3 灰色の細胞に依頼
街灯の明かりが鈍い光を投げかけてはいるものの、街は20時を回ってすっかり闇に包まれていた。
啓介は、仕事帰りの友美に後ろから声をかけた。
「名探偵にご出馬願うような事件でしょうかね」
ビクッとした友美は、思わず、お気に入りの大きなポケットが2箇所ついている花柄の布製のバックに手を入れて、スマホを握り締めた。
「『110番 スマホは急に 架けれない』ってね……携帯なら手探りでも架けられるが、スマホは難しいね」
その声を聞いて、肩から力が抜けた友美は、振り向きながら
「驚かさないで…。それと名探偵は止めて下さい。あの時は偶々当たっただけですから」
啓介は友美の前に立ちふさがるようにして立ち止まる。
「警察は、恐らく引ったくりが、勢いあまっての犯行という見込みで、通り一辺の捜査しかしないだろうと思う。引ったくりや強盗にしては、なぜあんな爺さんを襲ったのだろうか?」
「・・・」
「前の事件で分かって頂いてると思うが、冷やかし・興味本位と言われようが、おいらはただ真実が知りたいだけだ。聞き込んだことはすべて話す。秘密は絶対漏らさない。だからまた、ポアロがいうところのあなたの灰色の細胞を、働かせて貰いたいのですがね」
「事件がなかなか解決しなくて、私に暇な時間があって、気が向いたらということにしておきましょうか」
「する気が無い!って言いたいわけ? 奪われた本は、特別なものとか高価なもの?」
「『黄色い部屋はいかに改装されたか?』という本です。その本についても警察から色々聞かれました。だけど初版は1975年に発行された古い本なので、今では古本屋でも滅多に手に入らない本ではありますけど、何万円もの価値がある本ではないと思います」
「建築の本か?そんな本、読んでも意味がわかるのか?」
「黄色い部屋は建築関係ではなくて、推理小説です。予約してあった本を受け取りにきています」
「何だガストン・ルルーの方か。予約…その本を予約していた?」
「オムリスからの予約ではなく、インターネットでの予約だったと思います。自分で検索して予約していたかも知れませんが、窓口で予約をしたという記憶も記録もありません。」
「あの爺さんネットしてたのか…と言うか、そっちでは何番のオムリスから予約したとか、ネットでの予約だとか、どんな方法手段で予約したかが判るのか?」
「それは分かります。でも、あの方がネットしていたかどうかは分かりません。ネットで予約すると、ほとんどの方が、準備が出来ればメールでのお知らせを希望されます。でもあの方は、以前から窓口で予約した本が届いているかどうかを確認していたことを何回か覚えていますから、メールを見てではなく…というかメールでのお知らせをしていないのではないかと思います。」
夜風に身を晒していると、もう3月半ばとはいえ流石に冷え込んでくる。
「もういいですか」
「面白くなってきたぜ。何か進展があれば頼みます」啓介は体を開いて道をあけた。
友美はバイバイと手を振りながら振り向きもせず駅に向かって歩いて行った。
後姿を見送りながら、不謹慎かもしれないが、このまま単なる窃盗事件で終わって欲しくないと思う啓介であった。