第三十二話 魔剣カタナとその周り
窓の外には、復興の兆しを見せ始めたゼニスの姿があった。
魔竜によって瓦礫の山となっていたゼニスは、以前の様な街とは呼べないまでも、少しずつ確かに元に戻りつつある。
復興作業に勤しむ人々の姿には活気があり。そこには貧富の差も、老いも若きも無いように思え、皆それだけの思いをゼニスという場所に持っていたのが窺える。
そんなベッドの上から見える窓の外の景色は、カタナにとってはあまりにも眩しいものだった。
(……本当に、逞しいな)
魔竜との戦いから三週間、カタナはそのほとんどを、無事だった建物に仮設された病院のベッドの上で過ごしていた。
全身に負った火傷や、それ以外の諸々の怪我によって、医者には全治一か月を言い渡された。しかし実際には三日で完治していたのだが、カタナはそのままずっと入院生活を送っている。
その理由は一つ。
「……面倒臭い」
カタナは、窓の外の景色を見つめながら呟いた。
なるべくその反対側にある机に、山積みされた書類を視界に納め無いように。
「………………いっそ、どこか遠い所に逃げるか」
そう思いながらも、実際に行動には移せない自分を不甲斐なく思いながら、カタナは精一杯の抵抗を行う。
すなわちサボる。
絶対に事態が好転しない選択だとは、過去の経験からも解りきっている事ではあるが、もはやその無駄な抵抗は癖になっていた。
「……寝るか」
最終的にはそこに落ち着くが、カタナが目を閉じると同時に、ドアを叩くノックの音が眠りを妨げた。
(誰だ?)
仮にも病室、ここにやってくるのは医者と看護師か見舞客くらいだが、前者も後者もカタナを入院患者と認める者はいない為、今はほとんど誰も来ない筈だった。
例外として、追加の書類を持ってくる誰かも存在しているが、それは極力考えたくはない。
そんなカタナの願望が叶ったのか、現れたのは予想外の人物だった。
「本当に来るとはな……」
現れたのは銀糸のような長い髪をなびかせ、不機嫌そうな渋面を張りつかせた美女。
帝国特務の風神だった。
「鋼から伝言があった筈だ。私は、貴方と違い適当な事は言わない」
「……まあ、そうだな。何にしても、遠路遙々ご苦労」
とりあえず来てしまったからには、迎える他ない。風神が何の用もなしに来るはずが無いし、ましてカタナの見舞いなどは考えられないので、面倒な予感しかしないが。
「これは見舞い品、ありきたりかもしれないが、どうぞ」
だから風神が果物の入ったバスケットを差し出してきた時、カタナは物凄く対応に困った。
「何か?」
「いや、まさかお前がそういう物を用意してくると思っていなかったからな」
絵面的にもかなり違和感があった。流石に風神も帝国特務の制服は着ていないが、私服が男装に見えるくらい女性らしさが無いので、バスケットが浮いているくらいだ。
「……もののついでで、深い意味は無い。病室を訪ねる見舞客が、手ぶらと言うのもおかしな話だと思ったので」
「……そうだな、お前はそういう奴だ」
「どういう意味か?」
「気にするな、ついでの見舞い品はありがたく貰っておく」
どうせならただの見舞いであって欲しかったというのが、心の片隅にあったのだが、やはりそう都合良くはいかないようだ。
「それで、何の用で来た?」
改めてカタナは風神にそう問いかける。その返答如何によっては、ここを全力で逃げ出す事も辞さない覚悟を決めながら。
「サイノメについて忠告を……貴方がどう思っているかは知らないが、奴を信用しない方が良い」
「……何かと思えばサイノメか、確かに帝国にとっては大犯罪者だが」
「いや、そういう事では無い。今回の事だけ見ても、奴には不可解な点が多すぎる。中心にいた貴方にどう見えていたのか解らないが、私から見れば奴は、そうだな……都合の良すぎる存在だ」
「……それは、俺にとってという意味か?」
「全体的に、というのが正しいかもしれない。帝国特務がこの件に巻き込まれたのも、魔人の計画も、魔竜の出現も、勿論貴方の行動も、サイノメが帳尻を合わせた様に私には思える」
「その見解は、帝国特務の風神としてのものか?」
「違う。ここに居る私は、帝国特務とは何の関係も無い。かつて世話になった先輩の見舞いに来た一個人に過ぎない」
どうやら風神はわざわざ休暇を使ってまで、こんなところに来ているようだ。
そう考えると、少しはもてなしてやろうと言う気にもなる。
「どうだ、林檎でも食わないか?」
「要らない。というかそれは私が買ってきたものだろう……」
にべも無く断られたカタナは、林檎にかぶりつきながら話を戻す。
「サイノメについては、俺も思わない事が無いわけじゃない。あいつの事は知らないことだらけだし、俺の知らない所で動いている事の方が多い」
「……そんな奴を、何故そばに置いておくのだ?」
風神の疑問は至極もっともだろう、誰だってそんな怪しい奴をそばに置いておきたいとは思わない。
だが、カタナがサイノメと共に居る理由はちゃんとある。
「サイノメにはどうしても探してもらいたい奴がいる。俺がサイノメと契約してるのもそれが理由だ」
カタナがそれだけ言うと、風神はピンときたようだった。
「それは以前に言っていた……魔元生命体の?」
「そうだ、俺と同じ場所で作られた同種の実験体。生きているかどうかは知らないが、それだけでも知りたい」
カタナにとっては兄弟とも言える存在。その行方は、魔元生命体の実験が凍結された事で解らなくなっている。
「……そういう事ならば、私が口を挟める事では無いか」
「まあ、忠告は有難く受け取っておく。他ならぬかつての後輩からの忠告だからな」
「どうかな、先輩は甘いから。いつも通りに接するのだろう?」
「かもな」
その時、なんとなく時間が戻ったような気がした。
カタナと風神が、魔剣と風神であり、そして先輩と後輩だった二年前に。
その懐かしさは、風神が踵を返した事ですぐに消え去ってしまった。
「もう行くのか?」
「私はこれでも忙しい身なのだ」
「それじゃなんで、休暇取ってまでこんなところまで来たんだ?」
大した用があったわけでも無く、サイノメについて忠告した程度。わざわざ帝国からこんな辺鄙な場所まで来るには薄い理由だと思える。
「私が休暇をどう過ごそうが、私の勝手だろう?」
なぜか風神が物凄い剣幕になった。疑問を呈しただけだったのだが、何が気に障ったのだろうか。
「ストレス溜まっているなら愚痴でも聞いてやるぞ? あの鋼とかいう奴の世話も大変そうだしな」
「……そんな事で帝国特務の内情を晒すようなヘマはしない」
若干考えたあたり、風神も色々とため込んでそうだが、結局はそういう固い返事が返ってきた。
(まったく、もう少し肩の力抜いてもいいだろうに……)
風神のそういう所は相変わらずで、カタナとしては嬉しくもあり、心配な事でもある。
「まあ、また暇になったら来ても良いぞ。なんなら今度は、サイノメに茶でも淹れさせようか」
本当は風神の立場を思えば、もう会わない方が良い。今までがそうだったのだが、それが一度破られてしまったからか、幾分適当な事をカタナは言ってしまった。
「奴の淹れた茶など死んでも飲まん。それに次ぎ会う時には敵同士かもしれないのだ、それを努々忘れぬよう」
風神は背を向けたままそう告げた。その言葉には確かな決別の意志が滲んでいる。
しかしカタナはそれを否定する。
「俺はお前の敵にはならない。たとえお前が俺を敵だと思っていたとしても、俺は絶対にお前をそう思う事は無い。それだけは確かだ」
その時が来てしまったら、きっとカタナは潔い選択をするだろうが、その中に風神を傷つけるという選択肢は全くない。
「……やはり、貴方は甘すぎる」
深々と溜息を吐いた風神はそう言い残し、カタナの病室を後にした。
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「隊長、大変です!!」
風神が去ってカタナ一人になった病室に、今度は軽すぎる来訪者が、騒ぎながら入ってきた。
その人物は魔竜との戦いで片目と片足を失い、現在は義足をつけてリハビリに励んでいる、カタナの副官のヤーコフだった。
「……お前の『大変です』はもういい。どうせ何を言うのか想像がつく」
ヤーコフがそう言って本当に大変だった試しがない。大体が下らない事であった。
しかもその中の大半が、女の事であったという事で、次にヤーコフが何を言うのかカタナには解りきっていた。
「いやいや! 今日は凄いっすよ! なんとさっき、この病院の廊下で、超が百個は付くような銀髪の美人とすれ違ったんです!!」
想像通り。むしろそれが行き過ぎて、ヤーコフの事が哀れにすら思えた。
「……あれだろ、滅茶苦茶不機嫌そうな顔してる奴だろ?」
面倒だったが、哀れで仕方が無かったので話題には乗ってやることにする。
「え? いや、ニコニコして上機嫌そうでしたけど? 話しかけたりはできなかったので詳しくは知らないっすけど」
「上機嫌?」
てっきり風神の事だと思っていたが、違うのかもしれない。なにせ風神がニコニコしてる所なんて見た事も無いから、カタナには想像もできなかった。
どちらにしても、ヤーコフのように騒ぐことではないと思ったが。
「いやでも凄い美人でしたよ! 背も高かったし、格好いい感じだったっす! 何なら隊長も一緒に見に行きませんか?」
「いかねえよ。大体な、もうすぐ結婚する奴がそんな事言ってていいのか?」
あまりにもヤーコフが鬱陶しいので、カタナはもっとも堪えるであろう台詞で指摘する。
すると、見る見るうちにヤーコフは勢いを萎えさせた。
「……それは言わないで欲しかったっす。せめてもう少し独身の気分を、味わいたかっただけっすのに」
「結婚が嫌なのか?」
「そんな訳ないっす。でもこういう事が大っぴらに言えなくなるのは、寂しいっすね」
到底理解できない感情だが、そういうものらしい。ハーレムを形成していた男はさすが言う事が違う。
ちなみにヤーコフが結婚する相手は一人だ。間違っても重婚だったりはしない。それに伴ってゴタゴタもあったようだが、ヤーコフが一発づつビンタを貰っただけで収まったのは、ある意味人徳と言えるのかもしれない。
「……寂しい、か。まあそういう事なら、今日は女性観について語らってやってもいいか」
「え? 隊長が!? まじっすか!! とうとうこの日が来た!! 是非是非、語らいましょう!!」
何がそんなに嬉しいのか、異様な高まりを見せるヤーコフ。
だが、もう少し冷静であったなら、カタナが見せた表情の違和感に気付きもしただろう。
「じゃあ場所を変えるぞ。どうせならもっとゆっくり出来る場所で、語らいたいからな」
そう言ってヤーコフを連れ出したカタナの顔は、ここぞとばかりに悪い顔をしていた。
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「ゆ、ゆっくり出来る場所ってここっすか?」
青ざめたヤーコフの視線の先には喫茶店の看板があった。
書いてあるのは『コシーロ』という文字。その店の店主に聞いたところ、故郷の古い言葉を使って、店にそう名づけたという事だった。
だがそこは、カタナの主観で言えば喫茶店と言うよりは屋台という言葉が当てはまる。
屋外形式と言えば聞こえはいいが、悪く言えば野ざらしのイスとテーブル。魔竜の出現で店が無くなった事で、カタナの行き付けの喫茶店はその姿を大きく変えた。
しかし、変わったのは見た目だけ。
「よう、常連様が来たぞ」
テーブルを拭いていたウエイトレスにカタナが声をかけると、その女は全く振り向きもしなかった。
「……らっしゃっせー」
そして物凄くやる気の無い声で、挨拶する。迎える気持ちが欠片も見られない挨拶だった。正直そう言う所は少しは変わってもいいと、カタナは思う。
「ヤーコフも一緒だぞ」
「え!? 嘘!? あら、嫌だ私ったら。ようこそコシーロへ、本日もご来店ありがとうございます」
一転して、滅茶苦茶良い笑顔と、滅茶苦茶良い声で、滅茶苦茶良い礼を見せる。
(こいつ……本当に俺以外にはしっかり接客してるんだな)
カタナに対する態度が態度だけに、他の客にちゃんと接客しているのか少しだけ心配だったが、無事にそれが払拭された。
それはともかく……殴りたい。とりあえずヤーコフを。
「ど、どうもリーネちゃん。久しぶりっすかね?」
「そ、そうですね。二日ぶりくらい? あ、こちらの席へど、どうぞ」
しかし、何と言うか、ギクシャクするウエイトレスのリーネとヤーコフの姿を見て、カタナの衝動は収まった。
(いつみても初々しいな……意識しすぎだろ)
結婚というものがどういうものか、カタナには解らないが、とりあえず当事者を眺める分には面白いという事だけは、確かだった。
まあ、サイノメが言うには、初々しいのはリーネが本性を隠している最初の内だけで、その内ヤーコフが尻に敷かれつつも、円満な家庭を築くという未来が想像できるらしい。
それはそれでまた見物だと、カタナの密かな楽しみになっていた。
「よし、じゃあヤーコフ始めようか。女性観の……」
だがその前に、カタナが結婚の障害になろうとしていた。
「わああああああ!? 隊長ストップ!! ここでだけは勘弁して下さいっす!! 後生ですから!! ……そうだ!! リーネちゃん、もうすぐ休憩の時間っすよね!! 良かったら僕と一緒に、二人でお昼食べませんか!?」
「え、あ、はい喜んで」
普段と違い押しの強いヤーコフに、リーネは少し戸惑った様子だが、嬉しそうに承諾した。
「やったー!! よし、じゃあすぐに行きましょう。ここから一刻も早く離れましょう」
そう言って、ヤーコフはリーネの手を引いて足早に逃げて行った。一応二人の最初の障害はそれで脱した事になる。
「……もう少し機転が利くかと思ったが、あいつも結構力技だな」
「そうですね。できればもう少しこの場で粘って欲しかったところです」
カタナの独り言に答えたのは、この喫茶店の店主で、皆からはマスターと呼ばれている初老の男性だった。
「いらっしゃいませカタナ様。御注文はいつもの通りでよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
注文にそう答えると、既にマスターはカップを一つ手に持っていて、それをカタナの前に差し出した。
マスターのオリジナルブレンドコーヒー。カタナがそれを一口啜ると、苦みの中にほのかな甘みが広がった。
「……うまい」
カタナの味覚に合わせたマスター渾身の一作。唸らせるには充分な味だった。
「苦労しました、苦すぎても甘すぎても駄目。砂糖の量もミリグラム単位で調整して完成させましたから」
さすがにそこまでしなくてもいいだろとは思っていたが、マスターにもコーヒーに掛ける情熱と誇りがあるらしく、かつてカタナが言ってしまった、何気ない一言で火がついてしまった結果だった。
「ありがとう、マスター」
「礼には及びません。お客様に最高の御持て成しをするのが当店の理念ですから」
「……コーヒーの事だけじゃない。もう一度店を開く決心をしてくれたことだ」
「いえ、それこそこちらから、カタナ様にお礼を述べたいくらいです。こうしてもう一度店をやり直す決心がついたのは、カタナ様の言葉があったからです」
それこそ、マスターの情熱があったからこそやり直せた訳で、カタナは何一つとして手伝った訳でも無い。
「俺はただ我儘を言っただけだ」
「そういう事にしておきましょうか」
そう言ってマスターはカウンターに戻って行った。客は多くないが、ヤーコフがウエイトレスを連れて行ってしまったため、手は空いていないようだ。
もう少し日が傾いてくると、この場所はゼニスの復興作業に勤しむ者達の休憩所となる。
とりあえずそれまでは、ここでゆっくりしていようと、カタナはコーヒーをもう一口、口に運んだ。
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カタナが自分の病室に戻ってみると、相も変わらず机には書類が山積みになっている。
だが少しだけ減っていた。今も机に向かってせっせと書類の処理をする、どう見ても幼い少女にしか見えない成人女性の姿がある。
「お帰りシャチョー、シャバの空気はうまかったかい?」
サイノメは凄いスピードで書類を減らしながら、そんな軽口でカタナを出迎えた。
「犯罪者のお前が言うと、冗談には聞こえないな」
「はは、確かにね」
「……珍しいな、お前が自分から俺の仕事に手を付けるなんて」
普段ならカタナが頼んでも嫌々やるという感じなのに、サイノメが進んで行うというのが妙な感じがした。
「いよいよ明日だから。シャチョーがこの街に未練を残さないように、一肌脱いだってわけさ」
「……なるほどな」
「置き土産にしても、これは酷いしさ」
サイノメ以外誰も知らない事だが、カタナは明日ゼニスを発つ。
今回の事は共和国と協会騎士団に動揺をもたらし、今後の対策を決める為に、カタナも聖騎士の立場として、共和国の首都にある協会本部に召集されている。
それに伴って今日付けで、ゼニスの駐屯部隊の隊長の任も、解かれる事になっていた。
「……そうだな、最後くらいは仕事を片付けておくのも悪くないか」
「おお、シャチョーがその気になるなんて、そっちの方が珍しいよ。何だか今日はご機嫌だね」
「まあな、適当に過ごそうかと思っていたが、今日は存外悪くない一日だった。それを締めくくるのに、らしくない事をするのも有りかと思ってな」
そう、ゼニスで過ごす最後の一日として、今日という日を忘れない為に。
「それじゃあ、ほい、半分頼むよ」
「馬鹿か。明日までなら、俺が出来るのは三分の一が精々だろが。量を考えろ」
「……何で手伝ってもらってる方が、偉そうなんだよ」
そう愚痴りながら、しっかりとカタナの方に三分の一の書類だけ出して、残りを片付けていくサイノメ。もはやそれが慣れきっている対応だ。
それがカタナとサイノメの通常運転。怠惰な契約主と世話焼きな情報屋の関係。
(……風神の言った事は、今は考える必要は無い)
思惑だとか、疑惑だとか、そんな事を考えて関係に亀裂を生じさせる必要は無い。
カタナはサイノメを信頼して、受け入れればいい。そうすればきっとこの関係は続くだろう。
(もし、それが失敗だったとしても……災難を被るのは俺だけだしな)
そう考えると、いくらでも諦めがつくことだった。
「シャチョー、何か考え事かい? 手が止まってるよ」
「まあな、共和国の政治と経済の今後について、明確な目標を考えていた」
「……さらりとバレバレな嘘を真顔で吐かないでよ。一瞬だけシャチョーが真人間になったのかと期待しかけたじゃんか」
それに、こうやってカタナも本心を隠している。
何もかもさらけ出せるほど単純じゃない、それをお互いに理解しているからこそ、何かを隠している相手と共に居られるのだ。
それはきっと当たり前の事、これから結婚する人間だってそうなのだから、それはおかしい事じゃない筈だ。
そしてカタナの視線は、部屋の隅に置かれている『ある物』に注がれた。
魔竜との戦いの場に残されていた物……カタナがカトリ・デアトリスから借り受けたままの、魔法剣・エーデルワイスだった。
(……さっさと取りに来いよ)
魔竜との一戦以降、カトリ・デアトリスとは一度も会っていない。サイノメから聞いた限り、帝国に戻ったそうだが。
(そんな場所、返そうにも、返しに行けるわけないだろう……)
嘆息しながら、カタナは黙々と目の前の書類の数を減らしていく。
それは元々、カトリに押し付けようとして、残してあったものだった。