二章エピローグ 決戦の準備期間
「聖騎士カタナ、どうぞ出て下さい」
監守が重々しい扉を開き、狭苦しい独房からカタナを解放する。
「……たった一週間か」
どこか不満げなカタナだが、進んでそこに入っていたいとも思っていなかったので、一週間寝食した独房からとりあえずは出て行くことにした。
「お勤めご苦労様です」
そう言って早速カタナを出迎えたのはカトリ・デアトリス。巨無を持ち出した事で、カタナと同じく独房入りとなっていたが、少しばかり早く出て来ていたようだ。
「嫌味か?」
「ええ、そうです。寝る事が仕事だと言っていたカタナさんに通じるのかは怪しかったですが、解って頂けて何よりです」
「……」
久しぶりに見るカトリの顔は、バツが悪そうなカタナを見て少し楽しそうに笑っていた。
「一週間経っても気にしているようですね。普段は不真面目なのに、そういう時だけは変に真面目なのはいただけない事だと思いますよ?」
「別に、何も気にしていない」
「それはそれでよろしくありません。貴方の為に処分を受けた竜騎長や、宝物庫の警備主任、その他関係者の事はしっかりと気にしてあげてください」
「……解ってるよ。まあ、結局全部有耶無耶になってしまったがな」
そう、フルールトーク家とカタナの周囲を巻き込んだ今回の一件は、全て無かった事にされた。
カタナが聞いた話だと、フルールトーク家が全てを無かった事にするように動き、協会騎士団がそれに負けたのだという。
その一連の流れをサイノメが言うには、「金の力ってやっぱりすごいね!!」とのこと。
それで本来は巨無を持ち出した事で厳罰が待っていた筈のカタナは、僅か一週間の独房入りという軽罰で済まされてしまったのだ。
(収まるところとしては、まあ順当だったと言えるが……)
カタナが腑に落ちない気分でいるのは、フルールトークがそこまで大っぴらに動くとは思っていなかったからだ。
フランソワとの事で、当主はカタナに良い感情を持っていなかったのは明白であったので、都合の悪い部分だけを改竄して他は放置するだろうとカタナは考えていた。
「何か考え事ですか?」
「……つまらん事だ。一週間前から他に考えていた事に比べればな」
「フランソワ様の事ですか?」
「……」
カタナは無言で肯定する。
今回の無かった事になった一件で、フランソワはカタナと関わりを持っていたが故に狙われる事態となった。
今後それを避ける為にどうすべきか、選択肢の中にはフランソワとの関係を断つ事もカタナは考えている。
「私には無理だと思いますけどね。フランソワ様のカタナさんへの想いはきっとずっと揺るぎませんし。カタナさんが拒絶したとしても、それが本心からでなければ聡いあの方は簡単に見抜くでしょうね」
「……かもな」
「それに本心から拒絶するのは、カタナさんには無理なのでしょう?」
「……」
フランソワに対してカタナが抱く感情は、彼女から受ける好意とはまた別のベクトルからくるもので、うまく説明は出来ない。
一応正確に解っている事と言えば、カタナはあのどこか危なっかしい少女の事を放っては置けないということ。
そしてフランソワの周囲の環境が劣悪であったことも起因して、カタナが抱える悩みの種となっていた。
「一人で悩んでいても仕方ない事ですよ、ちょうどいいから二人でしっかり話した後に答えを出してはどうです?」
「ん、二人?」
「聞いていませんか? フランソワ様がもうすぐここに来られるみたいですよ」
「……聞いてない。あの女、わざと言ってなかったな」
カタナはこの場に居ないあの女ことサイノメに心の中で恨みを飛ばし、この職務怠慢に対する仕返しを瞬時に二十五通り考え出した。
「そんな事より、フランソワ様に対してはしっかり考えて答えを出してくださいね。いつもみたいに冗談で済ませて傷つけるような真似をしたら、貴方の事を斬りますからね」
「随分とフラウの肩を持つな」
「私も女ですから。あの方の純粋な想いを応援したいという気持ちもあります」
「も? 他に何かあるのか?」
「……別に私の事はいいでしょう。邪魔になりそうなのでこれで失礼します」
そう言って立ち去ろうとするカトリ。その後ろ姿が数歩離れた所で、カタナは思いだしたように呼び止めた。
「何ですか?」
「いや、随分迷惑をかけたみたいだからな。フランソワの護衛の事も、巨無の事も、感謝している」
「私は貴方の従騎士ですから当然の事です。それと、感謝の言葉よりも私が欲しいのは、貴方との仕合の機会なのですが」
「……面倒だが、善処する」
「ふふ、期待していますよ」
そう言い残し、嘆息するカタナとは対照的な表情でカトリ・デアトリスは去って行った。
++++++++++++++
「おにーさま!!」
飛び掛かるように抱きついてきたフランソワ・フルールトークを受け止め、カタナはここが人通りの少ない場所で良かったと実感した。
「抱きつくのはまあいいが、人目は憚れ。俺は慣れているが、フラウに変な噂が流れたらどうする」
「喜びますわ!」
「……おい、侍従長」
もう何を言っても駄目そうなフランソワの代わりに、カタナはその後ろにつくロザリー・ローゼンバーグに非難の視線を向けた。
「そう睨むなってカタナっち、まんざらでもないくせにさ。それと、ロザリーさんはもう侍従長じゃないよ、この度めでたくフランソワお嬢様の世話係に降格されたんだから」
降格なのにめでたくと言い放ったロザリーの言葉に偽りなく、随分と嬉しそうにしているのがカタナにも解る。
「……それはまた、なんともあの当主らしくない采配だな」
「まあね。でもそれはカタナっちのおかげなんだけどさ」
「俺の?」
「聞いてないならお嬢様に聞くといいよ。じゃあロザリーさんは人目を憚って煙草を吸ってくるから、カタナっちにお守は任せたよ」
そう言ってだらけた態度でどこかに行くロザリーを見て、あれがかつて本当に侍従長と呼ばれていたのかとカタナは疑いたくなった。いや、そもそも前から疑っていたが。
「ロザリーはあれで照れているんですよ。煙草も止めてもう持っていないのに、おにーさまに会うのが恥ずかしいみたいですわ」
「……あれで照れ隠しね。魔法で押し潰したり、剣を振り回す奴よりは幾分マシか」
それが誰の事を言っているのかフランソワは疑問を持ったようだったが、カタナは知らなくていい事だと、適当に誤魔化した。
「それよりも、当主の事だが。そもそもフラウが此処に来ることを許しているのか?」
前は余程の用が無い限りは会わせようとしていなかった。フランソワの世話係も、当主に従順なバークレーに勤めさせ、ロザリーとも距離をおかせていた筈だ。
「ええ、それがどういう訳か急に、お父様がわたくしの望みを聞いて下さるようになりまして。食事も前は別々に取っていたのですが、一緒に取るようになったり。姉達のわたくしへの態度を注意したりと、まるで人が変わったようになりまして……当然、わたくしにとっては喜ばしいのですが、少々戸惑っております」
「……それは、攫われていたフランソワが帰ってきてからか?」
「そうですわ」
(……まさかな)
時期とその変化を符号させて見て、カタナには一つだけ思い当たる節がある。
フランソワが攫われた時のフルールトーク家の本邸で、カタナは当主とフランソワの事で対立し、フルールトーク家の私兵を相手に戦う事になった。
結果はカタナの快勝、もし当主の変化がその時の境に起こったのだとするなら、最後のカタナの行動が原因ということになる。
(……何て言ったかは憶えてないな。だがあの時は随分気が立っていたし、脅す様な事を言った気がする)
記憶が曖昧なのはそれだけ怒っていたからだろう。カタナとしては珍しい事である。
「実は、おにーさまの名前を出すたびにお父様が怯えるようにもなってしまいまして……ロザリーは理由を知っている様子なんですが笑うだけで教えてくれませんし、何かおにーさまには御心当りがございませんか?」
フランソワには誰もその時の事を教えていないらしく、ロザリーはカタナの口から言わせたいためにあのように言ったのだろう。
「どうだろうな、きっと当主も俺の偉大さに気付くようになったんじゃないか」
実はお前の父親相手に大暴れしたんだ、とは口が裂けても言えないカタナはキレの無い冗談でお茶を濁すしか浮かばなかった。
「……確かに、それならば納得がいきますわ。お父様もようやく真実を見定めるに至ったという事ですね」
そして、お前は何故こういう時にこそ真実を見定めれないんだ、とフランソワに言ってやりたいカタナだったが、都合が悪くなるので止めておいた。
(それにしてもあの当主がね……これはもう何も悩む必要は無くなったか?)
もしフランソワの周りの環境が改善されるというのであれば、カタナが心配していたような事は無くなりお役御免となる。
少しだけそれを寂しく思うのを感じながらも、カタナはずっと考えていた事を口に出そうとした。
「なあ、フラウ……」
「大丈夫ですわ、おにーさま。わたくしも理解しております……きっと次に会う時には、お別れを言い渡されるだろうと覚悟しておりましたから」
フランソワはカタナの言葉を遮り、そのお別れは自分から言わせてほしいと言った。きっと賢い彼女は全てを知ったうえで、自分なりのけじめをつけたかったのだろう。
「今までおにーさまには、わたくしの甘えのせいでいくつものご迷惑をおかけしました。この不肖者の面倒を見て頂いたそのお優しき配慮と、全てを受け止めるその強さに最大の感謝を述べさせていただきます」
「……いや、俺は結局何も出来てはいないさ。むしろ感謝したいのはこっちだ、フラウが居るから俺はカタナを名乗れているのだから」
「そんな事はありませんわ。むしろわたくしの方こそ、おにーさまと出会えたからフランソワ・フルールトークとしての生き方を見つけられました。貴方様がいなければ、きっとこの世界の何一つとして喜ばしいものと思えなかったことでしょう」
「そうか……」
カタナは言葉が出てこなかった。心の底からのものだと解るフランソワの感謝は、どうにも眩しすぎるのだ。
「しかし、おにーさまと居ればわたくしは駄目になるとも実感しました。いつまでもその優しさに甘える事になってしまう、その強さに頼りきってしまう……そんな堕落したわたくしでは、おにーさまの様な方と並び立つには相応しくない、そう思いました」
カタナにどれだけの理想を描いているのか、フランソワは本気でそう思っているようだった。
(そんな立派なもんじゃないぞ俺は…)
きっとそう言っても否定されるだけというのは解りきっているので、カタナはあえて何も言わない。ただ、そんな風に思ってくれていた者がいたという事だけは、深く胸に刻みつけた。
「ですからせめて、おにーさまに頼らなくても大丈夫になるくらい強くなるまでは、わたくしはこの想いを秘める事にします」
「強く?」
「はい。と言っても、わたくしでは武力を身に付けるのは難しいので、わたくしなりの強さという事になりますが。まずは見定めた目標としては、自分自身の力でフルールトーク家を手に入れる事ですわ」
「……おいおい」
とんでもない事を言いだすフランソワを前に。カタナは呆れるよりもまず、この少女なら難なくやってしまいそうだと思ってしまった事に驚いた。
「財力も正しく使えば自分を守る為にも、誰かを守る為にも使える力になりますから。それでいつかおにーさまの助けになる事が、わたくしの夢でもあります」
「……フラウは俺を何処に連れて行く気だ」
カタナは平穏に暮らしていければそれで充分。それが結構難しいのだが、フルールトーク家の力はそれ以上にでかすぎる。そこまでしてフランソワが何を成そうというのか、疑問しか浮かばなかった。
「無論、わたくしの隣に居て欲しいのですわ」
「……」
少しはにかみながら年相応の表情になって言うフランソワに、カタナはもう何も言えなくなった。否、何も言える資格は無かった。
(この想いに応える事も、その方法も解らない俺には何も言えん)
カタナは愛を知らない、魔元生命体として作られた時に不要な感情は抑えられ、押し付けられたのはほぼ戦闘人形としてのノウハウだけだったから。
だが真に望めばそれを理解する事ができる。今までは正面からそれを向ける者がいなかったから、当人が気付く余地が無かったというだけであった。
「あの時の告白のお返事は、今は保留で結構です。というよりも、今のわたくしでは拒絶されるしかありえませんから。おにーさまに相応しい強さをわたくしが身に付けた時、その時までお待ち下さいませ」
「その言い方だと、その時に俺が受け入れるのは確定してるみたいじゃないか?」
「ふふふ、愛に殉じる乙女は無敵なのですよ。如何におにーさまが最強の存在であっても、必ず勝利して見せますわ」
愛は戦い。そういう事ならフランソワの言い分は正しく、またカタナに勝ち目はない。
「そうかい、まあ面倒になったら俺の事なんて忘れてくれていいからな」
「その手には乗りませんよ。どうあってもその時までは夢を見させて頂きますから」
「……まったく、物好きな奴だ」
不敵に言い放ったフランソワに対して、カタナはまた一つ嘆息を漏らすのであった。
そうしてカタナの予想もつかなかった方向で、フランソワとのひとまずの別れは決着がついた。
しかしそれはいずれ来る決戦に向けての準備期間でしかなく、当事者である二人だけがそれを知る。
つまるところカタナがフランソワ・フルールトークの愛を真に理解するのは、そう遠い話では無いという事であった。
++++++++++++++
もし物事に本筋や後日談というものがあるとするならば、それに当てはめるとここからは余談という事になる。
カタナがフランソワと別れ、久しぶりに兵舎の自分の部屋に帰ってくると、本来誰も居ない筈の室内に気配を感じた。
(……潜んでいる風でもない。管理人が掃除でもしてるのか?)
気配から察するに敵意があるようには感じられなかったので、カタナはドアを開けてみる事にする。
「あら、お帰りなさい我が君」
バタンッ!!
そして視界に入ってきた光景が信じられないものであった為、瞬時にドアを閉じた。
動転したというよりは警戒しての行動、その後に部屋番号を確認したのは全く意味の無い行動であったが、カタナは次に何をすべきかちゃんと理解していた。
「おい、サイノメ」
「ギクリ!」
絶対に居ると思っていたので、気配を消していても廊下の曲がり角に身を潜めるサイノメの存在に、カタナは気付く事ができた。
「俺の部屋の中に、見慣れないけど見知った奴がいた。お前の差し金か?」
「あ、はは。いやだなー差し金なんて人聞きの悪い、ちょっとしたサプライズだよ。独房暮らしで退屈であったろうシャチョーに対する、あたしのせめてものお祝い的な?」
「……竜騎長に対する詫びは、飛竜の餌にしておくか」
「このタイミングでその独り言!? あたし!? あたしを餌にするって事なの!?」
秘書官であり、専属契約をしているサイノメの相次ぐ職務怠慢に、カタナは冗談ではなく本当にそうしてやろうかと思った。
「殺されたくなかったら知ってる事を全部吐け」
「こわ! それ絶対悪役の台詞じゃん!! あ、すいません。解りましたからそんな睨まないで……」
ようやく話す気になったサイノメに、カタナは発していた殺気を収めた。
「えーと、シャチョーが独房に入っている間に、従者になりたいってあの人がやって来てね。その時にひとまず、秘書官であるあたしが対応する事になったんだけど……」
「……ほう」
何一つとしてカタナには初耳である。
「まあ、面白そうだからとりあえずシャチョーに会わせて反応を見てみようと思い。今に至ります」
そしてあっさりとサイノメの説明が終わった。
「……お前の仕事は何だ?」
「ひ、秘書官だよう。そんなあたしが知っている規定では、騎士以上は従者を連れていい事になっているし、認可されれば本部内も決められた区画なら入って良い事になっている筈だよ。ほら同じ聖騎士のランスローもメイティアって従者を連れているでしょ?」
「……つまりもう認可されている訳だな。俺の知らない所で」
「ごめんなさい!! けど、半分はただの悪ふざけだけじゃないんだよ……ある程度シャチョーの問題が片付いてからにしようと思ってさ。フランソワの事だとか、色んな後始末の事だとかね」
確かにカタナとしては悩みの種が一度に増えるよりは、一つ一つ解決する方がマシであるという考えも理解できる。しかし半分は悪ふざけと認めたサイノメの処分は断固たるものとしなければならない。
「ちなみに情報屋としてのあたしは、聞かれてない事と報酬を貰えない事には不干渉って事で……」
「解った、もういい。お前に対する仕返……もとい処分は後だ」
とりあえず既に頭の中で決まっている事よりも、カタナは目の前にある問題に取りかかる事にする。
この後自分に降りかかる運命に、諦めたような引き攣った笑みになるサイノメをその場に残し、カタナは自分の部屋のドアを再度開いた。
そこにはさっきと変わらず室内の掃除に励む、赤髪赤目の美女の姿がある。
どこで調達したのか侍女服姿で、戻ってきたカタナに気付くと自然な笑みを向けた。
「我が君の秘書官も中々型破りのな人ね。一度会っていて私の正体も知っているはずなのに、こんなに簡単に通すのだもの。少し驚いてしまったわ」
廊下での話は聞こえていたらしいようで、そこに居る美女――人間として生きると言って去って行ったはずの吸血鬼である、リュヌはそうもらした。
「その我が君って誰の事だ?」
「あら、聖騎士カタナと呼ばれるのはお嫌いだったみたいだから、新しい呼び名を考えてきたのだけど。ご主人様や主君の方が良かったかしら?」
「……何が目的でここに来た?」
とりあえず些事と思える事は後回しにして、カタナはリュヌの真意を問う事にする。
一応は敵であった者の元に従者になりたいとやってくる。その予想も出来なかった行動の理由は、カタナが一番知りたい事である。
「実を言うと、目的が見つからなかったからここに来たの。もう昔の知り合いも皆いなくなってしまったし、よくよく考えれば今回の事で一番迷惑をかけたのは我が君に対してだったから、何か出来る事があればと思ってね」
しかし返って来たのはそんな肩透かしのような答え。流石のカタナも呆れるしかなくなった。
「それで従者……安直なのか突飛なのか、どちらなんだかな」
「あら知らない? お伽話に出てくる吸血鬼の中には、血を分けてもらった人間に対して忠誠を誓ったという話もあるのよ?」
「あんたはお伽話に出てくる吸血鬼じゃないだろ。それに人間として生きるって話は何処に行った?」
「ふふ、物の例えよ本気にしないで。ちゃんと人として生きていくし、それにその為にも我が君の近くなら色々と都合が良いというのもあるから」
冗談めかして言うリュヌだが、その中には切実な思いも少し含まれている事にカタナは気付いた。
「……なるほど、あの約束か」
「そうよ、私が人として生きられなくなった時には、我が君が殺してくれるのでしょ? その時が来た時の為に、あるいはそうならない為にも、私は我が君の近くに居るのが一番だと思ったの」
もしリュヌが吸血鬼として人に害をなす存在となった時には、カタナがそれを止める。それこそが、あの時見逃した事に対する責任である。
「だからといって、いきなり従者はどうかと思うがな……」
再会の予兆は別れの時にも確かにあった、しかしそんな形になるとはカタナも予想は出来ていなかった。
「嫌なら追い返してもいいのよ?」
「いや、もうそれでいい。あんたの事は俺がしっかり監督する、それが……」
言いかけて、カタナは言葉を止める。責任や義務という言葉は、彼が一番嫌いで避けたい言葉であるのだ。
不思議そうに見つめるリュヌを尻目に、言葉の代わりに吐き出した本日三度目の嘆息は、カタナのこれまでで一番深いものであった。