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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第二章 誰が為の騎士
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二章第二十八話 カタナの完全敗北

 落涙するリュヌに向けられたのは、優しい言葉や差し伸べる手などでは無く、カタナが持ち上げた巨無ドレッドノートの黒い魔光が上る凶刃であった。

「……今の幻、俺にも少しだけ見えていた。あんたが何に生かされたのか、どんな意図があったのか、なんとなくだが理解している」

「そう……」

 向けられた刃と言葉に向き合いながら、リュヌは頷く。

「その上で聞く。あんたは生きるのか、それとも生きられないのか」

「……」

 ソレイユの最後の力と願いによって生かされたリュヌは、果たして何を思うのか。

「別に保留にしたいならそれでもいい。一応約束だからな、あんたが死にたくなった時には殺してやる。いつでもどこでもな」

「ふ、ふふ……殺し文句ってところかしら?」

「うまい事は言えてないぞ」

 無理やり笑おうとしているリュヌに、カタナはそんな必要は無いと言い捨てる。

「泣きたいなら泣けばいい。俺が野暮な事を聞いたせいなら悪かった」

「違うわ、私は泣いてはいけないのよ。あの子が望んでくれたのは、そんな事じゃないもの……私は笑いたいの、あの子の為に、そして自分の為に」

 そう言って笑顔を作るリュヌの表情は全然さまになっていない。

 それでもカタナは頷いて剣を引いた。リュヌの瞳にはもう涙は残っていなかったから。

「……生きるんだな?」

「ええ、人として。でもその前に……」

 その時リュヌから魔光が上り、何らかの魔術が発現したのをカタナは感じた。しかし見て分かる変化は周囲には見られない。フランソワ・フルールトークも倒れている女性達も健在だ。

「今のはソレイユが使っていた幻惑ヒプノシスを逆のベクトルに変えたものよ。植え付けられた心的外傷を払拭するための心的療養ね。でも今私がこの村の人達に出来る事はこれくらいだわ……」

 既に命を奪われた者も多い、消え去った魂を再構成する事は今のリュヌにも不可能な事なのだ。

「この責任はいつか何らかの形でとるわ。もしかしたら死ぬ事で償う事になるかもしれないけどね」

「あんたがやった事じゃないんだろ。そこまで責任を負う必要があるのか?」

「あるに決まっているじゃない、私はあの子達の姉だもの。それが理由で、それが無ければ生きていく必要が無いわ」

 リュヌに力説され、カタナはそんなものかと曖昧に納得する。

「……でも今は、少しの間だけ自分の事を考えたいわね。償いについてはその後に考える事にするわ」

「フランソワ・フルールトークに対してもか?」

「そうしたいのだけど、あの子の主観は貴方が基準みたいだから。貴方が私を害ある者として認識しない限り、絶対に罰を与えるような事はしないわ」

「……」

「そんなフランソワが貴方は心配なのかしら?」

「いや、心配などしなくても、いつか勝手に愛想を尽かされるようになる。あいつは賢いからな」

「そんな簡単な話だといいけれどね……まあ、今は言わなくてもいい事かしら。それじゃあ聖騎士カタナ、とりあえず貴方には感謝の言葉を言わせて貰うわ」

 カタナとしては感謝されるようことをした覚えは無い。その代り、一つだけ正したい事がリュヌの言葉の中にあった。

「聖騎士ね……その呼ばれ方は嫌いなんだがな」

「ならば、次に会う時までには別の呼び方を考えておくことにするわ……」

「あ?」

 微妙なニュアンスの言葉を残し、リュヌは別れの言葉も言わずに去って行く。カタナは疑問を浮かべながらも、追いかけてその真意を問うような労力は惜しんだ。いや、惜しまざるを得なかった。

「――おにーさま!?」

 成行きを見守っていたフランソワが叫び声を上げる。突然床に崩れたカタナを見て驚いたようで、すぐに駆けつける。

「大丈夫だ、少し疲れただけで。すぐに動けるようになる……」

 魔元心臓ダークマターの連続起動により、ガタが来てしまった体と押し寄せる眠気。カタナは何とかフランソワを泣かせぬように言葉を選んでいた。



+++++++++++++++



 万事解決とはいかず、完全燃焼もしていない。勝利の余韻など当然ある訳がない。

 それをカタナは既に受け止めていたが、最後の最後に晒した失態によって、完全敗北の苦汁を飲まされることになった。

「おにーさま! 大丈夫ですか!? おにーさま!!」

「大丈夫だって……言ってるだろ。だから泣くな……」

 ほぼ無傷で済ませたのに結局フランソワに泣かれてしまい。その涙に弱いカタナは苦笑するしかない。

 完全勝利の条件が少女の笑顔であったのなら、完全敗北の条件はきっと少女の涙だったのだろう。

 それでも裏目裏目にありとあらゆる運命から総スカンをくらいつづけるカタナが、その最大の目的である、フランソワを無事に取り戻すという事を完遂できただけでも御の字と言える事は確かだった。

「十分も寝ていれば……立てるようになる。少しだけ待て……」

 カタナが手を伸ばしフランソワの頭を撫でると、その心配そうな表情は少しだけ落ち着いたようであった。

「……眠られるのですね。ではこちらにどうぞ」

「ん?」

 カタナの頭は持ち上げられ、その後頭部の下にフランソワが膝を入り込ませた。どう見ても膝枕という恰好である。

「役得ですわ」

「……なんでお前が喜んでいるんだよ」

「夢が一つ叶いましたから」

 もう少しまともな夢は無いのかとか、色々とフランソワに言ってやりたい事がカタナにはあったが、疲労が結構極まっているのと、寝心地が良くなったのが相まっているので手短にまとめた。

「……馬鹿か」

「ええ、わたくしは馬鹿ですの。だって、おにーさまの前でだけは愚かなただの子供でいられるのですもの。本当の自分で大切な人を想う事が出来るのですもの……」

「……」

 フランソワの顔が紅潮し始め、カタナはまずい流れに向かっている事にいち早く気付き、回避するために、ある技を披露した。

「ですから、おにーさま……あ、眠られてしまいましたか…………」

 自分の寝入りをコントロールするという怠惰な生活で編み出したしょうもない技で、カタナはその戦いを締めくくった。



 こうしてフルールトーク家、吸血鬼、そしてカタナとその一部の関係者が巻き込まれた戦いに幕が引かれる。それらを巻き込んだ者が一度も姿を見せぬままに……。

 あらかじめ用意されている幕と、即興で用意される幕をいくつ終えればいいのか渦中にいるカタナは知らず、『凶星』の真の意味もまた知らない。

 そんなアンフェアな戦いが彼に架せられた運命であり、彼が生まれる前から世界がそれを決めていた。


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