三章第十一話 尋問が生む停滞
協会騎士団本部を魔人が襲撃した翌日、カタナは副騎士団長のルベルトから尋問を受けていた。
「どうだ、一晩独房で過ごして少しは頭が冷えたか?」
尋問室の中は、カタナとルベルトの二人きり。調書を取るものもおらず、見張りが外に数人控えているだけだ。
「……そういうのを期待するならば、もう少し独房を改装してみたらいい。俺にとっては結構あそこは居心地がいいからな」
カタナからしたら、少し汚くともベッドが置いてあるだけで贅沢すぎる寝床だった。それをルベルトは嫌味と判断したらしく、いつもより表情を更に厳めしくしていた。
「減らず口を、貴様はまだ自分がどのような状況に置かれているのか、認識していないようだな」
「いや、昨日もあんたから再三に渡って聞かされたから、流石に解っているつもりだ。平たく言えばスパイ容疑だろ?」
先日に受けた取り調べ、その内容は騎士団本部を襲った魔人達とカタナの繋がりを疑うものであった。
ルベルトが言うには、カタナを疑う大きな理由が二つあるらしい。
「貴様とは意見を違える事も多いが、同じ協会騎士だ。疑いや決めつけを私心で行っている訳では無い。だが巨無が何者かによって所在不明となった事は、我々としても慎重に扱わなければならない事なのだ。それは解っているな?」
そう、先日の一件の後に知れた事だが、保管されていた魔術剣・巨無が何者かによって持ち去られていたらしく、カタナはそれを取り調べの中で聞かされた。
ルベルトがこの尋問に調書をとらないようにしているのも、それが原因である。
「貴様には以前に無断で持ち出した前科がある。もしも、何かしっている事があるのならば正直に言え」
「……何も知らない。昨日も同じ事を言ったがな」
前科については完全にカタナの非であるので、疑いも致し方なしなのだが、それでも同じ事を何度も詰問されるのは愛想が尽きる。
「協力者はいるのか? またリリイ・エーデルワイスか? それとも他の魔法士なのか?」
「人の話を聞けよ……」
交差するカタナとルベルトの鋭い視線。
しばし無言で睨み合う両者だが、先に諦めたのはルベルトの方だった。
「これ以上は無駄か……次の尋問に移る」
追及というよりカタナを挑発して真意を測ろうとしての発言であり、それを続けてもずっと無言の状態になると、ルベルトは判断したようだ。
「騎士団長を襲撃した魔人は貴様の知己であったようだが、その者との関係についてを全て話せ」
カタナが疑われる大きな理由の二つ目は、ゼロワンに関連する事であった。
「同じ場所で生まれ、同じ場所で育った、俺があいつの事で知るのはそれだけだ。五年前に別れて以来一度も会った事は無かったし、生死も不明だった」
「だから現在の所属も、襲撃の理由も知らないと?」
「そう言っている。むしろ俺の方が知りたいくらいだな」
カタナはゼロワンについて、語る必要のない事以外は隠さずルベルトに話している。
ルベルトはカタナが魔元生命体である事を知る数少ない相手なのだが、普段の行いからの信用があまり無いためか、それでも半信半疑といった様子だ。
「……貴様は現場にいたにも関わらず、その者を逃がしたようだが。何故追わなかったのだ?」
「お前の寄こした騎士達に阻まれたからだ」
「その時に従騎士カトリ・デアトリスが単独で追いかけ、その後の消息は不明だが理由は知っているか?」
「さあな、拘束されてた俺がその後を知る訳がないだろ」
その辺りのやり取りも、既に済ませた事であり。確認の意味だからなのか、ルベルトも追及を挟まず尋問を進めていく。
「では貴様の従者についてだ……」
そこでようやく先日は聞かれなかった事が、本日初めてルベルトの口から取り沙汰された。
「リュヌがどうかしたのか?」
「部下に調べさせたが、彼女も消息不明になっているそうだ。寝泊まりしている宿に荷物は残っているようだが、昨日は一度も戻っていないらしい」
「……そうか」
「ふん、その様子ではまた知らぬ存ぜぬのようだな」
話すべき事はカタナは自分から話す、そうでない時は何も話さない、ルベルトはそれを理解したようだ。
「本当の事なのだから仕方ないだろう。俺はあんたに疑われたいと思っている訳じゃないんだからな」
「それが本当かどうか判断するのは私の役目だ。そしてもう言った事だが、今回の事は慎重に扱わねばいけない事だ、だからこそ解決または何かしらの進展を見せるまで、貴様の扱いが変わる事はない」
「……つまり、辟易するようなこの無駄な問答はまだまだ続くと?」
「無駄かどうかを決めるのもまた、貴様では無いという事だ」
ルベルトは騎士としても人としても芯が一本通っていて、そうそう揺らぐことが無い。それだけに目の敵にされたカタナの心労というのは、並大抵のものでは無かった。
騎士団長や他の聖騎士では無く、ルベルトがカタナの尋問を行うのはそういう意味で適任であると言えるのだが。この場合は的確であるとは言い難い。
(居場所を失いたくなければ追ってくるな……か)
カタナの脳裏に反芻されるのは、ゼロワンが去り際に残したその言葉。
カタナがその気であれば、騎士達を跳ね除けて追う事も出来た筈だ。だが選択したのは追及では無く停滞、今の居場所を捨てることはせずに留まる事を選んだ。
(ゼロワンを追っても、既に決別を言い渡されている相手だ……更なる失望が待っているかもしれない。そしてなんだかんだ言っても、俺は協会騎士団に居心地の良さを感じていたのか)
あの時にゼロワンを追っていれば、という思いも確かにある。しかしそれは後悔という程のものでは無く、別の選択の結果が少し気になる程度のもの。
(それでも結局、居場所を失いかけているのは……日頃の行いのせいか)
しかしぐらつく足場に立っているのは、カタナにとってはいつもの事。失う事もまた、慣れた事である。
(ゼロワンも、帝国特務も、サイノメも……そして協会騎士団か)
捨てられ、捨ててここまで来た。だから今更捨てられることに危機感は抱いていない。だが気掛かりが全く無い訳では無かった。
(……カトリ・デアトリス)
カタナはルベルトからの尋問の中で、誤魔化しを働き、そしてもう一つ嘘吐いた。
カトリの事と、リュヌの事。
消息不明の従騎士を探すよう、自分の従者を名乗る者にカタナは頼んでおり。その怪しい人選は、こういう時に便利な奴がいないから仕方ない。
(まあ、なるようになってるだろう……)
カタナが投げやりになるのは、無駄な尋問が無駄に長く続いているからに他ならなかった。