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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第三章 私が私として
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三章第十七話 死がふたりを分かつまで

「頼む、もう少し急いでくれクーガー」

「ピ、ピー」

 抑えられない逸る気持ちは、全速で空を駆ける飛竜を更に急かすほど。

それだけの胸騒ぎをカタナが感じたのは、かつての相棒の声が耳に届いたからであった。

(さっきの声……いや、音は、確かに風神のもので間違いなかった)

 風によって音の振動を操り、遠くの相手に呼びかける風信という魔法。カタナの耳に突如として届いたのは、間違いなくそれで風神が呼びかける声であった。

  

<……魔剣>


 帝国特務に所属していた時に名乗っていた、魔剣という名でカタナを呼ぶ風神の声は、どんどん細くなっていく。集中していなければ、クーガーが翼で起こす風に掻き消えてしまう程に。

「……あっちだ、クーガー」

 それでもカタナは見失わない、風神から発せられる風を。

 かつて常に傍にあり、大いに彼を助けたその存在を。


<――>


 その声が聞こえなくなっても、カタナは風の残照を頼りに、風神の下までたどり着く。



++++++++++++++



 風神の姿を認めた時、カタナはこれまでの全てを深く後悔した。

 血に染まった身体、青白くなった顔、致命傷を受け命脈尽き果てそうなその身体を抱きおこし、カタナは呼びかける。

「おい、しっかりしろ!」

 息はしていないが、体温はまだ温かい。カタナは止血の為に風神の身体を圧迫した。


<……その声…………まさか魔剣か? ……本当に?>


 まるで奇跡であった、風神の意識が残っていたのは。

 傷付いた体はピクリとも動かないが、発せられた霊力の起こす風がカタナに風神の意思を伝える。

「ああ、俺だ」

 風神は眠っている状態でも魔法を発現する事ができた。それは体を休ませながら、精神を保つという荒業であるが、まさか死の一歩手前でも同じ事ができたのは、本人も驚くとこれであっただろう。


<……夢みたいだ。最期に貴方に会えるなんて>


 カタナを呼んだのは意識下か無意識下か。霊力が尽き果てた筈の状態からまだ魔法を発現できるのも、火事場の馬鹿力というものなのかは風神にも解りかねる事。

 だが確かなのは、これが風神にとって何より望んだ最期であり、だからこそ今までのどんな時よりも素直でいられた。


<……私は、ずっと待っていた。貴方が去ったあの日から、私はまたこうして同じ時間を過ごせるこの時を>


「すまん……」


<謝らないでくれ……本当は気付いていたんだ、待っているだけでは駄目なのだと。あの時も、本当に一緒に居たいのなら引き留めるのではなく、何もかも捨てて貴方に付いて行くべきだったのだと……>


「もういい、今はその意識を保つ事だけを考えてろ。すぐに医者に見せてやるから」

 

<……いや、それには及ばない。どうあっても致命傷なのは自分の事だから解ってる、だからこの最期の時間は私の好きに使わせてくれ>


 今のこの瞬間はありえない程の奇跡なのだ。だからこそ何度も望んで叶うようなものでは無い事は、誰より風神自身が解っている。

 カタナも解っていたのか、それを苦い顔で受け入れた。


<……聞いてほしい、貴方に言いたかった事がある>


 本当は再会した時に言いたかった言葉、捨てられたと意固地になっていた故に言えなかったが、今ならば伝えられる。

 

<ありがとう、貴方のおかげで私は自分の生まれた意味を見いだせた。貴方のおかげでこの世界に生まれてきた事を、素晴らしい事だと思えた……>


「……風神」

 カタナには返す言葉が無かった。押し寄せる慙愧に耐えながら、風神が伝える事を深く心に刻む。


<……願わくば、ずっと一緒に居たかった…………この世界で……貴方と……ず……っと>


「――!? おい、風神!」

 カタナの呼びかけに応える声は、もう無かった。

「……」

 あるのは、腕の中に安らかな顔で生命活動を完全に止めた、風神だったもの。

 悠にあっさりと、意図せず訪れる二度目の別れの時。

「ふ、はは、はははあっははははは!」

 カタナは沸々と湧き上がる感情を持てあまし、乾いた笑いを響かせる。

 本当なら、人間ならば涙するところだろう。だが、カタナにはその身体機能が備わっていないのか、どんなに悲しくても泣く事ができなかった。

 だからカタナは笑う、重くなった心を少しでも軽くするように、少しでも早く足を踏み出せるように。


(ありがとう? ……感謝したいのは俺の方だ)

 かつてゼロワンを失い、一人になったカタナの前に現れた風神という女。

 彼女が居なければ、カタナはとっくに足を止めていた。彼女と共に駆け抜けた日々は、カタナにとっても生きる意味を与えるものだった。

(俺は、人間じゃなくて、涙も流せない失敗作で、この世界に存在していいものじゃない。だけど俺がこの世界に存在する事を許してくれる、お前みたいな優しい奴がいるから、俺は生きてこられたんだ)

 風神だけじゃない、フランソワ・フルールトークから、ヤーコフから、他にも多くの者達からカタナはその意味を貰った。

 もし少しでも返せる事があるとするなら、面倒だなんて言っている訳にはいかない。それが今のカタナの持っている答えだった。



+++++++++++++++



「待って、シャチョー」

 まるでタイミングを計ったように現れたサイノメの、相変わらずな神出鬼没さ。こちらに限っては、カタナの中での扱いは微妙な所である。

「悪いが急ぐ」

 風神を斬った者の痕跡はしっかりと残っていた。カタナが本気で追えば、今ならばまだ間に合うだろう。

 だからサイノメの話に付き合うのは、後回しにしたかった。

「はあ、あたしを置いて一も二も無く飛び出したと思えばさ。やっぱり風ちゃんに呼ばれたからかあ、流石に絆が深いのね」

「……黙れ」

 だが冗談めいたサイノメの言葉に足を止め、カタナは射殺す様な鋭い視線を向ける。

「まあ、落ち着いて。あたしは別に冷やかしに来た訳じゃないよ。もしかしたら風ちゃんはまだ助かるかもしれない、それを教えに来ただけさ」

「何?」

 眉を潜めるカタナに、サイノメは肩を竦める。

「シャチョーは風ちゃんに生きていて欲しいんでしょ? だったら、あたしがどうにかしてあげるよ。この大陸一のいい医者を知ってるんだ」

「……無理だ、風神はもう」

 どんなに手を尽くしても、死んだ者は蘇らない。医者は治す事は出来ても死人は生き返せないのだ。

「そんな常識、あたしは知らんね」

 だが妙に自身があるようにサイノメは言い切る。

「サイノメ・ラインはあたしが自ら引いた情報網。信じる信じないはともかくとして、そこから導き出される答えが助かるっているんだ。だからあたしは、シャチョーにそれを提示しているだけさ」

「……」

「だからって、別にシャチョーに何かを求めてる訳じゃないよ。ただ、少しだけ頭に血が上っているようだったから伝えたかっただけさ。平静を欠いて選択を見誤らないように、シャチョーがあたしに言った言葉が嘘にならないようにするためにね」

 なんとなくだが、カタナには風神を斬ったのが誰か解っている。そしておそらくサイノメも、それを知っているようであった。

「もしこれが凶星の持つ運命だとしたら、あたしとしてはそれを歪めたい。あたしにシャチョーを止めたりする権利は無いけど、だからこそここはあえて言わせてもらおうかな……」

 サイノメは真面目な顔になって言う。

「風ちゃんはあたしが絶対に死なせないから、シャチョーは自分の意志のままに決着をつけてきなよ」

 サイノメの口から初めて聞いた『絶対』という言葉に、カタナは説得力と僅かな希望を感じずにはいられない。

「……信じていいのか?」

「うん」

 誤魔化すことなくサイノメは頷き、風神を運ぶのにクーガーを借りると言って、カタナの手でその背に運ばせる。

 それ以上は余計な事を言う気が無かったのか、サイノメはしばらく黙っていたが、飛び立つ寸前に一言残していった。

「あたしは、最後にシャチョーが笑っていられるような未来を望んでるよ。だからシャチョーも……」

 カタナはそれを最後まで聞かずに頷いて、自分が出した答えの導を追って走り出した。




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