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エピローグ

 エピローグ

 

 夢ⅳ

 

 死にたくなかった。

 それが本音だった。

 たとえどんな言葉を重ねようとも、最後はそこへと行きつく。

 救いたいとか、見捨てたくないとか、そんなことは結果論でしかない。『あの時』、『私』は死にたくなかった。

 自分の生に対する執着が、結果として奇跡じみた結論を導いたに過ぎない。

 しかし……。

 だからと言って、助けたいという感情が偽りのものであるとは思わない。

 『貴方』を思う気持ちが、偽りのものであるとは思わない。

 だから、『私』は『私』の為に。

 だから、『貴方』は『貴方』の為に。

 だから、『私』は『貴方』の為に。

 だから、『貴方』は『私』の為に…………。

 

 ×××

 

「夢、か」

 雄也はそう言いながら目を覚ました。

 一体どんな夢を見ていたのかは実際のところよく覚えていないが、ただ、なんとなくそんな言葉を言った。

 視界に映るのは自分の部屋の見慣れた天井。

 今まで寝ていた場所は自分の部屋のベッド。

「…………」

 まだ意識が朦朧としている。

 なぜ自分がここに居るのか、ここで寝ていたのかを思い出せない。

 クティーラを助けようとした。

 そのためにクティーラと戦った。

 拳を握り、無数の光線を潜り抜けた。

(……そうだ。あの時俺は、あの光の中に――っ!)

 雄也はやっと思い出した。

 クティーラの放った最後の砲撃に中へと、雄也は突っ込んで行ったのだ。その直後、光に包まれ、そして……。

 その後の記憶は途絶えている。

 だが今、雄也にとって、そんなことはどうでもよかった。

 自分が今生きている。その事実を再び認識した雄也は、もう一つ確かめなければならないものがあった。

「クティーラ……」

 その名前を呟き起き上がろうとする。

「……痛っ」

 全身に激痛が走った。思い通りに動かない。

 雄也は焦りながら、何とか首を動かし自分の体を確認する。

 ひとまず五体無事のようだ。だが全身に包帯が撒かれており、まるでミイラのようになっている。

 壁に掛けてある時計へと視線を移した。

 二時二十分。

 部屋は蛍光灯によって明るくなっており、開けっ放しのカーテンから夜の空が見える。

 午前二時二十分。

 テレビ欄的には二十六時二十分。

 深夜だった。

「やっとお目覚めか。全く、のんきな奴じゃな」

「――っ!」

 雄也は驚きながら声の方へと振り向く。

 そこには、一人の少女が椅子に腰かけていた。

 緑の髪、白い肌、赤い瞳、奇妙な服、見間違いようもない。

「クティーラ、お前――」

「ククククク、そうそれでよい、その反応でなければつまらん。そう、ワシじゃ。クティーラじゃよ」

「どうして、どうやって、それにその姿は……」

「何じゃ、感動の再会だというのに。不満なのか? ん?」

「いや、そんなわけないだろ。そんなわけないけど、でも、どうやって?」

「簡単な理屈じゃよ」

 そう言うとクティーラは雄也へと向けて、まだ寝ていろ、と手で示し再び話し始めた。

「この姿も、あの化け物じみた姿も、どちらもワシじゃ。元々こちらの方がエネルギー効率がよくてのう。余談じゃが、本気のワシはあの程度ではないぞ。あんなに小さくはないし、あそこまで醜くもない。おヌシもそれは『知って』おるじゃろ? まあ、きちんと自分の能力を制御できるなら、ワシにとっては状況に応じて姿を自在に変えることなど容易いのじゃよ。しかしまあ、それにしても、じゃ。……おヌシ、なかなか無茶なことをするのじゃな」

 クティーラはそう言って雄也へと話を振った。

「……無茶? 一体何のことだ?」

「とぼけるでないぞ、この三流策士め。もしあの状況でワシが『正気』に戻らんかったら、いったいどうするつもりなのじゃ」

「……ああ、そのことか。まあ、そん時はそん時だ。それに……」

 そこまで言うと、雄也はクティーラの瞳を真っ直ぐと見据え再び言葉を紡いだ。

「お前ならできる。俺はそう信じてたからな」

「ふん、よく言う。『何が信じていた』じゃ。あの状況、ワシにはああするしかないじゃろうが」

 クティーラは、バカバカしい、と言わんばかりに鼻を鳴らしながら、雄也から視線を外した。

 あの時。

 雄也がクティーラの霊力砲に対して突っ込んで行ったあの状況において、クティーラには『何としてでも正気に戻り能力を必死に制御する』以外の選択肢は残されていなかった。

 なぜなら、クティーラと雄也は命を共有しているのだから。

 あの状況で雄也が死にでもすれば、それはクティーラの命にもかかわる。

 故に、クティーラに取れる選択肢は二つだけ。

 共に滅びるか、共に生き残るか、それだけだった。

 一見ギャンブルじみているが、雄也には十分な勝算があった。

 クティーラは決して死ぬことを望んでいなかったし、それ以上に雄也が死ぬことを良しとしていなかった。そのことを雄也はクティーラの精神世界の中で、十分に確かめていた。

 それだけではない。

 あの精神世界の中でクティーラは、『外』の自分をある程度制御しており、やれば取り込まれてしまう『かもしれない』だけであって、今すぐ『理性』を取り戻すことは出来ると言っていた。

 そして決定打。

 『外』のクティーラは、雄也の挑発に対して見事に掛かり、『怒り』という『感情』を見せたのだ。つまり、雄也の言葉を理解できるぐらいには『理性的』だったのだ。

 だからこそ、十分な勝算を持って雄也は挑んだ。

 後は、クティーラにとって雄也は斃すことの出来ない相手であるという印象を強く与え、切り札を出させ、その最大出力の攻撃を自らの意志で制御させる。

 だが、そこまでの確証が得られずとも雄也はこの方法を選択しただろう。

 クティーラを信頼していたというのは、偽らざる本心なのだから。

「そう言えば、ハワードさんは?」

「おう、そうじゃった。あの男からはこんなものを預かっておる」

 クティーラはそう言って立ち上がると、雄也の机の上に置いてある『ポセイドンの書』の入った肩掛け鞄の中から、一枚の紙を取り出した。

「おヌシが目覚めたなら、この手紙を渡すように、とのことじゃった。ほれ」

 雄也は何とか左手を出すとその紙を受け取った。右手は当分の間動きそうにない。

 クティーラから渡されたものは手紙だった。

 A4サイズの紙に、日本語で書かれている。

『若く偉大なる魔術師が住まう極東の島にて

 夜の闇が町を覆い夜鬼達が翼を広げる刻限

 新上雄也殿


 まず、私は君に謝らなければならない。君を私の個人的な事情に巻き込んでしまったこと、君を利用しようとしたこと、君へと向けて刀を向けたこと、そして君を騙したことについて、だ』

 その書き出しで始まった文章は、雄也に対するハワードの謝罪の言葉が綴られていたが、雄也はあえてその文章をほとんど読み飛ばした。

 雄也はハワードを恨むことが出来なかった。

 ハワードがこの件に関わらなくても、同じようなことが起こっていたに違いないと思っていたからだ。そして、その時ハワードがいなければ、今よりも悲劇的な結末を迎えていたに違いないと確信していたのだ。

『それらのことを君が許してくれるとは思わない。

 君が望むなら、私はいつでも君に力を貸そう』

 謝罪の言葉は、そう言って締めくくられていた。

 その先には、今の雄也に施した『治療』についての説明が記されていた。

 どうやら雄也の全身に巻かれた包帯には呪印が記されているらしく、治癒能力を促進させる力があるらしい。ただ、あの攻撃でありながら、命にかかわるような怪我はなく、今の雄也が受けているダメージの大半は、呪印による身体強化の反動によるものとのことだ。

『しかし、君もなかなかの切れ者だ。あれを見せつけられてはクティーラが自身の能力を制御できるということを認めざるを得ない。『あの攻撃』の直後、君は気絶してしまったから知らないだろうが、クティーラは君に攻撃が当たる瞬間、あの霊力砲を曲げて君から逸らし、その数秒後に自らの意志で砲撃を中断したんだ。そして『人間形態』に戻ると、倒れる君を抱き上げながら……。いや、この先は書かないでおこう。どうも彼女は高いプライドの持ち主のようだからね。どうしても気になるなら本人に直接聞いてみるといい。

 ともかく、いまだに信じられないがクティーラには明確な『感情』というものがあり、また、その膨大な力を制御することが出来る、そのことを私も認めなくてはならないようだ。

 とは言え、私はクティーラのことを心の底から信用しているわけではない。とりあえず保険として、クティーラには『腕輪』を渡しておいた。詳しいことは『彼女』に話してあるので直接聞いてみてくれ。

 では、紙がそろそろ足りなくなるのでこのあたりでペンを置かせてもらおう。

 繰り返しになるが、私はいつでも君の力になる。困ったことがあればすぐに頼ってくれ。それと、君のお父さんにもよろしく言っておいてくれ。あの話に関して嘘はない。

 ではまたいずれ。

 

 贖罪のため貴殿に仕える西の退魔師 ハワード・カーター』

 ハワードの手紙はそうしめくくり、下には連絡先が書かれていた。

「クティーラの『腕輪』?」

 雄也の言葉に、クティーラは奇妙な五芒星の彫られた金色の腕輪を見せた。

「こいつのことじゃよ。何でも、霊気の制御を行うための物らしい。こいつがあれば、一度に使える霊気の量が制限させるらしいんじゃ。とはいえワシが自力で外せるわけじゃし、気休めのようなもんじゃよ。さて、ほかに何か質問はあるか?」

 雄也は、ハワードからの手紙から視線を上げ、クティーラの方へと向いた。

「な、何じゃ急に」

 まじまじと見つめる雄也に対して、クティーラは顔を赤くしながら珍しく動揺したような声を上げた。

「いや、なんでもない」

 赤い瞳がいつもより一層充血したように赤くなっており、頬には涙の痕のようなものが出来ていることに関しては、あえて触れないことにした。

「そんなことよりも」

「そんなこと? いったい何の話じゃ?」

「気にするな、特に何でもない」

「う、うむ、それで?」

「クティーラは、これからどうするつもりだ?」

 雄也のこの問い自体には、実際のところ大した意味がなかった。

 どんな答えが返ってくるのか、クティーラがどう答えるのか、ということはすでに分かり切っていたからだ。いや、分かり切っていたというよりも選択肢がなかった、と言うべきだろうか。だが、そうであっても、言葉を聞いて確かめたかったのだ。

「そうじゃのう……、まあ、現状元居た場所へと還ることもできんわけじゃし、しばらくの間は、ここで厄介になるとするかの。おヌシはそれでよいか?」

「それでよいか、って、ほかに選択肢がねーだろうが」

 雄也がそう答えると、クティーラはどこかにやにやしながら口を開いた。

「そんなことはわかっておる。じゃが、お主の意思はどうなんじゃ? ワシにいてほしいのか、それともいてほしくないのか。お主の言葉を聞かせてくれ」

 先手を打たれた。

 雄也はそう直感した。

 見た目こそ同い年ぐらいだが、その正体は永劫ともいえる時を生きてきた『邪神』なのだ。そして今のクティーラはその記憶を全て取り戻している。雄也よりも頭が切れることも当然と言えば当然なのだ。

「……協力しろ、クティーラ。こんなに深く『こっち側』に踏み込んじまった以上、これから先にもいつ厄介事に巻き込まれるかわからない。どのみち俺らは運命共同体だ。俺はお前に力を貸す。だからお前も、俺に力を貸してくれ」

 雄也はそう言うと左手をクティーラの方へと差し出した。

「うむ、よかろう。おヌシの頼みならば仕方がない。ワシに力を貸すというのならば、『邪神』の姫自らが、おヌシに力を貸して進ぜよう」

 クティーラは少しわざとらしい芝居がかった口調でそう言うと、どこか勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべながら、雄也の差し出した手を握った。

「では、――改めてよろしく頼むぞ、新上雄也」

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