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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
39/141

章間 ???と???

 一つの卓と二つの椅子、その場には二人の人物だけが居た。

 一人は初老と思われる男。伸ばされた背筋と折り目正しい態度は生真面目な印象を与えるが、温厚そうな表情がそれを和らげている。

 そして向かい合うのは幼い外見の女。卓の上に片肘を付き、高い椅子のせいで浮いた足をブラブラさせていたりして、正面の男とは正反対な程に落ち着きも礼節も持ち合わせていない。

 そんな二人だけが向かい合う空間、ここで交わる話もその二人のみが知る事。他の誰も知らない事。

「まずは先に礼を述べさせていただきます。貴方のおかげで狙い通りに事が運びました、本当にありがとうございます」

 男がそう述べると、女は首を横に振った。

「礼には及ばないよ。働きに見合った対価は先に貰ってるんだから、あたしがそれに応えるのは当然の事じゃん」

「そうかもしれませんが、狭い条件の中思惑通りに事を動かすのは、骨が折れたでしょう? 私にはそれに報いる義務があると思うのですよ。勿論、言葉だけでなく形としても」

 それを聞くと、女は目を輝かせた。

「追加の報酬を期待していいって事かな?」

「もちろんですよ。今後の働きを期待する意味も込めて、ですがね」

「どうかなあ? あたしは受けた仕事は手を抜かない。だからそれが、今以上を求めてるって意味なら難しいよ」

「それは承知しています。これはいわば、貴方を手元に置いておくための、機嫌取りの様なものです。これからも貴方にしかできない事を頼むのは、どんどん多くなりそうですから」

「ああ、そういう意味なら効果はあるね。流石は年の功って訳だ」

 女は褒めたつもりだったのだが、その一言は男の表情を少し硬くした。年齢について触れる事を言うべきでは無かったようだ。

「……ともかく良くやってくれました。これでまずは一つ目の予言の成就が成り立ち、時代の波が動き出してくれました」

「予言ねえ、『巫女』だっけ? たしか勇者と駆け落ちしたとか言う魔人が残したものでしょ? 色々とあたしが手を尽くしたのは、それを都合よく実現させる為なんだよね」

「そうです。黒の予言の第一幕『獣が世界を蹂躙する』、魔竜によってゼニスが崩壊した今回の一件はその為の出来事です」

「街一つでもそこに住む人の主観からすれば、世界そのものが蹂躙された事に等しい……だっけ? 屁理屈っぽいけど、否定はできないよね」

「ゼニスの市民の多くにとっては不幸な結果でしょうが、止むを得なかった事です」

「まあ本当に世界を蹂躙されるわけにはいかないし、出来得る限りの最善ではあったんだと思うよ」

 だが、本当の最善は別にあったという事を両者とも知っている。

「そうですね、こちらも予言の成就は望む事ではありましたから、予言そのものを阻止するわけにはいかない。そう考えた結果の最小限度の被害ですから」

 その気になれば両者とも、予言を覆せる位置に居た。魔竜の召喚を阻み、魔人の存在を隠し、異界と繋がったこの世界の見えざる危機を、衆目に晒す事も無かった。

 しかしそれでは変わらない。人々は見えざる危機に気付かずに、偽りの平和の中で安穏と暮らし、いずれ手遅れになった後でそれに気づく。

 それでは駄目だった。

「巫女は人と魔人に同じ予言を残しました、しかしその意味は全く同じではありません。演劇の趣が、それを演じる者と観る者それぞれによって変わるように、人と魔人が求める真逆の未来は、違う結果を奪い合う」

「そうだね、でも予言云々は関係ないとあたしは思うけどね。結局はうまく立ち回った方が、望んだ結果を手に出来るってだけなんだからさ」

「……そうかもしれませんね。固定概念に拘りすぎるのも良くない、貴方にはこれからも自由な発想で私を助けてもらいたい」

「もちろん、貰うものは貰っているからね、その分の働きはしっかりするつもりだよ」

「それは有難い。ところで、一つだけ聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 男がそう問いかけると、女は首肯した。その表情から、なんとなく何を聞かれるのか解っている様子だ。

「貴方の目から見て、『凶星』は何か変わりましたか?」

「どうだろうね。見て解る様な、めぼしい変化はなさそうだけど、今回の一件はそれなりに堪えた様子だったよ」

「そうですか、それなら及第点です。今回の事は彼に敗北を知ってもらう為の、良い機会でもありましたから。何か一つでも成長を促す要素があったのなら幸いです」

「まあ元が元だからね、劇的な変化は無いだろうけどさ。それについては、あたしは基本ノータッチだし」

「その割には、細かく手を回しているようですが?」

「あたしは、これでも結構細かい性格なんだよ? 指定されている事以外は自由にやってい良いって約束だし、趣味でやっている事にケチを付けられる所以は無いよ」

「ふむ、なるほど。まあ、こちらの仕事に支障が出ないのなら構いません。では引き続き、指示があるまでは対象の監視をよろしくお願いします」

「あいよ、そんじゃね」

 そう言って、女は男の前から居なくなる。用が済めばすぐに消えるのは、いつも通りの事で、それだけ両者の関係が淡白である事を如実に表していた。



 一人その場に残った男は、卓の上に乗っていたグラスを、思い出したように手に取った。

「……これから、か」

 男はグラスを揺らし、その中の水面を覗きながら、独りごちる。

 その瞳は、揺れる水面を通して、彼の過去を覗いていた。

「レット、バシリコフ、私は私のやり方でこの世界を守っていくつもりだ。君達は認めないかもしれないが、もう私にも時間が無くてな」

 かつて男の隣に居た、誰よりも頼りになった仲間達を思い出しながら、男はその残照と決別する。

「……私は君達ほど、他人を信じる事が出来ない。この世界の命運を次の世代に託す事は、私には出来ない」

 そう言って、男はグラスの中身を飲み干した。果実酒の甘みと、アルコールの熱さが咽を伝い、男はグラスを卓に戻す。

 もう過去の残照は消えていた。

 代わりに浮かんでくるのは、男が思い描く未来の道。そして、ある人物の顔。

「さて『凶星』、君はこれからどんな選択を取るのだろう……君が道化で終わるのか、それとも切り札になるのかは、その選択次第……」

 動き出した時代、歪んでいく世界、その中でかつての勇者のように、人々が求める存在に昇華するのか否か。

「……あまり悠長に待ってあげる事はできませんよ」

 期待と憂いを胸に秘め、男もまたその場を立ち去る。

 そしてその場には誰も居なくなった。


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