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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第二章 誰が為の騎士
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二章第十六話 それぞれの道

 フルール―トーク家のだだっ広い本邸の中を、カタナはある場所を目指して足を進めていた。

 いつも静かなその廊下が、今日に限っては慌ただしい。すれ違う侍女達が、普段の貞淑さが感じれないほどに取り乱しているのが解る。

(……ああ、俺のせいだな間違いなく)

 今しがたの当主の執務室での乱闘、結構派手にやったから屋敷内で知れ渡ってしまっても無理ない。

 しかしそれは当主が勝手に抑えるだろうと高を括り、カタナは足を進めていく。

 無駄に広いその空間だが、カタナは既に把握している。結局それほど役に立たなかったが、フランソワの護衛をするにあたって記憶したのだった。

(ここだな……さて)

 立ち止まったのはある一室、使用人部屋の一つである。

 カタナは乱雑にドアをノックし、中に居る筈の人物に声を掛けた。

「おい侍従長、居るか?」

「……え? カタナっち?」

 呼びかけに答えたのは、フルールトーク家侍従長のロザリー・ローゼンバーグ。

「話がある。入ってもいいか?」

「……あ、いや、駄目。駄目駄目!! 今は入っちゃ駄目!!」

 ロザリーは慌てた様子で中からカタナを止める、鍵も開ける気は無いらしく声が少し遠い。

「着替えでもしてるのか?」

「そうじゃないけど。今は……」

「なら入る、悪いがあまり時間が無いんだ」

 きっと許可は得られないだろうという事が解ると、カタナはおもむろにドアノブを壊してドアを開いた。

 直ぐ視界に入ったのは部屋着姿のロザリー、いつものきっちり纏められた髪は少し乱れ、目は泣きはらしたように赤くなっていた。

 いきなり部屋に入ってきたカタナに、ロザリーはしばし呆然としていたが、数俊で我に返って叫びだした。

「ぎゃあああああああああす!! 何勝手に入って来てるのよおおおおおおおおお!!」

 すぐさまベッドに飛び乗り、深くシーツを被るロザリー。どうやら見られたくない姿であったらしい。

「一応着替え中かどうかは聞いたぞ」

「そういう問題か!? 着替え中以外なら、乙女の部屋に勝手に入っても許されるのかよ!!」

 ロザリーが乙女という歳かどうかはともかく、ドアを壊して部屋に入るのが犯罪行為であるという事はカタナにも解る。

 だが、今を逃してはいけない用があり。それを優先させた結果だ。

「これからフラウを取り戻しに行く」

「……」

 カタナの言葉に、文句を捲し立てていたロザリーの口がピタリと止まった。シーツで表情が隠れて窺えないが、どんな顔をしてるのか容易に想像がついた。

 きっと数日前のカタナと同じ顔をしているのだろうから。

「……さっきの大きな物音、ひょっとしてカタナっちが?」

「ああ、フラウの事で当主と揉めた。なるべく平和的に解決したがな」

「そうか、本当に凄いなカタナっちは……それに比べてロザリーさんときたら」

 俯いたまま顔を上げようとしないロザリーは、やはり相当参っているようであった。

 なんだかんだ言って責任感が強く、フランソワが攫われた事を気に病んでいて、原因の一端を担ってしまった事に押しつぶされてしまっているのだろう。

「フラウが攫われたのはあんたのせいじゃない」

 カタナのその言葉にも、ロザリーは首を振って否定した。

「いいや、これは私の弱い心がまねいた結果さ。フルールトーク家に対する恨みを、捨てきれて無かった事のね」

「恨み……ローゼンバーグ家の事か?」

「そう、やっぱり知っていたのか……私の家の事」

 サイノメから聞いていた。ロザリーの家であったローゼンバーグ家は、かつては有数の商家であったと。

 しかし、フルールトーク家との商戦に負けて没落。既に取り潰しになっていた筈だ。

「ただの逆恨みだと解っていたんだけどね……忘れていたとも思っていたんだ。かつて居場所を奪われたこの家に、自分の居場所を作られている事の屈辱を」

 訥々と語るロザリーの声は僅かに震えている。

「お嬢様はきっと気付いていたんだろうね、私の隠していた本心に。知っていて、フルールトークではない、フランソワという居場所を作ってくれていたんだと思う」

「……そうか」

 フランソワの味方がロザリーだけだと思っていたが、ロザリーを理解して味方でいたのはフランソワだけだったのかもしれない。

「でも、私はそれを裏切った。お嬢様を売るような真似をしてしまった」

「それは、あんたの意思じゃ無いんだろ?」

「いいや、私の意思だよ。幻覚みたいなもので呼び起こされたものだとしても、私の弱い心を利用されてしまったのは事実さ」

 ロザリーは頑なであった。

「……ここにも、もう居られないだろうね。お嬢様が戻ってきても合わせる顔も無いし、あの騎士のお嬢さん――確かカトリちゃんだった? あの子にも取り返しのつかない事をしてしまったしね」

 頑なに、自分の罪を受け入れている。

 だが、カタナにはそれが間違いだと思えた。

「……困るな、そんなんじゃ」

「え?」

「あんたがそんなんじゃ、フラウがここに帰って来た時に迎える奴がいなくなるだろ」

「そんな事言われても、無理だよそりゃ」

 いや、無理な事なんて無い。それはロザリーが一番解っている筈であった。

「あんたがそうやって悔やんでいるのは誰の為だ? 目を腫らすほど泣いていたのは、誰を思っての事なんだ?」

「――!? そ、それは……」

「あんた自身は、あんたの事を許せないのかもしれないが。俺からしてみれば、それはいくらでもやり直せる事だ。あんたにその気がありさえすればな」

「……簡単に言うな」

「そもそも今回の事は、俺が原因で巻き込んでしまった事だ。フラウの事もカトリの事も、相手の動きを読み違えた俺の間抜けさがもたらした事で、あんたが気に病む必要は無い」

 大体カタナがここに来たのは、そんな慰めを言いたかったからでは無い。

「あんたはいつも通り、帰って来たフラウを笑顔で迎えてやってくれ。この家で本当の意味でそれが出来るのは、きっとあんただけだ」

 そう、きっとこれを言いにカタナはここに来たのだ。

「……そんな資格、本当に私にあるのかな?」

「あんたなら充分にある」

「……その自信がどっから来るのか解らないけどさ、カタナっちに言われると何だか大丈夫な気がしてくるよ」

 そう言って、ロゼリーは立ち上がって化粧台に向かい、引出しから煙草を取り出して一本火をつけた。

「ふう、これももう必要なくなるかな……」

 煙を吹き出しながら、しみじみと言い、ロゼリーは僅かに笑って見せた。

「実は当主から別の働き口を紹介されてたんだ。私も潮時だと思ってその厄介払いに乗ろうかと思っていたんだけど……やっぱりもう少しここに食らいついておく事にするよ」

「そうか、悪いな」

「別にカタナっちの為じゃないさ。そうしたいからするだけ、それもお嬢様が戻ってくるのが前提の話だよ?」

 そう言って、煙草の煙を逃がす為にロゼリーが窓を開けると、いきなり突風が部屋に舞い込んだ。

「な、なんだこの風」

 落ち着いた天気で無風であったのに、いきなりのそれ。驚きでロゼリーは火の消えた煙草を床に零した。

「……来たか」

 その風が何か解っていたカタナは窓に向かい、窓枠に足をかけて外に出る。

「お、おいカタナっち……」

「どうやら俺の迎えみたいだ。邪魔したな」

 用は果たした。後はそれが無駄にならない為にうまくやるだけ。

「行ってくる」

 そう言って去ろうとしたカタナの背に、何処に行く気なのか察したロゼリーは言葉を残した。

「……言ってらっしゃい。カタナっちも絶対に戻ってこいよ」

 とても侍女らしくない見送りの言葉は、だからこそロザリー・ローゼンバーグにとても良く似合っていた。


 

++++++++++++++



 フルールトーク家に吹き荒れた突風。それを起こしたのは二頭の飛竜であった。

 一方は四枚の翼と、通常の飛竜より一回り大きい体躯を持つクーガー。カタナにとっては気心の知れた相棒のような存在。

 そしてもう一方の飛竜は、体躯は通常の飛竜と同じくらいだが、どこか威厳ある風貌が大きく見せるサイガー。そちらは、協会騎士団竜騎隊を束ねる竜騎長シュプローネの騎竜であった。

 クーガーとサイガーが並ぶという迫力ある光景によって、その下に見えるサイノメとシュプローネの姿が、いつもよりも更に小柄に見えていた。

「お、来たねシャチョー」

 カタナが近づくのに気付くと、サイノメは手招きして声を掛けた。

「……お前の手際の良さは、たまに気持ち悪いな」

 カタナは甲高い声で鳴いて鼻をこすりつけてくるクーガーを撫でながら、サイノメに向かって言った。

「おいおいカタナ。アンタの為に奔走してたサイノメに対して、言う言葉がそれって酷くないかい?」

 そうカタナを窘めたのはシュプローネ。竜騎士の鎧は着けていないが、サイズが少し大きめの協会騎士団の女性用の制服を着ている。

 何が一番驚いたかというと。竜騎長であるシュプローネがこの場に居る事が、カタナにとっては一番の驚きだった。

「いいのいいの、シャチョーのあれは照れ隠しで、充分褒め言葉に変換できるから」

「ああ照れ隠しか、納得納得。そうだな、カタナってそういう所ありそうだもんな」

 竜騎長が飛竜まで連れてこんな所で談笑という、副騎士団長が見れば顔を真っ赤にして怒りそうな場面。

 流石のカタナも少し呆れる程だった。

「……何しに来たんだ、暇なのか?」

「おい、そりゃ照れ隠しにしては失礼じゃないかい? アンタが急ぎの用だってサイノメが言うから、わざわざ飛ばしてきたんだぜ」

 照れ隠し云々はともかく、サイノメがカタナの為にシュプローネを呼んだらしい。

「確かに急ぐ用はあるが……」

 既に一週間もフランソワは捕らわれている。出来る限り早く駆けつけてやりたいとカタナは思っていた。

 その為に何があっても動きが取れるように、サイノメには移動手段を確保しておくように頼んであったが、まさか竜騎長が出張ってくるとは思っていなかったので、その事に戸惑いもある。

「アタシの事は気にすんな。ただ借りを返しに来ただけなんだからよ」

「借り?」

「聖騎士会議の後に言ったろ、ゼニスの一件で竜騎隊はアンタに借りがあるってさ」

「……ああ、アレか」

 確かに前に会った時にそんな事を言っていた。特に期待していなかったので忘れていたが、協力を得られるなら今この時が一番ありがたいのかもしれない。

 カタナがサイノメを見ると、いい笑顔でピースサインをしていた。

「……本当に気持ち悪い手際の良さだな」

「先の先までよむ事が出来て、初めて一流と呼ばれるのだよ」

 かなり得意げになっているサイノメを、もうコイツはそういうものなんだと、カタナは納得するしかない。

 それはそれとして、カタナはもう一つサイノメに頼んでいた事があった。  

「……巨無ドレッドノートはどうだ?」

 カタナはシュプローネに聞こえぬように少し離れ、サイノメに小声で尋ねる。

「協会騎士団を通してしまえば大事になりそうだから、今回は正規の手段で使うのは無理だね。でも手は打ってある、後で怒られちゃうような方法だけど、ちゃんとシャチョーの元に届けるよ」

 協会騎士団が敷く魔術武装の管理は、特に巨無ドレッドノートに関しては厳重であり、正規の手段以外での持ち出しは難しい。

「出来るのなら方法は何でもいい。任せたぞ」

「あいよ、どーんと任せて」

 そんな軽い調子だが、だからこそ間違いなく信用できるのかもしれない。

 それ以上は何も言わず、カタナはサイノメに託す事にした。

「それと、あの変態からこれを預かっているよ」

 ついでのようにサイノメは、荷物を取り出してカタナに渡した。

「間に合ったか」

 荷物は黒い外套、カタナが以前に使っていた物と同じ作りであり、リリイ・エーデルワイスに頼んであったものだ。

「役に立たなかったなまくらのお詫びだって言っていたよ。仕込みもしっかりしてあるってさ」

「……そうか」

 さっそくカタナは外套に袖を通す。それはどんな衣服を着るよりも似合っていて、どんな鎧よりも安心感のある防具でもあった。

「内緒話は終わったか?」

 サイノメとの二人だけの話だと察していたのか、シュプローネは飛竜とのコミュニケーションに勤しんでいたが、準備が終わったカタナが近づくと、待ちくたびれた様にそう言った。

「ああ、それでもう出立したいんだが。本当にいいのか?」

 カタナがそう聞いたのは、シュプローネが騎士団を通してここに居る訳じゃないと解っているから。

 竜騎長という立場は軽くない。同じ聖騎士でも、シュプローネとカタナでは、背負っている部下の数や責任の重さに違いがありすぎた。

「男が細かい事を気にすんな。うちにも口のうまい奴はいるからアタシの代わりに誤魔化しといてくれるさ」

 しかしそれはむしろ無用な心配だと、カタナは尻を叩かれる結果となった。色々と大丈夫か心配な竜騎長だが、懐の深さだけはやはりその器である。

「解ったらさっさとアタシの後ろに乗れ。最速最短で目的地まで連れてってやるよ」

 シュプローネはサイガーの背に、慣れきった様子でするりと上る。

「ところで、クーガーはどうするんだ?」

 シュプローネが駆る場合、クーガーよりも騎竜であるサイガーに乗る方が速いという理由がある。おそらく相乗りであっても、クーガー単体で飛ぶよりも単純な速さであるならサイガーに軍配が上がる。

 だがサイノメの仕事で、無駄が生じる事はまず無い。

「ああ、クーちゃんは別に一仕事して貰うんだよ。予定を円滑に進める為に、もう一つ便が必要だったからね」

 カタナの疑問を裏付けるように、クーガーにもサイノメは役目を見出していた。



+++++++++++++



 サイガーに乗って飛び立ったシュプローネとカタナを見送り、サイノメは見上げ過ぎて疲れた首を揉みながら、今の今まで隠れていた人物に声を掛ける。

「何も言わないで良かったの?」

「……今は何も言うべきでは無いでしょうから。どんな言葉も、きっと私とカタナさんの傷を舐め合うだけ終わってしまいます」

 そう答えたのはカトリ・デアトリス。彼女のその言葉は、サイノメにとって頼もしいものであった。

「まずは結果が出てから、という事かな?」

「少し違いますね。良い結果を出す為に、今は行動を起こす時です。無用な言葉は意志の妨げになる事もありますから」

「不言実行……うん、裏方の仕事には一番似合っているかもね。じゃあここはシャチョーに花を持たせるために、いっちょ縁の下で蛇の真似事でもするとしますか」

 サイノメがそう言うと、カトリは少しだけ悔しそうな顔をしていた。本心ではカタナに付いて行きたかったのだろう。

 だがそれを口に出さないのは、カトリなりに今回の失態を取り戻す方法を見定めているからだった。

「……行きましょうか、間に合わなければ残った意味も無くなってしまいます」

「そうだね。竜騎長の飛竜のペースなら、今日の深夜には目的地まで着いちゃうかもしれないし」

 それまでに行うべきは、サイノメがカタナに頼まれた『魔術剣・巨無ドレッドノート』を手に入れる事。

 現時点で必要な条件は揃っているが、実のところはカタナに隠さなければならなかった不確定要素もサイノメは抱えていた。

(……問題は、あの変態の協力を仰がなければならないことか。うん、頼んだよカトちゃん)

 人間ならどうしても克服できない苦手意識の一つや二つはある。

 サイノメはそんな不安を隠し、カトリ・デアトリスはそれを知らず、クーガーの背に乗って協会騎士団本部を目指す事となった。


 


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