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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
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第二十八話(裏) 帝国特務とカトリ・デアトリス

 カトリ・デアトリスは暗い森の中を進む。

 ヤーコフの補佐をするという役目を放り、ゼニスの避難民の所を離れ、ただ一人で見知らぬ場所を目指す。

(……申し訳ありません、副隊長)

 これはカタナにもヤーコフにも許可を取っていない、勝手な行動。人出が足りない状況で、それがどれだけ隊に迷惑をかけるのかカトリは理解している。

 しかし、誰にでも優先順位というものがある。

 今カトリを動かしているものは、他のどんな事態にも優先しなければならない事だ。

〈五メートル先を右に曲がれ〉

 まるで空気を凍らせるような、威厳に満ちた女性の声がカトリの耳に届く。

 カトリはその指示通りに、入り組んだ森の闇の中を只々進む事に従事する。

 逆らう事はしない。それをする事の無謀さも無意味さもカトリには解っている。

〈どうかしたか? 少し歩みが遅れているぞ〉

「いえ、何でもありません」

目ざとい事を言われたが、カトリの周囲には誰もいない。しかし声だけは耳打ちするような距離で聞こえてくる。何も知らなければ不気味な現象だが、カトリは声の主を良く知っている為、気にする事は無い。

 何せ声の主は『風神』とまで言われる、空間魔法のエキスパート。彼女が操る風の魔法は、周囲の状況を事細かに把握したり、音の振動を調節するといった事を難なく行える。

 霊力や入ってくる膨大な情報による、脳の負担さえ度外視にすれば、風の届く場所全てが彼女の領域となるのだ。

〈あとはまっすぐ進めばいい、その先で待っている〉

 その言葉を最後に支持が止まった。後はその場で話すという事なのだろう。



 カトリが言われた通りにまっすぐ進むと、僅かに開けた場所に出た。

 そしてその場には、銀髪の女性と赤髪の男性の二人の姿。カトリをここまで誘導した銀髪の女性――風神は、カトリの姿を認めると同時に声をかけた。

「久しぶりだなカトリ・デアトリス。その名で呼ぶのは更に久しぶりだが」

「お久しぶりです風神。また会えた事を嬉しく思います」

 簡単な挨拶を交わし合うカトリと風神。気安さはないが、再会を喜んでいるのは二人共に共通している。

 境遇に共感するものがあったからか、帝国に居た時にはカトリと風神は接する機会が多かった。

 帝国特務の『名無し』として一度名前を奪われたカトリ・デアトリスと、帝国特務で『風神』と呼ばれるまで名前が無かった風神。

 風神の方が齢も階級も上の為、友人の様な付き合いでは無かったが。カトリは様々な事を風神から学び、ある意味で師弟の関係ともいえる。

 そんな二人の再会を赤髪の男が横から割って入り、水を差した。

「おわー、美人が二人並ぶと絵になるさ。これはたまりませんわ」

「……馬鹿な事を言っている暇があったら貴様も自己紹介くらいしろ」

 鋭い風神の眼光に射すくめられ、しぶしぶ赤髪の男はカトリに向かって挨拶する。

「どうも、会うのは二回目だけど、話すのは初めましての『鋼』さ。どうぞよろしく」

 そう言って片手を差し出す鋼、カトリは一度見かけただけのその人物の事を良く覚えていた。

(確か、副隊長にゼニスを案内してもらっていた時……自警団のダルトンという方と揉めた際に、割って入ってきた……)

 肌の露出した部分のほぼ全てに刻まれた刺青は、特徴としては充分なほどカトリの記憶に残っていた。それだけで見間違うはずもないと断言できる程だ。

「ありゃ? 握手してくれないさ。ひょっとして、嫌われちゃってる?」

「当然だろう、喧嘩の事しか頭にない野蛮人と、関わり合いたいと思うような物好きは、そうそういない。当たり前の事に落ち込む必要は無いぞ」

「いや、風神……自己紹介しろって言っといて、それは酷いさ」

 風神のフォローに見せかけた追撃で、二倍凹んだ様子の鋼。カトリは戸惑っていただけだったのだが、鋼が手を引っ込めてしまったので握手はできなかった。

「それよりカトリ・デアトリス、キミに聞きたいことがある」

 項垂れる鋼を放っておいて、風神はカトリに向き直る。

「何でしょうか?」

「まずは現状について、キミの知る限りを聞きたい。こちらでも把握できていない事が多くてな」

「……それはいいのですが、風神でも把握できない事とは何事でしょう?」

 情報収集は風神が最も得意とする分野だ、人々の話を風で捉え、人の動きを風で知る、帝国特務でも風神のもたらす情報はとても重要視されている。

 正直なところ、カタナに付いて回っていただけのカトリでは、それ以上のものを求められても微妙な所だった。

「……それは」

 風神はカトリの疑問に、困ったように表情を曇らせた。風神が口ごもるのは珍しい事で、カトリの疑問はさらに増した。

「実は、風神はちょっと前にドジ踏んでさ、さっきまで毒で寝込んでいたのさ」

 風神の代わりに口を開いたのは鋼。ひどい扱いを受けた腹いせか、風神の失敗を少しだけ嬉しそうに話した。

「毒!? 何事ですか?」

「……キミが案じる事は無い。弱い麻痺毒で、この通り既に回復している。それはいいとして……つまりはそのせいで、鋼の持ってきた荒い情報しかこちらに無いわけだ」

 言われるまで気付かなかったが、風神の体調は少し悪そうに見えた。それでも風神本人が回復しているといっているので、カトリもそれ以上の追及はしない事にした。

(風神が誰からどうやって毒を受けたのかも、聞かない方がよさそうですね……)

 風神の様子は、単純に失敗したのを指摘されるのが嫌というより、それはカトリに話せない領分の事であると、判断しているようだった。

 風神がゼニスに来ている事をカトリが知ったのは、ここに来る前のつい先ほどの事であり、その理由もカトリは知らない。

 風神があえて話さないという事は、漏らしてはいけない事だとなのだろう。気にならない訳でもないが、聞き出す権限の無いカトリはそれを気にするべきではないと判断した。

「成る程……ゼニスの事に風神達が介入しなかったのは、そういう理由で介入できなかったという訳でしたか」

 帝国特務として静観を決めたのかとカトリは思っていたが、そうではないと知って僅かにホッとする。

「そう言う事だ、だからキミの知っている事を話してくれ。その上で、我々帝国特務がどう動くべきか判断しよう」

「……解りました、お話しします」

(『我々』。そうです、私は帝国特務としてここに居る、それが私の選んだ事)

 共和国に来たのは帝国の指示、協会騎士団に入ったのもそうだ。

 今でもカトリ・デアトリスの祖国は帝国であり、共和国も協会騎士団も目的を達する為の通過点でしかない。その筈だ。

(……この国にも、この立場にも私は何の感情も抱かない。そう、決めている……その筈)

 しかし何かがカトリの胸の奥に引っ掛かっていた。まるで自分の意思を否定するように、痛みに近い感覚が心を揺らす。

 それが何からくるものか、カトリは考え付かぬままでいた。



+++++++++++++++



「……という訳です」

 カトリは風神の要望通り、この件について自身が知る限るの全てを話して聞かせた。

 それを聞いている間の風神の表情は、最初は複雑なものであったが、後半になるにつれて段々と険しいものになっていった。話す方からすればかなりやりにくい。

 その横で聞いていた鋼は終始喜々としていて、それはそれで何か無気味であった。

「理解した、報告感謝する……それにしても、あの人は相変わらずか」

(あの人?)

 風神が何気なく言った一言、小声だったが周囲が静かなせいで聞こえてしまった。

 しかしそれを指摘するかどうかカトリが検討する間に、横から鋼が割って入った。

「なあなあ、それで俺達はどうするのさ?」

 うずうずした様子で鋼が尋ねると、風神も結論は出ていたのか、すぐに答えた。

「帝国に戻る。現場の判断で動くべき事態を超えているし、何よりもこれからの事態に備えなくてはならない」

「これからって何さ? 魔竜が帝国に攻めてくるって事か?」

「……いいや。魔竜も脅威だが、それ以上に脅威なのは魔竜が魔界から召喚された事だ。この五十年で一度も無かったこの事は、きっとこの世界のバランスを崩す。最悪の事態に備える為に、まずはいち早く帝国に伝えなければならないだろう」

 風神の視野は広かった。目先の問題だけでなく、これから起こる問題まで見据えている。現在の魔竜の問題は、あくまで他国の事として、介入しない意志を固めているようだった。

「駄目だろうさ、それは。誰かに任せて逃げ帰るみたいな事、俺はしたくないさ」

 冷静な風神の意見に、鋼はそう反発する。

「……貴様の感情などはどうでもいい。考えるべきは、何が帝国にとって最もプラスになるかだ」

「プラス? 魔竜を放っておいたら大変な事になるさ、それのどこが帝国のプラスになるのさ?」

 納得のいかない鋼の表情が険しくなる。元々険しい風神の表情と相まって、両者が睨み合うような形になっていた。

「少なくとも上層部はこう考えるだろう……魔竜によって共和国は消耗する。それによって皇帝陛下の望みである、領土の返還の交渉に進展が及ぶかもしれないと」

 仮定の話であるがまず間違いない。現在の帝国政府は、かつての共和国の建国時に奪われた領土を、どうやってうまく取り返せるかしか考えていない。

「何を言うかと思えば小さい事さ。そんな卑怯な考え方で覇権を取り戻そうなんて男らしくないさ」

「……それ以前に、この場の戦力だけで貴様は魔竜を倒せると思うのか?」

「さあ? やったことないから解んないさ。でもやるべきだと思うし、やってみたいとも思うのさ」

「話にならないな。要は貴様が戦ってみたいというだけだろう? そんな個人の理屈と都合で動いて良いと思うほど、組織というのは甘いものでは無い」

 風神と鋼の意見は、何処までいっても平行線を進むようだった。本来は性格が真逆の二人なので、こうなってしまうと妥協点も見つからない。 

「キミはどう思うカトリ?」

 一向に意見が交わらない事をまずいと思った風神が、カトリに意見を求める。カトリならば冷静な判断で、鋼を支持はしない筈だと踏んでの事だった。

 しかし、それは間違いであった。

「……私は、風神の意見には反対です」

 キッパリと否定の意思を見せるカトリ。風神は鋭い視線のまま理由を問う。

「どうしてか聞かせてくれるか?」

 言葉尻は穏やかなようでも、風神の迫力は相当であった。面と向かっただけで、カトリの額から一滴、汗が流れる。

「今この時、戦っている人達を、私は知っているからです。どんな思いでいるのか、どんな覚悟でいるのかも。ですから、その人達を犠牲にする事を肯定するやり方に、私は賛成できません」

「……ではキミも魔竜と戦うべきだと、そう言うのか?」

「はい」

「馬鹿な事を、無駄死にするだけだ」

「確かに自分でも馬鹿な選択だと思いますが、それが私の偽りの無い気持ちです。そう気付きました」

 カトリの胸に引っ掛かっていたものは消えていた。それもきっと理屈では表せない事だったのだろう。何の痛みだったのか解らぬまま、カトリの言葉と共に消えていた。

「それに、風神も本当は戦うべきだと……いえ、戦いたいと思っているのでしょう?」

「……」

「さっき口にした『あの人』という言葉。あれは隊長の――『魔剣』の事ではないのですか?」

 その言葉に風神は忌々しげに目を伏せる。鋼はその横で驚いていた。

「……やはり知っていたのか。誰に聞いたのかは大体想像がつくが」

「サイノメという不思議な女性に聞きました。隊長がかつて帝国特務に居た事を。私はその時の事は存じてませんでしたが、風神は知り合いだったのですね?」

「ああ、良く知っている」

 その一言に込められた思いは、それだけで風神の本音を垣間見せた。

 カトリがこれまでの事を話している時も、風神はカタナの事を聞くと反応してしまっていた。普段は不機嫌さの滲む無表情な分、少しの差でもカトリは感じ取れた。

「本当は助けに行きたいのではないのですか?」

「……あの人に私の助けなど必要ない。勝てない戦いはしない筈だし、危なくなれば逃げる事も厭わない。そういう人だ」

 それは返答というよりも、風神が自分自身に言い聞かせるような言葉だった。

「確かに隊長はそう言っていました。しかし私の目には、まるで死地に赴くような純然たる覚悟が見て取れました」

 飛竜を駆って飛んで行ったその背は、もう戻ってこない事を決意したように一度も振り向かなかった。カトリが剣を貸し渡した時も、それを返すとは言わなかった。

「隊長は強い、それを充分に私は知っています。しかしそのせいで、たった一人で多くのものを背負っている。他の誰も背負えないものまで背負わされています」

 サイノメがカトリに対して言った言葉、『カタナの味方でいて欲しい』と言った理由はそれだった。

「そんな状態で助けが必要ないわけない。私はそう思います」

「……」

 挑むように言ったカトリの言葉に、風神は何も答えない。あるいは答えられないのか、ただただ無言。

「どうすんのさ風神。一応これで多数決的には二対一だけど?」

 鋼の問いに、風神はため息交じりに口を開いた。

「……そうだな、ならば貴様達の好きにしろ。命令違反にはしないでおいてやる」

「風神は……」

 どうするのかと言い終える前に、風神は首を横に振る。

「私は私の正しいと思う道を選ぶ」

「そうかい、本当に頑固な事で……じゃあ行こうさ」

 頑なな風神を放っておくことにした鋼はカトリに声をかけ、カトリはそれに頷いた。

「待て」

「――っと、風神。いきなり出足を挫かないで欲しいさ」

「……魔竜が何処にいるのか解るのか?」

「「あ」」

 出足を挫く以前の問題として、カトリも鋼も魔竜の現在地を知らない。それどころか今いる森からちゃんと出られるのかも心配である。

 そんな勢いだけの二人を風神は呆れた目で見ていた。

「貴様達は本当に……いや、やめておこう。それより、魔竜の現在地は私にも解らないが、どうするつもりなんだ?」

「風神の力で探せませんか?」

「それも難しい、現在も五百メートル四方は私の風の領域だが、それ以上にとなると正確な方角を知る必要がある」

「そうですか……」

 決めた台詞を言ってしまったカトリだが、現実的な問題は多かった。

 星も月も出ていないので方角も解らないし、ここまで徒歩出来たので移動手段も無い。何事も勢いだけでどうにかなる事は少ない。

「はは、格好悪いさ」

「……貴方もですよ」

 そんな鋼とカトリを見て、風神はやれやれと頭を振った。

「……なあカトリ・デアトリス、この辺で飛竜はよく見かけるのか?」

 風神が急に真面目な顔でカトリに問いかける。

「え? いえ、私が見たのは、隊長の乗っていたクーガーだけでしたが?」

 飛竜の繁殖地は共和国のもっと東側であり、ゼニス周辺では全く見かけなかった。聞いた話では近村に竜舎があるらしいが、利用者は少ないのかもしれない。

「そうか、少し待っていろ。私の風でここに誘導してみる」

「――?」

 風神の言っている事の意味は解らなかったが、カトリはとりあえず言う通りに待っていた。



+++++++++++++++



「貴方はクーガー!?」

「ピー」

 空から降りてくる飛竜の見覚えのある姿、特に普通はない四枚の翼を見て、カトリは驚きの声を上げた。

「どうしてここに? 隊長は一緒では無いのですか?」

「ピ、ピーー」

 カトリの問いかけに、飛竜のクーガーは弱々しい鳴き声を上げた。当然ながら、飛竜と意思疎通など取れないカトリは困惑するばかり。

「どうしたのでしょうか……」

 クーガーの背にはカタナの姿が無い。退却してきたのならば、一緒に居なければおかしい筈だ。

 クーガーは何か伝えようとしているようだが、一向にカトリには伝わらない。

 両者がジレンマを感じている最中、鋼が進み出て徐にクーガーの背に飛び乗った。

「ピギイッ!!」

「お、悪い、驚かせちまったようさ」

 鋼は全然悪びれる様子も無く、クーガーの背をぴしぴしと叩いた。

「な、何を?」

「いや、どうせ言葉が伝わらないのなら。コイツに連れてってもらうのが、早いと思ったのさ」

「ああ……確かにそうですね」

 至極単純だが、その通り。クーガーの様子からカタナに何かあったのは確実なので、言葉で伝わらないのならば、行動で示してもらえばいいだけの事。

「クーガー、隊長の元に連れて行って下さい。お願いできますか?」

「ピーーーー」

 クーガーは鳴き声を上げると、姿勢を低くして顎を背中に向けた。『乗れ』と言っているような仕草は、まさにその通りなのだろう。

 ようやく初めて、カトリとクーガーは正しい意思の疎通が取れた。

 鋼とカトリがクーガーの背に乗ったが、そこにもう一人続くことはやはり無い。

「……風神」

「言っただろう。私は行かない、私は私のすべきことをする」

 あくまで強固な意志で跳ね返す風神、カトリはその言い草が誰かに似ているように感じてしまった。

「んじゃ、帰ったら俺の武勇伝を聞かせてやるから、皆に宜しくさ」

 鋼は淡白にそれだけ言って、後は気にしない様子だ。

 カトリも風神のその意思を自分では覆せないと悟り、クーガーに号令をかけた。

「……行きましょう」

 それに合わせて、風神をその場に残し、二人を乗せたクーガーは夜空に飛び立った。



++++++++++++++



「貴様という奴は、本当にどうしようもないな」

 一人残った風神は、背後の茂みに隠れている人影に向かって声をかけた。

「お!? おおう……流石は風ちゃんだ、このあたしの気配に気付くとは」

 そこに居たのはサイノメ、風神にとっては仇とも言っていい相手。そして何を言っても、何をしても飄々としている不気味な存在。

 先立っては行動不能にされながらも見逃され、積み上げたプライドを傷つけられた相手でもある。

「ちょうどいい、貴様には訊きたいことがあったのだ」

「へえ、風ちゃんがあたしに話なんて嬉しいね。何でも聞いてよ」

 サイノメの口調も笑顔も何もかもが気に食わないが、今はその気持ちを抑えながら風神は問いかける。

「貴様は魔剣を使って何をするつもりだ?」

「ははは、何を馬鹿な。あたしはシャチョーに使われる側であって、使った事は一度も無いよ」

「……嘘を吐くな。この状況を作りあげたのは貴様だ、カトリ・デアトリスから聞いた話で私はそう確信した」

「……面白い事を言うね。じゃあ風ちゃんは、ゼニスで起こった一連の事は、全て私のせいだとでも言うのかな?」

「そうは言っていない、だが魔剣の元に飛竜を向かわせて、魔竜と戦う事になるきっかけは貴様が作った」

「それだけ? お話になんないじゃん。あたしはあたしの最善を尽くしただけで、それを選んだのはシャチョーだよ?」

「まだある、私を行動不能にしてゼニスで起こる事に介入できなくした事。そして、殺さなかったのは、今この時に魔剣の助力が出来るように、そう考えていたのではないのか?」

 まるで偶然のような一連の出来事、しかしサイノメの不可解な行動は、風神にその考察を浮かび上がらせるには充分だった。

「ここに来たのも私の様子を探る為。まだ私の毒が抜けてなければ解毒剤でも盛るつもりだったのではないのか?」

「解毒剤を盛るって使い方は合ってるけど、その言い方だと何か嫌な感じに聞こえるね」

「話を逸らそうとするな」

 ただでさえサイノメの表情は読みにくい、常に笑顔の仮面を張り付けて本心を悟らせない。その上で話のペースまで変えられては、風神にサイノメの事を見抜くのは不可能になる。

「そんな睨まないでよ、怖いわあ。それと、風ちゃんの言い分は面白いけど、やっぱりそれだけであたしを悪者扱いするのは、無理があると思うよ」

「……」

「確たる証拠がない以上、それは推論でしかないね。しかもそれを押し付けようなんて暴論に等しい、そんなのに真面目に答えるのなんて、馬鹿馬鹿しくてやってられないよ」

「……証拠か、情報屋の貴様からそれを見つけるのは困難な事だ」

「ありゃ、風ちゃんの中では確定しちゃってるわけね。別にいいけどさ」

 噛み合わない、サイノメと話す事は風神にとって、まるで別の生き物と話しているような感覚に陥る。

 それでも無視してはいけない相手であるのだから、厄介な事だった。

「私の言葉を否定するのなら、貴様はここに何をしに来た?」

「ああ、そうそう。風ちゃんにシャチョーを助けてもらえるように、頼みに来たんだった。やったね風ちゃん、一個大当たりじゃない!」

「貴様……!!」

 完全に馬鹿にしたような言い方のサイノメに、風神は我慢するのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 殺気立つ風神を前にして尚、サイノメは笑みを深くした。

「冗談だよ、別に風ちゃんの助けは要らない。だって今のシャチョーにはカトリ・デアトリスがいるからね」

「――何だと?」

 サイノメの口から予想外の名前が出てきたことに、風神は戸惑いを隠せなかった。

「あの子はシャチョーの事をよく理解してくれているよ、風ちゃんなんかよりずっとね。風ちゃんがシャチョーの一番近くに居た時に見えてなかったものが、あの子には見えている」

「私が見えてなかったもの?」

「そうだよ、シャチョーは超人でも、完璧でも、英雄でも、勇者でもない。間違えるし、失敗するし、助けだって必要だし、それに死ぬ事だってある、極々平凡な一個の生命」

「……そんな事は私にだって解っている」

「それならどうして、シャチョーを助けに行かないの? どうでもいいって事? 死んだって構わないって思ってるの?」

「魔剣は帝国特務を裏切ったのだ、それこそ抹殺の対象にもなっているのに、私が心配する理由がない」

 いつの間にかサイノメの顔から笑みが消えていた。何処か少し悲しげな、風神が見た事も無い表情。人間味がまったく無いと思っていたサイノメが初めて見せた、人間らしい表情。

「風ちゃんにとって、帝国特務にある自分の椅子はそんなに大事なものなの?」

「……貴様に居場所の無い人間の気持ちが解るのか?」

 サイノメに矮小な自分を見透かされ、それに対して腹を立てるでもなく、本心を吐露してしまう。

 きっといつものふざけた顔で言われていれば流す事も出来た筈なのに、よりによってサイノメに対してのそれは大きな失敗だったと、風神は言った事を後悔した。

「……そう、今更だけど帝国特務からシャチョーを連れ出した時に、風ちゃんも一緒に連れ出しておくべきだったと、あたしは本気で後悔しているよ」

「その必要は無い、私は間違っても貴様には付いて行かなかっただろうからな」

「はは、嫌われたもんだ」

 そう言って笑みを作ったサイノメからは既に人間味が失せていた。

「……無駄口を叩く以外に用がないなら消えろ。今日だけは見逃してやる」

 風神は任務の遂行よりも、サイノメの不快な笑顔を視界から消す事を優先した。元よりこの場で、サイノメを捕らえられるとも思っていない。

「そうだね、お言葉に甘えようか。でも最後に一つだけ言わせてもらうよ」

「……聞く気はない」

「じゃあ、あたしの独り言でいいや。あたしはシャチョーの命令でさ、今でも帝国特務の事には探りを入れているんだけど……」

「……」

「シャチョーが言うには、その中で風神とかいう人物の情報だけは最優先で仕入れろってうるさいんだ。どんな任務に就いているのか、危険な目に合ってないか、怪我をしていないか、そんな商品価値の無い情報ばっか気に掛けるんだよね。父親かっての」

「何……!?」

「それだけ、じゃあね」

 それだけ言って、サイノメは風神の前から姿を消した。残ったのは手を前に出していた風神と木々のざわめき。

「……最悪な奴だ」

 言いたいことだけ言って、聞くべきでは無かった事を言い残して、最悪な気分だけ残してサイノメは去って行った。

 追えば消える、しかし会いたくない時には現れる。サイノメとはそういう勝手な存在なのかもしれない。

「馬鹿馬鹿しい……くそ!!」

 風神は苛立ちのままに、近くの木を殴りつける。すると風が巻き起こり、周囲の木々が周りの枝を巻き込みながら倒れていく。八つ当たりにまで魔法が発現してしまうほど、風神は冷静さを欠いていた。

「……私は、何をしているんだ」

 その言葉に応える者はいなかった。

  



話数に裏をつけるかつけないかで結構悩みました。

そういうどうでもいい裏話

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