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夢Y


夢Y


 ゆっくりと意識が戻ってきた。

 直前に何が起こったのかを思い出す。

 クティーラとの戦闘、絡みつく触手の不快感、迫るクティーラの『口』。

 そして、今。

 …………。

 そう。俺は、クティーラに『喰われ』た。

 だとすれば、ここは死後の世界ということになるのだろうか。

 全身の感覚は正常だ。

 ただ視界が悪い。自分が今いる場所は、暗く広い場所。水の中、いや、海の中にいるようだった。だが奇妙なことに呼吸に不自由はない。それとも死者は呼吸を必要としないのだろうか。

 自分が死んでいるかもしれないというのに、やたらと冷静な自分に気付くと、どこかおかしな気持ちになった。

 冷静な理由は自分が一番よく理解している。

 俺は、死んでなどいないからだ。

 これは確信を持って言える。

 今の俺は生きている。

 今俺がいる場所は、クティーラの体内の筈だ。

 だが、俺は今、広く深い海の中にいる。

 だとすればこれは夢だ。

 俺は夢を見ているのだ。

 物理的な『俺』がクティーラの体内へと囚われているのと同じように、俺の精神もクティーラの内に囚われている。そのことを直感的に理解できた。

 ここはクティーラの精神の中、意識の内側、記憶の深層、夢の内部なのだ。

 超越的存在の多くは、夢を通じて人間にメッセージを投げかけてくる。そして夢見人と呼ばれる者達は、意識的、あるいは無意識的にそのメッセージを夢の中で受け取る。

 数日前、俺の見た奇妙な夢は『ポセイドンの書』の知識に加えて、クティーラのメッセージを無意識的に受け取り、夢を共有したことによるものだろう。

 俺はあの時、クティーラと同じ夢を見たのだ。

 そして気が付いた。

 あの夢の中の『私』は俺自身すなわち『雄也』であり、『クティーラ』でもあったのだ。

 今俺は、クティーラの意識の中にいる。だとすれば、ここにクティーラを正気に戻すための手掛かりがあるのではないだろうか。

 クティーラが狂気に陥った理由。

 それは、記憶を取り戻し、その本性が解放されたためだ。

 『ポセイドンの書』の記述から考えると確かにそれは間違いではない。

 『ポセイドンの書』の中におけるクティーラの記述は、彼女は強大な力を持った神、クトゥルフの娘であり、クトゥルフと同様に極めて凶暴な性質を持った神格であるとされていた。

 つまり、今のクティーラは狂気に陥っているのではなく、本来の姿を取り戻しただけである、ということだ。

 人格を含めた自己のあり方を規定する要素というのは、全て過去の記憶に根差していると言ってもいい。

 断片的な記憶によって形成されたクティーラの人格は、過去の自分に記憶を知った。そしてクティーラはすべての記憶から成り立つ、予想もしなかった『本当の自分』に出会ってしまったのだろう。

 過去。

 それは決して覆らないものだ。

 知ってしまえば、後戻りは決して許されない。

 知らなかったことにして先へと進むことなど、出来る筈がない。

 もっとも、なぜこんなことをしているのか、それはクティーラ本人にしかわからないことだ。

 彼女の本心と向き合わなければ理解できないことだ。

 理解しなければ、説得など出来るはずもない。

 そして、俺はそのために行動しなければならない。

 死にたくないから? 

 確かにそれもある。

 それは確かに重要なことだ。今ここでクティーラの破壊行動を止めなければ、この街、いやこの世界は大変なことになるだろう。それに、もしこの先俺が一生この場所に囚われているのだとすればそれは死んだも同然のことだ。いや、もしかすれば、新上雄也という人格を保てなくなり消滅してしまう可能性すらもある。そうなる前にここから出なければならない。

 でも、それ以上に大切な理由がある。

 俺は、クティーラを苦しめたくない。クティーラが苦しむ顔を見たくない。あの無邪気でありながらもどこか見透かしたような笑顔のクティーラにこの苦しみを与えたのは、もとはと言えば俺の軽率な行動の結果でもあるのだ。

 その償いのためにも、今、俺は行動しなければならない。

 クティーラを正気に戻すことが出来るのは、俺だけだ。

 そして、今の俺は、それが出来る『場所』にいる。

 ならば、取るべき行動は一つだけだ。

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