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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第二章 誰が為の騎士
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二章第十五話(裏) フランソワの心

 フランソワ・フルールトークは窓からさす朝の日差しによって目を覚まし、ベッドから起き上がる。

 数日寝起きして慣れたのか、身体を痛くしていた堅いベッドは、眠気を取るには利用できるようになってきており。十分な休息を得られたのを感じながら、フランソワはベッドの横に座る女性に目を向ける。

「……」

「おはようございます」

「……」

 その女性の目に生気は無い。挨拶にもまるで無反応であり、しかし虚ろな瞳はフランソワを見張るように向けられている。

 まるで人形のような女性、だがフランソワがベッドから立ち上がろうとすると、それを制するように手を添えられた。

「お待ちください」

「……何ですの?」

 虚ろな瞳の女性は怪訝そうなフランソワの問いかけに応えぬまま、傍らに置いてあったベルを鳴らす。

 しばらくすると、ドアが開き。赤髪の美女が二人部屋に入ってきた。

 姉妹らしく顔立ちは似ているが、落ち着いた印象のリュヌと少し童顔で姦しいソレイユ。フランソワが彼女達について知っているのはその名と、自分を攫い監禁生活を強いている張本人達だという事だけ。

 その目的も、正体も、何一つとして聞かされてはいない。

「おっはーフラウちゃん。昨晩は良く眠れたかな?」

 入るなり元気にそう言ってくるソレイユは、ともすればフランソワよりも幼く見える時がある。

 だがフランソワは気付いている、彼女が一番危険な相手だと。

(……一見明るい笑顔、でもわたくしには油断を誘う狡猾な笑みにしか見えませんわ)

 ソレイユの隣で何も言わずに腕を組むリュヌは、その点で言えば一番危険を感じない相手だった。

 何故かは解らないが、ソレイユと、もう一人この場に居ないエトワールという者から感じる剣呑な雰囲気を、リュヌからだけは感じない。それどころか、時折フランソワに対して優しさをみせる時もある。

「何か御用ですか? わたくしこのような場所に押し込められて、気が滅入っているのですわ。手短にお願いします」

 実のところは、監視付きで行動を制限されるという待遇は、フランソワにとってそれほど苦では無い。

 フルールトーク家においても、四六時中侍女や執事が付いて回り行動の自由など無いフランソワにとって、むしろ当たり前の環境である。

 だからといって自ら望むものでも無い事なので、愛想が悪くなるのも当然のことであった。

「きゃはは、お姫様のご機嫌は麗しくないみたい。でもそんなフランソワちゃんに、今日は見せたい物があるんだよ」

「見せたい物?」

 大袈裟な身振りを交え、ソレイユは背に隠すように持っていたリボンの付いた箱を、フランソワの前に差し出す。

 サイズとしては両手で抱えるのにちょうどいい程度の大きさのその箱。何が入っているかは想像もつかないが、ソレイユから渡された物というだけで、フランソワにとって開けるのを躊躇う理由には充分である。

「……何が入っているんですの?」

「ひ・み・つ。開けてみて、きっと気に入るわよ」

 嫌な予感、それを感じながらも拒否するべきではないとフランソワは思った。

 ソレイユの機嫌を損ねる事もそうだが、この箱は自分で開けるべきだと感じたのは、フランソワが神童と呼ばれたその観察眼で思惑を感じ取ったから。

 ソレイユはこの箱に何かを賭けている、読み取れたのはそれだけだが、どうあってもこの場で開けさせる気でいるようだ。

(……無理やりにでも、開けさせる気ですわね。ならば)

 どちらにしても変わりないなら、一思いに。そうしてリボンを解き、箱を開けるフランソワ。

「これは……」

 開けた瞬間、信じられない物がフランソワの瞳に映り込む。

 人の首。箱に入っていたのは生首だった。

 しかも、それはフランソワにとって大きな意味を持つ人物のもの。

「お、おにーさま」

 箱に収められていたのは、カタナの首。

 まるで眠っているように安らかな表情で目を閉じている顔は、フランソワがこの世で最も愛しいと思っているものに間違いなかった。

「きゃはは、どうかな? 気に入ってくれたかな? フランソワちゃんがこの世で一番好きな人をプレゼント!! 嬉しくって涙でちゃうよね、きゃははははは」

 ソレイユは笑う、さも嬉しそうに。そうやって誰かの心を砕くのが彼女の喜びだと、フランソワはようやく気付いた。

(……決心していたのに)

 何が入っていても、心を揺らさないと。

 しかし流石に取り繕う事も出来なかったのは、仕方のない事。そんな物を見せられて、平常心でいる方がおかしいのだ。

 だが、おかしいといえば、フランソワが次の瞬間にはその箱を投げ捨てていた事が、ソレイユからすれば何よりもおかしい事だったらしい。

「な!? 何してんのよ!!」

 意外そうに目を見開き、笑みは驚愕の中に消えている。

「貴方の贈り物、確かに驚きましたが。悪趣味なだけと言いますか、ただそれだけですわね」

 まるでつまらないと、フランソワは溜息を吐いた。

「なんで……なんで平気なのよ!!」

「平気ではありませんわ。現にこうして贈り物を粗末に扱うのは初めての事ですし、それなりに憤りは感じています」

 そう、フランソワは怒っている。このような下らない余興に、何よりも大事にしている想いを利用された事が。

「怒る? 馬鹿な!! 普通大好きな人の生首見せられて、それだけなんてありえないわ!!」

「ええ、きっとあれが本物なら。憤り以上の喪失感から、わたくしはこの場で自害せしめたでしょう」

 そう、箱の中のカタナの首が本物であったなら。

 だが違う、本物にしか見えないが、どう考えてもそれがカタナの首であるはずがない。

「あれは本物よ!! 何をもって偽物と言うのよ!!」

「簡単な話ですわ、おにーさまが死ぬはずありませんもの。確かにおにーさまにしか見えなくて驚きましたが、その理屈で考えればあれは偽物以外の何物でもありませんわ」

 断じたフランソワの理屈は、もはや本人しか理解できないもの。カタナを信じ抜き、その為ならば他の全てを疑うことが出来る程の盲信が、その理屈を成り立たせる。

 今この時も自分の目の方がおかしいのだと、ともすれば現実逃避とも取れそうな考えに至ったのだが。フランソワからすれば、カタナを信じる心だけを信じればいいのだという事であり、それが紛いのない彼女の現実であった。

「そんな理屈で、私の力が……くっ」

 ソレイユは悔しげに部屋から飛び出した。

 不思議な事に箱から転がっていた生首は、ソレイユが居なくなると同時、最初から何も無かったように消えていた。

(……何だったのでしょう?)

 疑念は残るがその前に、飛び出したソレイユを追わずに部屋に残ったリュヌが見ている事に気付き、フランソワは尋ねる。

「まだ何か?」

「ええ、貴方に伝えておく事があるわ」

 唐突にそう言ったリュヌの表情に、安堵した様子が見て取れたが、どんな意味を持っていたのか。フランソワにとって、後に続いたリュヌの言葉の方が重大な意味を持っていた為、考える事は無かった。

「もうすぐ、聖騎士カタナがここに来るわ」

「おにーさまが!? ……あ、いえ」

 過剰な反応をしてしまった事を恥じつつ、フランソワはその真意をリュヌに問う。

「何故それを私に? そもそも、どうしておにーさまが来ると解るのです?」

「教えてなかったけど、私達の目的は貴方ではなく彼の方なの。貴方を攫ってきたのは人質として利用する為よ。私としては予定外の事だったけれど……」

 初めて聞かされたその理由は、フランソワに複雑な思いを抱かせた。

「ではあの予告状は、わたくしがおにーさまを頼る事になるのを見越して?」

「そういう事ね」

「……何という、わたくしは何という事を」

 どこまでもカタナの重荷となっている、こうして捕まっている今もそれ以前からも。だがそれは本来、フランソワが求めなければそれで済む話であった。

(……わたくしは最低ですわ。守ってもらえる事を申し訳ないと言いながらも、本音ではそれを求め。おにーさまが傷付く事が何よりつらいと言いながら、わたくしの剣になるという言葉が何より嬉しかった)

 その結果がこの状況。そして今も、カタナが自分の為に来てくれると聞き、それを求めてしまっている。

「貴方は彼の事が好きなのね」

「……いきなりなんですの?」

 唐突にリュヌに言われ、フランソワは恥じらいよりも怪訝さが先に来ていた。

 フランソワにとってはむしろ当たり前の話なので、今更恥じらう事でもないという事もあったが。

「いえ、ただ羨ましいと思ったの。先程のソレイユとのやり取りみたいに、愛する者を信じ抜く事ができるというのが……」

「当然の事ですわ。それが愛でしょう?」

「……そうね、そうだったわ」

屈託なく言いきったフランソワに対し、リュヌは何処か寂しげに納得したまま踵を返した。

 そしてそれ以上何も言わず、リュヌも部屋から出て行った。

(なんだったのでしょう? いえ、今はそれよりも……)

 カタナについて、そして自分自身についてフランソワは考えねばならないと思った。

(もうわたくしはこれ以上おにーさまの枷になりたくは無い。あの方はもう充分すぎる程に、あの時の約束を果たしてくれた)

 フランソワにとってカタナに暗殺から救ってもらったあの時から、自分の命すら自分の物とは思っていない。

(……この命が惜しくない程に、誰かを愛おしいと思えるようになった)

 身も心も捧げるというのはそういう事。命を賭して大切な人を守り、最後まで想い続ける事。

(その時が来れば、わたくしはこの愛に殉じましょう)

 大きくなりすぎた想いを抱えた少女は、揺れる事無く遠くを見つめていた。

 


 


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