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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
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第五話(裏) 夜空とカトリ・デアトリス

 カタナがサイノメと情報を交わすのと同じ頃、別の場所、同じ満天の星空の下で剣を振り続ける少女が居た。

 少女の名はカトリ・デアトリス。星々と同じ輝きの金髪を揺らしながら、ひたすらに一連の動作を繰り返す。

 無駄なく、淡々と、体に染みついた型をほぼ無心のまま繰り返す。

「フッ、ハッ、セイ!」

 呼吸法も掛け声もその動きにあった適切なもので。疲労の蓄積を抑える、または一番力の出せるものが自然と出るほど洗練されている。

 カトリの剣の型は、道場剣術のように一対一を主にしたものとは少し違い。背後からの攻撃や同時に多数を相手取るための足さばき、時には蹴りや手甲による防御や攻撃も交えた、より実戦を踏まえたものだ。

 それはカトリ・デアトリスという、まだ少女と比喩される年齢の彼女が、危険な生き方をしてきた――あるいはしてこなければならかった証でもある。

 誰もいないゼニス市の郊外で、永劫続くかと思われたカトリの繰り返し稽古は予兆なく止まった。

 かつては自身の中で型を繰り返す回数を数えながら臨んだものだが。すでに体に染みついたのは動きだけではなく、時間の配分や疲労度も無意識の内に、完璧に把握できるようになったため必要も無くなっていた。

 そして長い時間、常に動き通しだったカトリが動きを止めたのは、稽古の終了を意味しているわけではない。

 むしろカトリにとってはこれからが本番といったところだった。

「――駆身魔法発現」

 一言カトリが呟くと、自身の周囲に白い霊光が上がる。

 体全体を包んでいくそれを、念入りに僅かに体を動かしながら確認していく。

「右腕、左腕、異常なし。右足、左足、異常なし。腰部、肩、首、全て異常なし」

 カトリが発現させたそれは、霊力により世界の理に干渉する――いわゆる『魔法』と呼ばれるものの一つ。

 正式な名称は『付加魔法系統・帝国式駆身魔法式』。

 自身の体に、自身の意志を、外部から物理的に干渉する術式であり。修練を積み、相応の霊力を持つ者ならば、身体能力を数倍に跳ね上げる事も出来る。

 内部ではなく外部から干渉するのは、魔法というものは自身の体内には発現できないからだ。

 それは同じ波長の霊力は、混ざり合うと魔法が発現できなくなるという結果になるということに由来していて。自身の霊力で発現する魔法は、自身の体に絶えず流れている自身の霊力が発現を邪魔するから。

 顕著な例では体内の治癒力を活性化させる医療魔法は、他人を治すことはできても、自分を治すことは不可能という事が、これまでの研究で明らかにされている。

 そしてカトリが使う駆身魔法はその盲点をついた、今の時点で唯一の魔法による身体能力の強化方法ともいえる。

 だが外部から干渉するという方法は、それ故に危険も多い。

 自身の身体能力を数倍に上げるという事は、それだけの力を自身に掛けるという意味で。

もし自分の意志とは裏腹な動きを自分の体がしてしまった時、あるいは自分の体とは裏腹な動きを自分の意志が示してしまった時は、使用者の身体を簡単に壊してしまう諸刃の剣となる。

 だからこそ、先程までの無心で動けるほど体に染みつかせた型稽古であり、発現時の入念なチェックである。

 カトリは有事の際にはそれも必要なく、瞬時に無理無駄なく発現できる自信はあるが。だからといって平時に怠る理由もないため修練時には欠かしたことはない。

「では……いきましょう」

 誰にでもなく自分に対して呟く。ここからはカトリにとっては意を決して行う、過酷なものだからだ。

 そして僅かに息を吹き込み、動き出すと世界が変わる。

 同じ型、同じ動きでも、先程までとは段違いの速さである自身の身体を操るのは、至難の技だ。

 常人ではもはや目で捉えるのは不可能な域に達した動きと、僅かなミスさえ許されない世界で、時としてフェイントや急制動も交え、決して単調ではない実戦の型を繰り返す。

 呼吸さえ追いつかず、神経をすり減らしながらのその修練は、ピタリと決まったように止まった先程の修練とは違い、カトリが膝を屈する事で終わりを告げた。

「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」

 服が汚れることもお構いなしに地面に倒れ伏したカトリは、顔だけ上げて懐中時計で時間を確認する。

「ぜえ……実時間で……五分強……ぜえ、新記録ですね……」

 魔法無しの訓練ではその十倍は動き続けても息を切らすことはなかったのに、今は絶え絶えといった様子で呟く。

 それほどまでの消耗と引き換えに得られる、超人的に動き続けられる五分。それが短いのか長いのかは微妙な所だ。

(それも様々な要因で不確定要素も生じる実戦では半分程度……)

 せいぜい三分以下の間だけ。一対一ならそれでも充分だが、それ以上を相手にする場合は心もとない時間だ。

(補うには、やはり地力をつけるしかない)

 一人で強くなり、一人で戦う決意を決めているカトリには何よりも必要なものだ。

 しかし限界も感じている。

(霊力の絶対量、そして性別の問題……と言えば、諦めのつくようなどうにもできない理由になりますか)

 魔法を発現するのに必要な霊力量は、生まれた時にある程度が決まっていて、修練で高めることも可能だが、劇的に上昇したという事例はいまだかつてない。

それでも統計的に遺伝は関係していると言われ、そうした意味では武門の名家という家柄に生まれたカトリは恵まれているとも言える。しかし、カトリは自分の持つ霊力量には不満を抱いている。

(戦術魔法を一度も発動できないというだけで、自分の才能が中途半端に感じられてしまうのだから。困ったものですね……)

 もし知識のある者がそのカトリの不満を聞けば、持つ者の贅沢だと説くか、あるいは腹を抱えて笑うだろう。人一人がそれだけの霊力を有するのはそれだけありえない事なのだ。

 そして、霊力以外のもう一つの悩み。女であるという事。

 単純に男性と女性では、女性の方が身体能力は劣る。太古から変わらないこの世の真理とも言える事に不満を抱くのは、それこそ無駄なことだとも思う。

(しかし、それでも不満を抱いてしまうのは……)

 自覚はある。カタナに負けたからだ。

 それまでは誰かの負けたのはいつ以来だったか、記憶を遡らなければならないほどだった。

 武芸祭でも協会騎士団の騎士達を圧倒し、積み重なった自信も、ただそれだけで崩れ去った。

 ただ不満とは別に、おかしな感情も芽生えていた。

(そう、私は嬉しい。とても嬉しいのです。自分よりも強いものが身近に存在するという事が)

 人は目標がなくては足を止めてしまう生き物だ。上があると解ってはいても、道がなければ昇ることができない。限界など無いと信じていても、指標が無いと歩くことができない。

 誰よりも強くなるという漠然とした目的しかなかった中で、誰かよりも強くなるという目標が見えた事はカトリにとって大きなプラスとなっていた。

「ふふふ、待っていて下さい聖騎士カタナ。私は貴方を超えて見せます」

 息も整ったので、改めて修練を再開するためにカトリは立ち上がる。

 そしていつの間にか取り落としていた魔法剣エーデルワイスを拾い上げた。

 錬金魔法で高純度に精製されたミスリライトを原料にし、最高クラスの鍛冶技術で鍛え上げられ、そして付加魔法で強化された五十年前の遺物は、今なお高貴ささえ感じられる白い輝きを失うことなく夜を照らしている。

 使う者が使えば鋼鉄すら切り裂き、刃こぼれも無いその名剣にすらカトリの不満は尽きない。

 いや、きっと結局は何に対しても不満は解消されないのだろう。

(五年前……いえ、きっともっと前から私のエゴは続いているのでしょうね)

 誰よりも強くなると決めた時から、家族の為に強くなると決めた時から、家族の為が自分の為だったと、気づいた時から感じている――呪いに近いもの。

 現状に満足してはいけない。満足していては守れない。立ち止まることは許されない。焦燥感は留まるところを知らない。

(これは罪であり、罰。でもそれに救われている自分が、少し惨めですけど……)

 デアトリス家に生まれた事も、デアトリス家が没落した今でも、それを名乗っているのがそうだ。

「っと、考え事で足を止めるのはダメですね――駆身魔法発現」

 負のループに陥りそうになったのを踏みとどまり、カトリは修練を再開することにした。

 カトリにとって過酷な修練がもたらす一番のものは、余計な事を考えずに済む時間だ。


 結局それからも東の空が白むまで倒れては起き上がり続け、カトリ・デアトリスが満天の星空に気付くことはなかった。

  



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