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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
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第三十話 誰かの想いと戦術魔法

 視認可能なほど高密度な霊子が、複雑な幾何学模様を描いていく。

 それは『魔法陣』と呼ばれる、霊子を集めて魔法の能率を引き上げる為に行われる手法。

カトリ・デアトリスは両の手で二つ同時に魔法陣を描き、それぞれを別の法式で編んでいった。

 それが如何に難しい事か、魔法の知識はそれほど深くないカタナにもよく解っている。

 『魔法書』というものがどうして存在するのか、それはほとんどが魔法陣に関する複雑な法式を、使用者が忘れないでおくために記録したものだ。

 だがカトリ・デアトリスは、それを必要とせずに、自身の記憶だけで二つの魔法陣を構築していく。それが充分に驚異的な事だとは、その様を近くで見る者には誰だって理解できる事だった。

 問題はカトリ・デアトリスがその二つの魔法陣をどう使うのかであった。

「……その魔法陣は、『戦術魔法』を発現させるためのものなのか?」

 カタナの問いに、カトリは短く答えた。

「はい、簡易式ですが」

 返答が最低限だったのは集中を乱さない為なのだろう、だがそれだけではカタナが懸念する問題の解答にはならない。

「だが魔法の発現に必要な霊力はどうするつもりだ? 戦術魔法ともなると、充分な威力を発揮するのに、最低でも魔法士十人分の霊力が必要になるはずだが……」

 戦術魔法とは、それそのものが戦闘においての戦術になり得る程の威力・規模を持っている事が定義となる。前提条件として、人の軍隊の小隊以上に、影響を与えられる効果を持つ事が必要とみられることが多い。

 カタナが知る限りでは、カトリが魔法陣の力を借りても、戦術魔法に必要な霊力を賄えるとは到底思えなかった。

「はい、ですからその為には貴方の協力が必要不可欠です」

「俺の?」

 話の流れからして、足りない霊力分をカタナに補ってもらう、と言っているのは解った。 

 だがカタナには霊力というものが宿っていない。魔元心臓ダークマターと適合する為にそのように作られた。

 その事を伝えると、忙しなく動く手はそのままに首だけ振り、カトリは応える。

「その為の二つの魔法陣です。一つは戦術魔法を発現させる為、もう一つは魔力を霊力に転換する為のものです」

「――何?」

 それが如何に常識を外れた行いであるか、カタナの驚愕という行為で表された。

「……そんなものが存在する筈が無い。これまでの歴史がそう裏付ける」

 そう、魔人と人が手を取り合った歴史は無い。常に敵対していたこの大陸に、そんなものがある筈が無いのだ。

 しかしカトリはそれを否定する。

「確かに人と魔人は手を取り合った事がありません。だからこの法式は一方的な思いの元に生まれたものでしょう。五十年前の大戦の、忌むべき遺産と言えるのかもしれません」

「どういう事だ?」

「……この法式は、デアトリス家の書庫に隠されたていた魔法書で知ったものです。そこには人が、大戦中に捕らえた魔人をどのように扱っていたのかも記載がありました」

「……」

 濁すようなカトリの物言いは、それだけで想像を難しくないものにした。戦争において敗者が勝者にどう扱われるのか、知らないカタナでは無かった。

 そしてカタナも、自身が人として扱われなかった過去から、まるで他人事には思えない事でもある。

(……確かに、魔元心臓ダークマターなんてものがこの世に存在する事が、それを裏付けてもいるのか)

 深い所まではカトリも知らないのか、それ以上語る事は無かったが、カタナとしてもその話はそれで終わりにしたい。

「解った……だが、うまくいくのか?」

 新たに生まれた懸念は、カトリも案じているものであるようで、複雑な表情で応えた。

「……正直なところは、言い切る事ができません。何せ初めて行う事なので」

(やはりか、まあ当然だ。魔力を霊力に転換するには、まず魔力の供給元が必要だからな)

 それこそ魔人の協力や、魔人を捕らえる事が必要だが、この世界でそれは無理な話だろうから。

「成功する自信はあるのか?」

「自信はあります、法式も理解していますし、魔法陣の力を借りれば理論上は可能な事です」

「それならいい。それに賭けよう」

「……随分と、簡単に決めましたね」

 カトリはちらりとカタナを一瞥してそう言った。

「こうなればそれに乗るしかないだろう。それに、早くしないとあの鋼とかいう奴が持たないぞ」

 魔竜と鋼の戦いも、膠着気味になっている。そうなれば霊力の関係上、鋼の方が不利なのは必至。

「そうですね、では後は私を信用してください。陣を構築するのにはもう少しかかりますが」

「解った」

 それきり、カトリは集中する為に押し黙り、カタナは事の成り行きをその目に焼き付ける事にした。



++++++++++++++



「ぐわ――!? つうう、痛てて……」

 跳ね飛ばされた鋼は、地面をバウンドしながらも受け身を取って立ち上がった。

 防御した時に錬装の鎧が破損したが、魔法印によって即座に修復がなされる。

「ふう、鎧が無ければ即死だったさ」

 錬装の鎧の防御力は付加魔法によって大きく高められている。耐衝撃、耐刃、耐火、耐冷、耐電と至れり尽くせりなのだ。

(でも今ので、また結構な霊力を消耗したさ。天下を発現できるのも、あと五回が限界ってところか)

 それなりに余裕は無くなっている……筈なのだが、それに伴って鋼の高揚は増していくばかりだった。

「すげえさ。こんな喧嘩、そうそう体験できないさ。すげえとしか言いようがないさ」

 首を鳴らしてはしゃぎまわる姿はまさに子供の様だが、鋼から漏れ出す殺気と覇気は魔竜を僅かに竦ませる。

「さあ、どんどんいこうさ!!」

 大股で闊歩する鋼の威圧感、そして何度も向かってくる姿、魔竜はそれをどう取ったのか、

「え? うそお……」

 魔竜はその背の翼を大きく広げた。

「シュウウウウウウウウウ……」

 そして空に向かって羽ばたいていく。飛ぶというよりは浮かぶという表現が正しいが、翼の無い鋼には拳の届かない場所。

「ず、ずるいさ!! そんなところに逃げるなんて!! 男らしくないさ!!」

 魔竜がオスかどうかはともかく、鋼のその叫びは負け犬の遠吠えのように虚しかった。

 飛びかかれない高さでもないが、空中で自由の利かない鋼は、そのまま叩き落とされるだけだろう。頭は良くないが、鋼は戦いに関しての愚だけは犯さない。

(この距離じゃ向こうも俺に手出しできないさ、接敵を待ってカウンター……たぶん、それが最善)

 冴えた頭でそう分析する鋼。

 しかし、鋼の知らない要素が、それを台無しにする。


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ


 唸り声のような音が大気を震わせる。

「な、何さこれ。何か嫌な予感しかしないさ」

 それは竜言語魔術ドラゴンブレスの予兆。

 ここまでずっと接近戦を維持してきたが故に、鋼はそれを初めて体感する。

 

 オオオオオオオオオオガアアアアアアアアアアア……


 魔竜は高まった魔力を凝縮し、そして放出する。

 天から降り注ぐ黒い獄炎、鋼には対抗するすべは無い。

「――ちっくしょう!!」

 焼かれていく地面から一目散に逃走、炎はその後を追いかけるが、何とか逃げ伸びる事には成功する。

「はあ……はあ……あぶねえさ」

 一息吐くが、


 オオオオオオオオオオオオオオオ……


 もう一度、唸り声が響く。魔竜は失った分の魔力を再び高めていく。

「まじでか……」

 手出し不可能、その状況は明らかな詰みの状態。

 しかし、鋼の耳に届いた声が、その状況を覆す。

〈何をやっている愚図。勝手を言ってその様とは、つくづく使えない男だな〉


 ズ――――――――――――ン


「グガアアアアアアアアアアッ!?」

 竜言語魔術ドラゴンブレスの予兆が止み、代りに響いてきたのは、地面に落とされた魔竜が上げた地響きだった。

「ふ、風ちゃん!?」

 魔竜を空から地面に落としたのは、紛れも無く風神の魔法。空間魔法の『重烙』は鋼も受けた事がある、物体にかかる重力の負荷を増大させる魔法だ。

〈……次にまたその呼び方をしたら、貴様も敵と判断する〉

 その声の冷たさは、魔竜との戦いでさえ一度も恐怖を感じなかった鋼を戦慄させる。

 遠くの相手と会話できる風信の魔法で聞こえている声にも関わらず、風神の声はまるですぐ隣で耳打ちするような鮮明さがあり、それが更に恐ろしいのだ。

「す、すまんさ風神。それよりどうして……」

 風神は魔竜の事に関わらない意志を固めていた筈だ、鋼はそれを否定はしたが、風神の立場なら仕方がないとも認めていた。だからこうして風神の命令に違反した自分に、加勢してくれることを不思議に思った。

〈……さあどうしてだろうな。たまには自分の意志で動いてみるのも悪くない、そう思ったのかもしれない〉

「うむ、風神もようやく喧嘩の良さが解ってきたという事さね」

〈そんな事は一言も言っていないだろ。貴様のような蛮族と一緒にするな能無しが〉

「……風神の言葉に耐えられれば、どんな攻撃も痛くないと思えるような気がするさ」

 とはいえ素直に嬉しい。なじられる事がでは無く、自分の意志よりもまず帝国の事を考える風神が、その選択をした事が。

「さあ支持をくれさ。風神の援護があれば、負ける気がしないさ」

〈大した余力も無いくせに調子の良い事を……とりあえず貴様はこのまま戦線の維持だ。魔竜の気を引いて時間を稼げ〉

「時間を稼ぐ?」

〈そうだ。カトリ・デアトリスが興味深い事を行うようだからな〉

「……なんだか解らないけど、了解さ。背中は風神に預ける」

 鋼の勝ちへの執着が、そう判断させた。この場に居なくても、風神が見ているというだけで、鋼の闘争心に改めて火がつく。

 それは裏闘技場で一人戦っていた時には感じられなかった、仲間との共闘が滾らせる心の火。

〈重烙はこのまま維持するが、あの巨体だ。空には逃がさないが、完全に動きを止める事は出来ない。それを踏まえて無茶はするな〉

「充分さ」

 無茶しない事については約束できないが。

 窪んだ地面から這い出した魔竜に、鋼は先制の一発を見舞うため向かっていった。



++++++++++++++



「今のは……」

 離れた場所で見ていたカトリの目には、いきなり空から魔竜が落ちた様に見えた。何が起こったのか考える間に、横に居るカタナが呟く。

「風神か――?」

「そうなのですか?」

「いや、知らん。なんとなくそう思っただけだが、あいつは来てないのか?」

「ええ、魔竜の事には関わるべきではないと言っていました」

「まあそうだな。余程の馬鹿じゃなければそうするだろ普通」

 カタナは皮肉げにそう言ったが、結果的にそれは自身にも返ってくる言葉であった。

 それに気づいたのか、嘆息してカトリに向かって指摘した。

「手が止まっている」

「あ、すみません。ですがもう少しです」

 カトリが構築する魔法陣の完成は間近となった、魔法書無しでそこまでの事を行えたのは、記憶力とかつての自身の意欲だろう。

(強くなるために、デアトリス家の書庫で学んだもの。私に魔法の才能がない事を知って、無駄な事だと知っても、あの日々の事を捨てなかったのは決して無意味では無かった)

 家族を殺した者に復讐する為に求めた力、知識はあっても力不足である自分にはもう不要なものだと思っていた。

(それが今この時に必要になるなんて、まるで運命であったかようです)

 それも憎しみでは無く、誰かを守る為に使おうとしている。それが少しだけ誇らしかった。



「隊長……」

「ん、何だ?」

「準備が整いました、ここに手をかざして下さい」

 カトリは左側にある魔法陣を指して言った。

 カタナはその通りに右手を魔法陣にかざす。そしてカトリはその反対側から左手を魔法陣にかざした。

「これでいいのか?」

「はい、あとはそのまま魔力を注いで下さい。霊力に変換してもう一つの魔法陣に注ぎ込みます」

 そう言いながら、カトリの心臓は早鐘を打っていた。

「……本当に、大丈夫なのか?」

 だがカタナは目ざとく、カトリの異変に気が付いたようだった。

(こういう時は鋭いのですね。まったく……)

 魔法陣の構築でカトリは霊力を使い果たしていて、精神的にかなりの疲労感に見舞われていた。

 集中するのが難しい状態で、二つも魔法陣を起動するのは危険が伴う。もし失敗すれば、戦術魔法がこの場で暴発する恐れもあるのだ。

 それでもやらなければならない。カトリ・デアトリスにしかできない事だから。

(隊長、貴方はここで死ぬべきではありません。どう思っているか解りませんが、貴方は人で、一個の命です。他の誰とも何も変わらない、だから自分を卑下する必要も無いのです)

 カトリから見たカタナの姿は、常に手を抜いて周りに合わせているように見えていた。

 それが敗北を味あわされたカトリには、腹立たしかった事もある。

 だがカタナの過去についてサイノメから聞かされた時に、その見方は一変した。

 どうしてこの人は、普通にしていられるのだろうかと。

何もかも恨んで狂ってしまっても仕方ない、何もかも憎んで壊してしまっても仕方ない、そんな過去を生きていたのに。

 どこまでもカタナは普通だった。感情の起伏は少ないが、怒って、笑って、落ち込んで、悲しんで、そういう当たり前の唯の人間の部分しか見せない。

 その時にカトリは思ったのだ、カタナにはこの世界がどう見えているのだろうかと。

 それが、カトリがカタナの強さにでは無く、カタナという個人に対して、初めて興味を持った瞬間だった。

(貴方は強いです隊長。それが私には本当に羨ましい。分けてもらいたい程です)

 強いという表現が正しいのか否か、ただカトリにはそれしか当てはまる言葉が浮かばない。

「大丈夫です。さあ、やりましょう」

 決意を新たに、カトリはカタナにそう言った。



+++++++++++++++



「……っく、はあはあ、これは中々しんどいさ」

 鋼は荒げた呼吸を整えながら、独りごちる。

 魔竜との戦いを膠着させ時間を稼ぐ、言うのは簡単だが、行うのは大変だ。

 体力には限界というものがある、そして戦いの中神経をすり減らしながらでは、その負担は数倍にもなる。

 自分のペースで息吐くのも難しい。このままでは限界までそう長くは無い。

 もっとも、時間を稼いでいる方が、倒せと命令されるよりも遥かに簡単であるが。

「ふう、まだなのか?」

 鋼はこの場に居ない相棒に、声が届くことを前提に問いかけた。

 その声も風神はしっかりと拾ってくれたらしく、すぐに返答があった。

〈もう少しの様だが、バテたのか?〉

「いいや! 全然!」

 自分ではそう思っても、他人に言われては認める訳にはいかない。鋼の性格をよく解っている風神だからこそできる舵取りだった。

〈ならば無駄口を叩くな。そして無駄足も踏むな。一分の力も無駄にするな〉

「解ってるさ!!」

 そう言って自ら魔竜の懐に飛び込んでいく鋼。

 視野は広く、点では無く面を見つめる。

 相手の関節や筋肉の動き、予備動作、それを見極め。予測と勘を頼りに攻撃を回避する。

「グウウッ!?」

「もらったあああああ!!」

 そして魔竜の顎の下から、天下で強化されたアッパーを見舞う。

 その一撃は魔竜の巨体を大きく揺るがした。

「へへ、時間稼ぎと言わずに、倒してしまっても構わんのでしょう?」

〈調子に乗るな! 上だ!〉

「え!? おわっつ!! ……あぶねえ」

 死角から伸びた魔竜の長い尾に、危うく叩き潰されるところであった。

「ありがとさ……風神」

〈礼は要らん、それより良くやった〉

「へ?」

 似合わない風神の褒め言葉に、鋼はどう対応するべきか一瞬わからなくなった。

 だがその意味は、神々しいまでの霊光が遠くから届いたことで理解できた。

「あ、あれが……」

〈……まったく、羨ましい事だ〉

 その霊光は、カトリ・デアトリスが完成させた魔法陣から発生していた。



++++++++++++++



 圧倒的な力の奔流。

 カトリ・デアトリスは、一心不乱にそれを制御する事に努める。

 まるで全てを飲み込んでしまうようなその力は、まだまだ衰える事も無く、魔法陣に注ぎ込まれていく。

「……っつ、まだ、いけるか?」

「……足りないくらいです、陣の構築速度を優先させた為の簡易法式なので、威力を高めるのに必要な霊力量もそれだけ増えます」

 魔元心臓ダークマターを起動させたカタナの右手から放出される魔力は、カトリの魔法陣が次々に霊力に変換していく、その輝きは見た事も無いほど周囲を照らし出していた。

(これが魔元心臓ダークマターが生み出す魔力の大きさ……凄まじい)

 解っていたが、実際に感じ取ってみると更によく解る。その強大さに人の身体がついて行かなかったという理由が。

「……」

「……っつ、どうかしたのか」

「いえ、何でもありません。それよりも隊長の方が辛そうに見えますが?」

「まあな……結構、無茶が祟ってきているようだ」

 やはり負担は相当なものなのだろう。眉間にシワを寄せたカタナの額からは汗が流れている。

「あと少し………………まだ…………はい、充分です」

 カトリが止めると、カタナは限界が来たのか、その場に膝をついた。

「……どうだ、成功か? 」

 魔法陣から上る圧倒的な量の霊光は、紛れも無く魔元心臓ダークマターの魔力が霊力に変換された証明。

 だがカトリ・デアトリスにとっては、むしろここからが本番であった。

「まだです。この霊力を私を通してもう一つの魔法陣に注ぎ込みます。隊長はもしもの時に備えて離れていて下さい」

「――何だと?」

 そう、カトリの構築した魔法陣は、それぞれが別の法式で成り立っていて、繋がりがある訳では無い。魔法陣を繋げる二重陣などの技法もこの世には存在しているが、魔法書で見て理解しただけの魔法陣では、それを行うのが困難であった。

 だからこれは止むを得ない処置。

「さあ、早く離れて下さい」

 動こうとしないカタナに焦れて、カトリは少し語気を強くして言った。

「……馬鹿かお前は。そんな必要ないだろうが、成功する自身があるって言ったのはどこのどいつだ?」

 まるで成功して当然。そう言い切るようにカタナは得意げな顔で言った。

「……そうですね、今更。ならばそこで指をくわえて見ていて下さい、私が魔竜を討つところを」

少し悔しかったので、カトリは強がりを言って見せる。それに対してカタナは鼻を鳴らして口元を釣り上げていた。 


 両手に魔法陣をかざしてカトリは目を閉じる。

 左手には魔力を霊力に転換した魔法陣、右手には戦術魔法を発現させるための魔法陣。

 純然たる意志の下、その二つの魔法陣を起動させる。

 瞬間、流れ込んでくる霊力に、体中に激痛が走った。体の芯が荒らされるような感覚、物理的な痛みでは無く、根源的なものがそう思わせる痛み。

「……うう……あああ」

 まるで自分の身体が自分のもので無くなったような感覚、通過させるだけなのに、許容量以上の霊力はそれほどまでに負担を強いる。

「……気を確かに持て」

 失いそうになった気を繋ぎとめたのは、その声。

(そうです……無様な姿……見せる訳には……)

 思いとは裏腹に、身体がひどく重く、一瞬でも気を抜けば倒れてしまいそうになる。

 それでも屈してしまいそうになった心と体を、カトリは何とか持ち直した。

「…………隊長……」

「何だ、どうした?」

「……一つ…………約束です」

「あ?」

「これに……成功したら……私の質問に一つ……答えて……下さい」

 そんな勝手な約束を結ばされた事があった。

 だが、今度はあの時とは逆の立場。

(ここまでするのだから……ご褒美の一つくらいは、あってもいいでしょう?)

 無心でいるよりも、気を確かに持てるかもしれない。カトリは強くそう思った。

「いいだろう」

「……」

 カトリの左手が魔法陣から離れた。

 同時に右手側の魔法陣の霊光が大きく輝く。夜の闇を白い光が走り、周辺一帯を照らし出す。

「……いきます!!」

 目を開いたカトリの視線の先には巨大な獣。

 魔竜が咢を開いて、大気を震わせていた。


 オオオオオオオオオオオオオオ……


 竜言語魔術ドラゴンブレスの予兆。今は鋼など眼中になく、魔竜の視線もカトリに向かっている。

 カトリの瞳には余分なものは何一つ映らず、ただ一点抜かりなく魔竜の頭の中心が見据えられた。

(正しい力を……正しい流れのままに……)

 魔法陣がカトリの求めた法式を正しく引き出す。

「カトリ・デアトリスが定めた門を開く……」

 そして発現する、戦術魔法。

 規模は度外視、ただ一点のみに集束する雷撃は、それを阻むものは無い。

絶空雷鳥ぜっくうらいちょう、貫けえええええ――――――――!!」

「グウオオオオオ―――――――ッ!」

 刹那、カトリの戦術魔法は発現と共に消えていた。

 魔竜を貫き、一瞬でどこまでも突き進んだ雷撃は、天の雲に大穴を空けて月を覗かせる。

 地面に崩れ落ちる魔竜の姿は、月明かりに照らされていた。



あと三回で一章も終わります。

ここまで書けたのは読んでくれる方がいるから。本当にありがたいです。


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