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悩めるスノーマン

作者: 爪切鋏介

 街の路地裏を通ると大きな木のはえた空き地にでます。

 そこが、わたるの自分の場所でした。わたるは学校の放課後や休みの日になるといつもここに来て、木の下で横になったり、なにをするでもなくぼうっとしています。

 冬になり、雪が積もりはじめたある日、わたるは思いつきます。

 ゆきだるまをつくろう。

 思い立ったが吉日か、わたるは雪玉を転がしはじめます。小さな雪玉へ磁石のように粉雪が引っ付いていきます。

 やがて、子供のわたるにぴったりなまつぼっくりの目と、木の枝のうでをもつ小柄で可愛らしいゆきだるまが出来上がりました。

 でも、わたるはどこか不満げでした。ゆきだるまの出来にではなく、一人でつくった、ということにです。そして、何を思ったのか、

「俺、わたるっていうんだ」

 と、ものいわぬ雪の塊にいろいろなことをしゃべりはじめます。もちろんわたるの言葉に何らかの返事をかえすはずがありません。

 しかし、わたるはそんなことおかまいなしに、「クラスのトミオっていうやつがひどいやつで…」などと愚痴や自分のことをしゃべり続けます。

 一人でしゃべり続けます。

 やがて、口を動かすことに飽きたのか、だまりこみました。

「むなしい…」

 そう呟くとわたるは家路へ向かっていきます。



 次の日も学校帰りにまっすぐ空き地へいきました。  ランドセルを降ろし、真ん中にある大きな木に座ります。いつものようにぼぉとくもり空を眺めていると、ため息をひとつつき真っ白な地面を見つめています。

「おいおいトミオになんかされたのか?」

「ちがうよ」

「そうか?いかにもいじめられたって顔してるぜ」

「ちがうっていってるだろ!お前いったい…」

 そこで、わたるは気づきます。いったいどこから、誰から話しかけられているんだろうと。わたるは、周りを見渡します。しかし、この空き地には人っこ一人にいません。

「大丈夫だよ。心配しなくても、ここには俺らしかいねぇよ。だから安心して愚痴っていいんだぜ」

またもや声は聞こえてきます。俺らと声はいいますが、わたるにはわたる自身しか見つけられません。

「おーい、下だよ下」

 下?

 わたるは下を向き、雪に覆われた地面を眺めます。しかし、いくら見渡してもそこにあるのは大きな木と、ランドセルと、ゆきだるまだけです。

 わたるは、自分はおかしくなったんじゃないかと悲しくなりました。そうしてまた木の下へ座りこみました。そうしている間も謎の声は聞こえてきます。わたるはそれを振り払うように黙りこみます。

「いつまでも無視してんじゃねぇよ。ガキが!」 わたるはびっくりして思わず立ち上がってしまいました。

 それと同時にさっき謎の声がいっていたことを思い出しました。

 またトミオにいじめられたか?

 わたるは、昨日自分がトミオの愚痴を聞かせた人、いや、ものを思い出しました。

 わたるは、自分の作ったゆきだるまに顔を向けます。

「やっと気づいたか」

 そういってゆきだるまはにやりと笑った。気がしました。



「へぇ、お前わたるっていうのか、面白い名前だな」「うん」

 自分の名前はそんなに面白いものなのかとわたるは首をかしげたくなりました。

謎の声の正体はわたるの作ったゆきだるまでした。それを知ったとき驚きと恐怖、両方の感情がわたるの中でうまれていました。しかし、その感情の対象であるゆきだるまと平然と会話を交わしていました。わたるはこれが自分の妄想なのかもしれないとも思っていたのです。

「ねぇゆきだるまさん」

「ゆきだるまさん?ああ、俺のことか」

「なんでゆきだるまさんはしゃべれるの?」

「なんでしゃべれるか?そりゃ俺が精霊だからにきまってんだろ」

「精霊?精霊って絵本とかにでてくるあれのこと」

わたるは興奮しながら聞きます。それもそのはず、絵本の中でしか見たことのない存在が自分の目の前にいるのですから。

「すごい、ゆきだるまさんは精霊なんだ!」

「ちょっとまてわたるよ、俺をゆきだるまさんなんて呼ばないでくれ」

「なんで?」

わたるは不思議に思いました。目の前で話しているのはゆきだるまなのにどうしてゆきだるまさんと呼んではいけないのか、と。

「確かに俺はゆきだるまだそれは紛れもない事実だ。だが、それは人間、とか犬、とかそういうもんだろ」

「うん」

と言いながらわたるはよくわかっていませんでした。

「じゃあ、精霊さんって呼べばいいの?」

「いやそれも同じようなもんだ。だからわたる」

「なに」

「お前が俺に名前をつけてけれ」

「えっ」

わたるは驚きのあまり声が裏返りました。

「どうして僕が?」「俺を作ったのはお前だろ。だったらお前か名前をつけるのは当たり前の話じゃないか」

突然の要求にわたるは困ります。ゆきだるまや精霊らしい名前が思いつかなかったのです。

「じゃあ」

数秒の思案の後、わたるは口をひらきました。

「ゆきだるマンなんてどう?」

「たいして変わってないねぇじゃねぇか!」

「ヒーローみたいでいいと思ったんだけど」

ゆきだるまに宿った精霊は呆れていました。表情なんてないからわたにるはそう見えただけなのですが。

「じゃあゆきおは?」

「だからそのまんまだろが!」

「じゃあゆきおとこ」

「それもう別もんだろ!」

わたるはそんなやり取りを延々続けていました。こんな楽しい会話は久しぶりでした。

「それじゃ…」

わたるはひとつよいと思う名前を思い付きました。

「スノーマンは?」

どんな名前でも文句をつけていたゆきだるまでしたが、今回は黙りこみます。

「スノーマン…」

ゆきだるまは何かを確認するかのように呟きます。

「スノーマン、スノーマン、スノーマンスノーマンスノーマン!やっべー、語感といい響きといい最っ高にカッコいい名前じゃあねぇか!わたる、ありがとよ。今日から俺はスノーマンだ」

「…よかったねスノーマン」 わたるはまさかここまで喜ぶとは思っていませんでした。ゆきだるまをただ英語にしただけなんてとてもいえません。



それからというもの、わたるは学校の帰りにスノーマンに会いに行きました。わたるの学校であったいろいろな他愛のない話をスノーマンは興味深そうに聞いていました。

会いに行けない日があると自分自身もそうですが、スノーマンが寂しがってるんじゃないかと心配しました。そこまでスノーマンはわたるの大事な存在でした。

そんなある日スノーマンが言いました。

「お前友達と遊ばなくていいのか?」

わたるはその言葉を一瞬理解できませんでした。

「いや悪い、変な意味は無いんだ。

ずっと俺んとこ来るからさ、友達をないがしろにしてるんじゃないかと思ってな」

「いない」

「えっ」

スノーマンは面食らいました。面ないのですが…。

「友達とかいないもん」

 わたるのその一言で沈黙が場を支配しました。やがて自分が生んだ沈黙を壊すかのようにわたるが口を開きます。

「僕がこの街に来たのは3ヶ月くらい前だったんだ。理由はよくわからないけど引っ越しなくちゃいけなくなって、見ず知らずの他人しかいない学校に転校させられたんだ」

そこでわたるは一呼吸つきます。

「新しい学校ではうまく馴染めなくて、しかもトミオに目をつけられて嫌がらせされるんだよね」 はっきりといじめられてるといえばいいのに、わたるはそれを頑なに認めようとはしませんでした。

「でも、親に心配されたくないんだ。だから友達と遊んでるように見せかけて、ここど時間をつぶしてるんだ」

わたるは言い終わるとうつむき始めます。

「すまなかったな…」

スノーマンは謝ります。わたるはそれにこたえません。

「なぁわたる、俺の悩みを聞いてくれるか」

わたるはスノーマンの方を向きます。そのときのスノーマンは遠くを見ていたように思いました。

「わたるは自分の生まれたときのこと覚えてるか?」「そんなのわからないよ」 わたるは少しむっとします。

「俺はお前の作ったゆきだるまとして生まれた。自分が精霊だっていうことはなんとなくわかっていたけどな、でもゆきだるまになる前のことがわからないんだ。よく思うんだ、俺はどこから来たんだろうな、って」

「精霊が住むところからきたんじゃないかな」

「そうかもな、でも俺はそんなところは覚えてないんだ」

わたるはスノーマンが何を言いたいのかわからなくなりました。

「でも俺は所詮ゆきだるまだ。雪はいつか溶ける。冬はいつか過ぎる。そうなってしまったとき俺はどうなっちまうの不安なのさ」

わたるははっとしました。精霊といってもスノーマンはゆきだるまです、冬が終わり春の陽気でただの水になってしまうのは当然のことでした。

「いやだよ、せっかく友達になれたのにお別れなんて。そうだ冷蔵庫に入れたら夏でも一緒に…」

「わたる!」

スノーマンの鋭い声にわたるは驚きます。

「いいかわたる、俺もお前と別れるのはつらい。でもな、人ってのはな出会いと別れを繰りかえすんだ。しかたないことなんだ」

「でも…」

スノーマンのいいたいことはわかります。しかし、納得できないわたるでした。

「だからな、それはお前の苦しみだっていつかお別れする時があるってことなんだぜ」

「僕の苦しみ…」

わたるは確認するかのように呟きます。

「そうだ、俺とのお別れがあるように苦しいことだっていつかお別れする日が来るんだ」

スノーマンの言葉は、励ましは、とても嬉しかった。それでも…

「スノーマンと離れたくない…」

「なぁに安心しろ俺がどっかいっちまっても見守ってやるからよ」

「見守ることができないくらい遠くにいったらどうするの?」

「それをいったらおしまいだ」

そうして二人は大笑いしました。スノーマンの表情は変わりません。しかし、わたるにはスノーマンが笑っていると確信をもっていえました。



ある日、いつものように空き地に向かうと信じられない光景がひろがっていました。

トミオです。トミオとその取り巻きたちがわたるの空き地にいたのです。わたるはあまりのことにただ呆然としていました。

「あっ、おいわたる〜」

トミオはわたるに気がつき近づいてきました。

「俺は放課後お前に会えなくてさみしかったぜ。お前がここにいつも来てるって聞いてまってやったんだせ」

トミオの言うさみしいとは、いじめる相手がいなくてさみしいということくらいわたるにはわかっていました。

「遊ぼうぜわたる」 そういって取り巻き二人がわたるからランドセルを奪い、中身をあたりにぶちまけ蹴ったり、投げたりしました。

わたるが「やめろ」と言おうとした途端、羽交い締めにされ身動きがとれなくなりました。

「このゆきだるまお前作ったの?」

トミオはスノーマンの方へと近づいていきました。わたるのなかで嫌な予感が走ります。そして、その予感はくしくも的中してしまうのです。

「お前みてぇにちっちゃいゆきだるまだな!」

トミオは、めちゃくちゃな蹴りでスノーマンを、わたるの友達を粉々にしました。

「お前ぇぇぇぇぇ!」

わたるは力づくで拘束を振り払い。トミオに向かって走りだします。そしてしてやったりみたいな顔をしているトミオの頬に拳を叩きつけます。

「いってぇなこの野郎!」

トミオはわたるを思い切り突飛ばします。

「わたるのくせに生意気なをだよ!」

そういってトミオとその取り巻きたちはわたるに固めた雪玉を投げつけます。

やがて、満足したのか大笑いしながらトミオたちは帰っていきました。

「スノーマン…」

わたるはただの雪の破片になってしまった友達を見て泣いていました。ずった泣いていました。



それからわたるはゆきだるまを作りました。何個も何個も、次の冬も、その次の冬も作りました。でも、スノーマンに会うことはありませんでした。

そして、わたるは大人になりました。

スノーマンのいったとおりいろんな人に、いろんな苦しいことに出会い、そしてお別れしていきました。トミオのことも、

……スノーマンのことも、遠い昔の思い出の破片となっていました。



わたるは子供といっしょに公園へいきました。中央に大きな木のはえた公園でした。わたるの子供は遊ぶ友達を見つけると友達の方へ一直線に走っていきました。わたるは大きな木の下にしゃがみ子供たちが遊んでいるのを見守っていました。

わたるは自分の子供が楽しんでいるのをみると、とても幸せでした。

「今まさに幸せって顔しつるな」

「ああ、今まさに幸せだよ」

そこでわたるは気づきます。いま誰に話しかけられたのか、と。

わたるは、あたりを見渡します。そこには大きな木と、子供たちと、ゆきだるましかありませんでした。

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