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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第二章 誰が為の騎士
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二章第九話 宴の始まり

 豪奢なシャンデリアと幾つも希少な霊光石によって照らし出される夜会。フルールトーク家主催のパーティーは、あるいは王宮のそれに匹敵するほど華々しい。

 星を持つシェフの豪華な料理が並び、広い会場の中心では着飾った男女が、楽団の調べと共に舞踏のリズムを刻む。

 しかし表層は華やかな舞台も、実際は見た目ほど綺麗なものでは無い。

フルールトーク家が主催であるからして、参列者のほとんどは財界の有力者たち。彼らが一所に集まれば、利益を求めて商いの鎬を削り合う。

 笑顔の裏では駆け引きや腹の探り合いの応酬、それが彼らにとっての日常であり、その実力が無ければ生きていく事の出来ない世界。

(……あんなのとは絶対に関わりたくないな)

 そのような場において、場違いとも言えるカタナが壁の花と化すのは当然の事。パーティーにまったく興味の無いカタナには、フランソワの護衛という名目が無ければ一生縁の無い場所なのだ。

(とりあえずは、怪しそうな奴は居ないか)

 カタナが会場入りしたのは、ある程度参列者が揃ったパーティー開始の少し前。あらかじめ下見してあった全体を見渡せる壁際の場所に陣取り、談笑する参列者達の身のこなしに怪しい動きが無いか確認する。その後は、料理を運ぶ侍女や執事達に目を向け、出入りする全ての人物に注意を払っていく。

 視野を出来るだけ広く保ち、全体を見渡しながらも細部まで見逃さない。その常人離れした視力と集中力は、魔元生命体ホムンクルスであるカタナだから維持が可能な芸当であった。

(……今のところは問題なさそうだ、フラウの会場入りはまだだしな)

 こういう場では主催者側は遅れて会場入りするものらしく、まだ当主のツヴェイクもフランソワも見えていない。

社交界デビューはまだ先のフランソワに、フルールトークが与えているこの宴での役目は、主に参列者が連れてくる同じ年頃の子供の相手をする事。

それはいずれ行われる政略結婚の為の布石なのだろう、その独特の感性は、カタナには受け入れ難いものだが、貴族の世界ではごく当たり前のように行われている事。

それはともかく、一応は当主の許しを得て会場の出入りを許されているが、他の参列者を不審に思わせるような行動を禁止されているカタナが、パーティーの最中にフランソワの傍に居る事は、充分に他の参列者を不審に思わせる事なので出来ない。

カタナとしては知った事では無いが、フランソワ自身が役目はしっかりと果たすと強く言ってきたため、当主との約束を汲む事になった。

(あとはアイツ……カトリ・デアトリスがうまくやれるかどうかだな)

フランソワの近くには、カタナの代わりにカトリを置けるように侍従長のロザリーの協力を得て、仕込みをしてある。

とりあえずは、それがうまく機能するかどうか、これが結構カタナの不安となっていた。



++++++++++++++



(まさか、このような物に袖を通す事になるとは思っていませんでした……) 

 カトリ・デアトリスは溜息を吐きながら、侍女服姿の自分を複雑な気持ちで思っていた。

 元々は貴族として生まれ、十二歳までデアトリス家の跡取りとして育てられた自分がこのような格好をしていると知れば、他界した両親達はどう思うだろうという事と。没落した家の再興を全く考えずにいる事への引け目から。

(いえ、今はこれでいい、これでいい筈です。元より私の目的はデアトリス家の再興などではないのですから……)

 納得させるようにそう強く思い直し、カトリは居住まいを正す。

「準備は良いみたいですわね」

「はい、大丈夫です」

 背後からの声に振り返り、応対する。そこにはパーティードレス姿のフランソワが、カトリが準備を終えるのを待っていた。

 カトリが侍女服を着る事になったのはフランソワの護衛の為。パーティーの最中フランソワの近くに居ても、お付きの侍女としてならば不自然ではないから。

 侍女としての作法は付け焼刃であるが、フランソワの横に立っていれば問題ないとの事。そうすれば参列者に用を言い渡される恐れも無いし、何かあれば侍従長もフォローできると言っていた。

(……腰の辺りに剣が無いのが、少しだけ変な気分ですが)

 侍女服はゆったり気味であるが、流石に長剣を隠し持てるという程では無い。それ故にカトリはエーデルワイスを置いていくしかない。

 カタナから言い渡された役目は、有事の際にフランソワを連れて逃げるという事であったが。いつも肌身離さず持っているような物が無いのは、役目とは別にして不思議な感覚であった。

「何か気になりまして?」

「あ、いえ、大したことではありません」

 剣が無い事を気にしていたのが態度に出てしまっていたのか、怪訝そうに見上げてきたフランソワに、カトリは慌てて取り繕う。

 護衛対象であるフランソワを守る事は勿論、不安に思わせるような事もするなと、カトリはカタナから強く言われていた。

 フランソワが平常通りにいられる様に振る舞う事、それはカタナがカトリに対して望んだことであり、同時に一番不安に思っている事であった。

 良くも悪くも直情的である事を自覚しているカトリは、感情を隠すという事があまり得意では無い。そしてフランソワは時折、侮れない観察力を発揮するからさらに難しい。

「……おにーさまが居ないからと言って、気を抜いている訳では無いのですか?」

「ち、違います!」

 更に言えば、フランソワがよくそうしてカタナと関連付けてくる事も、カトリの調子を狂わせていた。

「……貴方にとって他人同然のわたくしは、やはり守るに値しませんか?」

 そして時折、フランソワはそのような事を口走る。まるで自分にはその値が無いとでも卑下するように、守られる事を当然と思っていない。

 貴族として生まれながら特殊な環境にいるからか、フランソワは周りの人間を必ずしも味方であると思えないようだった。

「私は命を懸けて、フランソワ様をお守りしたいと思っています」

 だからか、カトリがそう言ってもフランソワは信じられないというように、首を横に振る。

「口ではいくらでも言えますわ。貴方にはそうまでする理由が無いでしょう?」

「いいえ、あります。理由ならば思いつくだけでも二つ」

「二つ?」

「はい、一つはカタナさんがそうする気でいるからです。あの人は守ると決めたものの為には、自分の命など二の次に考えるようですからね、付いて行く為には同じ覚悟でいなければいけません」

 カタナの名を出した事でフランソワの瞳は少しだけ揺れ動くが、それでもまだ信じるには足りない様子。

「……もう一つは?」

「自分の力が及ばずに何も守れないのは、もう嫌だからです……」

 それはかつて、目の前で魔人に家族を殺された事による感情。

 大部分は復讐心が占めるその感情であるが、その中心には無力であったかつての自分に対する悔恨が、カトリにはあった。

「恥ずかしながら私の剣は、誰かの為に磨いてきたものではありません。ですが、もしもそれで誰かを守る事が出来るのなら、私はその為に振るいたい」

 以前とは少しだけ変化した、いやゼニスの一件でのカタナを見て気付いた感情。求める強さの先にあるもの。

 子供の頃憧れ、そして今は崇める存在である勇者ミルドレット。あるいはそうなりたいそう在りたいという願望は、昔から持っていたのかもしれなかった。

「……そう、ですか」

 カトリの言葉と態度から何かを察したのか、フランソワは納得するように唸り。そして初めて真っ直ぐに面を向い合せた。

「フランソワ様?」

「これまでの非礼を許してください。貴方は騎士として高潔な方なのですわね、身の程を弁えずにおにーさまに付いて行くと言うだけはありますわ」

 少し引っ掛かる言い方だが、フランソワの言葉には初めてカトリを認めるような語調があった。

「カトリさん、わたくしは貴方を信じます。護衛を頼んだのはこちらなのに、試すような事を言って本当に申し訳ありませんでした」

 そしてしっかりと謝る事が出来るというのは、フランソワの元々の性格が素直だという事の表れなのだろう。

 カトリはようやくそれを実感する事が出来た。

「しかし、おにーさまの事については話が別ですわ。御寵愛を受けるのはこのフランソワ・フルールトーク、それを譲る気はありませんのであしからず」

 だが、そうしてしっかりと釘を刺してくるフランソワの本気さには、カトリはまだまだ慣れない気がした。



++++++++++++++



 フルールトーク主催のパーティーは問題なく進んでいく。

 それが退屈であり苦痛でもあると感じながら、カタナは未だ集中力を途切れさせずに会場全体を見渡す。

カタナの視界の中には、同じ年頃の子供と他愛無く接するフランソワの姿もあった。パーティー中はなるべく気にしないように伝えてあるが、時折チラチラと視線でこちらを窺ってくるのはご愛嬌の内だろう。

フランソワの傍らに立つ侍女姿のカトリも、今のところはボロを出す気配は無いようで一応一安心と言ったところ。

パーティー中のフランソワの居場所は、壇上の一画に決まっている為。そちらに向かう者が居ればすぐに解り、把握しやすいのでカタナにとっては好都合だった。

(……問題はない、だがそれが問題かもしれん)

 だが如何に集中力を持続できるとしても、変わり映えの無い空間を注視し続けるだけの苦行は、気の緩みを生んでしまう。

そして一度緩んでしまえばそこまで、引き締め直す事は難しい。だからこそカタナは心の内で、自分を締め付け続けていなければならない。

いつフランソワを狙う輩が現れるとも知れない、そうなった時にすぐ気づき、そしてすぐ動けるようでなければここに居る意味は無いのだ。

(予告状については不可解な部分も多いが、それについてはまずこのパーティーが無事に終わってから考えればいい)

 今は全力をもって警護に当たるという決意を新たに、カタナは猟犬のように目を光らせていた。

 



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