そう言うと、再び刀をニャルラトホテプの首元に突きつけた。

「だが残念だったな。貴様の計画はご破算だ。クティーラは自我を取り戻し、事態は収束した。たとえ貴様が帰還に関する権限を持っていようとも関係ない。『あいつ』は自らの意志でこの地にあの姿のまま留まる道を選ぶだろう。クティーラという重要な『鍵』は、たった今『邪神』の手を離れた。そう、貴様は、重大なミスを犯した。『あいつ』が世界の崩壊を望まない以上、クトゥルフの復活はありえない。大失敗だったな!」

「何を言っているのですか、ハワード・カーター」

 ニャルラトホテプは嘲笑的な口調でそう言うと、この上なく冒涜的で邪悪な笑みを浮かべながらハワードへと語りかけた。

「いいですかハワード・カーター。君は重大な勘違いを犯している。第一に、クティーラを呼び出し今このタイミングでこの世界を滅ぼすことなど私の望むところではない。この際だからはっきり言っておきましょう。私は破壊に等興味はない。ましてや、クトゥルフなどという能無しの木偶の坊にこの星を壊させようなど、全く、私をバカにしているとしか言えない。あいつにやらせるぐらいなら、今この場で私がやりますよ。いいですかハワード・カーター。ならば何故、私が、クティーラの召喚の『手助け』などというまどろっこしい手段を使って、わざわざあんな子供に召喚させたのか? 何故わざわざ君に対してヒントを与えながら、あえてこの状況に巻き込んだのか? 何故タイミング良く大量の夜鬼があの二人を襲ったのか? いいですかハワード・カーター。考えればわかることですよ。答えはひどく容易く、どこまでも陳腐で、そして君が認めがたいものなのです。今この状況こそが、私の最も強く望んだものなのですよ。いいですかハワード・カーター。すべては計画通りなのです。今頃あの二人は、努力の果てにたどり着いた奇跡によって、強い信頼関係と言う名の分かちがたい絆で結ばれているはずです。それでいいのですよ。そこまですべて、私の計画通りなのですから。もちろん、君がこの場所に現れたことも含めてね。いいですかハワード・カーター、心して聞きなさい。これは、始まりに過ぎないのですよ」

「……始まり、だと……?貴様、一体――」

「一つ、面白い話をしてあげましょう。私たちを『邪神』と定義したのは、いったい誰なのでしょうか。いったい誰にとって『邪』なる『神』なのでしょうか」

「決まっている、人類、いや、この宇宙にとってだ。貴様らと言う存在が『邪』であることによって、この宇宙が形作られている。理由などない。貴様らは『邪神』であるがゆえに『邪神』だ」

「さすが! 『死霊秘法』と所有者の契約を結んでいるだけのことはあります。素晴らしい模範解答ですよ。――――ですが、残念ながらそれは間違いです。君のその答えは、クティーラという『邪神』が自我を取り戻したことによって覆させる。彼女が自らの意志によって、共存の道を『選びとることが出来た』と言う事実によって、君の模範解答は否定されるのです」

「……」

「我らが『邪神』と呼ばれるのは、『旧神』が『正義』を名乗り、我々を封印したことにより根ざすものですよ。『旧神』が『聖なる神』を名乗る限り、我々は『邪悪なる神』であり続けるのです。いいですかハワード・カーター。聡明なあなたなら本当はわかっているはずだ。物事を『正義』と『悪』、『聖』と『邪』の二極に分けることなど出来ないことを。立ち位置を変えるだけで『正義』の在り方が変化するということを。さあ、此処で問題です。――我々は、本当に『悪』なのでしょうか? 『旧神』は本当に『正義』なのでしょうか?」

「何が言いたい? ニャルラトホテプ、貴様は何を考えている!」

「反逆ですよ」

 ニャルラトホテプは、そう言うと、より一層邪悪な笑みを浮かべた。

「我が主を封じ、我が同胞を封じ、力による盲目的『正義』を振りかざした『旧神』に対するね。これはそのための下準備です。その戦いの時、君たち人類は『邪神』の側についてもらいたいのですよ。『邪神』と手を取り合い、『旧神』を打ち滅ぼし、勝者となってあるべき新たな秩序を創り出すための盟友として、私は人類に期待しているのですよ」

「……下らん戯言だな。そんな妄言に、協力するとでも?」

「クティーラ『旧神』のことを快く思っていないようですからね。少なくとも、クティーラと、それから、彼女と固い絆で結ばれた雄也君は私たちの側についてくれるでしょうね」

「――っ!」

「クックックックックッ、いいですか、ハワード・カーター。私の言葉をどう解釈するかはあなたの自由です。ですが、いずれあなたにも決断の時が訪れましよ。私とあなたは、いわば運命共同体、決して揺るがない絆によって繋がれているのですから。――では、ひとまずこれにて、見合いずれ会いましょうハワード・カーター」

 ニャルラトホテプがそう言った直後、その姿は黒い霧のような物へと変化し、古本屋の外へと流れて行った。

「待て、ニャルラトホテプ!」

 黒い霧に変化したしたニャルラトホテプを追ってハワードが店の外に出る。

 そこに、ニャルラトホテプの姿はなかった。

 ただ一色の黒。

 夜の闇だけがそこにあった。

「クックックックック、アッハッハッハッハッハハハハハハハハハハハハハ――――――」

 耐え難い不快感を伴う生暖かい夜の風に乗って、嘲笑にも似た悪魔めいた冒涜的な笑い声だけが高らかに響き渡っていた。


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