三章第八話 十月十日が性質(たち)
「――戦術魔法の第二射準備が整いました!」
副官の言葉に大きく頷き、ルベルトはすかさず合図を上げた。
「『天上雷華』、絶対に外すな!」
魔法騎士達がその合図に応え、最高の貫通力を持つ雷撃が天よりギルダーツの脳天めがけて降り注いだ。
「甘いわっ!!」
避けるまでも無いというように、ギルダーツは雷撃を真っ向から受け止める。伸ばした腕が雷撃を弾く姿を見て、さしもの騎士達もその異常な光景に戦意を失い始めていた。
(これも駄目か……そうなると我々だけで勝利するのは難しいな)
ルベルトも、客観的に決定打の無い今の戦況を分析する。
善戦は維持しているが徐々に押され始めており、いつ瓦解してもおかしくない。ルベルトの指揮で本来の実力以上を部下達が出せているとしても、敵はその遥か高みにいた。
命を散らせる者がまた一人地に倒れるのを見定めながら、ルベルトは思う。
(……早く来てくれ)
打つ手がそれほど残っている状態では無い現状、被害を最小限に食い止められるように戦う時間稼ぎの様な戦法。そんな戦いをしているのは、ルベルトが到着を待っている者が居るからであった。
「――三番隊、全滅です!」
「く、ならば二番隊を前に出せ! 八番隊は背面に回り込ませろ!」
たった一人に一個中隊が壊滅の危機、五十年前の大戦がどれほど熾烈であったかルベルトは今更ながらに理解した。
「……いざとなれば私も前線に出る。そうなれば後の事は頼んだぞ」
ルベルトが告げると、副官は何か言いたそうにしていたが、最終的には首を縦に振る。
(騎士として、私は敵を前にして逃げる事だけはしない。たとえこの命尽きても、最後まで戦い抜く)
それもルベルトが師に教わった事。逃げ腰という不名誉な二つ名であるにも関わらず、生涯一度も敵に背を向ける事が無かったという騎士から継いだ誇り。
「一度戦線を下げる、戦術魔法の準備を急がせろ」
焦りと苛立ちは心の中にあっても、決して態度には出さずルベルトは堂々とした振る舞いで戦いに臨む。
そんな彼の願いが届いたのか、願っていた待ち人は唐突に現れた。
「……待たれい」
「お、おお、来てくれたかケンリュウ殿!」
ルベルトが伝令を走らせて呼び寄せたのはケンリュウ・フジワラ。協会騎士団の聖騎士の一人であり、その中でも一際異彩を放つ人物。
魔人を思わせる黒髪黒目の容姿と、和服と呼ばれる民族衣装に身を包むのは、彼が大陸の海を越えた先にある、『東方列島』の出身であるから。
自らを『武士』と称する彼の双肩に、この場の勝利は委ねられていた。
「某が呼ばれた理由は把握した、後は任されよ」
口数少なく告げるケンリュウの言葉が、今のルベルトには何よりも頼もしい。
「もし、何か我々に出来る事があれば言ってくれ」
「……では一つだけ」
ケンリュウはすれ違いざまにルベルトに言い残した。
「某の前には、誰も立たせるな」
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「……む」
ギルダーツは、騎士達がおかしな動きを見せ始めた事に眉根を寄せた。
ルベルトが現れてからは見事という他ない統率を見せていた騎士達だったが、今に至って戦線からの全面的な退却を始めていた。
まさか怖気づいたのかとギルダーツが思ったその時、騎士達と入れ替わるように一人の男が現れた。
黒髪の黒目の見た事も無い恰好をしたその男は
「その姿……同種の者では無いようだが、珍しい。そして腕も立つようだな」
幾度もの戦いを経験したギルダーツには、目の前にいる男が相当の実力者である事がすぐに嗅ぎ分けられた。
「……」
しかし現れた男は無言のまま、声を聴くのも少し遠いような位置で膝を地面についた。
「……何の真似だ。降伏ならば聞く気は無いぞ」
ギルダーツは皆殺しだと言った。それは跪かれようが頭を下げられようが覆る事は無い。
「……」
相手の男は何も言わず、ただ腰の剣を抜く。だがそのように戦う姿勢を見せたかと思いきや、どういう訳かすぐにその剣を納刀してしまった。
「何をしたいのだ、馬鹿にしているのか?」
呆れるよりも怒りを滲ませたのは、ギルダーツが戦いに対してそれなりの拘りを持っていたからか。
虐殺を楽しむよりも、戦いに意義を見出しているようなギルダーツだからこそであるが、それは取り戻せない失敗であった。
いや、それはそもそも想像するのもおこがましい事で、魔人という非常識な存在であるギルダーツをして、非常識と言わしめる結果だったのだが。
男がもう一度剣を抜いた時には、全てが終わっていた。
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異国の剣士であるケンリュウ・フジワラが、協会騎士団の聖騎士になれた事には、驚く程単純な理由がある。
それは彼がかつて、魔竜を一人で討伐したからというだけの、明快にして最大の偉業。
ギルダーツに向けて見せるケンリュウの剣は、その時とまったく同じ物である。
『妖刀・十月』という、東方列島に伝わる特殊な製法で生み出された片刃の美しい白刃と、対となるそれを収める『魔術鞘・十日』。
普段は空の鞘である十日に、十月を収めた時、ケンリュウの『居合』は完成する。
「十月十日の合わせ刃、『奥伝・断空』……さあ、産声上げよ」
ケンリュウの両腕に霊光が上ると同時、抜き放たれた剣と鞘からは魔光が上る。
ギルダーツの姿は間合いの遠く外であったが、今のケンリュウには見えている範囲全てが間合いの内に等しい。
十月十日の性質は飛ぶ斬撃。
ギャアアアアアアアアアアアアアン
抜き放たれた一閃は風を切り裂き、まるで赤子の鳴き声のようにけたたましい音を立てて飛ぶ。
しかし、それが聞こえた時はもう遅い。
「が、ふ……」
音すら超えて飛ぶ斬撃がギルダーツの身体を両断し、その一切に終止符を打つ。
「……二の太刀は無し、斬り捨て御免」
一刀両断を体現するケンリュウの居合は、魔竜を斬った時よりも更に鋭さを増していた。




