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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
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第二十四話 避難と苦難

「そういえば、聞いておくべき事がまだあったな」

 カタナは背中にしがみ付くカトリ・デアトリスに向かってそう言った。

「何でしょうか?」

 人生初の高空にいる感覚にも少しだけ慣れて来たのか、一応はカトリにも話す余裕が出来ているようだ。

「魔人と、お前の仇に関する事だ。あの魔人はお前の仇とは違っていたのか?」

 かつてとある魔人に家族を殺されたと言っていたカトリ、今回の件にはおそらく関わりはなさそうだとも言っていたが、成行き上ここまで確かめる事無く来てしまっていた。

 それを今更ながら思い出したカタナは、改めて聞いておくことにしたのだ。

「はい、死体は確認しておきましたが、私の記憶にある魔人とは別人でした」

「そうか……」

 聞いておきながら、それに何と答えればいいのか解らなかったカタナは、とりあえず頷いておいた。

「……もしかして、気にしていて下さったのですか?」

「いや、少なくとも魔人を討った時には全く気に掛けていなかった」

 元々カトリには、その事についてカタナは干渉しない旨を伝えてあった。だからこうして話題に出す事も本来は必要ない事ではある。

 それが今になって気になってしまったのは、きっとニールと話した事が原因だろう。

 ニールは恩人の仇をカタナが討った事に、感謝を示していた。しかし本意では自分の手で打ちたいと願っていたようでもあった。

「気になったとすれば討った後か。お前が復讐の念を抱いている仇を俺が討ったとして、お前がどう思うのか。それが少しだけ気になった」

 独白の様なカタナの言葉に、今度はカトリが答えに困る番だった。

「それは……どう、思うのでしょうね」

 それをすんなりと答えられるほど、カトリは人の感情というものを理解していない。仇を討ってくれた事に感謝するのか、あるいは仇を奪われた事に怒りを燃やすのか、あるいは空虚さに満たされ何の感情も抱かないのか、きっとその時になるまで答えは出ないだろう。

「違ったのだから今は気にする事じゃないか……聞かなかった事にしてくれ」

 野暮な事だったと、カタナはそれで一旦会話を打ち切った。

 しかしもう一つ聞いておきたい事があったのを思い出し、カタナは再びカトリに問いかける。

「なあ、どうしてあの時、俺と山賊達を庇うような真似をしたんだ?」

 あの時というのは、魔術陣によって山賊のアジトが黒い炎に包まれた時だ。

 カトリが他人の事など放って、自分だけ助かる道を選ばなかった事。それが僅かにカタナの中で引っ掛かっていた。

 それに、一方的にした事だが約束でもある。あの場を打破したら教えてもらうと、カタナはカトリに確かに伝えていた。

「……それは」

 またも答えに困った様子で口ごもるカトリ。それは言い難いというよりも、さっきと同じ様に、答えが見つからないというように感じられた。

「まさか体が勝手に動いていた、とかいう訳でもないだろ?」

「……実のところ、それがもっとも近い答えではないかと思います」

 理屈ではどう考えても答えが見つからない。だとすれば、後は一時の感情による衝動だったのだと結論付ける以外に、カトリが引き出せる答えが無かった。

「あの時はとった行動は、本来なら私は間違いだと判断するところです。復讐という目的の為に、私はあの場を生き残る最善の道を選ばねばならなかった。しかし実際には私一人が生き残る道では無く、気が付けばそれを断ってでも他人を守る事を選んでいました」

 その感情が何処から来たものなのか、当のカトリ本人にも理解不能であった。

「あるいは目の前で誰かが死ぬのを、もう見たくないと思ったのかもしれませんね……でもそれも所詮後付けの理屈であって、あの時にはそんな事を考えている暇もなかったですけど」

「……なるほどな」

 それが聞きたかったと言わんばかりに、カタナは満足げに頷いた。

「どうかされました?」

「いや、気にするな。聞きたかった答えには充分だ」

 それで話は終わりという意思を見せるカタナ、カトリとしては改めて自分のとった行動に疑問を抱いて考え込んでしまう結果になった。

(やはり思った通りの馬鹿だな、自覚が無いのが拍車をかけてる。もっとも、悪い意味ではないけどな)

 衝動的な状況にこそ、その者の本質が現れる。カトリ・デアトリスが普段どういう理屈で動いているとしても、あの時の行動は打算の欠片も無い彼女の本質だった。

 それを理解したカタナは、後ろであれこれ考え込んでいるカトリを放って、眼下に過ぎ去っていく山々に目を落としていた。



++++++++++++++



 飛竜のクーガーの背に乗って飛び立ってから二時間弱、西の空が夕日によって赤く染まっていた。

 途中の休憩を挟まずに、その間延々と飛び続けたクーガーの体力は流石と言える。そして本来、陸路では迂回しなければならない山々を超えていく事で、行きの馬車と比べてかなりの速さでゼニスまでの道のりを進んでいた。

「隊長、今はどの程度までゼニスに近付いているのですか?」

 土地勘の無いカトリには景色を見渡しても現在地が解らないので、カタナに聞いてみる事にした。

「……さあな、正直俺にもここが何処かは解らん」

「ええ!?」

 またしても衝撃的な発言でカトリを驚かすカタナ。また冗談で謀られたのかとカトリは勘ぐるがカタナは本気で言っているようだ。

「俺の行動範囲はそんなに広くない。ゼニスの市内ならともかく、市外は周辺程度までしか把握していないな」

「で、ではここまではどうやって……いえ、そういえば飛竜に乗ったのが初めての事で気に掛けていなかったのですが、飛竜の制御にも馬に乗る時のように手綱が必要なのではないですか?」

 そもそもカタナはカトリと同じようにクーガーの背に乗っているだけで、制御するような仕草すら見せていなかった。

「確かに制御するなら手綱は必要だな、だが今言ったように俺に土地勘はないから邪魔なだけだ。代わりにコイツが全部覚えているから問題は無い」

 そう言ってカタナはクーガーの背をポンポンと叩く。

「……もしかして飛竜に全部任せていたのですか?」

「それが一番確実だ、クーガーは一度行った事のある場所はちゃんと全部覚えているからな」

「そうだとしても、気まぐれで別の場所に行ってしまう事はないのですか? 第一、言葉がちゃんと通じるのかも怪しい所ですが……」

 なんといっても飛竜は大きく分けて『魔獣』に分類される生き物である。常識として、魔獣は人に害をなす存在であり、対話は不可能というのが一般的だった。

「ああ、言葉を完全に理解し合うのは無理だろうな。だが簡単な意思疎通の方法はいくらでもある、俺は以前にその点だけはみっちり竜騎長に仕込まれたから問題ない」

「……さっきまでそんな素振りは見せていなかったですが?」

「今回は全てクーガーに任せたからだ。竜騎長の受け売りだが、飛竜に乗る上で一番必要なのは飛竜を信頼する事、そうすればコイツは必ず最大の誠意で応えてくれるからな」

「そういうものですか?」

「そういうものだ」

 自信を持って言い切るカタナに、それ以上カトリが言う事は無かった。

 カトリが飛竜については無知に等しいという事もあったが、なんとなくクーガーとカタナとの間にはそういう絆のようなものがあるように感じられたからだ。

「ん?」

 そこで何かに気付いたカタナが片手を前に突き出した。それに反応するようにクーガーは高度を落として少し減速する。

「どうかしましたか?」

「この先に人の集まりが見えるな、ゼニスから逃れてきた市民達かもしれない」

 カトリの目には全く見えないが、カタナは視力においても魔元生命体ホムンクルスとして人よりも優れたものを持っている。

「状況を確認するのにはちょうどいいか……少し離れたところに降りるぞ」

 クーガーはカタナの指示通りにゆっくりと地面に向かって降りていった。



++++++++++++++



 地面に降り立ったクーガーの背からカタナとカトリが降りると、正面から二頭の馬が走ってくるのがカタナには見えた。

「お迎えか……クーガーは適当な所に身を隠せ。もうひと働きあるかもしれないが、今はゆっくり休んでおけよ」

「ピーーーー」

 大きな図体とは裏腹な甲高い声を返事とし、クーガーはカタナの言葉と手の動きにならって、身を隠す為に近くの森に入っていった。

「……やはり、言葉通じていませんか?」

「察しが良いからな、クーガーは。それに、完全に理解するのは無理と言ったが、ある程度の音の聞き分けは仕込まれてる。そうじゃなければゼニスに向かえないだろ?」

「それもそうですね」

 納得しつつ、カトリは視線を走ってくる二頭の馬に向けた。

 カタナには、その馬の背にそれぞれ乗っている人物が誰なのかまで解っている。

白を基調とした制服は協会騎士団の従騎士に与えられるもので、その二人はゼニス市の駐屯部隊の隊員、カタナの部下であった。



「やはり隊長でしたか。遠眼鏡でクーガーの姿を確認した時に、もしやと思いましたが」

 カタナの部下の従騎士は馬から降りて、安堵した様子でそう言った。

「何が起こったか、ある程度は聞いている。こんな時に街を離れていて本当にすまなかった」

 そう言って頭を下げたカタナ。それを見て、馬で駆け付けたカタナの部下達は大袈裟とも言えるほどの驚きを見せた。

「どうした?」

「い、いえ。隊長が頭を下げるなんて、何と言いますか……」

「……俺だって自分が悪いと思えば頭も下げるさ」

 部下達が何を言いたいのかカタナにもよく解っている。普段の平気な顔で仕事サボっているダメ隊長は、自覚あってのものだからだ。

 そんなカタナが頭を下げる程、今回の事には大きく責任を感じているのが表れていた。

「市長の計略に乗ってゼニスを離れていたのは完全な俺の失態だ、言い訳するつもりは無い……だが」

 カタナは一度言葉を切り、今度はありったけ尊大な態度で言った。

「後悔と反省はここまでだ、サボった分のツケは三倍にして返してやる。そのかわり、その分の釣り銭はお前達の働きで返してもらうぞ」

 カタナのその言葉と、満ち溢れる根拠のない自信を目の当たりにし。部下達は表情を明るくして大きく頷いた。

「それでこそ、我らが隊長です。何なりとご命令ください!」

 カタナの思いに応えるように部下達の士気が高まる。

 傍で見ていたカトリには、初めて見たカタナの隊長らしい所に戸惑いもあったが。ようやくカタナが、隊長と呼ばれる立場に居られる事を理解した気がした。



++++++++++++++



 部下の馬に相乗りで移動し、カタナは空の上から確認した人の集まりの中に居た。

 カタナの想像通り、それはゼニスから避難していた市民達であった。空の上から見た時は移動中のようであったが、現在は休憩中のようである。腰を下ろして談笑したり食事をとっている者も居るが、皆一様に表情に陰りがある。

「以上が現状で報告出来る全てです」

 事細かな部下からの報告を聞き終え、カタナは現状が芳しくない事を実感させられた。

 まず随行している市民達の移動手段が徒歩である事、当然ながら子供や老人もいる事、そしてその中には怪我人も多く含む事で、思うように避難が進まない状況のようだ。

 馬車などの移動手段を持つ者は皆、我先にと逃げて行ってしまったらしい。つまりは現在地がゼニスから避難した市民の最後尾であるという事だった。

 それにカタナの部隊の駐屯騎士達は随行し。八名を四つの班に分け、避難している市民の安全の確保、近隣の住民への避難勧告、食料などの物資の調達などに従事していた。

 だがここに居る数百人の大所帯に対して、僅か八名では手が足りないのは明白で、特に食料についてはこの先を考えると非常に厳しい。

 そういう目に見えて明らかな不安は、避難している市民達の足取りを重くする。更に住む場所を無くして、ただ目的も無く逃れるだけという事に対する目に見えぬ未来の不安も、生き延びるという気持ちに陰りを作り、悪循環となっていた。

「こればかりは自分達の不甲斐なさと、力不足を嘆くばかりですね。彼らを元気づけるどころか、自分達の方が参ってしまっていたのですから」

 そう言ってカタナの部下達は自嘲する。無理からぬ事だとカタナが言っても首を横に振って否定した。

「いいえ、自分達がここまで来れたのも、騎士としての務めを最低限放棄しないでいられたのも副隊長がいればこそです。そうでなければ、きっと……ただ途方に暮れていたでしょうから」

 カタナが居ない間、部隊を動かしていたのはヤーコフだった。

 魔竜が現れた時に無茶をしたようで、現在はその時に負った怪我の治療中のようだが、隊員達に適切な指示を出し、その心の拠り所として支えていたようだ。

そしてその魔竜についてだが、実は以外にもカタナが部下から受けた報告の中で一番の僥倖といって良いものであった。

魔竜は現在、ゼニス市街の中心に壊した建物で巣を形成し、睡眠によって活動を停止しているという事だった。

 暴れた後は寝るといういかにも獣のような行動だが、そうじゃなければきっとこれだけの市民が逃げおおせる事は出来なかった事だろう。魔竜は獣というよりは天災に近い規模の災厄なのだから。

 そして魔竜にはゼニスの自警団の生き残りが監視についているらしく、異常があればすぐにここに知らせる事になっているそうだ。

 自警団にまだそんな骨のあるのが残っていたのが、カタナには驚きだった。

「……ところで、ヤーコフは今どこに居る?」

 ヤーコフには、魔竜について色々と話しておかなければいけない事がある。そしてそれ以外にも今回の件で一番の功労者といえるヤーコフに、カタナは言わなければいけない言葉もあるのだ。

「今向かっています……あのテント、あそこに居る筈です」

 そういって部下が指し示す先には簡易テントがあった。駐屯所の代わりとしては質素であるがこの場ではかなり優遇されたものだ。

「解った、ここまででいい。持ち場に戻ってくれ」

 カタナが馬から降りると、部下は一礼して去っていった。その後ろを付いて来ていた馬からカトリ・デアトリスが降りてきて、カタナの横に並ぶ。

「副隊長、無事でよかったですね」

 ヤーコフの安否についてはカトリも気に掛けていたようだ。サイノメの話では魔竜が現れた後のヤーコフの動向は知れていなかったから、それはカタナも同じだった。

「そうだな……もっとも、手放しで喜べる状況じゃないが」

 部下からの報告で、魔竜によってゼニスの街はほぼ壊滅と言ってもいいくらい破壊された事が解った。

 当然その破壊の中には死者も含まれる。この場には数百の市民がいるが、ゼニスは元は人口が一万を超える街であるから、先に逃げ延びたものを考えても相当数の犠牲が出たと考えられる。

「確かに……私もここの人達の痛みが理解できる分、その辛さも解ります」

 カトリは少し視線を落としながらそう言った。

「……」

 家と家族を失った事がある者、カトリはその事で周囲と共感しているようだ。だが次にカトリの口から出た言葉は、それを覆すものだった。

「……ですが、今必要なのは憐憫や同情などではない筈です。隊長がここに居る理由は何の為ですか?」

 そう言ってカトリはカタナの目を真っ直ぐ見据える。ここに来る前とは逆に、カトリがカタナに対して覚悟を問い質すかのように。

「俺が俺のやり方でゼニスを守るためだ。お前に問われるまでも無い」

「……解っているのならいいのです、行きましょうか。副隊長も隊長の安否は気に掛けているでしょうから」

「そうだな」

 カトリはまだ何か言いたげだったようだが。結局、言葉を飲み込むように押し黙りカタナの後を付いていった。



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