二章第三話 聖騎士会議のその後に
いつも微妙に中身が無い聖騎士会議も終わり、カタナは会議室を後にする。
ルベルト、グラクリフト、シュプローネの三名は同じ場所で、今度は重役を集めた会議があるのでそのまま動かないが、カタナには関係の無い事であり、好き好んで残りたくも無い場所なのでさっさと出て行った。
そしてその横を、当然のように付いてくる者が居る。
「……何か用かランスロー」
カタナが問いかけると、ランスローは喜々として目を輝かせた。
「ああ、まさか君の方から話しかけてくれるなんて……今日は人生最良の日だよカタナ。僕は今日という日を、この思い出と共に死ぬまで忘れず、胸に刻み込んでおく事を、ここに誓うよ」
質問には答えずに、聞いてもいない詩を読みだすランスロー。何故かカタナを相手にするときだけ、結構な頻度で調子の狂うそれが飛び出してくる。
「何の用か言え」
「ああ、すまない。僕とした事が浮かれすぎていたようだよ。でもその問いに答えるのは非常に難しい。僕にとってカタナと共に居たい、カタナの横を歩きたいというのは、用なんて言葉では形容できないくらい自然な欲求なんだからね」
つまりは特に用は無いらしい。
「それなら、邪魔だからどこかへ行け。俺はこれから昼寝なんだ」
「子守唄でも歌おうか?」
「要らん。いや、その前に人の話はちゃんと聞け」
「なら離れた所からカタナの寝顔を眺めているとするよ。それならいいかい?」
「……駄目に決まってるだろ」
ランスローがなぜそんなにカタナに拘るのか、カタナ自身が不思議でしょうが無かった。きっかけらしい、ちょっとした会話も何をしゃべったか思い出せないし、いつも適当にあしらう事が多いので、そのうち飽きられるとも思っていた。
しかし突き放そうとしても、大抵は構わずに寄ってくる。物好きなのか、単に話を聞いていないだけなのか、判断もし難い奴だった。
「それならせめて、カタナが昼寝する場所に到着するまで、一緒に居させてはくれないか? その後は、決してカタナの邪魔になるようなことはせずに、どこか遠くに消えるからさ」
「……それなら、別に断る理由は無いが」
「ああ、カタナは本当に慈悲深いね。僕の我儘をこうも快く受けてくれるなんて、やはり僕を真に理解してくれるのは君だけだ」
何かまた失敗してしまった感があったが、カタナは気にしない事にした。ランスローを気にしていてはおちおち昼寝も出来ないから。
それでも心持、歩調を速めたのはカタナの心情を良く表していたのかもしれない。
しかし、そのせいで後ろから怒鳴りつける者が居た。
「ちょっと待てや!! 嫌がらせか!? お前ら足長いんだから、もう少しゆっくり歩けっての!!」
乱暴な言葉でそう呼び止めたのは、ランスローでは無く、小柄な体を揺らして現れたシュプローネだった。
「はあ、ようやく追いついたぜ。会議終わったらさっさと行きやがるし……お前ら、ルベルトやグラクリフトとずっと同じ空間に居なきゃならん、アタシの辛さをもう少し配慮しろや!!」
仮にも協会騎士団本部の往来で、声高にそんな事を言う竜騎長。本当に竜騎士隊をコイツに任せていて大丈夫なのだろうか。
「……それは知らんが、何か用か?」
「おうカタナ、アンタにな」
流石に愚痴だけわざわざ言いに来たのだとすれば、カタナの中でのシュプローネの評価がまた一段下がる事になったが、そうでは無かったらしい。
「それなら早く済ませろ……あんたなら言わなくても意味は解るだろうが」
カタナがそう言ったのは、隣で異様な気配を放っている奴がいたから。
「一応親切で忠告してやるクソ女。それ以上一歩でも近づいて、僕とカタナの神聖な領域を汚してみろ……その時は、お前とお前の部下全員を飛竜の餌にしてやる」
汚い言葉もそうだが、それ以上に危険なのは、その裏の静かな殺気。気付き難いが、どこまでも貫くようなその鋭さは、本気になったランスローの危険さを如実に物語っている。
(何が『無血騎士』だ……きっと返り血は凄いぞコイツ)
この殺気に気付かなかったカトリ・デアトリスの鈍感さは、正直羨ましい。
「あいあい、わかってるわかってる。何なら一歩退いてやるぜ、ほれ」
だがシュプローネの方が一枚上手らしく、ランスローの殺気に気付いていても、それをおくびにも出さずに対応する。わざわざ挑発するような事を言うのは要らなかったが、ランスローも近づいてこない限り文句は無いようだった。
「それで、何の用だ? クーガーの事か?」
カタナとシュプローネを結びつけるものは、それぐらいしか思い浮かばない。だが、竜騎士隊の竜舎に預けているクーガーには、一昨日会いに行ったばかりで変わった様子も無かったので、そうでは無いだろうとも思ったが。
「いや違う、クーガーは変わらず大人しくしてるぜ。アンタに懐くまではあんだけやんちゃだったじゃじゃ飛竜が、ちょっとつまんないほどにね」
「じゃあ何だ?」
「ちと照れ臭いが、礼を言いに来たのさ。アンタとは中々会えなかったから、随分と遅れちまったけど」
(礼?)
シュプローネの言葉通り、会うのも久しぶりだったので、心当たりは全く無い。むしろカタナの方が、クーガーの事で礼を言わなければならないように思う。言わないが。
「ゼニスの事さ。協会騎士団の作戦では、竜騎士隊が尖兵となって魔竜と戦う筈だった……もしアンタが魔竜を倒さなければ、部下に死人が出ていたかもしれない。だから、ありがとよ」
(それでか……)
礼を言うには離れすぎた距離で、照れ臭いからかシュプローネにしては小声だったが、確かに伝わった。
「竜騎士隊の為に戦った訳じゃない。だから俺に礼を言うのはお門違いだ」
だがなんとなく、その感謝は素直に受け取れなかった。多分それは、カタナはあの時竜騎士隊の事なんて、どうでもよく思っていたからだろう。
もし実際に魔竜との戦いで、竜騎士隊に死人が出ていたとしても、その死を悼まなかった。それも確かな事だ。
「アンタがそう思っていても、アタシは感謝してるんだ。それと、ルベルトはああ言ったが、アンタが巨無を使った事は、アタシは正しかったと思っているよ」
「……」
逆に変に気を遣わせてしまった。
シュプローネにとっては、それだけ部下が大事だと言う事だろう。それが竜騎長の懐の深さというものなのだと、カタナにも理解できた。
「まあそのおかげで、ゼニスの復興にも少し手を貸す羽目になったみたいだけどね」
実は魔竜との戦いの後、一日遅れで到着した竜騎士隊は、ゼニスの復興作業に一週間程参加させられていた。
カタナはその時入院という名のサボりをしていたので、実際に見てはいないが。瓦礫だらけだったゼニスの街が、短期間で復興していったのは竜騎士隊のおかげでもあるらしい。
「それなら、やはり礼は要らないな」
むしろあの時ベッドで安穏としていたカタナの方が、礼を言うべきだった。絶対に言わないが。
「いいや、これは貸しにしておくぜ。困った事があればいつでも言いな、すぐに駆けつけてやるさ。何せうちは、大陸一の快速最速を誇る竜騎士隊だぜ」
誇らしげにそう言った後、シュプローネは踵を返した。
「じゃあそろそろ戻るわ、じゃねえとルベルトの小言が飛んでくるからさ。ランスローもあんましカタナを困らせんなよ」
そう言って、背を向けたまま手を振って去って行く。
「カタナの偉業を称えた事で、僕達の時間を邪魔した事は大目に見てやるよ、クソ女」
「ははは、あいあい」
なんだかんだでランスローの取り扱いまで心得ているシュプローネが、カタナは少しだけ羨ましく思った。
「……どうかしたのかい、カタナ?」
「いや、何もない」
不思議そうに見てくるランスローと目を合わさぬように、また歩きはじめる。自分が器用でない事は良く知っているので、カタナは少しでも早く目的の場所に着くように努めた。
++++++++++++++
本部の敷地内にある、第二練兵場の裏手。そこがカタナの目当ての昼寝場所だった。
今日は集団訓練で第一の方にほとんどの騎士が集まっている為、こちらは誰も利用していなく、そして正午から夕暮れまでの日当たりが良いという好条件。
「なるほど、ここがカタナお目当ての昼寝場所か……良い場所だね」
「言っておくが、ここは本部に百八ヶ所ある昼寝場所の中でも、まだまだの場所だ。本当のお気に入りは別にある」
「ひ、百八ヶ所!? 凄いよカタナ。睡眠という誰しも必要なものにこそ、妥協を許してはならない。つまりはそういう事なんだね!! ああ、僕は今痛烈なまでに感動しているよ」
何が凄いかというと、この場合、カタナの冗談にも呆れないランスローの方が数倍凄い。
(……大体、まだまだとか言ってる時点で妥協してるだろ)
余計な事は言わずにカタナが腰を下ろすと、ランスローは残念そうに言った。
「ここでお別れだね……名残惜しいけど、カタナの安眠の為だ。僕は喜んで犠牲になろう」
「解ったから早く行け」
「ふふ、つれないね。でもいつか僕は昼寝という最大の敵にも打ち勝って見せる、だからその時を待っていてくれ」
「解ったからはや……」
「でもその前に、カタナの耳に入れておいて欲しい事があるんだ」
「……おい」
「すまない。でも少し真面目な話なんだ、ここなら誰も居ないし、ちょうどいいと思ったんだ。嫌ならまた今度にするよ」
申し訳なさそうに言うランスローの態度から、本当に真面目な話らしく。そう言われればカタナとして気にはなってくる。
「……聞こうか」
そう決断したのは、気になったという事だけでなく、ランスローに後日会う口実が出来てしまうのを、避けたかったという意味もあった。
「うん、実は僕はつい先日まで、騎士団長の命で王国に足を運んでいたんだ。もちろん観光じゃなく、怪しい動きが無いかその調査にね」
「一人でか?」
「……残念ながらメイティアも一緒だよ」
ランスローが視線を向けると、一瞬で建物の影に隠れた者が居た。もちろんカタナも最初からずっと、付いて来ていたのは解っていた。
(あれだけの殺気、十メートルじゃ近すぎるっての)
ランスローがカタナに何か話しかける度、それはメイティアからカタナに向けられていた。
おそらく嫉妬、カタナでも解るほど、メイティアはランスローに好意を持っている。それは主従というだけではない、男女の想いで間違いないだろう。
「全く、一方的な想いは相手にとって迷惑でしかないのに、早く解ってほしいものだよ」
そう言うランスローは、一度メイティアを反面教師にするべきだと思う。というかこの主従は、色々と駄目な部分が似過ぎであった。どちらが先に影響したのかは知らないが。
しかし実はメイティアはかなり有能だと、サイノメから聞いたことがある。
それはカタナがゼニスに居た頃、ランスローが尋ねてきたことがあり、その時例によって溜まっていた書類の山の処理を、メイティアが手伝ったことがあった。
カタナは逃げ出していたので見ていないが、その時の仕事ぶりはサイノメが感服するほどだったらしい。
「メイティアの事は置いておいて、少し王宮まで入り込んでみたのだけどさ。そこで気になる事を耳にしてね」
「……」
王宮は少しで入り込めるような場所ではないが、それを指摘するのが馬鹿らしい存在が、カタナの近くにも若干一名居るので流す事にした。
「何でも、王国の『古代遺跡』の中から、新しく何かが見つかったらしいんだ」
「古代遺跡って、聖剣が眠っていたって場所か?」
「そう、大昔に栄えた文明の名残を、大陸で唯一残す地下の遺跡。王宮が厳重に管理していて、王国の人間でも一握りしか何処にあるのか知らない場所。そしてカタナが言ったように、勇者ミルドレットが用いた聖剣が眠っていた場所さ」
「……新しく見つかった何かって何だ?」
「それは解らなかったよ。でも凄く巨大な物らしくて、今まで見つからなかったのは、認識できないくらいの大きさだったかららしい」
「ランスローはそれを見たのか?」
「流石に、古代遺跡が何処にあるのかまでは解らなかったから、そこまでは……でもまだ王宮も、それが何なのかは解っていないみたいだったよ」
抽象的な表現が多いのは、元の情報からまさにそのままだという事らしい。
「巨大な何か、か……聖剣一本でも大戦の戦局を変える程だったと言われてるが、それがもし危険な物だったら……」
「うん、想像できないけど、五十年前の大戦以上の災いがあるかもね」
ランスローが聖騎士会議で、王国について注意を促していたのはそのせいらしい。
「……何故、会議でその話をしなかったんだ?」
「あれが如何に不毛な場か、カタナも良く解っているよね? ルベルトもグラクリフトも、僕らの事を同輩とは思っていない。シュプローネは馬鹿だし、ケンリュウは参加する気も無い。その中で、こんな断片的な情報を開示しても何の意味も無いよ」
そのあたりの認識は、カタナもランスローも同様であるようだった。
「それに……話したところで、保守的なルベルトやグラクリフトの姿勢は変わらないだろうしね。まず騎士っていう職業が守る事を第一に考える職業だし、それが他人の命を預かる立場に居るなら尚更の事さ」
「そうかもな、だが今の話を俺だけに聞かせたのは、どういう理由でだ?」
「カタナが関わらない為さ。しばらく王国には近付かない方が良い、何が起こるか解らないからね。君は厄介事に巻き込まれやすい体質みたいだから、心配なんだ」
「……なんだそれ」
厄介事を呼び込んでくる奴に言われては、何とも言えない気分になる。だが、その心配は本心かららしいので、一応受け取ってはおくが。
「騎士団長にだけは今の話を伝えておくけど、僕はもう少しこの件について調べる事になると思うよ」
手伝ってくれと言われるのかと思ったが、ランスローにそういう気は全く無いらしい。カタナに再三関わらないように警告だけして、別れを告げる。
「それじゃ、次に会うのはいつになるかな。君の事を思いだして眠れない夜が続くのは辛いけど、その分の喜びが未来に待っていると思うと、どんな長い夜も乗り越えられるよ」
「いいからしっかり寝ろ」
「うん、わかったよ。カタナもおやすみ」
妙に爽やかな笑顔で去って行くランスロー。口を開かなければ、白馬が似合う王子の様な外見なのに、どうしてあんな残念な感じになってしまったのだろうか。
それに貴族でもないのに従者を従えていたり、思わぬ情報を持っていたり、中々掴み所のないところがある。
(まあ、それを言えば聖騎士なんて変人の集まりかもな……)
副騎士団長のルベルトが良くも悪くも普通の人物なのは、最後の良心なのかもしれなかった。
(それはともかく、今日はやけにからんでくる奴が多いな……)
おそらくランスローが居なくなるのを待っていたのだろう、完全に消していた気配をもはや隠す気も無く堂々と、カタナの前にもう一人現れる者が居た。
「……死合を一手、所望する」
いきなりそんな物騒な事を言ってきたのは、聖騎士の一人ケンリュウ・フジワラ。カタナにとって因縁浅からぬ相手であり、出来ればランスロー以上に関わりたくない相手だった。
会議が終わって、さっさとその場を逃げ出したのも、大体はケンリュウが居たせいだった。
「あんたとは、もう決着はついただろ」
「引き分けを決着とするなど、フジワラ家末代までの恥。果たし合う事を決めた以上、決着は某か貴殿の死をもってつけられる」
そんな異国の文化の事は知らん。果たし合いだとか死合だとかいうのも、ケンリュウが勝手に話を大きくしただけだ。
「本来、騎士同士の私闘はここでは御法度だ。前回俺が副騎士団長達にどれだけ小言を言われたのか、あんたは知らねえだろ」
カタナとしては試合だと思っていたが、ケンリュウにとっては死合、そういう勘違いの下で白熱した戦いを見せた結果、何故かカタナだけが怒られる結果に終わったのは随分前の話。
ケンリュウの方は異国人で文化も違うからという理由だったが、カタナにとっては納得のいかない話だった。
「某にとって、貴殿との決着以外は興味のない事」
「興味ない、か。都合のいい言葉だなそれ……」
それだけ自分本位な事を言われては、何を言っても無駄になってしまう。ルベルトがケンリュウに対してだけは、小言を引っ込める理由がよく解る。
「それなら俺も、あんたのとの決着には興味ない。引き分けが嫌ならあんたの勝ちで良いだろ」
「……ならぬ」
ヒュン
突然の風を切る音、そしてカタナの首に止められた刃。凄まじく速い抜き打ちは、ケンリュウの技量とその身を覆う霊光によるもの。
おそらく駆身魔法の類だろう、ケンリュウの国にも魔法の概念はあるのか、それともこの大陸で習得したのかは知らないが、その練度はさるものがある。
「某が欲しいのは、勝利では無く、決着。勘違いめされるな……」
ケンリュウが抜き放ったのは、刀と呼ばれる異国の剣。独特の反りがあり、それによって切断する事に特化している武器。
何の因果か、自分と同じ名を持つその武器をつきつけられ、そして凄まれたカタナは、本当にこの状況をどうするべきか悩んでいた。
(……どいつもこいつも、俺の昼寝をそんなに邪魔したいのか?)
他人と関わらないように過ごしているつもりなのに、どういう訳か次々と絡んでくる者が居る。
それが全て、カタナが自分でまいた種だとは思いたくなかった。
(そもそも聖騎士会議なんてもののせいでこうなってるんだ。やはりサボるべきだった)
今更ながらに後悔したカタナは、大きく一息吐き出して覚悟を決めた。
「……しょうがない。相手してやるよ」
そう言ってカタナが軽く顎をしゃくり上げると、ケンリュウは意図を承知して刀を一度鞘に納めた。流石に首筋に刃をつきつけたまま、殺し合いを始めるほど問答無用では無かったのは幸いだった。ケンリュウが望んでいるのはしっかりとした決着なので、当然といえば当然だが。
「では尋常に……」
数歩下がったケンリュウは、片膝を地面につき、左手で鞘に右手で刀の柄を持って、納刀したままの状態で構えた。
それが『居合』という、ケンリュウにとって本気の構えである事を、カタナは知っている。そして構えている一刀は、紛れもない真剣。ケンリュウはもう一つ腰に鞘を帯びているが、その中は空なのでそちらは気にしなくてもいい。
「……勝負!!」
殺る気に満ちた眼差しで、猛るケンリュウ。一瞬で殺気を漲らせ、そして圧倒的なまでの圧力をカタナに向けた。
そしてそれが陰るのもまた、一瞬。
「相手といっても、鬼ごっこのだがな……」
ケンリュウとは真逆の方向に全力で走り出すカタナは、魔元生命体として人の限界値以上まで高められた身体能力を、遺憾無く発揮して逃げ出していたのだ。
こういう場合の逃げ足の速さは、誰よりも信頼があるとカタナは自負している。
「……」
追いつくのは無理と判断したのか、ケンリュウは追いかけてこなかった。だが鬼のように睨むその形相は、次に会った時にどうなるかがカタナには容易に想像できた。
(まあ、それも含めて何時でも何処までも逃げてやる……)
普段誰にも見せないような、この上ないくらい全力で逃げ出したカタナ。それでもまだ昼寝する事だけは、諦めていなかったという。