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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第三章 私が私として
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三章第十六話(裏) ネズミが行き交う下水道

 ネズミが行き交う下水道、都の汚水が流されてくるその場所は暗く臭く、どうしようもない陰気さである。

 そんな場所に身を置いて耐えられる人間はそうそういないものだが、人間では無い故かそれとも長くそういう場所で寝泊まりした経験が生きているのか、ゼロワンは気にした様子も無く寝転がっていた。

(……一人は身軽でいい)

 ここには水も食料もある。衛生面の問題は丈夫な胃袋が解決してくれるし、昼夜を問わずに暗いのは夜目が利くから問題ない。

 問題があるとすればそれは、失敗時に落ち合うように定めてあったこの場所にグリシルクが現れなかった事。

(これだけ待って来ないとなると、死んでいると判断するのが妥当か。もう少し利用価値があると思っていたが……)

 大口を叩いていたわりには情けないと、ゼロワンは嘆息した。元々高い目的達成の困難さがまた上がったからだ。

(何をするにもまずはあの狸だ、アイツを殺さなければ俺達に安息は無い)

 失敗は即死であるから慎重を期するべき、ゼロワンは死ぬ事を恐れないが、死ぬわけにはいかない理由がある。

 それは自分が死ぬ事で、カタナが凶星として確定する事だ。

(凶星か、俺も大概この言葉に踊らされているな……もうかれこれ五年、そろそろ決着をつけたいところだ)

 必要な回り道だったとしても、決して焦れていない訳では無い。

「――ん?」

寝ながら考え事をしていたゼロワンは、周囲のある変化に気付き身を起こす。

 それは下水道を流れていた風の微細な変化であった。 

 緩やかに風下に向かう風、その中に感じた事のある違和感が混じっている。その正体は掴めないが、その不気味さは警戒するに十分なもの。

「誰だお前は」

 下水道の奥に現れた銀髪の女に、ゼロワンは構えを取りながら問いかける。

「私は風神。喜べ、敵に名乗ったのはこれが初めてだ」

 風神と名乗る女は、ゆったりとゼロワンに向かって近づきながら答えた。

 まるで隙だらけ、斬ってくれと言わんばかりのその無防備さに、ゼロワンはむしろ躊躇をする。

「……お前の風は憶えがある。帝国特務の生き残りか? 遠路はるばるこんな所まで、負け犬が仇討ちにでも来たか」

「そんな安い挑発に乗るつもりはない。だが貴様の推察は御名答だ、私は仲間と居場所を奪った貴様を絶対に許さない」

「居場所?」

「そうだ、貴様らに完全敗北した事で帝国特務はもうすぐ無くなる。あそこは私のような人間が唯一受け入れられる場所だった……」

 風神は怨念すら滲む表情でゼロワンを睨み付ける。

「それはどうも悪い事をしたな。詫びは何をすればいい?」

 ゼロワンのその発言に、いち早く答えたのは風神の霊光。

 渦を巻いた風の刃が、下水道の通路を切り刻みながらゼロワンの四方を取り囲む。

「何もしなくていい。私が貴様を殺すからな」

 ゆらりと殺気が風に乗り、ゼロワンに向けられた。

「ハッ、それは無理だ」

 ゼロワンが魔元心臓ダークマターを起動する。圧倒的な魔力の奔流が上り、発現した魔術は周囲に竜巻を巻き起こした。

 下水道の端から端までその余波の突風が吹きぬける。ゼロワンの魔術に比べれば、風神の魔法で起こす風の刃など子供だましに近い。

「――戦術級の魔術!? 馬鹿な、陣も無しにこれほどまでの力が」

 風神は吹き飛ばされないように足掻くのが精一杯と言う様子。

「フン、お前らのような弱者が、俺にとっては一番虫唾が走る相手だ。お前らがもっと強ければ、俺達は作られなかったのだからな」

 魔術剣・阻無ジャガーノートを構え、追い風を得たゼロワンは一瞬で風神との距離を詰める。

「う……」

「さっさと死ね」

 体を貫いた感触がゼロワンの手を伝う。しかし勝利を確信する前に走った違和感に、表情は僅かに歪んだ。


<……死ぬのは貴様だ>


 ゼロワンの耳に届いた声は風神のもの、目の前で切り裂いた筈の銀髪の女の姿は風が揺らめく陽炎のように消える。

 ゼロワンが刺し貫いた風神の身体は、空間魔法によって質量を持たされた幻影。

「――しまった」

 揺らめいた風が空間を圧縮する、まるでゼロワンの起こした風すら味方につけて、その周囲だけを除け者にするように。


<これがゼルグルス家の魔法式の神髄、『精霊空間魔法・空即是色くうそくぜしき』>


 風の神を敵に回すということは、すなわち周囲の全てを敵に回すという事。

 忘れてはならない、人は常に大気に守られている事を、そしてその外にある脅威を。

「――――」

 ゼロワンを包むのは真空の空間。


<残念だ、仇である貴様の苦しみもがく声が聞けないのは>


 風神にとっては風が存在しない宇宙空間すらも、その味方となるのであった。

 

 

++++++++++++++



 ゼロワンの居た下水道から離れた場所、目標の撃破を確認した風神はその場にへたりこんだ。

「雷雲……仇は取ったぞ」

 最高の法式を使いこなし、新たに室長によって刻まれた人体魔法印による強化を加えた風神は、帝国でも最強の戦力といって過言では無い。

 それを余すことなく発揮しての勝利に、今は立ち上がる力すらなかった。

「すまんな鋼……お前の仇の方は一足遅く、他に奪われてしまった」

 共に戦ったかつての仲間は、誰しもかけがえのない存在。魂が天に上るものならと、任務で失った者達一人一人に向け、風神は見上げて言葉を残した。

「そして……いや、これは直接言おう」

 最後に言いかけた言葉は胸にしまった。

まだ伝える事が出来る相手にはそうしよう。それが相手にとって悲しい報告になるのかもしれないとしても。

「いや、今言っておいた方がいいと思うぜ」

「――!?」

 背後からの言葉に、風神は振り返る。

 まさかという気持ちを裏切るのは、立っているゼロワンのその姿。

「死ぬ前の心残りは空くな方が良いだろう?」

 水分が蒸発した肌はカラカラに乾き、出血も多くみられる。言葉を話しながら血を吐く所を見ると肺もやられているのだろう。

 だが、それだけ。

「常軌を逸している……」

 時間にして風神が法式を維持したのは二分程、その間ゼロワンはずっと真空に放り込まれた状態だったのだから、その程度の負傷で済んでしまっているのは、もう他に言い様がない事だ。

 しかも風神の空間魔法による索敵を掻い潜って背後まで取った。

更に下水道の元の場所には、風神の魔法を見ただけで覚えたのか、ゼロワンが誤認させる為に魔術で生み出した質量を持つ幻影が残されている。

「……これが、凶星か」

 それも、人の敵になる事を選んだ最悪のもの。

(もう、抵抗する力も無い。私の負けだな……)

 敗北を認めた風神だったが、それでも表情に悲壮さは浮かんでいない。

「【強制魂源停止・501】」

「――!?」

 風神は負けたが、それは言ってしまえばただの我儘の延長であり。本来なら戦う必要は無かったのだ。

 それは室長の言葉で動きを止めたゼロワンを見れば、そのまま答えになる。

「ゲームセットやな風ちゃん。惜しかったな、ホンマに勝っちゃうんや無いかと期待してもうたわ」

「……嘘吐け」

 ゼロワンを作った研究者であり、風神の師でもある室長ならば、今の戦いの勝敗は最初から解っていた筈だ。

「いやいや、嘘ちゃうで。まあ、ワシが美味しいとこ持ってったのは悪かったけどもな」

 そう言って、ピクリとも動かないゼロワンに目を向ける室長。

 室長にはゼロワンに対して、絶対的優位に立てる条件が揃っていた。

 帝国特技研に居た時代、ゼロワンは研究者達には逆らえなかった。その理由の一つが、先程の【強制魂源停止】である。

それはゼロワンが作り出される時に、研究者達がその魂に刻んだ魔法式であり。簡単に言えば身体機能を停止させ、動けなくさせる効果があった。

 当然、ゼロワンの創造主の一人である室長ならばそれを行使できる。必勝は最初から約束されていた。

「しかし風ちゃん凄かったな。もうワシの事も超えたんちゃう? これを期に大陸最強の魔法士を名乗ってみたらどうや」

「そんな道化じみた名は結構」

 自分の力で仲間の弔いをしたかった風神は、少し不機嫌な様子で室長の軽口を一蹴する。勝てる自信があっただけに、無様を晒した事を馬鹿にされているように感じたからだ。

「道化って、そりゃないで……」

 室長はショックを受けた様に肩を落とす。

「それよりも、目的は達成したのだから長居は無用です。あとは……」

 ゼロワンの処分をどうするか……そう言いかけた風神の顔色は、見る見るうちに変化する。

 今度こそ悲壮さが滲みだしていた風神の様子に、気付いた室長は振りかえり驚愕する。

「なん……やて!?」

 魔光が上り、その一瞬後に室長の身体の中心を阻無ジャガーノートの刃が刺し貫いた。

「俺が何の為に、ゼロツーと離れて五年も身を隠していたと思う?」

「が……ぶ、お前……」

「俺の魂に刻まれた法式を消す事が出来なかったが、それに抵抗する為の魔術を新たに刻んだ。まあ、その代り俺は王国の魔人に服従する事になったがな」

 ゼロワンの凶刃に裂かれ、室長の身体からは血が噴き出す。

 そこには創造主の手を離れ、完全に人間にとっての凶星となった者の姿があった。

「それでも人間に使われるよりはずっといいさ。お前らクズ共を皆殺しにするっていう目的は同じだからな」

 冷たい目で見下し、動かなくなった室長の身体を蹴り飛ばすゼロワン。

 そして今度は風神に向かって、血を払った阻無ジャガーノートの刃を向ける。

「……」

「言い残す事はあるか?」

 風神は目を閉じ、首を横に振る。見苦しく足掻く事はせず、その最後は潔いもの。

「なら死ね……」

身体が袈裟懸けに深く切り裂かれ、風神は致命傷を受ける。

空の上で誰かが叫ぶ声が木霊していた。



++++++++++++++



(私も大概女々しいな……)

 全身の力が抜け、傷口から血が流れる感覚も痛みも薄れだしていく。朝の陽が眩しかった目の前が、まるで夜のように暗い。

(……こんな時に、頭に浮かぶのはあの人の事ばかり)

 死の間際、視力を失いもう長くない事を悟った風神は、ただ一人の事だけを考えていた。

(ああ、魔剣……) 

 走馬灯のように巡るのは、かつての日々。

(私は……貴方と……)

 風神の願いは風に溶け、動かなくなった体からは僅かに霊光が上ってゆく。

 それはまるで消えゆく魂の、最期の輝きであるように。



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