第二十二話 夢と現(うつつ)
カタナが目を開くと鉄格子を挟んだ向こう側に。見知った女が座っていた。
銀糸の様な長い髪に、黒い右目と青い左目の神秘的なオッドアイ、輪郭に幼さは残っているが充分に美女と言っていい。
だが表情に滲む不機嫌さが、その美貌に傷を作っていた。
「……どうした風神。また眉間にシワがよっているぞ」
カタナは茶化すように指摘する。それが更なる怒りをかうと解っていてもからかわずにはいられない性質だった。
「どうしたもこうしたもない!! なぜ貴方がこんな場所に囚われなければならないのか!!」
案の定怒りを露わにする風神だったが、カタナの軽口は流されてしまっていた。
「気にするな、俺はこういうとこに閉じ込められるのは慣れている。それにずっと寝てても誰も怒られないから案外快適だぞ」
「ふざけないでくれ!!」
今日の風神にはそんな冗談も通用しないらしい。心に余裕がないみたいだ。
「……少し落ち着け、俺は見ての通りピンピンしているし、別段変わった事も起きていない。お前が怒るような事は何もないだろう?」
少し真面目に言い聞かせるようにカタナが言うと、風神は唸って額に手を当てていた。
「貴方がこうして牢に囚われているのが問題なのでしょう。一級の捕縛魔法が重ねられている上に……何です? その象でも縛るような鎖は、功績を上げた英雄に返す仕打ちではないでしょう」
確かに牢に囚われたカタナには、まったく身動きが取れないくらいの限界に近い捕縛術が施されている。どんな凶悪な犯罪者とて、ここまでの扱いは受けないだろう(むしろ一級の捕縛魔法が重ねられた時点で圧死する)。
「英雄ね……俺はただ他人より多く魔人を殺しただけだ。そんなことで英雄なんて呼ばれるわけがないだろ」
「馬鹿な、それによってどれだけの平穏が守られたのか、ここの誰もが知っている。こんな事は絶対におかしい、許せることじゃない!」
「……他でもない俺が許しているんだ、お前が騒ぐことじゃないだろ」
「――くっ、貴方はいつもそうだ」
風神は悔しげに呟いた。それもそうだ、どんなに心配してもカタナはまるでそれが迷惑であるかのように振る舞うのだから。
そしてそれはカタナにとって本当の意味で迷惑だった。
カタナが処分される事はもう決定している。風神は聞かされてない筈だが、この時点で騒ぎ立てる事で、良からぬことが風神にも飛び火する可能性は十分にある。
(俺はもう自分の運命に諦めがついているからいい、だが俺のせいで腐った運命に風神を巻き込むのは許せない)
帝国特務にきて得た唯一と言っていい程の、大切なもの、大切な想い。
もし自分がどんな目にあったとしても譲らないと、カタナは決めている。
「……解りました。貴方があくまでそういう態度ならば、私にも考えがある」
しかしカタナは理解していなかった。
自分が大切に想っている以上に、風神がカタナの事を想っている事を。
「何をする気だ?」
風神の瞳は、ある決意を力強く帯びていた。
「私から直接上に直訴する。最悪は家の力に頼ってでも……」
「……家って。お前、勘当されてるだろ」
「確かに私は既にゼルグルス家から除名されているが、私の力を認めている叔父ならば話を聞いてくれるはず」
風神は貴族の子として生まれながら、右目が黒いという理由だけで疎まれ。姓を名乗れず、名前すら付けられずに育てられた。
黒は凶兆として扱われる大陸では、捨てられなかっただけマシであると風神は以前に語っていたが。本当はそれで随分と心に傷を作っている事を、カタナは理解していた。
「余計な事はしなくていい。放っておいてもその内出られる」
嘘は吐きたくなかったが、風神を止めるべくカタナは自分を曲げてそう言った。
どうあっても覆らない事で、風神が新たに傷を作る必要は無いのだ。
「……貴方がどう言ったところで、私は意地でもここから貴方を出して見せる。私の力で、どんな手段を使ってでも」
「やめろ、そんなことされても俺は全然ありがたくない」
「……ならばこれは私の我儘という事になる。貴方が迷惑に思っても、私がそうしたいのだから」
「意味が解らん、どうしてそんな事をする?」
嫌いな筈の家の力を頼ってまで行動を起こそうとする理由が、カタナには見えない。
そしてそのカタナの問いに、なぜ解らないのかと辟易しながら風神は肩を竦める。
「……前に食事を奢ってもらう約束をした筈だ。その約束がまだ果たされていない」
「あ? ……腹、減ってるのか?」
今度は絶望したように風神は天を仰いで、あからさまに深いため息を零した。
「……本当に鈍い」
風神が溜息と共に零した一言はカタナの耳に届いていたが、その意味もカタナには理解不能だった。
そして踵を返して立ち去ろうとする。
「おい、待て」
「待たない……失礼する」
カタナの制止の声は牢の中に響くだけで、風神が足を止める事は無かった。
(あの馬鹿、まさか本気で行動を起こす気じゃないだろうな……)
上に逆らっても立場が悪くなるだけだ。帝国特務に影響力のあるゼルグルス家を頼ったとしても、元々のカタナの処分もゼルグルス家が決めたものかもしれないのだ。
そうするとそれに風神が異を唱えてしまえば、危険因子として処分されてしまう可能性もある。
「……クソッ」
こうなると身動きの取れない今の自分がもどかしい。
黙って死ぬつもりだったが、最後に大暴れしたくなってしまう。
(鎖はともかく、あいつのかけた捕縛魔法が厄介だ)
大陸一の魔法師を自称する、帝国特務の通称『室長』。奴が発現する魔法の法式強度は相当なもので、たとえ魔元心臓を使っても干渉力が及ばない程の強固さだ。
おそらくは陣によって発現しているのだろうが、身動きが取れない状態では崩しようがない。
「……結局、無力なのか。どう足掻いても」
行き着くところは同じ、大切なものは何一つ守れず、中途半端に巻き込んで終わる。
元々存在からして中途半端な自分の器は、そんなものかと自虐する。
「そんな事は無いよ」
しかしカタナの暗く沈んだ気分と、牢屋の薄暗さとは正反対の、明るい声が否定する。
「……お前は誰だ?」
いきなり目の前に現れたように見える幼い少女に、カタナは鋭い視線を向けて問う。
少女は笑って答えた。まるで何も考えていないような満面の笑みだった。
「あたしは死神だよ。死が間近に迫ったあなたを迎えに来たのさ」
「なんだ死神か。ちょうど良い所に来たな、さっさと連れて行け」
すぐに死にたい気分だったカタナは、少女の事をあっさりと受け入れてしまった。
「うえ!? ちょっと、今のはあたしのブラックジョークをつっこむところでしょ! こんな可愛らしい死神が居る訳ないじゃん!」
冗談が滑ったからか、少女はあせった様子で恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「……じゃあなんだよ、面倒だな」
「め、面倒って、初対面の人にそんな事を言われたのは初めてだよ……コホン、では発表します。私は実は共和国の協会騎士団から派遣された密偵なのです!」
「嘘を吐くな」
今度は少女の言葉をカタナは断固として否定した。
「ええー、なんでそんな力いっぱい否定するの? 今度は本当なのに」
「お前のみたいな騒がしい密偵が居るか」
「ぐ、おっしゃる通りです。い、いやほら、密偵は兼業であたしの本業は別にあるし、だから、あのギリギリセーフ? だと思うんだよ」
「意味が解らん」
「あーもう、とにかくこれを見て」
自己の証明は諦めたのか、少女は書状の様なものをカタナに向けて雑に広げた。
そこには共和国、並びに協会騎士団はカタナを受け入れるという旨が書かれており、何かは解らないが隅には紋章のようなものが描かれていた。
「……これはどういう事だ?」
「書いてあるままの意味だよ。あなたが望むなら、ここを出て共和国の騎士として新たな人生を歩むことができるのさ。もちろん嫌なら無理にとは言わないけどね」
簡単に言ってくれるが、それはまさにとんでもない事だろう。
「帝国はそれを認めてるのか?」
「まさか、そうだとしたらこんなところに直接忍び込んだりしないよ」
そうだろうとも、それを許すはずがない。
「ならばそんな書面は無意味だろうが、処分されるのを待つ身で俺はここを出る事が出来ない。共和国に迎えるなんて言われても、それが出来なければ選択する意味は無いだろ」
「ほう、じゃあつまるところ、ここを出る事が出来るならあなたはこちらの申し出を受ける心算もあると?」
「……それは」
少女の返答にカタナは言葉を詰まらせた。不用意な言葉は許されない、不思議と少女の言葉にはそういう重みがあった。
(……共和国か、どういうつもりか知らないが、俺に何を求めている? いや、そんな事は考えるまでもなく解りきっているか……)
カタナが人に求められるとすれば、それはただ一つ、『魔剣』としての戦力だけだろう。カタナ自身が自分にそれ以外の価値を見出していないだけに、そうとしか考えられなかった。
(誰かの都合で、これ以上好き勝手に扱われるのはうんざりではあるが……しかし)
自分の事はかなりどうでもいいが、このまま処分を受け入れるだけでは馬鹿な気を起こしそうなのが若干一名いそうなのだ。
それを止める為には、あるいはこの胡散臭い少女の提案も受け入れるべきなのかもしれない。
「……まず一つ、そんな提案をするという事は、俺をここから出す事はできるんだな?」
「うん」
あっさりと頷く少女、かなり困難な事である筈なのだが、それを言えばここまで少女が忍び込む事が出来たのも、充分にあり得ない。
「……俺がその書面に書かれている事を受け入れれば、ここから出してくれるんだな?」
「うん、絶対の保証付きでね」
その返答を聞いて、カタナは深く息を吐き出し、そして決めた。
「いいだろう、全て受け入れてやる」
これまでの事を思えば、どこへ行っても結果は同じ……裏切られて捨てられる。
そうだとしても、今カタナの取るべき道は、それすらも受け入れて生き延びるしか無いように思えたのだ。
「おっけー、交渉成立だね。あたしはサイノメ、今この時をもって共和国まであなたのエスコートをさせて頂きます」
そう言ってサイノメと名乗った少女は恭しく一礼する。
そして顔を上げたサイノメは、何かを求めるようにカタナの方をじっと見つめる。
「何だ?」
「いや、せっかく古今東西の常識よろしくこちらから名乗り上げたのに、あなたの名前は教えてくれないのかなって」
確かに人の礼儀としてはそうだ。
「……知ってるだろ? 魔剣だ」
「そういうのじゃなくて、本名が知りたいんだけど」
そこでカタナは言葉を詰まらせる。
自分が持っている名前は研究所で呼ばれていた『502』という数字と、そして帝国特務で付いた『魔剣』という記号しかなかったからだ。
そこで疑問に思う。カタナという名を持つ自分の存在に、そしてすぐに理解した。
(ああ、これは夢か……)
かつて体験した転機とも言える瞬間。
風神と別れ、サイノメと出会い、共和国でカタナという名を得て現在に至るまでの、決定的な分岐点。
(二年前の俺だな……そして二年前のサイノメ、気持ち悪いくらい変わってねえ)
記憶の中のサイノメの風貌は今とまったく変わらない幼い少女のまま、最近になって再会した風神は随分大人びていたのに。
そうやって夢だと自覚して眺めていると、だんだんと景色がぼやけていった。おそらく現実のカタナが目を覚まそうとしているのだろう。
カタナを縛っていた魔法も鎖も無くなっていたが、なぜかサイノメだけは消えずにカタナの返答を待っているようだった。
「……ここを出られたら教えてやる」
二年前と同じ言葉をサイノメに返すと、カタナは無意識の海から抜け出した。
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背中に感じる固い樹の幹の感触とともに、カタナは目を覚ました。
魔元心臓を起動した事による身体への負担と、考えてみれば丸二日ほど睡眠をとっていたかった事からか。ベッドにするには好ましい場所では無い所で、眠りに落ちてしまっていたようだ。
それだけでも結構寝起きの気分としてはよろしくない状態であったのに、目を開けてみればむさ苦しい顔が正面にあり、更に気分が悪くなった。
「よう、お目覚めかい?」
カタナを覗き込むように眺めていたのは、今カタナが居る山の麓まで、馬車の御者役を務めてくれた自警団のニールだった。
「ニールか。とりあえずお前のむさい顔は、寝起きには目の毒だからさっさと離れろ」
「おっと失礼。いきなりぶっ倒れるように眠り出したから心配になってな、脈とか測っちまったぜ」
笑いながら、ニールはカタナから離れて近くにあった樹に寄りかかるように腰を下ろす。
「……やはり付いて来ていたのはお前だったか」
「ああ、やっぱり気づいてたのか。気配を消しての尾行は得意だと思ってたのに、自身無くなったなあ」
ニールには麓の村で待機してもらうように言ってあったが、山賊のアジトまでの道中に後ろを付いてくる気配を感じていた。
魔人の事が第一だったので捨て置いていたが、その時も今もニールから敵意は感じられない為、そのカタナの判断は間違ってはいなかったようだ。
「何故そんな事をした?」
しかし今はニールの行動の意図を知っておかなければならない。ニールにはこれから頼みたいことがあり、カタナにとって協力体制にあるのかを定めなければならないからだ。
「仇の最期をこの目で見たかったのが理由だな。それにあわよくば、お前らを囮にして俺がこの手で仇を取ってやるって打算もあった」
カタナの言う事を守らなかった行動の理由を、ニールはそう答えた。
(仇か、ニールにとってあの魔人は恩人を殺した仇だったな……)
昨日の晩の夕食時にニールが語っていたのをカタナは憶えている。
あの時は自分には無理だからカタナに頼むと言っていたが、ニールとしてはやはり誰かに任せられる事では無かったのだろう。
「……けどやっぱ無理だったわ。アジトが黒い炎に包まれた時、俺は恐怖ですくんで身を隠す事しかできなかった。本当に情けねえよな」
「かもな」
「うおい! ちょっとはなぐさめ……ってそんな筋合いはねえか。何にせよ、ありがとうな」
ニールが漏らした感謝の言葉を、カタナは疑問の表情で返す。
「仇を取ってくれたことに対する礼だ。筋合いはねえかもしれないけどよ、まあ俺が言っておきたかっただけだから気にすんな」
「そうか」
ニールは少しだけ悔しそうだったが、それでも感謝は本心からのようだ。
「代わりと言っちゃなんだけどよ、お前さんの事は誰にも言わないでおくさ。まあ言ったところで誰も信じないだろうけどよ」
ニールが言うカタナの事とは、魔人との戦いで見せた魔元心臓の力の事だろう。
しかしそれを簡単に許容する事を、カタナは不自然だと感じてしまった。
先程カトリ・デアトリスに剣を向けられたばかりだという事もあるが、しかし何も聞かないでおくというのはおかしい事だ。
魔人を倒す事に使ったとはいえ、カタナの力は魔人と同じ魔力だ。こうして普通に接しているが、ニールだってそれは理解している筈。
「……俺を放っておく事を危険だとは思わないのか?」
「これでも人を見る目はあるつもりだ。言ったろ? お前は間違いなくお人好しの部類の人間だってな」
何故かそれを自信満々に言ってのけるニール。
「偽っているとは思わないのか? お前は人を見る目があるのを自負してるが、俺が人じゃなければ発揮されるかどうか解らないだろ?」
そのカタナの問いに、ニールは噴出して笑い始めた。
「……何が可笑しい?」
「ぷくく……いや、悪い、カタナも色々大変そうだと思ってな……そうだな、俺の答えとしちゃ、見たまま感じたままでカタナをお人好しの良い奴だって判断してる。それで充分だし、それが全てなんだ」
「――?」
「つまりな、カタナが何者だとしても、良い奴なら放っておいて問題なし。悪い奴なら俺は抵抗するすべなく殺されてる。まあこの辺は昔の傭兵稼業で培った割り切りの良さってやつかな。自分の身の丈以上の事には首を突っ込まない日和見とも言えるか」
「……なるほどな」
その理屈はカタナにとって理解できるものだった。そしてなんとなくニールという人間の性格も伝わってくる。
「カタナが魔人を倒した時は驚いたけど、その後にそこでぶっ倒れたのを見てさ、なんとなくコイツは大丈夫だって思った。ただの勘だが、俺がそう思ったんだから誰にも文句は言わせねえよ」
あまり深く考えずに単純に物事を割り切る。ニールはそういう直感で行動するタイプのようだ。
変に揉め事になるよりは、カタナにとって面倒が少なくていい。
「それよりもだ……」
ニールは言葉を切って、改めてカタナを見据える。
「あの嬢ちゃんが言っていた事は本当なのか? その……市長が実は魔人だったとか、魔竜が現れたとかって話」
サイノメが伝えた内容はニールも聞いていてくれたようだ。離れた場所で身を潜めていたニールにも聞こえているか心配ではあった。
これで改めて説明するのは手間は省けた。
「本当だろう。ここに俺を送り出したのは市長の計略だったらしい。魔人がこんな辺鄙な所で山賊をやるなんてのはおかしいと思っていたが」
まんまとはめられたと言うしかない。
「こればっかりは、にわかに信じられないけどよ……確かに俺の勘もゼニスには近付くなって言ってる気がする」
「その事でだが……ニールに頼みたいことがある」
カタナがそう切り出すと、ニールは露骨に嫌そうな顔をした。
「さっきも言ったが、俺は身の丈以上の事には首を突っ込まねえぞ」
そう釘をさしてくるが、おそらくこれからカタナが頼むのはニールの身の丈に合ったものだろう。
「これからニールには近隣の村や町に行って、そこの住人にゼニスには近づかないように伝えてくれ。魔人や魔竜という言葉は使わずに適当な理由をでっち上げてな」
「ん? 頼みごとってそんな事か?」
「もう一つ、山賊を数名捕まえてあるからそいつらの連行も頼む」
捕まえた山賊というのは、アジトが魔術陣によって黒い炎に包まれた時にカトリが守った奴らの事だ。
放っておいても良かったが、ついでなのでニールに押し付ける事にした。
頼みごとはそれだけだったが、ニールは何か腑に落ちない様子だった。
「異論はないが、カタナはどうするんだ?」
「俺は……これからゼニスに向かう」
ニールの言葉ではないが、身の丈に合った行動を取るのならそう言う事になる。
おそらく魔竜の対策については、サイノメが既に協会騎士団の本部に伝えている筈だ。サイノメに聞いた限りでは魔竜がゼニスに現れてから三時間は経過している。カタナに対する報告がそれだけ遅れたのは、そういう優先すべき準備に時間を取られたからだろう。
それでもカタナは行かなければならない。
サイノメのように転移魔法だとかいう胡散臭いものを使わなければ、共和国の首都にある協会騎士団の本部とゼニスでは距離が離れすぎている。
サイノメが自身以外を転移できない事を考えると、最速の移動手段でも二日はかかる距離だ。
「馬車はどうする? 御者の俺が居なくて動かせるのか?」
ニールが危惧していたのはそれだった。ここまでカタナ達が乗ってきた馬車はニールが居なければ動かす事が出来ない。
しかしその点は、抜かりはない。
「お、おい、あれって……」
ニールが何かに気付いたように空を見上げた。
「ああ、迎えが来たみたいだ」
四枚の翼を持った飛竜の姿が、サイノメ達がいるところに降り立っていくのを見て、カタナは立ち上がった。
サイノメが用意した大陸では最速の移動手段。調教は難しいが、それを扱えるのは魔獣の宝庫とも言われる共和国ならではだ。
「じゃあな。今言った事、頼んだぞ」
言い残して、カタナはニールと別れ。再び戦場に向かう道を選んだ。