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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第二章 誰が為の騎士
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二章第十話 美女の誘い

2012/01/09 サブタイトルの抜けを修正

それが会場に入ってきた時、すぐに解った。いや、あえて気付くようにされていたと言ってもいい。

(どういうつもりだ?)

 扇情的なラインの黒いドレス、髪も瞳も真っ赤な美女、見た目としても解りやすいほどに目立っているがそれだけでは無い。

 明らかに他の参列者達とは違うと認識できる、只者では無い身のこなし。そしてそれを隠そうともせず、その女はカタナに真っ直ぐ視線を向けた。

(――まさか、この一瞬で俺に気付いたのか?)

 周囲の注目を集めながら、カタナの方に向かってくるその女。

隠れている訳では無かったが、カタナは一応正装姿でこの場に似つかわしいように扮している、それが一瞬で看破された事は少なからず動揺した。

だがすぐに気を取り直し、女に注意を払いながらも、カタナは会場を改めて見直す。今重要なのはフランソワを守るという事、一点に気を取られて他の注意が散漫になってはいけない。

(俺の方に向かってくるならむしろ好都合、何か仕掛けてくるなら返り討ちにする)

 今のところその女からは敵意が感じられない、カタナが自ら騒ぎを起こせばこの後の護衛にも支障が出る為、まずは相手の出方を窺う事にした。

「お隣、よろしいかしら?」

 やはりカタナに用があったらしく、その女は返答を待たず隣の壁を背にする。

パーティーの参列者達の中には、遅れて現れた美女に声を掛けようとしていた者も居たようだが。並んでいるカタナとその女に横から割って入るのはマナー違反と考えたのか、悔しそうな目で様子を窺っている。

(……あんたらの考えるような簡単な女じゃなさそうだぞ)

 マナー違反といえばパーティーが始まってからこっち、話しかけてくる者を睨み付けるか辛辣な言葉で一蹴してきたカタナ。

 それだけに他の男達からは、『何故あんな奴にあんな美女が?』という嫉妬の視線が向けられた。

「……どうしてすぐに俺に気付いた?」

 カタナは周囲の視線など気に掛けず、依然として会場全体に視界を開いたまま、隣に立つ女にそう尋ねた。

 女は少しだけ可笑しそうに真っ赤なルージュの口元に笑みを作り、顔を少しだけカタナの方に向けながら答える。

「この会場を見渡せる場所はいくつかあるけど、その中で貴方だけがパーティーに参加せずにこんな壁際に立っていた。気付かない方がどうかしているわ」

 指摘され、その自分の失態に、カタナは内心で苦虫を噛み潰す。

「……フランソワ・フルールトークに妙な物を送りつけたのはあんたか?」

「ええ、そうよ」

 駆け引きも何もなく、その女は簡単に答えた。だが尋ねたカタナ自身がそれを否定する。

「嘘を吐け。あれが隠呪文字なら、魔人の技術の筈だ。あんたは人間だろ?」

 隠呪文字は魔術の応用であり、だからこそ人には解析が難しい。そして魔人の身体的特徴として、黒髪と黒目というものがあり。現在までその例外は確認されていない。

 だからカタナの隣にいる赤髪赤目の美女が魔人であるとは考えにくい。 

「あらあら、中々の博識なのね、流石は協会騎士団の聖騎士カタナという事かしら?」

「……はぐらかすな」

 こちらが何処の誰かまで割れている、その事実には疑問も湧くが。カタナはそれを表に出さずに、何事も無く接する。

「何から何まで言う必要があって? 一応断っておくと、貴方と私は敵同士で、これは交渉の席なのよ」

「交渉? 何を言っている……フランソワを黙って渡せとでも言う気か?」

 それこそ余地の無い無意味な事。どんな物を代償にしても、カタナには応じるつもりは無い。

 だが女は、論点が全く違うとかぶりを振る。

「私の狙いが貴方であると言ったら、信じるかしら?」

 その言葉が、カタナが不可解に思っていた事の答えであると気付くのに、そう時間はかからなかった。



++++++++++++++



「何ですの……何なんですの、あの女は」

 侍女に扮するカトリ・デアトリスは、フランソワ・フルールトークから滲み出る嫉妬のオーラに困惑していた。

(本当に、カタナさんの事になると見境が無いといいますか……周りが見えなくなるといいますか……)

 フランソワは挨拶に来た参列者を無視して、食い入るように一点を見つめている。

 その視線の先には、カタナと先程入ってきた黒いドレスの美女。フランソワとは別の意味で、カトリもそちらに注目していた。

(……あの人、普通じゃない)

 この場合の普通とは、戦える者か否かという事。剣を振ってきたから解る何かが、カトリに黒いドレスの女を警戒させている。

 曖昧な感覚であるが、無視されて去って行った参列者からは感じられない『隙の無さ』が、その女性から感じられる気がしたのだ。

 カトリは警戒を強めていく。何かあればフランソワを安全な場所に逃がす事が課せられた仕事、もしもの時の逃走ルートも頭に入れてある。

(……確か西側が比較的外の警備が濃い筈、いざとなればあそこのガラスを突き破る)

「カトリさんはどう思いますか?」

「え? 何がですか?」

 周囲の状況と位置取りをカトリが考えていると、話しかけている事に気付いて貰えてなかったフランソワが、不服そうに問い直した。

「……ですから、胸の話ですわ。あの女性のように大きい方が、おにーさまの好みなのかという事です」

 まさかの問いに、カトリは溜息を堪えられなかった。

「知りませんよ、そんな事は」

「……ですわね」

 何故か同情的なフランソワの視線に、何故かカトリは憤りを覚えるが、それについては考えない事にする。

「今に見ていなさい、あと五年もすればわたくしだって……」

 何かの決意を固めたフランソワの、羨ましげな視線の先に立つ美女。

だが怪しむべきと判断したその女性から、フランソワには一度も視線が向いていない事にカトリは気付いていなかった。



++++++++++++++



「……あの予告状は俺をおびき出させる為の物だったのか」

 カタナが不可解に思っていた予告状という物の存在。愉快犯でもなければ使わない、本来目的の為には必要のないそれがどうして送られてきたのか、女の言葉でその意味をようやく理解できた。

「そうよ、流石頭の回転も速いようね。フランソワ・フルールトークが狙いなら、わざわざ警戒させなくても警備の隙を付けばいいのだからあんな物は必要ない。でも警戒させる事で、貴方に頼る事になるというのは解っていたわ」

「……俺の事も、フルールトーク家の事も良く知っているみたいだな」

 フルールトーク家に味方の少ないフランソワが、カタナを頼る事になるのは必然であり。そしてカタナがそれに応じるのもまた必然。

 結果はご覧の有様で、かなり効果的だった。

「どうかしらね。それで、少しは私の話を聞く気になったかしら?」

「……話してみろ」

 無論、女の話を全て真に受ける訳では無く。未だフランソワの護衛という役割を、カタナは放棄してはいない。

 会場全体には注意を向け続け、女の話も半分くらいは聞き流す気でいる。逆を言えば半分くらいは聞かざるを得なくなったという事だが。

「端的に言うと、貴方には王国に来てもらいたいの。そして誰にも何も告げない事が最低条件」

「……突飛な話だな、あんたは王国の使いなのか?」

 カタナにとってこれまで関わりの薄かった王国の事は全く頭には無かっただけに、女の示した事は奇妙でしかない。

「質問は受け付けないわ。それも条件の一つ、けれども悪いようにしないという事は約束出来るわ」

 何か言う前から『悪いようにしない』という辺り、微妙に信用性は薄いように感じる。

「そんな話だけで、ノコノコ付いて行くと思うのか? そもそも俺にはあんたの言う事を聞く理由が無い」

「あら、どうかしら。貴方が今ここに居るのは誰の為?」

「…………ちっ」

 カタナは表情を険しくする。女の言った言葉が暗示する意味は、考えずともすぐに出ていた。

「フランソワ・フルールトーク。彼女の身の安全と引き換えなら、貴方は言う事を聞いてくれるのかしら?」

 語調は淡々としていて、だからこそ本気であるのだとカタナには思えた。そしてそれが如何に自分に有効な手であるのか、改めて実感した。

「……一つ聞かせろ」

「質問は受け付けないと言った筈よ?」

 ならば構わずに言う。

「あんたをこの場で八つ裂きにすれば、どうなる?」

 隠し持った短剣に手をかけ、ありったけの殺気をもってカタナは言った。

そこに居るのは華やかなパーティーに身を窶す者でも、協会騎士団の聖騎士でも無い。

 ただ単純に、人ならざる力を殺す為に振るえる魔剣そのものだった。

「……」

「……」

周りでパーティーを楽しみ、踊っている者達、談笑している者達は気付かない。すぐ近くの一画では、恐ろしく殺伐とした空気が流れている事を。

その張りつめた空気の中で、先に嘆息したのは女の方。少しだけ遠い目をして、カタナの居る方向とは逆を向きながら言った。

「試してみたらどうかしら? 私が死んで全て解決するならば、貴方にとってはこれ以上ない結果でしょうね」

「…………そうか」

 他人事のように言った女の言葉で、カタナ中で猛っていた感情は自然と失せていった。

結局の所この女を殺す意味は無い。カタナを狙うのが目的であるならば、ここは敵地であり垣間見せたような死の危険もある。

そこに現れる者が末端でないはずが無いのだ。

「そう言えば名乗っていなかったわね、私の名前はリュヌ。そしてこれで私の伝えるべき事は無くなったけど、貴方はどうするの?」

 殺伐とした雰囲気が元に戻るのを察したからか、リュヌと名乗ったその女は答えを促すようにそう言った。

「あんたの言う条件を呑む」

 その答えに、リュヌは驚きを見せ。カタナの顔に向き直ってまじまじと見つめる。

 これまで淡々と落ち着き払っていただけに、その反応は新鮮だった。

「何だ?」

「いいえ、あまりに簡単に決めるものだから意外に思っただけよ。本気なのね?」

「冗談に決まってるだろ」

「……貴方ね」

 リュヌは呆れたように深々と嘆息した。

「誰が何の為に俺に用があるのか知らないが、使いなんて寄こさずに直接来いって伝えておけ」

「それが本当の答えのようね……フランソワ・フルールトークについては何があっても構わないのかしら?」

「どうかな、試してみたらどうだ?」

 先程のお返しとばかりに、カタナは口元を歪めて言った。

 構わない筈がない事は、カタナの見せた反応で解っているだろうが、実際に相手が行動に移せるかどうかはまた別の話。

(そうだ、その時こそ、フラウに向かってくる奴は全て八つ裂きにする)

 おおよそ騎士とはかけ離れた決意だが、それがカタナなりの命を懸けるという事。

「……交渉は不成立のようね」

 少し残念そうにリュヌは言った。交渉と言うよりはほとんど脅迫されただけだったが、不成立という点ではカタナも同意。

「そういう事だ」

「ではこの後の、空がもっとも暗くなる時間にもう一度来るわ。パーティーを台無しにするのは忍びないから」

 そう言って、リュヌはカタナの隣から離れた。

「……もしあの子を巻き込みたくないのであれば、フルールトークの本邸東側の屋根に一人で居る事ね」

 そう言い残すのは、この場はリュヌを見逃す事の条件なのかもしれない。

「交渉では無く、力付くで来るって事か?」

 カタナを王国に連れて行くことが目的らしいが、それは別にカタナの意志を汲まなくても良いという事なのだろう。

「察しが良くて助かるわ、何なら一曲だけならダンスの相手をしてもいいわよ?」

「悪いがそんな洒落たものは、嗜んじゃいないんでな」

 それにパーティーの最後まで、フランソワの護衛としての気を抜く気は毛頭ない。

「あら、残念ね」

 少しも残念そうには見えない様子で、リュヌは去って行った。ここぞとばかりに踊りに誘う他の参列者達を無視して、彼らの心を砕きながら。

(……ほらな、やっぱり簡単な女じゃないだろ)

 フルールトーク家主催のパーティーは続く。

結局の所それが終わるまで何事も問題は発生しなかったが。幾人か参列者の心には、黒いドレスの美女につけられた傷だけが残ったという。




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