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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第二章 誰が為の騎士
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二章第二話 聖騎士の会議

11/25誤字修正

 聖騎士というものは、役職では無く称号。元は王国に見られた風習で、民衆に支持された騎士を取り立てて、王の威厳を保つためのものだった。

 騎士は聖騎士として王に更なる忠誠を誓い、そして民衆は聖騎士という誇り高い存在の上に、更に高貴な王という存在がある事を再確認する。

 古くは政の一環として見られていたものだが、現在のミルド協会騎士団では少し扱いが違う。

 君主制ではないミルド共和国には威厳を保つべき王は存在しない。政治は国民に選ばれた議会によって行われ、代表者も存在しているが、騎士団が存在するのはあくまで国民を守る為である。

 だから本来は聖騎士などという仰々しい称号は必要ではない筈だった、勲功を上げた者には相応の役職に就けさせればいい、普通はそうするのが望ましいのだ。

 だが、そこに集まった面々を眺めながら、そういう『例外』の為の称号も必要なのだとカタナは実感した。

 協会騎士団本部にある会議室、そこでは現在『聖騎士会議』が開かれていた。

 それは役職がバラバラである、聖騎士の称号を持つ者が一堂に集まり。別の視点別の立場からの、対等な意見を交わす場として始まったもの。

 だからこそ、カタナから見てもかなり濃い面々がその場には揃っていた。


 まず、円卓のもっとも上座に座っているのが、副騎士団長のルベルト・ベッケンバウワー。『鉄血騎士』とも呼ばれ、誰よりも厳しく、誰よりも騎士としての職務に誇りを持っている男。彼の鬼のような訓練によって、協会騎士団は高い練度を保っている。

「ではこれより聖騎士会議を始める」

 そしてルベルトがこの場を取り仕切るのもお約束であった。役職としても年齢としても、もっとも高い位置に居るのだから、だれも異論は挟まない。

「……来ていない者も居るようだが?」

 重苦しい声で質問を挟んだのは、ルベルトの右隣に座る、東部防衛司令官のグラクリフト。

 常在戦場を体現するかのように、常に全身装具を身に纏う巨漢。魔獣で溢れている東部の未開拓地域から、共和国を常に守り続けている盾とも言える存在。五十年間戦争の無い現在の大陸において、実戦をもっとも多く経験しているのは彼の部隊だろう。その威容と存在感は凄まじく、兜で素顔を隠している事もあり、グラクリフトの事を『城塞騎士』と畏敬の念を込めて呼ぶものも多い。

「揃わないのはいつもの事だろ、残りの奴はどうせ来ないからさっさと始めようぜ」

 そう急かすように言う女性の声は、竜騎長にして協会騎士団ただ一人の『聖竜騎士』であるシュプローネ。彼女の束ねる竜騎士隊五百騎は、大陸唯一の空軍であり快速、最速を誇る。

飛竜を駆る為に絞られた細身の体系と、元々の小柄さから想像は難しいが、陸においてもシュプローネは、長槍を持てば右に出る者はいないと言われるほどの豪傑と言われている。

 以上のルベルト、グラクリフト、シュプローネは、誰もが認める聖騎士の称号に相応しい者達であり。協会騎士団が大陸最強と目される由縁も、ほぼこの三名の功績によるものであった。

 ここまでは実力、人格、功績の聖騎士に必要なものが揃っている人材。

それがしも同意する。元よりこの会議には興味も無いのでな、早く終わるにこした事は無い」

 わざわざ言わなくてもいいこと言って、ルベルトのこめかみにシワを寄せさせたのがケンリュウ・フジワラ。

 王国でも帝国でもない、大陸の外の異国からやってきた者。和服という異国の民族衣装を纏い、魔人を思わせる黒い髪と黒い瞳を持つ、騎士という言葉が一番似合わない騎士。ケンリュウ自身も自らを騎士では無く『武士』と称し、騎士団内部ではカタナ並みに浮いた存在である。

「そうそう、どうせ後の二人は、一度も姿を見せたことが無いクソ女と偏屈ジジイだし、居ても居なくても変わらないよ。僕としてはカタナが居るだけで充分さ、むしろ他の奴が邪魔」

 そして更に、ルベルトの額に青筋を浮き上がらせたのがランスロー。

 白馬が似合うような美形だが、その内面は正反対なまでに不安定で、計り知れないものを抱えている。

 カタナもよく解っていないのだが、聖騎士になりたての頃にランスローと少しだけ話す機会があり、その時に何を間違えたのか親友の認定をされてしまっていた。

 調子が狂うほどに友好的で、カタナにとって害は無いようなので大抵は放っておいているが、今日のカトリ・デアトリスとの衝突は予想外であった。

(……ランスローが女嫌いなのは知っていたが、まさかあれほど酷いとはな)

 しかし、その実力は騎士団長の折り紙付きらしく、三年前に王国の魔人部隊を帝国特務と協会騎士団で壊滅させた、所謂『オルトロスの戦い』で功績を認められ聖騎士の称号を得ている。

 その時にランスローについた異名が『無血騎士』。どれほど激しい戦いの中でも、傷一つ負わなかったという逸話は、同じ場所で戦っていた騎士達が今でも語り継いでいた。

 このランスロー、ケンリュウ、そして自分自身を鑑みて、カタナは聖騎士という称号について思う事が一つあった。

(要職に就けたくない者が功績を上げた時に、そうさせない為の折り合い案として、聖騎士なんて称号が存在してるのかもな……)

 穿った見方だが、実際この場でその例が半分も見られる。むしろ要職にもついているルベルト達に聖騎士の称号を与えているのが、それを誤魔化す為の工作にさえ思えてきた。

(……まあ、だからといって。俺は気にしないが)

 元々聖騎士の称号なんて要らないし、面倒の種としかカタナは思っていない。

「おいカタナ! 貴様はさっきから聞いているのか!!」

 まるでケンリュウとランスローで溜まった鬱憤を晴らすかのように、ルベルトの怒号がカタナに向かって放たれた。

「……聞いている。あいにくと、俺は年寄りの話は、聞くようにしてるんだ」

 堅物のルベルトとカタナのそりが合わないのは、両者ともに認めている事であるが、八つ当たりに使われるのは勘弁願いたい。

「き、貴様あああああああああああ!!」

 火に油を注ぐように言ったのは、もうここに居るのが心底面倒になったから。ルベルトを怒らせれば、あわよくば追い出してくれるかもしれない、という期待があったからだった。

 しかしそのカタナの期待は、グラクリフトの重い一声によってかき消される。

「……落ち着けルベルト。お前がそんなでは話が進まぬ」

「う、し、失礼した」

 長年の同輩に窘められ、ルベルトは冷静さを取り戻していく。流石に実戦を多く経験しているだけあって、グラクリフトの動じなさは大したものだった。

「――では議題に移ろう、解っていると思うが、先のゼニスで起こった一件についてだ……」

 落ち着いたルベルトがようやく会議を進行する。いつもは議題も無く、大体は本部のルベルトと前線のグラクリフトの現状報告で終わるので、これは珍しい事である。

「その中で一番の重要事項は、魔界から魔竜が召喚された事だ。この五十年、我らが勇者が施した封印で、異界との繋がりは閉ざされていた。それが破られたという事の意味と、危険さは解っているな?」

 ルベルトは要点を話し、確認するように見回す、当然ながらそれはもう皆が知っている事で、疑問を呈するものはいない。

「魔人、魔獣、魔竜の様な危険な存在が、異界からなだれ込んでくる恐れもあるのだ。そして各地に潜伏している魔人達、これが今の混乱の中動き出す心配もある」

「……兵の中にも浮足立っている者が多い、今までは目の前の害敵と戦っていれば良かったのが、見えないものにまで気を張っている様子だ」

 前線を預かるグラクリフトは、何よりそれを案じている様だ。

「それに協会騎士団はそのほとんどが勇者信者だろ、協会の偏った教えのせいでもあるけど、勇者の力は絶対だと思っている奴らも多いからな。態度に出していなくてもショックを受けている奴も多いみたいだぜ」

 シュプローネも、見聞きした事を付け足していく。

「……なるほど、当分は士気の回復に努めなければならないな。いざ何か起こった時に戦えないのでは話にならん」

「何か起こってからでは遅いんじゃないかな」

 そう言ったのはランスロー、どこか不敵に笑いながら、静かな美声を上げた。

「……そうは言うが、王国も帝国も今のところは動く気配がない。潜伏していると思われる魔人達が動き出さない限り、我々には対処するすべは無いだろう。それとも何かいい案でもあるのか?」

 少しだけ小馬鹿にした言い方で、ルベルトはランスローに問う。その見る目も、忌々しげである。

 グラクリフトの顔は兜で隠されているのでわからないが、シュプローネは少し呆れた様子で二人を見ており、ケンリュウはずっと口を結んで瞑目したまま。

 カタナは何となくこの先の展開が読めて、このまま帰りたくなった。

「案ならあるさ。王国でも帝国でも、どこでもいいから戦争を挑めばいい」

「……何だと?」

 ランスローのその突拍子もない発言にいち早く反応したのは、意外な事にその重い声を響かせたグラクリフトだった 。

「……お前は何を言っているのか解っているのか? 共和国はその二国に、かつての様な戦争を起こさせない為に存在しているのだ。それを破り、こちらから戦争を仕掛けるなど、言語道断だ」

「戦争を起こさせない? じゃあこのまま、じっとしていれば戦争は起こらないんだね? 潜伏している可能性のある魔人達も、ずっと大人しくしてくれるんだね?」

「……それは」

「今は行動を起こす時か、またはその為の準備を進める時だと思うよ。現状維持なんて、甘い事を言っていると、王国の女狐や帝国の獅子にこの国ごと食われかねない」

「……馬鹿な、かの二国もそのリスクは解っている筈だ。最初に動けば漁夫の利を取られる、それが解らぬほど愚かな君主ではあるまい」

「確かに国力は拮抗しているから、どちらも簡単には考えないだろうね。でも考えてみてほしいな、王国はこれまでに異世界の力に頼った事が二度もあるんだよ」

 ランスローの指摘は正しい。帝国はともかくとして、王国は現在の情勢で最も危険な存在と言える。

「まず五十年前の大戦で、勇者ミルドレットを担ぎ上げたのは王国だよね。遺跡から発掘された古代兵器の聖剣を使って、異世界から勇者を呼び寄せた。まあ、そのおかげで魔人の撃退に成功して、この五十年の平和があったのだし、このミルド共和国が生まれるきっかけとなったんだから、それはそれでいいさ。でも三年前に大戦の生き残りの魔人を集めて、自国の兵力にしようとした事、これはとても危険な事だよ」

 魔人のみで構成された『オルトロス部隊』。王国は否定してるが、調べによれば関与していた事は間違いない。それは既に協会騎士団と帝国特務が壊滅させているが、王国がまた同じことを考えないとは限らないのだ。

「もしかしたら、今度は魔界の兵力を自国のものする、とか考えてるかもしれない。だいたい五十年前の大戦だって、王国が何かの実験で失敗した事がきっかけだったって説もあるくらいだ、放っておけば過去の二の舞になんてこともあるかもね」

 ランスローの軽い口調は、時に大きく不安を煽る。まるで人が普段見ないように、考えないようにしている事実を、さらけ出させるように。

「さっき戦争を挑め、なんて言ったのは、魔界だとか異世界に誰かが頼ろうとする前に、そういう余地を無くせばいいと思ったのさ。僕にとっちゃ王国でも帝国でも、人がこの大陸の覇権を握るのならそれでもいい、魔人なんてよく解らないものに蹂躙されるよりかはさ」

「……異世界の脅威に対抗するために、人を一国の意志の元に集めて対抗するという事か」

「互いに睨み合っているから足元が見えない。だから死角に入りこまれて、ゼニスの様な事になるんだ。だったらいっそ、全面戦争で白黒つけるべきだと思うな」

「……だが、そうしたとして、それで追い詰められた国が。早まった行動に出る事があるかもしれんぞ」

「ああ、確かにそうだ。流石はグラクリフト、視野が広い」

 ランスローはグラクリフトの言葉にあっさりと納得して、感心してるのか馬鹿にしてるのか判断し難い言葉を吐く。

 ランスローがまともそうな事を言う時はかなり性質が悪い。不安を煽るような事を言って会議を荒し、そして明確な答えが出る前にあっさり退く。

 それがそのまま、この場では答えの出ない状況につながってしまうのが余計に性質が悪かった。

「……」

「……」

 結果、微妙な空気のまま皆が無言になる。

 そしてこういう時に、もう一つ決まった流れが出来上がっている事を、カタナは良く知っている。

「なあカタナ、アンタはどう思うんだい?」

 シュプローネが意見を求めてくる。ルベルトじゃなかっただけ気分はマシだが、それが無茶な振りである事はかわりない。

「さあな、どのみちこの会議で答えを出したとしても、騎士団を動かせるわけじゃないだろ。結局は議会や重役が話し合って決める事だ」

 結果カタナは、当たり障りのないところに逃げる。それで済めば楽だが、生憎とこの場に居る者はそれほど優しくはなかった。

「いや、貴様の意見も聞かせろ。この会議の方針を議会や重役に伝えるのも私の義務だ。考えがあるのなら遠慮せずに言え」

 偉そうに余計な事を言うルベルト。こういう時に、進行役というのは逃げ場があって楽そうだ。

 いっそのことこの場を出ていくか、その後の面倒を考えて、カタナは嘆息しながら口を開く。

「……現状維持で満足いかないなら、いざという時の為に準備は進めるべきだろう。国内で言えば、貴族の私兵や各地域の自警団に協力を取りつけておき、国外は帝国と王国の間諜を増やして動向を探らせるとか、あるいはどちらか一国と同盟を結ぶとかな。出来るかどうかは知らんが、とりあえず俺が思いつくのはこれくらいだ」

 思いつく限りのまっとうな意見。もっと適当を言ってもいいが、それだとルベルトに馬鹿にされるという屈辱が待っているので、それは嫌だった。

「流石はカタナだ、君のその意見は、この国を輝かしい未来にきっと導いてくれるよ」

 だが代わりのランスローの合いの手が、かなり鬱陶しい。大したことは言ってないのに、大袈裟に言われることほど恥ずかしい事は無い。それが馬鹿にして言っているのなら、殴ってやったり出来るのだが、本気で言っているので尚更性質が悪い。

「ふん、貴様にしてはまともな意見だな。まあ誰にでも思いつくことだが」

 偉そうにそう言うルベルトにはいつか本気で殴ってやりたい。そもそもそれなら最初からお前がまとめろよ。

「いやいや、アタシには全然思いつかなかったぜ。やっぱりこういう話し合いより、体使う方が性に合ってるわ」

 シュプローネのそれはそれで、竜騎士隊が大丈夫なのか心配になってくる。

「……」

「……」

 グラクリフトとケンリュウは何も言わない。異論は無いという事なのだろうか。

「今後の対策についてはそんなところか……次はカタナ、貴様がゼニスの一件で起こした不始末についてだ」

(……やはりきたか)

 気のせいでなければルベルトが先程よりも、活き活きしているように見える。終わった事を蒸し返すなとは言わないが、副騎士団長のそういう器の小さい所がカタナは嫌いだった。

巨無ドレッドノートの存在を、帝国の者に知られたそうだな?」

「……ああ」

 ゼニスでの一件については、カトリ・デアトリスが戦術魔法を発現させた事を除き、全て報告済みである。

 だからこの場でそれを指摘される事は解りきっていた。

「協会騎士団が魔術武装を所持しているのは、異世界の脅威に対抗する時の為。本来はこの世に存在してはいけない物を、必要悪として所持しているのだ。それは本来誰にも知られてはならない」

 解っている事をくどくどと言われるのは腹立たしいが、失策と解っていた事をあえて行ったのはカタナだ。これは甘んじて受けねばならない事。

「確かに魔竜に対抗するために使う事になったのは、止むを得ない事だ。それに貴様の聖騎士としての判断を尊重して、こちらも使用を承認した。使った事については貴様に非は無い、だが外部に漏れてしまった事の非は貴様にある、それは解っているな」

「……ああ」

 カタナ個人に対してだけでなく、この場で説教をする理由もちゃんとある。これは一応、他の聖騎士に対しても言える事なのだ。

「ならば、今一度悔い改めよ。そして聖騎士としての責任を忘れるな」

 そう言って、ルベルトは満足したように周囲を見回した。

「――では次の議題に移る」

 そうして聖騎士会議は進む。

 予定調和のように滞りを見せながら。

 


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