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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第三章 私が私として
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三章第四話(裏) 実験体が見ている過去、現在

 ソレは帝国特殊技法技術研究所――通称『帝国特技研』と呼ばれた狂気の場所で作り出された。

 ソレは験体501という固有の記号を与えられ、研究者達からはゼロワンと呼ばれていた。

 ゼロワンは最初から強靭な肉体と優れた精神を与えられていた。

 ゼロワンは、彼を作り出した者達から多くの期待を持たれていた。

 そしてゼロワンには出来損なった弟がいた。


「なあ、辛くないのか?」

 どのような実験を受けているのか、いつも傷だらけであった弟に、ゼロワンはそう聞いたことがある。

「……大丈夫。放っておけばすぐに治る」

「俺が聞いてるのは、お前が辛いか辛くないかだ。それで、どうなんだ?」

 改めて問い質すと、弟は目を逸らして無言になる。

「やっぱり辛いんだな、だったら俺がアイツらに止めるように言ってやるよ」

「いや、いい。それじゃゼロワンに迷惑がかかる」

 そういう所で、弟は頑なであった。

 辛い目にあっているのは自分なのに、他人にすがろうとせず現状を受け入れる。

 魔元生命体ホムンクルスとして、そういう風に作られているといえばそれまでだが。ゼロワンはそれが弟本来の優しさだと思っていた。

「くそ、アイツら俺達が逆らえないからって好き勝手やりやがって。いつか絶対皆殺しにしてやる」

 魔元生命体ホムンクルスとして作られた時に特別な処置をされているらしく、ゼロワンも弟も研究者達には逆らう事が出来なかった。

「成功作のゼロワンはアイツらのお気に入りなんだから、そんな事する必要はないだろ。俺なんかの事で敵を作るような事を言わなくていい」

 憤るゼロワンを弟がたしなめる。

「いいや、弟が痛めつけられてるのに黙っている兄はいねえよ」

「俺は大丈夫だし、そもそもゼロワンと俺はただ順番に作られただけで、兄弟とは違うんじゃないか?」

「……お前は何気に傷付くような事をさらっと言うよな。いいか、別に血に繋がりだとかそんなの関係なしに俺達はこうして共にいて、これからも共にいる。そんなお前との繋がりは、俺がこの世に存在するたった一つの理由なんだ。それって多分、俺がお前の事を家族だって思ってるからだろ?」

 与えられた知識にはそんな例は無かったが、ゼロワンはそれが自分の気持ちだと正直に語った。

「……そうか、ありがとう。俺もゼロワンと共にいられるなら、それを理由にしてどんな事にだって耐えられる」

 実験体同士の間で育まれる情。それは簡素な牢に閉じ込められた彼らにある、ただ一つの確かな物。

 それが研究者達にとっての実験の一部であったとしても、彼らにとっては世界の全てであった。

「今日はもう休むか?」

「ああ、明日もきっと早いだろうから……」

 傷だらけの弟はろくな手当ても受けられない。眠って自己治癒に任せる事が、唯一の身体と心の回復手段なのだ。

「……おやすみゼロツー」

 すぐに寝息をたてはじめた弟に、ゼロワンはそっと告げる。

 最初から成人の肉体で作られたので可愛げは全く無いが、ゼロワンは無防備な弟の寝顔に笑みを漏らす。

「いつか一緒にここを出よう。いや……おれが絶対に出してやるからな」

 一方的にしたその時のゼロワンの約束は、残念ながら半分しか果たされる事は無かった。



++++++++++++++



「おい新入り、そんな無防備に寝てやがるとバラバラにしちまうぜ」

 揺れる馬車の中、ゼロワンが僅かな殺気を察知して目を覚ますと、ネズミ顔の男がしたり顔でそう言った。

「……趣味が悪いな。あんたはいつもそんな事をしてるのか?」

「いいや、ギルダーツのおっさんには無意味だからしてねえよ。ヒャハ、新入りにはちゃんと効果があるようで何よりだ」

 下卑た笑いを浮かべるネズミ顔のグリシルクという男に、ゼロワンは心底辟易させられながらも。これがちょうどいい機会だと、これからの事の確認をしておく事にした。

「今日はこのまま共和国の首都に入り、作戦開始は明日の昼間でいいんだな?」

「おあ? 何だいきなり。説明はもうおっさんがしただろ?」

 そう言ってグリシルクは、いびきをかいて寝ている隣の巨体を指差した。

「……あんたらにとってはあれが作戦の説明なのか」

「ヒャハハ、まあギルダーツのおっさんにとっては充分すぎる程の説明なんだろうよ。お前に言ったのは確か、『機を見計い、剣聖を殺せ』の一言だけだっけか?」

「ああそうだ。たった三人で騎士団本部に強襲をかけるのに、もう少し綿密に役割を決めるべきではないのか?」

「本当にダッセーな新入りは。ニンゲン相手にするだけなのに打ち合わせなんて要らねえよ。やるべき事だけ決まってりゃ、俺達にとっては充分すぎんだぜ」

 ゼロワンの危惧を一笑に伏すグリシルク、そのあからさまな高慢さは魔人という種にはよく見られる特徴であった。

「相手は大陸最強と目される協会騎士団だとしてもか?」

「くどいな、何が相手でもそれがニンゲンならクズも同然だっつーの。あいつらは弱くて群れる事しか知らない上に、その群れの中でも何か起こってからでないと意思の統一ができねえからな。前に潰した帝国特務だかってクズの集まりも楽勝だっただろ」

「……しかし、あんたのような魔人も大戦では敗北している」

「ああ!? そりゃ、あの規格外のクソ勇者がいたからだっつの! 新入りは知らねえだろうが、ギルダーツのおっさんでさえ勇者の聖剣には殺されそうになったんだぜ!」

 どんな攻撃を受けても傷一つ負ったところを見た事の無いギルダーツをして、敗北させた勇者というのがどういう者か、その場に居なかったゼロワンにはおおよそ想像も出来ない。

 しかし思う事がある。

(どうしてそういう規格外が、まだ存在しているとは思わないのだろうか?)

 人にとって大戦が過去の事であるように、魔人にとってもそうなのか。あるいはもっと昔の事に固執し過ぎて、身近な所に気付かないだけなのか。 

「言っておくが、俺達は新入りの事を完全に信用してるわけじゃねえぜ。今回の作戦にも一番重要度の低い役割が当たってるしな」

「……解っているさ。勿論、俺は全力で当たる」

 剣聖と呼ばれる協会騎士団の騎士団長は、ゼロワンにとっても因縁ある相手。だからこの役割があたった事は僥倖でもあった。

 問題としては、その近くに居る筈のある人物と顔を合わせる可能性があるという事だけ。

「まあ、新入りの事はどうでもいいけどよ。でも一個勘違いしているようだからこれだけは言っておくぜ」

 グリシルクはゼロワンの危惧をよそに堂々と、ちらりと隣で眠る巨体に目配せして言った。

「協会騎士団の相手をするのはギルダーツのおっさん一人だけだ」

 






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