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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第二章 誰が為の騎士
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二章第十二話 吸血鬼の姉妹

2012/01/24 サブタイトルの抜けを修正

 レイピアの剣先が頬を掠め、一瞬遅れて傷が開き、血が流れる。

 だが滴る血が落ちるよりも早く、カタナは利き手の短剣を横薙ぎに振るう。

 舞う布きれはマントの切れ端。間合いを捉えきれていなかった訳では無い、軽業師のように飛び上がったリュヌによって、カタナの一撃は回避されていた。

(……ちっ)

 そしてカタナの追撃の手は、正確に打ち下ろされたレイピアの刃によって戻さざるを得なくなる。反応が少しでも遅れれば、指が斬り飛ばされるところであった。

 そしてまた赤と青、レイピアと短剣の剣閃が空を切る。


 フルールトーク本邸の屋根上で行われている戦いは、血が流れ落ちる音が聞こえる程静かなもの。

 広いとはいえ不安定なその場において、カタナもリュヌも足音一つ立てず、まるで剣舞を演じる様に紙一重の斬り合いをしていた。

 リュヌの持つレイピアは、霊鉱石と付加魔法式によって作られた魔法剣であるから、本来のレイピアでは突きを主体にせざるを得ない強度不足を解消している。その切れ味がどれ程のものか、カタナはあえて僅かに切らせた頬の感触で実感していた。

(俺の骨を貫くくらいはやれるな、実戦用に作られた物か……)

 雑多な物なら付加魔法がかかった鎧でさえも仕事をしないだろう。

 少し切られただけでそう把握したのは、カタナがかつて研究者達によって受けた、拷問の様な実験の産物。

 斬られ、突かれ、殴られ続けた耐久度検査と呼ばれたそれにより、カタナは自身の体に対する脅威を細部まで量る事が出来るのだった。

(それにしてもあれだけの質量でこの切れ味はおかしい、法式に何か秘密があるのか?)

 付加魔法の常識として、物体の量が多ければ多いほど、付加魔法式による強化の最大効力が上がるというものがある。

 武器でいえば短剣よりも長剣、長剣よりも大剣の方が、付加魔法による切れ味や強度の上昇が見込めるというもの。実際には霊鉱石や法式によって言い切る事は出来ない部分もあるが、概ねは覆ることが無い。

 協会騎士団のほとんどの騎士が槍ではなく剣を主体にするのも、それが一つの理由であり。刃部分の量が少ない槍では、付加魔法で固められた鎧に対して無力で戦場における武器としての信頼性に欠ける、という問題によるものであった。

 だからリュヌの持つレイピアが、カタナの感じたままの切れ味を誇るのはおかしい。刀身が細いレイピアでは如何に魔法剣であっても、そこまでの物にならない筈だった。

(まさかな……)

 カタナは頬を片手で拭う、既に斬られた傷口は治りかけていて、乾いた血が剥がれただけであった。

 しかし静かな戦場に僅かな異音が響いているのを、カタナは確かに聞いていた。


「何か考え事かしら?」

 間合いを詰める為に前へ前へと踏み出していたカタナが動きを止めた事で、リュヌは一息吐いてそう問いかけた。 

「戦いの最中にまで無駄話とは、随分と余裕があるな……」

「そうでもないわ、正直に言えばかなり限界……協会騎士団の聖騎士って、みんな貴方みたいに化物じみているの?」

 ここまでは互角、だがその感想は得物の差を含めたものなのだろう。

リュヌが優位な間合いで立ち回っているにもかかわらず、カタナには衣服も含めて最初に掠った一度きりしかレイピアが触れていない。 

カタナの方も短剣はリュヌ自身には触れていないが、切り裂かれたマントの内にはその延長の僅か先に、急所が覗いている部分があった。

「……いいや、他の聖騎士はもっと化物だ。もし本気でやりあったら、きっと俺が二番目に弱い」

「ふふ、意外に謙虚なのね」

 別にカタナのは謙遜では無く本心だったのだが(副騎士団長のルベルトが一番弱いというのも含む)、リュヌには冗談のように聞こえたようだ。

「そんなことより、俺としてはあんたが何者なのかがよっぽど気になる所だがな……」

「あら、協会騎士団の聖騎士に興味をもたれるなんて。光栄と喜ぶべき所かしら?」

 少しも嬉しそうには見えない表情でリュヌは言う、茶化すような口調も何かを誤魔化しているようにしか感じられない。

「……俺が気になってるのは、あんたが『人間なのか否か』だ」

 ここまでの戦いで、カタナがリュヌに対して抱いた疑問の一番はそれであった。

 対魔人として作られた魔元生命体ホムンクルスであるカタナ、それと互角に戦う事が出来るリュヌは、見た通りの人間なのかという疑問。

 勿論、カタナは自身を並ぶ者ない最強だとは思っていないし、実際にカタナより強い人間が存在している事も理解している。

 だがリュヌにはその者達とは一線を画す事実がある。それは、ここまで一度も魔法を発現させていない事。

 魔法剣を除けば、地力のみで互角にカタナと戦う事が出来るというのは、人間か否かを疑うのに充分な材料であった。

「…………」

「質問は受け付けない、とは言わないのか?」

「……そうね、その手があったわね。うっかりしていたわ」

 リュヌは嘆息して微笑する。そして構え直したレイピアの剣先をカタナに向け、こう宣言した。

「貴方が私に勝てば、その疑問にお答えするわ。その代り、貴方が負けた時は……解っているわね?」

「……そうか」

 無駄話と言ったのはカタナの方だ、だからこそそれ以上の不要な言葉は告げず、代りに踏み出す一歩。

 それで不意を突いたつもりも、突けるはずもない。だがその踏み込みはこれまでとは違っていた。

「――!?」

 カタナは真正面から自らリュヌの間合いに入る、フェイントなどの小細工はせず、振り下ろされたレイピアの刃に自ら向かう。

 それまでの如何にレイピアを掻い潜り、間合いを詰めるかという注意を払った戦い方から一変し、不用意ともいえる愚直な攻め。

 だが、カタナの急所を捉える筈だったレイピアはその軌道を変えた。

(……やはりな)

 正確無比な斬撃、だからこそカタナは気付いていた。リュヌには自分を殺す気が無い事を。

 まるで殺気の感じない剣、その軌道はカタナの左肩に移る。そしてそこには既に、カタナは短剣で防御の構えを固めていた。


 次の瞬間、カタナが持っていたブルーウーツの短剣は、その中心から真っ二つとなる。

 耳を劈く金切り音を響かせ、リリイ・エーデルワイスから譲り受けた魔法剣はあっさりと再起不能になった。

 しかし、その瞬間にカタナの勝利は確定していた。

「……な、なんてでたらめな」

 左の手の平に食い込むレイピアの刃、カタナは更に食い込ませるようにがっちりと握り締めてそれを止める。

 そして流れ出した血で手が滑ってしまう前に、リュヌを組み伏せて鳩尾を足で踏みつけた。

「――ぐ、う」

「動くな、動くと殺す」

 血塗れの手で奪ったレイピアを首にあてがうと、リュヌは僅かに頷き脱力した。これ以上抵抗する気は無いという事なのだろう。

 そのような体勢でも、冷静に事の成り行きを受け入れているように、リュヌはカタナを静かに見つめている。

「……そのレイピアの秘密に気付いていたの?」

 リュヌが言うレイピアの秘密とは、施された付加魔法に通常とは異なる法式が加えられていた事だろう。 

「なんとなくだがな」


 レイピアに施された付加魔法には、人間には聞こえない音を発生させる方式が組み込まれていた。

 超音波とも呼ばれるそれによって刀身を高速振動させ、切断力を高める。リュヌのレイピアの切れ味にカタナが脅威を覚えた理由はそのせいだった。

「『魔法振動剣の原理』、理論は提唱されていても高度な法式は実用化には難しい。それが魔法学者達の結論だったらしいが、こうしてしっかり完成させる事ができる奴も居た訳だ」

 誰が作ったものかは知らないが、レイピアという武器を選んだのも、細い刀身は音の振動を伝えやすいからなのだろう。その中で高い強度を維持する付加魔法も機能しているのだから、作った者の技量は相当のものかもしれない。

 レイピアの赤い刀身にリリイと読めなくもない筆記体の銘が入っているが、カタナは見なかった事にした。

「……本当に博識なのね」

「そう言う理論があるというのを知っていただけで、どういう仕組みかはさっぱりだがな」

 例によって研究者達に植え付けられた記録、カタナの脳の片隅にあったものだ。そしてそれに気付けたのは、本来人には聞こえない筈の音波と、斬撃の風切り音に混じる振動音を捉えた、カタナの人間離れした聴力のおかげでもある。

 だが、カタナがリュヌを破る事が出来た理由はそれだけでは無い。

「もし私が最後、剣を逸らせなかったら……貴方どうするつもりだったの?」

「どうするも何もない、そのまま死んでただろうな」

 レイピアを受け止める事が出来たのは、短剣を犠牲にして一時的に魔法振動を弱めた事による結果だが、その前にリュヌがカタナの急所から急遽剣を逸らせた事が大きく影響している。

 レイピアが魔法振動剣として力を発揮しているのは常にと言う訳では無く、振りに応じてその都度付加魔法が発現していた。

 リュヌはその特性を精確に生かして戦っていたが、精確過ぎたからこそ、そこがつけ入る隙になった。

「自信はあったがな。あんたが俺を殺す気が無いという事は、その殺気の無さから解った。いや、むしろ殺したくないと思っている事もな」

 そしてリュヌの動きが精確であったからこそ、カタナは自分の命を平然と盾にする事も出来た。

あるいはそこに、自分の命に重きを置かないという考えもあったかもしれないが。

「……そこまで見破られてこの力量差なら、敗北も当然かしらね」

 諦める言葉を口にするリュヌ。抵抗する素振りは見せないが、カタナは少しも警戒を緩めずに問いかける。

「負けを認めるなら俺の疑問に答えろ。あんたが人間なのか否か、正直にな」

「あくまでそこに拘るのね……どうして自分が狙われたのかとか、他に疑問はいくらでもあるのではなくて?」

「そんな事は二の次でいい。いいから無駄口は叩かず答えろ……」

 カタナはリュヌの首にあてたレイピアに力を込める。魔法振動剣として扱うのにはコツがいるようだが、ただの剣としても十分な切れ味はある。

 だが、リュヌは臆した様子も無く平然としていた。

「貴方こそパーティーの時に見せた殺気は何処に行ったのかしらね。ひょっとして……」

「答える気が無いのなら、俺の独断と偏見で決めても良いが」

「……解ったわ、そんなに怖い顔で睨まないで頂戴――私は『吸血鬼』、お察しの通り人間では無いわよ」

 これまで平然としていたリュヌであったが、その言葉を口にする時だけは、どういう心境なのか僅かに悲しそうな表情をしていた。

 だが、カタナはそれよりも耳慣れない言葉に表情を顰める。

(……吸血鬼?)

 初めて誰かの口から聞く言葉であるが、知っている言葉でもあった。それを思い出す為に、カタナは逡巡する。

 だが、その前にリュヌは薄く笑い、言葉を続けた。

「残念ながら貴方の問いに答えられるのは、これだけだったみたい」

 夜の闇の中を漆黒の魔光が上る。

「――!?」

 発現するのは『魔術陣・縛呪インプリズン』、真下の階下から屋根上のカタナへ、黒い力が体の自由を奪う。

 リュヌは動けなくなったカタナからレイピアを取り返し、視線をその背後に回した。

「ありがとう、エトワール」

 そこには赤い髪、赤い瞳の美女がもう一人、魔光を上らせてカタナの前に姿を現した。



+++++++++++++



(――迂闊!!)

 カトリ・デアトリスは朦朧とする意識の中、心中で自身の浅慮を呪っていた。

 目の前に広がっていくような床の新しいシミは、今さっきフルールトーク家の侍従長が淹れ、カトリが口を付けた紅茶が零れて出来たもの。

 その中に何かしらの薬が混ざっていたとカトリが気付いたのは、息苦しさと目眩で倒れてからであった。

 もがきながら立ち上がらろうとするも、全身からは力が抜け、呼吸の仕方を忘れてしまったかのような荒い息遣いは、どうあっても行動不能になるのは間違いないものにしていた。

(……どうして)

 霞む視界の中に立つ侍従長のロザリー・ローゼンバーグは、目の前で苦しむカトリの事など気にも留めずにドアを開く。

「きゃはは、うそー凄いわ。この騎士の子生きてるじゃない! 即効性の毒薬なのに量が少なかったのかな?」

 そして妙に明るい声で部屋に入ってきた者の事を、カトリは何か赤いものが見えるという程度しか認識できていない。

 意識下か無意識下か、カトリは剣の柄に手を掛ける。

(……申し……訳……ありませ……ん)

 だが敵も見えない中で出来たそれが、カトリの唯一の抵抗。

結局剣を抜くことも、立ち上がる事すらできなかったカトリは、最後の意識に残ったカタナの顔に詫び続けながら、気を失ってしまう。

「あらら、頑張ってたけど死んじゃったかな? 本当なら食べてあげたい所だけど、用があるのは貴方じゃないのよねえ」

 明るい声の主は、気を失ったカトリの横を抜け、眠っているフランソワの元へ。

「可愛いなあ、私の好みのど真ん中だわ~。でも食べてあげるのはもうちょっと待っててね」

 明るい声の赤い髪、赤い瞳の美女は、幼く見える明るい笑みを浮かべたまま、フランソワを抱えて意気込んだ。

「うふふふふふ、リュヌお姉さまもエトワールお姉さまも甘いよ。やっぱり一番賢くて、一番強くて、一番可愛いのは、このソレイユだね! うふふふふあはははははは……」

 


 






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