二章第二十七話 最期の力
「……それがあんたの答えか」
リュヌの示した答えは酷く単純で残酷、それでいてカタナには共感できるところがあるものであった。
「ええ、これが私の罪滅ぼしの形。過ちを正す方法を、私には他に思いつかなかったから……貴方に貰った最後の力と命はその為に使わせて頂戴」
エトワールやソレイユの事、リュヌはそのけじめをつける為にここに居る。
「いいんだな?」
「私にはこの世界は少し生きづらいの。理由がなくなる以上、無理に命を繋げようとは思わないわ。貴方には最後の最後まで迷惑をかける事になるけど、その剣なら間違いなく私を殺せるだろうから」
カタナの携えた魔術剣・巨無――リュヌはその力をその身で知っている。
魔元心臓の魔力によって高まる破壊の力。その凶刃は物質を霊子レベルで破壊する事が可能。
魔竜の鱗ように固いものから、液体気体に至るまで、あらゆるものを破壊する事が出来る。
今のリュヌを殺すのには、まさに最適の武器であり。エトワールと共にと言ったのは、やはり妹を手にかける事は無理だった為だろう
「いいだろう、約束だったからな」
カタナはリュヌの命を救った時に言った、死にたくなったらいくらでも殺してやると。
前提条件であった妹達の事も、リュヌが取り押さえている今となっては解決したも同然。カタナがその約束を果たすべき時は、今を置いて他にない。
(……とはいえ、これじゃまるで道化だな)
散々踊らされて、自分で勝ち取ったとは言い難い結末。
それでもカタナは傍らのフランソワ・フルールトークのを見て、これが自分が自分らしい選択をとった結果なのだと納得はできた。
(確かサイノメが言っていたな、俺は誰かを守る事には向かないと)
きっとそれは真理なのだろう。もしカタナが最初から最後まで周りの被害を省みず、フランソワを助ける事すらも放棄していれば、リュヌの介入を許さずに解決していた事だろう。
それでもカタナがカタナとしてこの世界に存在していくためには、フランソワ・フルールトークのような存在は絶対に必要で、どうあっても捨てられない。
自分を認める誰かがいなければ、カタナは自分の存在意義を見出せないのだから。
だからこそリュヌの選択はカタナには共感できる。彼女もまた、誰かに認められなければ存在意義を見出せないのだろう。
「ありがとうを言わせてもらうわ聖騎士カタナ、貴方のおかげで私は満足して逝けるもの。あの時に貴方に託して終わっていたら、きっとこんな気持ちにはなれなかったわ」
「感謝の言葉は必要ない。俺は面倒を押し付けられるのが嫌だっただけだからな」
「ふふ、貴方って本当に不思議ね。私の知っている騎士のイメージとは全然違うわ。叶う事ならもう少し……いえ、なんでもないわ」
リュヌは言いかけた言葉を押し込めて、口を噤む。これから共に生涯を終える妹達の為に未練は残したくなかったのだ。
「待ちな……さいよ……こんな事で…………こんな所で……」
リュヌによって体の自由が利かなくなっているエトワールは、呪うように姉を睨み付ける。
生への執着と、まだ尽きぬ力への渇望がソレイユの身体を通してリュヌに伝わってきた。
「さあ、お願いするわ聖騎士カタナ……」
全てを受け止めて、魂に刺さる様な呪いさえ受け入れて、リュヌはこの役割に満足する。「ああ」
カタナは魔元心臓を起動し、巨無はその膨大な魔力により刀身に魔光を帯びた。
発現する破壊の力、全てを一刀のもとに切り伏せる事が出来る凶刃がその姿を現した。
フランソワは一歩だけ離れ、カタナを見守っている。どんな結末でも受け入れようとする強い信念が宿る瞳には、剣を構えたカタナの姿と、その先で死を待つリュヌとエトワールの姿が映っていた。
「これで……ようやく」
「うああああああああああああああああああああああ!!」
巨無の圧倒的な破壊の力は、ゆうにあっさりと二人を切り裂く。
響く断末魔だけがその余韻を残していた。
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気が付くとリュヌは花畑の中にいた。
何の花か知らない、黄色の花びらが咲き誇り。澄み渡った青空の下で風を感じている。
(ここは何処? ……まさか天国という事は無いわよね)
そんな場所があるとも、あったとしても自分が行ける訳ないと思っているリュヌには、この場所が何のか疑問であった。
(私が死んだのは間違いない。あれだけの破壊の力に晒されて生き残るには、同量の魔力を取り込まなければ再構成出来ない筈だから)
それでも今リュヌは二本の足で立っていて、体も存在している。違和感が少しだけあるが、その正体が何のかは解らない。
途方に暮れるしかないリュヌ、しかしそんな彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーいリュヌ姉様、こっちこっち」
気が付けば花畑の中心にテーブルと一対の椅子が置いてあり、そこに座っている者がリュヌを呼んでいた。
「ソレイユ?」
「きゃはは、そうだよ。エトワール姉様に体を奪われちゃってたけど、ここにいる私はソレイユで間違いないよ。あ、ここ空いてるからどうぞ座って」
そう促してくるソレイユに、状況を把握できていないリュヌは少しだけ逡巡するが、結局その席についた。
「混乱してるみたいだね。そんな顔、リュヌ姉様にしては珍しい」
「そう……かしら?」
「そうだよ、私が知ってるリュヌ姉様は格好良くて、美しくて、強いの三拍子揃った完璧超人だもの。私もエトワール姉様もずっと憧れていたんだよ」
「……嘘よ」
「本当だよ。憧れていたけど嫌っていたってのが事実だけど」
明け透けにソレイユは胸の内を語っていく。思い返せばこうやって向き合って話をするのはいつ以来だろうかと、内容はともかくとしてリュヌは少しだけ懐かしい気分になった。
「嫌ってたっていうか嫉妬してたって言う方が正しいのかな? 特にエトワール姉様はコンプレックスを感じてたみたいだけど」
「……」
「あ、だからってリュヌ姉様がそれを気に掛ける必要は無いよ。私達が気付いてなかっただけでその理由もちゃんとあったんだから。姉様が強いのは、いつも私達を守ろうとしてくれていたからなんだね」
「そんな事ないわ。私は貴方達に取り返しのつかない事をしたもの、本来なら憎まれても当然なのよ」
「でも伝わったよ。リュヌ姉様は最後まで私達を好きでいてくれた。私達に最後まで付き合ってくれた。取り返しのつかない事をしてきたのは私達なのに、それも自分の罪だって背負ってくれた」
ソレイユは笑っている。自慢の姉を誇るように。
「適わないなあ、もう。エトワール姉様も言ってたよ、リュヌ姉様は三人分背負っているから魂が許容する魔力の量も多いんだって。詳しくはよく解らなかったけど、なんとなくそれが強さの秘密だって言われたら納得できるよ」
「でも、そんな事に何の意味も無かったわ」
「意味はあったよ、私達にそれが何の意味の無いって教えてくれた。それが意味じゃ駄目?」
力を求めたソレイユが最後にそれを知る事が出来たからこそ、きっとこの場所が生まれた。
リュヌの本質に触れ、その慈愛と優しさを知る事が出来たからこそ、最後に話をしたいと思ったのだ。
「――!? まさかここは!」
リュヌが気付くのが遅れたのは、きっとソレイユがそうさせていたから。
「そうだよ、私の『幻惑』の空間」
リュヌの意識がエトワールに向いていたせいか、あるいは死の間際の奇跡なのか、ソレイユの力は完璧に干渉していた。
「あー、でも気付かれたって事は時間切れか……もっと話したい事あったんだけどな。じゃあ、最後に重要な事を言うからちゃんと聞いてね」
周囲の花畑が消え、澄み切った空が暗くなってくる。
「今まで好き勝手してきた私達に付き合ってくれてありがとう。でもここまででいいよ……力を捨てる事が出来るリュヌ姉様ならきっと人間として生きられる、人間としての幸せを掴むことができるから。だから、生きてよ」
「そんな……」
「それが姉様の本当の望みだったって、私知ってるから。だから遠慮しないでいいんだ、たまには我儘やっても誰も責めないよ」
「待って!! ソレイユ!!」
「あーあ、姉様の数少ない良くないところは笑顔が足りない所だね。そこは少し私を見習ってほしかったかな」
そう言ってソレイユは笑顔をもってリュヌを見送った。王国の古い言葉で『太陽』を意味する彼女の最期は、その名に偽りなく輝いているようだった。
++++++++++++++
ソレイユの最後の幻惑の力はカタナにまで及んでおり、巨無の刃はリュヌには届いていなかった。
斬ったと思ったのも斬られたと思ったのも幻の一部であり、その凶刃の犠牲となったのはただ一人。
「……ソレイユ、エトワール。酷いわ、またお姉ちゃんを一人にするなんて」
残った魔力の残照が消えゆくまで、リュヌは涙を流して妹達の死を悲しんだのだった。