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日帰りテクテク貴族  作者: kuroyumi
Wonder Wanderer
3/3

3-2、Wonder Wanderer 

指定場所に着く頃には日はとうに暮れ、街灯りが静かに闇夜を照らす。

言い渡された場所は彼の有名なロンドン塔。

 儀式だというが、しかし、世界遺産をそういう場所に選ぶとは、ずいぶんとロンドン夜会は見栄っ張りだろう。ロンドンの最後を飾るにはいい場所だと苦笑するしかない。

怪盗が現れるのは夜がふさわしいが、午前零時ちょうどというわけではない。

屁理屈を自分に言い聞かせて、午後九時まで待ってから、ロンドン塔に足を向けた。

 テムズ川沿いを歩き、ロンドン橋前の道路を横断。さらに進み、南側の門『反逆者の門』にたどり着く。そこでガイドの制服を着た衛士一人が無表情と直立不動で出迎えた。

「こんばんは。夜会から来た者です」

 そう言うと、機械仕掛けのように規則的な動作で門を開け、すんなりと中に入れてくれる。役割柄、無断侵入当たり前のはずだろと、自分にツッコミを入れたくなる。

人気がないとはいえ、周囲に怪しまれる前にさっさと城内に入る。と、衛士の目の違和感が気になった。

そういえば、衛士の中には人間ではなく、数体の機巧人形や樞(欧州では自動人形か)が混ざっているという話は界隈では有名だ。人形絡みは夜会絡みというほど、関係者は人形職人の手で作られた道具を使用する。

どうやら夜会が絡んだ者を迎える機械衛士とは、噂は本当らしい。

イギリスは階級社会と言われるように、社交界の一部である夜会には貴族階級の権力者が多数在籍している。故に門番が機械仕掛けの人形でも不思議ではない。

それだけ夜会の影響力は強いという事だ。とても敵に回す気はないが、過去の偉人は、それも一興、と挑んだ猛者もいるというのだから想像が膨らむ。

実際は正面から大手を振って入れるのも、派手に立ち回るものではない、個人の用だからだろう。

ここに来るのは初めてだった。ロンドンの街光から城壁によって隔離された闇夜を渡り、数棟ある建造物の中、ロンドン塔の別名を冠すホワイト・タワーに入館する。

本来なら城内も非常灯が灯っていそうなものを、今日はなぜか一つも光を灯らせていない。夜会が伝統を重んじたか、中世以前の闇夜におののきそうになる。

 当初は城塞として建てられたロンドン塔であるが、以降、宮殿や処刑場として様々な形で使用される事になる。さらにここで飼育されているワタリガラスといえば、さるロンドン大火事の際には大量の屍の死肉を食らったのだというが、占いによってワタリガラスを殺すとロンドンもイギリスも滅ぶという逸話の方が印象的だ。

一方、博物館としてもロンドン塔は実に様々な品が保管されている。宗教的、歴史的に意味のある物ばかりと、舞台としてはうってつけの場所だ。

けれど、処刑場とは無残な末路をたどるより、華々しく散れという戒めのつもりなのか。少し弟子に花を持たせすぎではないのか。

天羅はポケットにあった黒の革手袋を両手にはめた。

何か仕掛けがあるのは当然としても、どうも気乗りしない。

 英国修行で鍛えられたのは単に体術や知識ばかりではなく、第六感としての直感もだ。

化け物王国イギリスならでは、人間はもとより、怪物と言える貴族や商売敵に同業者、そしてそれらに従う人形や使い魔を相手にしていたのだ。ただの場凌ぎばかりでは、いずれ自ら首を絞めかねないと心改める事になった。

マエストロには、その対処法その他諸々云々かんぬんをこってり叩き込まれた。

怪しい無機物の気配もない事がはっきりとわかる。元から夜目にも自信がある。真っ暗な城内もすたすたと歩いていける。人の気配はおろか罠さえなさそうなのだから、期待外れもいいところだ。

と、目的の場所―――城内の教会に行き着く。

石柱が立ち並ぶ石造りの教会はあまり広くなく、いくつかの木製の長椅子と祭壇が設けられているだけ。

窓から微かな光が差す。祭壇の背後にある小さな十字架の置物が浮かび上がる。

そこに目的のものが吊り下げられていた。

ロンドン塔といえば、もしや史上最大のカットダイヤモンド――偉大なアフリカの星『カリナン』かと肝を冷やした。

「お粗末だ」

しかし何の事はない。目的のものが夜会の用意した無銘の仮面である。

 祭壇に近づき、仮面に軽く触れてみる。過去に親父かマエストロに聞いた通り、何も起こりそうになかった。

 依頼内容は仮面を運び、通り名の襲名を受けるというものだ。ただし、こちらの国のいずれかの通り名も継がず、古巣に戻るだけ。すでに通り名を持つ来栖天羅には無意味である。今回は夜会の役員への引き渡しのみだが、マエストロに渡しても同じだろう。それに家に行けば、サンドラさんが手料理で出迎えてくれるに違いないのだが、二年も居候した手前、見栄もあり、いまさら戻りにくい。

仮面を十字架から外し、外の光にかざして表裏を確認する。

表は古いすり傷から色あせ、裏は人の肌が最も触れる額や鼻先から褐色に変色している。鼈甲(べっこう)で作られたデスマスクをとりあえずかぶってみる。

「何これ?」

 仮面といえば、怪盗にとっては必需品ともいえる。だが、この仮面は使い古されてはいるものの、目の部分が開けられていない。儀式的な飾り物なのか、物の値段分の価値しかなさそうだ。

 そういえば、この城の元の所有者はこの国で最上の貴族であられる。もし、この仮面が厳重に管理されるものであれば、その価値は儀式的な意味を含め、唯一無二となる。とりあえず、大事に扱おうと思う。

しかし、たったこれだけの内容で他人の帰国を遅らせるなんて、まさに嫌がらせ(サプライズ)だ。さっさと帰ろう。何より遠き日本への直通便は一日一便しかないんだ。

「いっそ、経由便で観光しながら帰ろっかな」

また遅らされでもしたらということもありえるので、出まかせにつぶやく。

ほんと期待外れなほど何も起こらなかった。もう面倒くさいので祭壇の後ろの窓からそのまま出ようと、身を乗り出した。

その瞬間、ざざぁと吹いた温い風が首筋をなめる。それは外からではなく、何者かの登場によって生じた空気の対流。

感覚は全力で働いている。これは人の気配であってほしい。その類とめぐり合うには強運と才能がいると思うのだが、今日は厄日か。

ロンドン塔についてはそっとしておきたい逸話がまだまだある。

水滴が滴り落ちる音と共に鼻をつく独特のそれ、新たな人物の登場を意味する旋律は音と共に臭い。振り向いた瞬間、自分の顔を鷲掴みにする掌が鼻先に達そうと―――

臨戦態勢に瞬間沸騰、首を傾け手をかわし、先手必勝後手必活、自ら相手の胸に突撃す。そして、力任せの当身を食らわせる。影は十字架を巻き込んで祭壇の向こうまで吹っ飛んだ。

「な、何?」

 処刑場にはたいてい幽霊見ただの出ただの怪談が存在する。アン・ブーリン王妃やヨーク公リチャードと、処刑場だったロンドン塔にはちゃんと名前のある幽霊の怪談が、日本なら祀られそうなくらい多数伝えられている。

しかし、この影には実体も体重もある。

(幽霊でも重さはあるような、金縛りとか。……自ら怖くしてどうすんだよ)

触れた感触からも硬いが空洞のある機械人形の質感ではないとして、獣でもない。人の体温だ。だからこそ、それよりも不可思議な顔面が気になり、つい逃げる事も忘れ、その場で当身の体勢のまま残心をとる。

 仰向けに倒された影はびくびくと闇の中で蠢いている。それはさながら油の切れた人形や、操り手のいない操り人形のようだ。

夜目には関係なく、記憶が確かなら、体当たりをした時に顔を真正面から見ている。

だけど―――、だけどだ。

影は低く唸りながら立ち上がる。そして首を振って意識を確かめる人間らしい動作を行い、面を上げていく。

 思い出したが、処刑はほとんど斬首刑だったという。出没する幽霊には首から上がないという話だ。

影は全身にぴったり張り付いた擦り切れのマントをまとい、そこからはちゃんと首が生えている。生えているのだが、その顔には何もない。真っ黒な能面のようだ。後手に束ねられた長髪に対し、目鼻口耳の凹凸もなく、妖怪のっぺら坊を思い出させる。

思わず唾を飲み込み見入ってしまう。仮に自分がその類に人並み以上に恐怖心をあおられるとしても、とりあえず冷静になれ。

同業者なら仮面でしかない。何よりこれが倫敦での最後の洗礼となるならば、挑まぬ天羅は来栖の恥だ。

人影の目があるならギロリとくる目線に代わり、間接を動かすたびに頭がぐらぐらと過剰に揺れる様が不気味さを増長させる。見ようによっては準備運動のようだが、まるで拾った首をつくろったみたいに安定感がない。

 頭では分かっているものの、正体不詳の実体は果たして存在しているのか。どうやら恐怖から視界に修飾がかかり過ぎているらしい、と自分を判断。天羅は祭壇の上に飛び移り、上をとる。

 そして、ガンマンの決闘に似た雰囲気が一瞬立ち込め、戦闘の火蓋が切られた。

 手にした十字架を突きつけて、人影はそこからさらに翻したマントの下から構えたこぶしを振り下ろす。ひらりと祭壇上をかわして天羅は人影を飛び越える。

跳躍の頂点、振り向き様に十字架が点となって視線上を翔けるが、右片手で難なく掴み取り、着地と同時に影に投げ返す。

だが、十字架は祭壇に叩きつけられる。避ける影は大振りの隙をついて、水面をかける石切りの如く数歩で間合いを縮める。だが、何を思ったか、途中で無理矢理に地を蹴り、直角に天羅から距離をとった。

残念そうに天羅は投擲の右手のフォロースルーよりも、逆に腰元に当てるようにしていた左手を大きく振り払った。

(誘いに乗ってこないか)

 猛獣を従属させる鞭は闇に紛れる漆黒。それが左片手の中に束ねられ、バシンと叩きつける響音が鳴る。

 先ほどは鞭を自分を基点に叩き込み、一度体に巻きつけた鞭を遠心力の加速をもって、相手の額に一撃お見舞いしようとしたのだった。

「ここまで音が鳴るか」

 天羅は愛用の鞭が本来なら炸裂音一つ上げないはずが、劣化から『毛』が抜け落ちて不必要に大音量で鳴る事に少々苛立った。そして、それを修繕する樞師の事も思い出しては痛々しく片目を閉じた。

(やっぱり石須には心から謝らないと)

 長椅子の対岸で両手を着いて人影はこちらを伺う。警戒心を高ぶらせては、低い姿勢のまま部屋の中心にいる天羅の間合いの外を扇状に巡り続ける。

 腰を沈め、片手に畳んだ鞭を速射の姿勢で構えながら天羅は尋ねる。

「もしかしてここは他人様のシマだったの? けど、変だな。世界遺産は基本不可侵だっていうマナーは共通のルールだったと思うけど、違うかったっけ?」

 ただの方便を述べている間も人影はまるで威嚇する猿のように、時々脅しのようにフェイントをきかせ、隙を作らせようとする。

「幽霊にも縄張りってあるのかな?」

以前、猛獣の相手をさせられた事もあったが、それがまさか人のようなものに対して役に立つのかと天羅は思った。

向かい合ったまま、さらに数秒が経った後、警戒態勢を解いたのは向こうが先だった。人影は獣の姿勢を解き、自然体になるように手を下げた。そして一言。

「仮面」

 という声は意外なほどに澄んでいた。年は自分よりも少し上だろうと推測できた。

「これ?」と脇に挟んでいる仮面の事かと訊くと、こくんと人影は首を振り、さらに付け加えた。

「よこせ」

「いやだ」

 即答。

ちっと舌打ちが聞こえた瞬間、天羅は銃の速射ちの如く一直線に鞭を放った。そして、眉間の場所に鞭の切っ先が叩き込まれる。

しかし、人影は倒されていない。どうやら意識がある事に、攻撃をされた本人が一番驚いているようだった。それよりも人影は自分の顔に手をやり、覆っていたそれがない事にはっとする。

「それでは、ここで僕達は会わなかった。そういう事にしてほしいのですが」

 天羅の右手には新たな黒塗りの仮面を加わった。

 そして、今度はパシンと小さく左手を打ち鳴らし、束ねられた鞭の切っ先が刃のような硬さから元の柔らかいものへと戻る。

対象に触れる瞬間を見極める事さえできれば、刃はヤモリの足先のようにミクロン単位の爪の集まりになり、かゆい所に手が届く孫の手にも勝る道具になる。熟練者が使えば性質や形状までも変える事ができるとされる、それが『百獣』という鞭の性質である。

 正体をさらされる事は忍び込む者にとっては負けを意味するのが常だ。同業者ならオーダーメイドで仮面を作る事もあり、仮面裏側の型を素顔のままにしている紙一重もいる。

天羅の言葉は「おとなしく去れ」という情けであり、勝利者の強制である。

 だが、まず逃げたのは天羅だった。硬化させた鞭の先端を(いかり)代わりに柱に引っかけ、窓からの垂直の壁をまさしく駆け下りる。地面に着地し、一目散に逃走を図る。

しかし、その上空を舞う者あり。擦り切れのマントが覆いかぶさるがごとく天羅を追いつめる。そして、その場所に何かが撃ち込まれた。

が、すでに天羅はそこにいない。影は城壁の上を見上げた。街灯りを背に受け、演者は舞台の向こうへと飛び降りた。

 人に紛れて、街中に逃げるだろうという裏をかき、天羅はすぐそばのロンドン橋へと到着する。そこで時刻が午後十時になろうとする事をビッグ・ベンが教える。


夏バテ気味です。

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