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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第三章 私が私として
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三章第十八話 傷付くことが許せない者

 ゼロワンは重くなった足を引きずるように、ただ闇雲に当ても無く進む。

(……くそ、色々と予想外だ)

 血を吐き出しながら、襲いくる目眩もがむしゃらに無視して、ダメージの残る体を気合いで動かす。

(あの帝国の女、ちゃんと死んでるんだろうな……致命傷は与えたが、本当なら確実にバラバラにしておきたかった)

 真空空間を作り出す魔法は、ゼロワンにとっても十分な脅威といえた。

 だからこそ、二度と相見える事の無いように手を打ちたかったのだが、とどめの瞬間に邪魔が入り、ゼロワンは立ち去る事を余儀なくされた。

 それはある男の叫び声。

(こちらに気付いている様子じゃ無かったが、あいつは何を言ってたんだろう……サイノメだの、チビだのは聞こえたが、意味が解らん)

 ゼロワンが街を巡回してる騎士から聞いた情報では、協会騎士団に拘束されている筈であるカタナ。 

 飛竜に乗り空の上から叫ぶカタナの声が届いた事で、ゼロワンは反射的にあの場を立ち去っていた。

(……一番大切な奴に、一番顔を合わせたくないってのも変な気分だ)

 これも全て凶星という言葉に踊らされている結果かと、ゼロワンは自嘲しながら一件の家屋に目を付けた。

 首都レーデンの住宅には少ない平屋。

ただの偶然で、落ち着ける場所を探していたゼロワンの目にたまたま留まった事が、そこに住む者にとっては運の尽きであった。


「ん、何だキミ……がっ!?」

 慣れた手つきで音を最小限にドア鍵を壊し、住人が騒ぎ立てる前に殺す。

 ゼロワンが平屋を選んだのは単純に気配の察知がしやすい為、あらかじめ住人が何処に何人いるか解れば迅速に事が運ぶからである。

 ゼロワンは人を殺す事に何の感傷も抱かない。

 カタナの情報を吐かせた騎士の事も殺したし、この五年でそんな事は何度も行ってきた。

 それに躊躇も葛藤も無いのは、それだけゼロワンが人間に対して怒りを持っているから。

(苦しまずにすぐ死ねるだけ有難いと思え、本当の苦痛は生きて与えられる)

 動かなくなった住人を床に転がし、ゼロワンは水を口に運ぶ。そして内臓に溜まった血をその場に吐き出し、少し重くなった体の挙動を確かめてから腰を下ろした。

(この程度の損傷なら問題ない、内臓を潰されるくらいアイツは何度もやられていた。肌を焼かれる事も、切り刻まれる事も、それこそ死以外のありとあらゆる苦痛を……)

 ゼロワンにとって帝国特技研に居た時の事は、思い出すだけで反吐が出るもの。

 弟が受ける非人道的な実験と、それに対して何も助けてやれない自分。

 その時に持った人間に対する怒りと、自分自身への不甲斐なさこそが、ゼロワンの持つ行動原理。

「……おいおい」

 そんなゼロワンの一時の休息は、その行動原理の元が目の前に現れた事で唐突に終わる。

「ゼロツー……なんで、ここが解ったんだ?」

 灰色の瞳に見定められたゼロワンの表情は、引き攣っていた。



++++++++++++



「血と下水のにおい……風神が倒れていた場所に僅かに残っていたそれを追ったまでだ」

 事も無げに答えるカタナに、ゼロワンは引き攣った表情のまま呆れていた。

「……犬じゃねえんだから」

 そんな方法で対象を追う事が出来るなど、ゼロワンは思いつきもしなかった。

 自分自身のにおいは気付きにくいという事もあるが、もしゼロワンが同じ事をやってみろと言われても、まず不可能。

 これはカタナとゼロワンの目の当たりにして初めて知った差異である。

「ところで風神って、銀髪の女の事か?」

「ああ」

「……なるほどな、じゃあお前がそこまでして俺を追ってきたのは、あの女の仇でも討つ為か?」

「いいや違う」

 カタナはサイノメとの約束通り、そういった感情には揺らされずに宣言する。

「俺はゼロワンを止めに来た。あんたの戦いをもう終わりにしてもらう為に、俺はここに居る」

「……それは、誰に頼まれた?」

「俺の意志だ。協会騎士団を抜け、凶星という言葉の意味を聞き、俺が自分で判断した」

 カタナの言葉にゼロワンは驚愕を新たにする。

「……誰にそれを聞いたのか知らないが、凶星だとかはお前が気にするべき事じゃない。協会騎士団を抜けたのなら、後はあの狸の目の届かない所にでも身を隠せ」

「いい加減にしてくれゼロワン。あんたはそうやって俺を遠ざけて、また一人で戦う気でいるんだろ? 俺はもうあんたにとって邪魔者でしかないのか? 昔みたいにはもう戻れないのか?」

「昔みたい? ……そうだな、まずはそれが間違いだったんだ」

 カタナの言葉を聞き、しみじみとゼロワンは独りごちる。

 溜息が自然に零れだし、視線は鋭く変わっていく。

「お前をあの場所に縛り付けていたのは俺の責任だ。俺が居なければ、お前は帝国特技研で非道な実験を耐え続ける毎日を送らずに済んだはずだ」

「……そんな事は無い。そもそもあれは研究者達の狂った欲求のせいだ、ゼロワンは関係ないだろ」

「いいや違う、お前が帝国特技研で五年間受け続けた拷問のような実験は、研究者達の知的欲求を満たすものでも、魔術の発現を促す為のものでもない。あれは『ゼロツーがゼロワンの為に苦痛に耐えられるか』という実験だったんだ」

「――!?」

 ゼロワンが語る過去の真実、今まで考え至らなかった発想にまたもカタナは衝撃を受ける。

「凶星というものについて聞かされたのなら、それが黒の巫女の予言を覆すための存在だってのも聞いたんだろ? 俺達を作り出した奴らは、如何にして俺達を制御しつつ、なおかつ埒外エラーに仕立て上げられるかを考えた……」

 ゼロワンは作られた時に魔法によって魂に制限が刻まれており、帝国特技研に居た頃は研究者達には逆らう事が出来なかった。

 だが実は同じホムンクルスとして作られていても、カタナの方はゼロワンのように魂への制限は無かった。

「俺はホムンクルスとしては完成品だったが、奴らの操り人形という意味じゃ、凶星の条件を満たしていなかったらしい。だからお前を作り、別の手段で制御する事が可能かどうかを模索した」

「別の手段?」

「言うなれば、絆ってやつだ。性根の腐ったニンゲン共にとっちゃ、俺達の間にあった思いなんかも、計算や謀に過ぎなかったんだろうよ。実際に、お前はいつでも奴らに反逆できた筈なのに、それをせず苦痛に耐え続け。本当の意味で実験に合格した」

 ゼロワンがそれを知ったのは今から五年前、カタナの前から姿を消す直前の事である。

「……俺は奴らから全てを聞かされ、そして放任された。何処まで計算の内かは知らないが、『ゼロツーを想うのなら、操り人形から凶星になってみせろ』だとよ。結果として、魔人に魂を売った今の俺があるわけだ」

 魂に刻まれた魔法式に抗う為、新たに刻まれた魔術式、それによってゼロワンはある魔人に命を握られているに等しくなった。

 それでもゼロワンには後悔は無い。憎むべしは人間の方だと、その時に標的は定まっていたのだから。

「ゼロツー……いや、今はカタナだったか。俺とは違って人の輪の中で生きてきたお前には、もう他に大切な者が居るんだろ? だが、お前を凶星として扱う奴らは、その絆を利用する。今までだってそうだったんじゃないか?」

「それは……」

 確かにその通りであった。

 カタナが戦う理由は、いつだって同じ。それはきっと何があっても変わらない。

「耐える事に慣れ過ぎてるんだよお前は。誰かの代わりに傷付く事が、当たり前になっている。だからきっとこれからも利用され続けることになる」

「……そうかもな」

 利用され、傷付く事が当たり前どころか、むしろそれを強く望む思いがカタナの心のどこかには常にあった。

 それは魔元生命体ホムンクルスという、人でも魔人でないぼやけた存在であるが故の葛藤が生み出したもの。

 世界に存在する事を許されているのか否か。常に感じるその不安は誰かの代わりに事を成したり、傷ついたりすることで和らいだ。

この世界の一員であるという自信が得られるから、カタナは傷付く事を恐れなかった。

「俺にはそれが許せない。お前自身が平気でも、お前を利用する奴らは一人残らず殺してやりたい」

 そう言ったゼロワンの瞳の奥には、燃えるように猛る憎悪が渦巻いているようであった。

 今も昔も変わらない、この世でただ一人の家族に向ける歪んだ愛情。それがゼロワンの行動理念であり、行動原理である。

「……ゼロワンはそれが正しい行いだと思っているのか?」

 カタナは視線を脇に向ける。

先にはこの家の住人の死体、ゼロワンが先程行った凶行の結果だ。

「正しいとは思っちゃいないさ、だが間違っているとも思ってない。自分にとって一番価値がある事を選んでいるんだからな」

 ゼロワンの腹は決まっている。

 カタナの為に世界を丸ごと敵に回す事も厭わないと。

「……勝手な事を、俺がそんなの望んでるとでも思うのか?」

「思わないだろうな、お前はそういう奴だ。本当ならこんな話も、聞かせるつもりはなかった……五年ぶりにゆっくり話す機会が出来て、舞い上がってしまったのかもな」

 居心地の悪さを紛らわすように、少し冗談めかして言うゼロワン。

実際はゼロワンにとっての一番の障害はカタナだ。

能力的にも、気分的にも。

「でもまあ、話は終わりだ。俺はこれからシュトリーガル・ガーフォークを殺しに行かなけりゃならない。あの狸が俺にとって最大の敵で、全ての元凶だからな」

 ゼロワンはだいぶ回復に向かった自身の体を持ち上げ、大きく一息吐く。

「で、カタナよ。お前はどうする?」

 一応の確認だが、その目を見て必要がない事はゼロワンにも解っていた。

「……行かせるわけがない」

 カタナは巨無ドレッドノートを構える。

 ここでゼロワンを行かせれば、それがどんな結末だろうともカタナの望まないものになるのは明白だから。

 風神の事についても未だ燻る感情はある、だがそれもまずはゼロワンを止めてから。

「そう言うだろうと思ってた」

 ゼロワンも阻無ジャガーノートを取り出し、両者の間には緊迫した空気が流れる。

 傷付く事を恐れない者と、傷付く事が許せない者。

 互いの我を通すために、互いに望まぬ戦いと共に、その意思がぶつかり合う。




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