三章第十六話 謎が明かされる(後編)
黒の巫女が災予知の力によって残した予言は、人の存亡をかけるもの。
三つの幕から成る出来事に抗う事が出来なければ、人は滅びこの世界の秩序は崩壊する。
人と魔人の戦争から半世紀、その期間は双方にとっての準備期間であったとサイノメは語る。
「シャチョーは人間側がその予言に抗う為に作り出した凶星、いわば切り札。人の世界の存亡を担う戦いに勝利する為の道具であり、それこそがずっと昔から決まっていた宿命なんだよ」
カタナが作られ、今まで生かされてきたのは全てはその時の為。凶星として、定まった未来を捻じ曲げる為である。
「帝国特技研も、帝国特務も、そして協会騎士団も、言ってしまえばその戦いで人が勝利する為に利用されているに過ぎない。シャチョーがまさにそうであるようにね」
凶星とは、勇者であり英雄であり、そして道化でもある。都合よく利用され、それだけにしか存在価値を見出されないもの。
「あたしが言った計画というのは、シャチョーを使ってその戦いに勝利する為のもの。そしてその発案者であり、全ての発端である人物は――協会騎士団の騎士団長シュトリーガル・ガーフォーク」
全ては彼によって仕組まれていた。
「帝国のデアトリス家と、狂った研究者達をそそのかしたのも彼の仕業さ。シュトリーガルはこの世界の事を誰よりも考えている反面、その為なら手段を選ぶ事はしない。小を切り捨て大を取る残酷な判断も、平気で出来る男だよ」
「あのジジイが?」
「うん、ああいうのが本当の悪人というのかもしれないね。心を痛めながらも止まる事をしらない、失われた命に懺悔しながらも後悔することなく進む。欺いて利用して、最終的な勝利にのみ固執する」
近くでシュトリーガルを見てきたサイノメには、それが解るという。
予言という話には若干の戸惑いはあったが、カタナがシュトリーガルが立てた計画によって作り出されたという事は納得がいく話であった。
カタナが協会騎士団に入ってから授けられた魔術剣・巨無は、体内の魔元心臓と対になるような性質をもっていた。元は別々の場所にあったにも関わらず、双方がその為に存在していたかのように。
帝国特務を脱走させ、後見人としてカタナを手元に置き、経験だと言ってゼニスに駐屯させていたのもシュトリーガル。
「……さてここからが、シャチョーにとっての問題だ」
一旦区切って、サイノメは問いかけた。
「もし予言が本当に人の存亡をかけるものだとして、シャチョーはそれにどう向き合う?世のため人にために戦う事を選ぶのか、それとも俺には関係無いと戦わない事を選ぶのか」
「……お前、まさかその為に」
カタナはその時ようやくサイノメという人間の事を理解できた気がした。
「あはは、そうだよ。あたしがシュトリーガルの小間使いみたいな事をしていたのは、シャチョーにそれを自分の意思で選ばせる為さ。檻に入れられて所属や経歴に束縛されている内は、どう足掻いても自分の意思では選べないからね」
サイノメがシュトリーガル・ガーフォークに行き着いたのは、元々は自分のルーツを探る為であった。
帝国特技研で体を弄り回されて夢幻という力を得たのは何の為か、そしてそれは何を成す為に使うべきなのか、その答えはカタナの事を知った段階ですぐに出ている。
「シャチョーがもし世界の事とか人間の事とかどうでもいいって言っても、あたしはそれを支持するよ。世の中は他人を利用するしか能の無いクズばかりだ、そんな奴らの為に命張るなんて馬鹿げてるもん」
「……」
カタナよりも多くの事柄を目にして耳に聞いたサイノメにとって、この世界はもう歪んで汚いものにしか見えていない。
「ゼロワンだってそう思ってるからこそ、あえて魔人の側についたんだ。彼はシャチョーが凶星として人間達に利用される事を防ぐために戦う事を選んだ。凶星は決して人の為に存在する事を約束されてはいないからね、自らが災いになる事だってきっと出来る」
「……そうか」
何も知らなかった事を悔いるように、カタナは目を閉じた。
瞼の裏で闇が広がり、まるでこれから歩むべき道が見えない事を暗示している様である。
「さあ、重要なのはシャチョーにとって何が大事なのかだ。それが決まれば自ずと答えが出る」
協会騎士団を出て自由であるがゆえ、今のカタナには無数の選択肢が並んでいる。
今までのように誰かの道具として生きるか、それとも新たな道を模索するか、世捨て人となるか、考えてもきりが無い程に世界が広がっている。
(いや、考えるのは止めるんだったな……)
雑念を振り払い、カタナは今出来る事にのみ思考を向ける事にする。
「ゼロワンの居場所は解るか?」
「ほえ? 考え込んでると思ったら、いきなりどうしたの?」
「いや、それはもうやめた。とりあえず今はアイツを止める事を優先させる」
それがカタナが今すぐに出せる答え。
「へえ、それはシャチョーがあくまでも人間に味方するって事かな? やっぱり今までの生き方はそう簡単には変えられない?」
「違うさ、ただゼロワンが本当に俺の為に戦っているのなら、俺はそれを止めなくてはいけない。俺の為にゼロワンが災いになる事を選んだのなら、俺はそれを許してはいけないないんだ」
カタナはずっと間違えていた、想っていたが故に失った欠乏感から、兄弟の絆は無くなってしまったのだと勘違いしていた。
だからゼロワンには今度こそ本当の、自分の気持ちを伝えなければいけない。
「今の俺には、何が良くて何が悪いのか解らない事が多い。だけどゼロワンが俺の為に戦っていることは間違っていると言い切れる、本当に想いあっているなら俺も同じものを背負うべきだからな」
道を違えたままで想い合うなど、一方的なエゴにしかならない。だから同じ土俵に上がり、その上で二人の答えを出す。
「そうかい、でもゼロワンはきっともう違う答えに行き着いてしまってる。シャチョーはそれに打ち勝って止められると本気で思っているだろうけど、もしそれで完全に道を違えてしまったら?」
「……その時は、意地でもアイツの道に割り込んで邪魔をするまでだ」
ゼロワンの前に立つ事でそれを示す。それが自分の役目だとカタナは言う。
「あはは、シャチョーらしいね。そういう恰好悪い事を平気で言える所が」
褒めているのか貶しているのか笑うサイノメに、カタナはそれで結構と開き直った時。
<――>
「――!?」
聞きなれた声がカタナの耳に届く。
「どうしたのシャチョー?」
目の前で不思議そうに問うサイノメの声とは違う、それはすぐ近くから聞こえてきたものでは無い。
「呼んでいる……」
「え?」
風に運ばれて届いた声の主は、確かにカタナの事を呼んでいた。