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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第二章 誰が為の騎士
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二章第十五話(裏) リュヌの心

 かつて、とある町に赤い雨が降り注いだ。

 まるで血のように赤い雨は、毒のように触れた者の命を奪った。

 更にその雨が止んだ後も、その地では原因不明の病気で命を落とす者が絶えず、今では呪われた場所として地図にも載っていない。

 半世紀も前の、しかも大陸中を巻き込んだ大戦の最中の出来事であったので、現在は詳しい資料もほとんど残っていなく。またその町の出身で生き残っている者は見つかっていなかったので、その現象について詳しくは不明。

 だが当時の学者の中には少ない断片を繋ぎ合わせ、あるものとの関連を指摘する者が居たらしく。その呼称の元にもなった。

黒死病パンデミック

 学者の残した論文が前衛的過ぎたために表に出なかった為、それが結局どういうものか、今となっては一部の者しか知らない。

 

 ただ、赤い雨によって運命を歪められた姉妹が、今も生き続けている事は。どんな資料にも載っていない事であった。



++++++++++++++



「可愛くない! 可愛くない! 可愛くないーーーーーー!!」

「落ち着きなさい、ソレイユ」

わめき散らすソレイユを、リュヌの落ち着いた声が窘める。

「だって、信じられないわよ。あんな子供が私の力を破るなんて! あーもう!!」

 それでも、まるで気が静まらないソレイユはヒステリーを起こしたように地団太を踏む。それだけフランソワの心を砕く事が出来なかったのが悔しいのだろう。

 この数日、ソレイユがその為の手を尽くしてきた事をリュヌは知っていた。

「随分と心の強い子みたいね」

「……強いとかそういう問題じゃない。入り込む隙が無いの、あの子の頭の中は『おにーさま』でいっぱい。しかもその『おにーさま』に関しても、幻をよく解んない理屈で見破ってくるし」

 ソレイユには人を幻惑する力がある。『黒死病パンデミック』によって『吸血鬼バンパイア』へと変貌した時に得た、特異能力に近いもの。

 幻を見せて心を砕き、砕かれた心を新たな幻によって魅了する。そうする事により、ソレイユは他者を意のままに操る事が可能であった。

 とはいえ、例外も存在する。

「どんな力も万能ではないわ。それは貴方もよく解っているでしょう?」

 ソレイユの力が通用する相手は何故か女性限定であり、そして女性であっても幻に屈しないような心の強い者には通用しない。

「でも普通あのくらい年頃だと、もっと移り気で繊細な心をしてるはずじゃない。誰か一人が心のほぼ全てを埋め尽くすなんて、イカレてるとしか思えないわ」

「……そうね、少なくともフランソワ・フルールトークは普通とは言えないわ」

 リュヌはソレイユに同意して見せたが、実際はそれが異常と呼べるほどではないという事も理解していた。

(『恋は盲目』とは、よく言ったものかしらね)

 異性に恋をしたことが無いソレイユがそれを正しく理解していれば、あるいはフランソワの心を砕く方法を見出せたかもしれないが、リュヌはあえてそれを隠した。

「あーあ、おかげで私の考えていた計画は頓挫しちゃったわ」

「計画?」

 ソレイユがフランソワを意のままにしようとしている事は知っていたリュヌであったが、何か考えがあっての事だとその時初めて知った。

 ソレイユは三姉妹の末っ子であった故か、自分より外見的に年齢が下に見える者を近くに置きたがる癖があった。フランソワに対しての執着もそれによるものだと、リュヌは思っていたのでことさら意外な事であった。

「そうそう、私が考えたドラマティックな計画よ。囚われのお姫様を助けに来た騎士に、そのお姫様が刃を向けるっていうね。どう? 刺激的だとお姉さまも思うでしょ?」

「……そうね、確かに刺激的だわ」

「でしょでしょ? あーあ、折角そんな最高の舞台を整えてあげようと思ってたのに、空気の読めないフランソワのせいで台無し」

 リュヌが対照的な表情を浮かべた事には気付かず、ソレイユはさも残念そうに悔しがる。

 だが、それもつかの間の事。

「いっその事もう食べちゃおうかな、あの子」

 あまりにあっさりとソレイユがそう言い、その冷酷な言葉がとても自然な響きに聞こえる。

 それほどまで、リュヌもその光景に慣れてしまっていた。

(……本来なら忌むべき事、どんな理由があろうとも)

 人を手にかけ糧にする。『吸血鬼バンパイア』としての宿命とはいえ、それを平気で行えるようになってしまった実の妹に、リュヌは嫌悪の感情を抱く。

 そして、実の妹にそんな感情を抱く自分自身を、リュヌは何よりも嫌悪していた。

(ソレイユもエトワールも、何人もの人間を餌食にして消えない罪を負っている……でも、一番罪深いのはきっと私の方)

 目の前で餌食になる人間を見捨て、妹達の行いを容認してきた。人間でいられた筈の妹達を止められず、その一線を越えさせてしまった。

 妹達をもはや戻れぬ場所まで追いやってしまった事が、リュヌの罪であり。また一つそれを重ねうるところで、もう一人の妹の声が掛かった。

「駄目よソレイユ」

 全身血塗れで現れたエトワールが、ソレイユを制止する。

「うわあ、エトワール姉様……凄い恰好ね」

 何人もの返り血を浴び、数日睡眠を取っていないエトワールの姿は執念そのもの。さしものソレイユも、しばし絶句してしまう程だった。

「フランソワ・フルールトークは、あの男をおびき寄せる為に必要なのだから、殺す事は許さないわ」

「……許さない?」

 エトワールのその言葉に、ソレイユはピクリと反応した。

「私が攫ってきた玩具を私がどうしようと勝手でしょう? エトワール姉様の許しが必要な理由が解らないなあ」

 引き攣った笑顔を浮かべ首を振るソレイユ。

 対するエトワールは鋭い視線で睨み付ける。

「私達三人で決めた事を、勝手に変更するのは許さないと言っているのよ。解っているでしょ、そのルールを破る事の意味が」

「……破ったらなんだっていうのよ」

 剣呑な雰囲気。対照的な性格であるソレイユとエトワールであるが、一度こうと決めたら譲らないきらいがある。

 それを間に入ってバランスを取る事が、長女であるリュヌの本来の役目。

 しかしその発言力も、半世紀の時を力を高める為に費やした二人の前に、弱まってしまっている。

(……吸血鬼にとって霊力を得られる他者の血は、その力を維持する為に必要なもの。いえ、本来は生を繋ぐのに必要不可欠なもの)

 だがリュヌはそれを放棄している。かつては王国の近衛騎士だった自分が、他者の命を食い物にするような行為に耐えられなかった為だ。

 今のリュヌにあるのは、かつて持っていた力のごく一部だけ。それも失えば、不老不死に近い長い生に終止符が打たれる。

 既にその死期が近い事は、リュヌ自身が一番よく解っていた。

(それでも充分私は生きたわ。大戦で散った命に比べたら長すぎるくらい……でも)

 二人の妹を残して逝くのは許されない、そうリュヌは思う。

「落ち着いて頂戴。特にソレイユ、フランソワの命を今奪うのはあまりに短絡的な行為よ」

「何? リュヌ姉様も私に文句があるの?」

 ソレイユがリュヌを見る目は、かつての慕う姉を見るものでは無く。ゴミを見るように見下げ果てた目であった。

 そして同様の視線はエトワールからもよく感じられる。それを知った時、リュヌは自身の過ちに気付き、その償いの道を探してきた。

 そして今から言う言葉は、その為の第一歩。

「聞いてソレイユ。フランソワの心はあの聖騎士の事でいっぱい、つまりそれさえ奪ってしまえば貴方の思い通りになるという事でしょう?」

「……それはさっき失敗したわ。思い出しても腹が立つ」

 どうやらソレイユはそれについて頭に血が上っているようで、肝心な部分に気が付いていない。

 それを解らせるために、リュヌはあえて残酷な言葉を口にする。

「それは偽物を見せたから。でも本物を目の前にして同じ事は言えないでしょう? ここまで言えばあの子の心を砕く方法が、貴方には解るのではなくて?」

「……あ」

 ようやく気が付いたソレイユは、剣呑な雰囲気を抑えて、徐々に明るい雰囲気を取り戻した。

「あーそうだね、なんでこんな事に気が付かなかったのか、きゃはははは。そうそう、折角だからただ殺すよりも、あの子に絶望を与えてから殺さないとね。言いたい放題言われたお礼も含めてさ、きゃははははは」

 何一つ変わらない昔のままのソレイユの笑顔だが、長くそれを見てきたリュヌにはその裏の感情まで見て取れる。

一番恐ろしく、一番危うい脆さ。吸血鬼になって、その力で多くの人間の心を壊してきたソレイユだが、その度に本人も同じくらい心を壊されていた。

(こんな妹を置いて、どこにも行ける訳がないわ)

 それはソレイユだけでなく、エトワールも同じ事。

「……ふん、人騒がせな子ね。じゃあ、私は凶星を殺す為の準備に戻るから、邪魔だけはしないでよ」

 そういって血塗れ姿のエトワールは、執念をその背から感じさせながら立ち去った。

 多くの者を殺し、これからも多くの者を殺す。それがエトワールをどう変えてきたのか、どう変えていくのか、リュヌには解りきっていた。

(本当に私は醜いわ。まるで自分だけ昔と何も変わっていないように妹達を見てる、あんな風に見下されるのも当然の事ね)

 もはや笑いあった家族の姿は何処にもなく、分かたれた道は交わる事は無い。

 だからこの最後の一時に、リュヌは賭けているのだ。

(……もしあの騎士が、世界に災いをもたらす程の『凶星』なら。あるいはフランソワ・フルールトークが言うような、絶対無敵の者ならば)

 望む結果が得られるのではないかと。

 望まない結果が得られるのではないかと。

 どちらにしても、本で読んだようなハッピーエンドがこの世に存在しない事は、リュヌ自身が良く知っている事だった。

 

 

 


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