二章第二十一話 サイノメの案内
カタナは抜身の巨無を引きずりながら歩いていた。
魔元心臓を起動させた疲労は感じていたが、まだまだ余裕がある方であり。巨無もカタナから魔力の消えた今はただの重い鉄塊でしかない。
鞘が無いために持ち運びは不自由だが、そのせいでカタナの足取りが鈍るほどでもなかった。
「……誰だ?」
カタナが足を止めたのは、背後に人の気配を感じたから。とはいっても、その気配は十中八九見知ったものだったが。
「ちーす、シャチョー」
「帰ったんじゃなかったのか?」
もはやカタナの背後を取るのが趣味だとでも言いたげに、当たり前の用にサイノメがそこに居た。
「いや、こっそり隠れてただけだよ。ばっちりシャチョーのイケメンな行動も、レアな説教も見聞きさせて頂きやした」
にやにや笑いを浮かべながらそう言うサイノメの頭に、カタナは手刀を叩き込む。
「いたあああああああああい!! 親にもぶたれたことないのに!」
「お前に親なんていないだろ」
「だからなんで、そういう藪の蛇をつつくような事を平気で言えるかな! 大体、あたしの家庭事情なんてシャチョーは知らないだろ」
知らなくても簡単に想像がつくのだ。まともな家庭で育てば、覗き趣味や人の背後に忍び寄る事なんてしないのだから。
「……何か用か?」
サイノメが現れるという事は何かしらの用がある、それは二人の間でほぼ決まっている事でもある。否、それよりも、むしろカタナがサイノメに用がある時に現れるという比率の方が多い。
カタナが迷えば指針を示す、それがサイノメの役目であるかとでも言うように、必要な時にはすかさず姿を現す。
今も、まさにそうであった。
「慣れない土地でお困りだと思ってさ。シャチョーの一の子分としてはエスコートに参ったわけだよ」
「……頼む」
「あはは、毎度あり」
ただ、道案内でも金をせびる守銭奴ぶりのせいで、カタナはありがたみを感じなかった。
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サイノメはカタナが来るより前に、この周辺の地理を把握していたらしく。明りの無い夜の道を抜けて、あっさりとトークス村までカタナを先導した。
「……ここがトークス村、至って普通の村だな」
「そうだね。この夜中に全く明かりが灯っていない事と、それとは逆にあちこちから視線を感じるって事以外はね」
カタナは気付いていても気にしない方向でいるつもりだったが、サイノメは相手の反応を窺う為か、いきなりネタばらしをした。
「……身じろぎすらした様子も無いね。それにしては気配が素人臭い、わざとそう感じさせて油断を誘ってるとしたら気を付けなきゃいけないところだけど、シャチョーはどう思う? って、あたしを置いてさっさと先に行くな!!」
誰がどう考えていようと、カタナは気にせず進む意向を変えずにおり。放置されたサイノメは、結局それに合わせる事になり、急いで追いついてくる。
「はあはあ、まったくシャチョーはせっかちだから困るよ。もう少し慎重に行動しないと、後悔は先に立たないんだからね?」
「大丈夫だ、どんな行動をしたとしても、俺には後悔以外の道は無い」
「それの何が大丈夫なんだよ……まったく、さっきの事にしても、シャチョーは行き当たりばったりなんだから」
「さっき?」
「……美人さんの命を助けた事さ。わざわざあんな行動を起こす理由は、あたしには考えられないけど」
サイノメが言及しているのはリュヌの事だろう。カタナが彼女を助けた事が気に入らない様子である。
「考えられない、か……俺自身も、特に考え無しの行動なんだからそうだろうよ」
その時の勢いで体が動いてしまう事もある。そう言う時はそれが正解か間違いかなんて事は、一々考えないだろう。
「本当にそう?」
「あ?」
「いや、あの美人さんがあまりにも人間臭い事を言ってたからさ。誰かに頼ったり、情で過ちを犯すなんてさ、ごく普通の人間そのものだ。魔人は殺しても、人は殺さないなんて綺麗事を言うシャチョーには、どうにも容赦せざるを得ない相手だったんじゃないかと、思った訳だよ」
サイノメはまるで心を見透かすようにそう言った。しかしカタナの返答は首を傾げるという疑問の混じったもの。
「……そんな風に細かく考えてないな。ただ、あの女が人間でいたかったと言った事は、心からのものだと信じられた。だから別に生かしておいても、支障は出ないとは思ったんだ」
「ふうん、なるほどね。やっぱりそういう線引きは基準になるんだ」
「それはそうだろ、もし心も人間じゃなくなってたら、生かしておく気はしない。魔人だとか吸血鬼だとかは、この世界に生きていく居場所なんてないんだからな」
「なんか、シャチョーが言うと自虐みたいに聞こえるよそれ」
「自虐だからな……」
カタナも自身を魔元生命体という人外として、世界の一員と認めていない。
「……だが、俺を人間扱いするような珍しい奴もいる。そういう奴らの為になら、面倒を被るのもやぶさかじゃない」
その中の一人がフランソワ・フルールトーク、カタナがここに来たその理由である。
「あはは、やっぱりシャチョーは現金だね」
「うるさい」
「ちなみに一応確認するけど、お目当てのフランソワ・フルールトークが何処に居るか解る? まるで見知った場所のようにズンズン進んでるけど、適当に歩いてるわけじゃないよね?」
道案内を買って出たサイノメを置いていくくらい、カタナは足早に進んでいた。
その理由は、とても分かりやすい。トークス村に入った時点で感じた気配は、明らかにある場所にカタナを誘導しており、そこだけ村の中で唯一の明かりが灯っていたから。
「あの館だろ?」
カタナが指差すと、サイノメは首肯した。
「うん、解ってるならあたしの案内は必要ないね。同行するのはここまでにしておくよ……あ、あと美人さんが言っていた事、こっちで調べてみるから」
「……王国の宰相がどうとかいう話か?」
「そうそう、宰相ラスブートが魔人だって話が嘘か真かね。王宮の情報は入手し難いし、宰相と言ってもラスブートは左宰相で表に出て来てなかったから、調べるのは結構骨が折れそうだよ」
王国では宰相が二名置かれており、通例として公の場に出るのは右宰相であり、左宰相は補佐役の意味合いが強い。
「まあ、あの美人さんが嘘を言った可能性もあるけど。その辺の取り捨て選択はあたしに任せて、シャチョーは存分に暴れてくるといいよ」
そう言って、今度こそサイノメは去って行った。
「……さて」
カタナは進む、見える館は恐らくこの村の地主だとかその辺りの物だろうか。フルールトーク家の本邸とは比較には出来ないが、それなりに立派な建物である。
進み、そしてたどり着く。周囲に感じる気配は村に入った時よりも数倍に増えていた。
だが、カタナをここまで誘導したその気配は、あくまでも直接何か接触を図ってくる事は無い様だった。
(……ふん、何が狙いだろうが関係ない)
館の扉を前にして、カタナは思いっきりそれを蹴破った。