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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第三章 私が私として
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三章第十五話 聖騎士が去る決意

 格子窓から朝日が差し込む早朝、カタナは独房の外から聞かされたリュヌの報告に耳を疑った。

「カトリが魔元生命体ホムンクルスだと?」

「あら、やはり我が君も知らなかったのね」

 知らないどころか、聞かされた今でも信じられないくらいにカタナは驚いている。

「あいつがそう言ったのか?」

「ええ、それとその事で悩んでいる様だったわ。一人でもう少し考えたいと言ってたから残してきたけど、まずかったかしら?」

「……いや、充分だ。恩に着る」

 元々カタナの頼みをリュヌが聞く筋合いは無いのだから、代りに探し出してくれただけでもありがたい事だ。

 だが欲を言えば連れ帰って貰いたかった。いや、もしくは自分で行くべきだったと、カタナは考える。

「カトリはどんな様子だったんだ?」

「随分と塞込んでいたけど、我が君がカトリ・デアトリスの帰りを待っていると話したら、少し嬉しそうに笑っていたわよ」

「……勝手な事を言ってくれるな」

「ふふ、でも否定しないという事はそれで良かったみたいね。勝手な事を言ったから少し気に病んでいたのだけれど」

 しれっとそう言うリュヌに、カタナは頼みごとをした事を軽く後悔した。

「他には何も余計な事は言ってないだろうな」

「ええ」

 とりあえずはその言葉を信用し、カタナはそれ以上の追及を止めた。

(カトリ・デアトリスがホムンクルスか……なるほどな、ゼロワンがデアトリス家の没落に関わっていた事と、前に聞いたサイノメの情報から考えると辻褄は合うか……)

 ゼニスに居た頃、カタナはサイノメにカトリの情報を洗わせたことがあった。その時に解った事が、カトリ・デアトリスの情報は五年前に死亡しているという記録以外ほとんど何も出なかったという事だ。

 カトリが帝国特務と繋がっている事は後に判明したので、単純に記録を抹消されていただけだとカタナは結論付けていたのだが、リュヌから聞かされた話で新たな考えが浮かんでいた。

(サイノメがその気になれば、五十年前のリュヌに関する記録まで調べ上げる事が出来た。だがカトリに関しては無理だった、それがホムンクルスである事と関係があるとするなら……)

 カタナは一つの仮説に行き着く、しかしすぐさまそれを振り払った。

 そもそもサイノメが真実を報告していたのかが、今となっては怪しい。思い返せばカトリをカタナに近づけさせるようにフォローしていたりと、ホムンクルスである事を気付いていた節もありそうである。更にゼロワンの事も、ずっと消息を掴めないでいたにもかかわらず、先日の襲撃を予見したのはおかしなことであった。

(サイノメは何を考えているのか解らない奴だったから、考えてみてもさっぱり解らん……いや、それを言うなら俺は誰の事なら解るというんだ?)

 今までずっと考えてこなかった事だ。

 カタナは作られてから今まで、誰かを真に理解しようとした事が無い。

 ある時は捨てられたと自嘲し、ある時は戻れないと諦め、ある時は便利だからと信用し、ある時は珍しいからと警戒した。

(その結果が無様な今の有様だということか……)

 独房の中で処分を待つ、帝国に居た頃にも体験した、いつかの再現のように繰り返されている現実。

「……ようやく解った」

 考え込むのが自分の悪い癖、それが何か良い結果に繋がった事は無い。

 気付いたカタナは、自分が考え事をしている間も独房の外で待っていたリュヌに尋ねた。

「カトリは今どこに居る?」

「……見当もつかないわ。いずれは我が君の所に戻るとは言っていたから、それ以上は何も聞かなかったの」

 リュヌは、申し訳なさそうにそう答えた。

「知らないならいいんだ、後で探しに行く事にする」

「え? もしかして我が君が?」

 意外そうに聞き返すリュヌ、カタナは当然だと独房の中で返答した。

「ああ、もしカトリが戻ってきても今の騎士団の状態じゃ、拘束される事になるだろうからな。今の俺にはそれを止める事はできない」

「いや……でも、独房から我が君が出してもらえる目処は立っているの?」

 リュヌが示す問題はもっともだ、協会騎士団は件の解決まではカタナを拘束し続けるだろうから、そんな自由は許されない。

 だがそれには単純な解決策がある。

「勝手に出る」

「え?」

 

 重苦しい、鋼鉄が衝撃を伝える音が響く。打ち付けられた閂が外れて床に転がった。


 言うが早いか、カタナは独房の重々しい扉を蹴破り、枷をねじり切り、独房から堂々と出る。

「そんな!? 脱走なんてしたらもうここには戻れないし、下手をすればお尋ね者よ!」

「解ってる。俺としても居心地の良いこの場所を離れるのは残念だが、止むを得ない」

 カタナは決めた、今がそれを捨てる時だと。そうなれば、阻害するものは何もなかった。

 今の時間、カタナしか居ない独房には誰も見張りが付いていない。

 ルベルトが無意味と判断してか、人手が足りないからか、その辺りの理由だろう。それでも誰かが駆けつける足音が聞こえてくる。

「どうする気?」

「愚問だな、俺は正面から逃げる。あんたは隙を見て好きな場所に行けばいいさ」

 これ以上カタナに付き合う必要はリュヌには無い。というより、最初からその必要は彼女には無いのだ。

「はあ……もう少し手伝えることがあると思っていたけど、仕方ないわね」

 どこまで本気なのか、少し残念そうに溜息を吐きながらリュヌは独りごちる。

「あんたの意図は知らないが、作った借りはいずれ返す。だが今の俺には全て捨てて、向き合わないといけない奴がいるんだ」

 その為には誰の力も借りずに進む。きっとそれが明示されていた答えだから。

「そう、じゃあ少しの間お別れという事ね」

「……ああ」

 頷いて、カタナは自分の意志の赴くままに一歩を踏み出す。



++++++++++++++



 協会騎士団の竜舎、そこでは竜騎隊の五百騎が駆る飛竜が管理されている。

 しかしその中で一匹だけは例外で、竜騎隊には含まれていない。

 それがクーガー、他の飛竜には無い四枚の翼が特徴のカタナの騎竜であり。その相棒を伴う為に、いの一番でカタナは竜舎に足を運んだ。

「……まさかお前がここに居るとはな」

「久しぶりだねカタナ。キミが元気そうで僕は涙が出そうなくらい嬉しいよ」

 カタナからすれば涙が出そうなくらい苦々しい気分になるのは、協会騎士団でもっとも厄介な男が立ちはだかったからだろう。

 貴公子然とした容姿の聖騎士ランスロー。竜騎隊が演習で出払っていたのは僥倖だが、それ以上に最悪の相手が待っていたと言っても良い。

「どうしてここに来ると解った?」

「友情の成せる技だよ親友」

「…………メイティアにでも見張らせてたか。有能な従者を連れてるな、まったく」

 ランスローにまとも答える気が無いようなので、カタナは考え付くままに言い当てた。  

「流石だね、カタナの頭脳にかかれば僕程度の小細工なんて通用しないか」

 鼻につかない爽やかな笑顔で認めるランスローに、カタナは調子を狂わせる。

「何の用だ?」

 ランスローからは敵意を感じない。隙だらけでもあるし、少なくとも戦いに来たようにはカタナには思えなかった。

「用では無いけど、お願いがあるかな? 脱走なんて今すぐ止めて独房に戻って欲しい。そうじゃなければ僕達の友情に亀裂が走ってしまうから」

「……お前との間に最初から友情なんて存在しないし、もう俺は戻る気は無い。邪魔する気が無いなら失せろ」

「いいんだよカタナ、僕が疑いをかけられて罰を受けない為に、無理に突き放すように振る舞わなくても」

「その独自解釈もやめろ」

 まともな会話にならない事が苛立ちに繋がらないように、カタナは気を付ける。それがランスローの狙いかもしれない為だ。

「協会騎士団は良い所じゃないか、僕達のような者を受け入れる懐の深い場所は他にはないと思うよ? 今ならまだ間に合うから、さあ戻ろうカタナ」

「まあ、良い所というのは同意するさ。今まで置いてもらった恩もあるし、感謝もしてる。でも俺は絶対にもう戻らない」 

 カタナはキッパリと言い切った。

「……何故だい?」

「戻ったら進めないからだ。協会騎士団は居心地の良い場所だったが、そこに甘んじているだけじゃ駄目だと気付いたんだ」

 知りたい事を知る為には、留まっていてはいけない。舞い込んでくる事情にだけ対応しているだけでは、カタナの望むものは得られないから。

「解らない事だらけは嫌なんだ、関わるべきだった事を終わった後に聞かされることも。だから俺は行く」

「……そう、本気みたいだね」

 ランスローの気配が変わり、戦いになると思っていたカタナは構えを取る。

 しかし不意に、道を空けるようにランスローは去って行く。

「カタナがここを出るまでは邪魔をしない。僕の最後の友情さ」

「……」

 腑に落ちない気持ちを持てあましながら、カタナはランスローとすれ違う。その時、物陰に隠すように置かれたある物に気が付いた。

「……おい、まさか」

 そこにあるのは、何者かに持ち出された筈の魔術剣・巨無ドレッドノート。刀身は鞘代わりに布でグルグル巻きにされているが見間違うはずが無い。

 カタナは振り返ってランスローを見た。

「持って行くといいよ。協会騎士団ぼくたちを敵に回せば、それが必要になるだろうからね」

 背中越しに言い残し、ランスローはそれ以上答えなかった。

(……用意周到な事で、どこまで狙っているんだかな)

 とんだ濡れ衣を着せられる形になったが、カタナは巨無ドレッドノートをその手にし、協会騎士団と決別する。

 カタナの手配書が作られる事になるのは、それからしばらく先の事であった。




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