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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
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第二十話 サイノメとカトリ・デアトリス

「魔竜……ですか?」

 サイノメが伝えたゼニスの惨状を聞き終えた、カトリ・デアトリスの第一声はそれだった。

 疑問形なのは、きっとそれが突拍子もなさ過ぎて現実味に欠けているからだろう。いきなり魔界から魔竜が召喚されたと言われても、信じられないのはしょうがないが。

「そう、魔竜。まあピンとこないかもね、見た事無いものにはイメージ湧かないと思うし……でも事実なんだよ」

「おいサイノメ、そいつの事は放っておけ。何を言っても信じられない人間不信女なんだから。話すだけ時間の無駄だ」

 なんとかカトリに信じてもらえるように話そうとするサイノメに、カタナの横やりが入る。

「だ、誰が人間不信女ですか!?」

「お前以外にいるか馬鹿が。大体、いつまで俺に剣を向けている気だ」

「きちんとした説明があるまでです。それまではこのままでいさせて頂きます」

 そうやってカタナに剣を向けたまま、サイノメの方に向くカトリ。微妙に両者の距離があいているせいで、サイノメが話しにくい思いをしているのだがお構いなしだった。

「今の話が本当だったとして、一つだけ気になることがあります。どうして今ここにサイノメさんが居るのかという事です」

 カトリはサイノメに疑問を呈する、それはもっともな事でありサイノメもその疑問は想定していた。

「そうだね、ゼニスの街とこの場所は日を跨ぐ程離れている。ほんの数時間前の出来事をこうやって直接伝える事は、普通は不可能だね」

「……普通は、といいますと?」

「それは、そうだね……見てもらうのが一番早いかな?」

「どういう――な!?」

 今までカトリの視界に居たサイノメが、音も無くその姿を消した。

「こういう事」

 カトリの後方から声が聞こえ、振り向くとサイノメが数メートル先で手を振っていた。

「い、今のは……?」

「超スピードだとかそういうチャチなものではないよ。あたしは見ての通りか弱い女の子だから、目にも止まらぬスピードで走り抜けるだとか、そういう人外じみた体力は持ってないからね。これは解りやすい言葉で言えば『空間転移魔法』さ」

「――空間転移魔法!?」

 それは離れた距離を一瞬で移動するという魔法、一つの魔法分野を確立するほどにあらゆる機関で研究されている。

 しかし現状では無機物を転移させるのが精一杯であり、人一人を転移させるのも夢のまた夢と考えられている。

 もし今、机上の空論ではなく、その魔法式を完全なものとして成功させれば、それだけで『賢者』の称号を授けられることもできるだろう。

「詳しい種明かしは企業秘密だけど、そう認識するのが一番理解しやすいとおもうよ」

「信じられない……いや、信じ難いことですが……うっ」

 また視界からサイノメが消え、カトリが振り返ると元の場所に戻っていた。人がいきなり消えるというのは、かなり気味の悪い現象だというのをとりあえず理解した。

「まあ、見たままを信じてもらうしかないね。あたしはこの世界で唯一、空間転移を行える女の子ってわけ。凄いでしょう」

「……それは、凄いですね」

 あまりに驚きすぎてカトリの語彙ごいが一時的に不足した事態になった。

「ねえ、カトちゃん」

「カト……それは私の事ですか?」

 サイノメがカトリに勝手につけたあだ名で呼び、カトリは困惑して問い返す。

「そう、いいあだ名でしょう? 私が付けたんだよ」

 サイノメに笑顔でそう言われれば、カトリも曖昧な笑みで頷くしかない。

 カトリの中でサイノメに対する苦手意識が地味にあった。幼い風貌からは想像できないが、サイノメは成人女性であり、カトリよりも年上に当たる。

しかし初対面の時にてっきり年下だと思って、接し方を間違えたのがカトリの中で尾を引いている事もあり。更にヤーコフからサイノメについて(主に頭が上がらないという事)色々聞き及んでいる事も関係している。

「それでさ、カトちゃんはシャチョーの事。どう思っているのかな?」

 サイノメは、面倒臭そうにそっぽを向いているカタナを指して尋ねる。ちなみにサイノメがカタナをシャチョーと呼称する事は、駐屯部隊の隊員ならば誰もが知っている事だ。

「え、どう思っているとは?」

「うーん、つまりシャチョーの力をその目で見て、そうやって剣を向けているけど。その行動は気が動転してて、引っ込みがつかなくなっているからのように私には思えるから、その点確認しておこうと思って」

「う……それは」

 図星をさされて口ごもるカトリ、サイノメの指摘は的を射ていた。

「まあ、こんな見た目からしてあからさまに怪しい人が、あからさまに怪しい力を使ったら、そりゃ怪しいし、そのまま味方と思うのは危うい事だよね」

「おい、黙って聞いていれば何を好き勝手言っている?」

「いや、シャチョーはそのまま黙っていてよ。これは口下手で誤解されやすいシャチョーの為に私がすべき仕事なんだから」

「……まさか、話す気か?」

「それが必要だとあたしは判断するよ。余計な誤解を招くのは今後の身の振り方にも影響が出てくるし」

 サイノメとカタナの視線が交差する。

しばし目を合わせていた両者だが、先に視線を外したのはカタナ。ふう、と嘆息して頭をかく。

「好きにしろ」

 そう言い残してカタナはその場を離れた。

 慌ててカトリは呼び止める。

「あ、何処に行かれるのですか!?」

「小便だ、ついてくるなよ」

 後を追おうとしたカトリは、そのカタナの発言でピタリと足を止め、顔を赤らめた。そういう所は元貴族の品性が残っている。

「大丈夫、シャチョーは逃げたりしないよ。それに、もしシャチョーが逃げる気でいるなら、どっちにしても追いつけないと思うし」

「は、はあ」

 カトリとしては何だか腑に落ちない気分だが。出足を挫かれた手前、すぐに追いかけようとはしなかった。

「それじゃ、ここは二人で腹を割って話そうか。ねえ、帝国特務の『名無し』さん」

 そしてサイノメの一言で、カトリはその場を動けなくなった。



++++++++++++++



「――どうしてそれを?」

 誰も知るはずの無い事実を、サイノメに言い当てられたカトリ・デアトリスは。その隠しておくべき事柄を隠すのを忘れ、驚愕と不審を問いとして投げかけた。

「カトちゃんの事を調べた結果の必然かな? まあ、そこに行き着いたのは、あたしが帝国特務と因縁があったってのが大きいかな」

 さらりとそんな大事を言ってのけるサイノメに、カトリは目を細めた。

「帝国特務と因縁……サイノメさん、貴方は何者なのですか?」

「うーん、そうだねえ……今ここに居るのは、協会騎士団の秘書官であるサイノメだけど。帝国特務と因縁がある方は、非合法な情報屋としてのサイノメかな」

「なんです? 非合法な情報屋?」

 カトリ・デアトリスは、情報屋としてのサイノメの事は知らないようだ。帝国特務はサイノメを追っているが、末端に至るまではその情報を提示していないらしい。

 帝国特務の内情に詳しく、外部に漏れれば色々とまずい事になる秘密も掴んでいるサイノメの事は、追う側にとってデリケートな問題としているようだ。

 そこをあえて簡単に明かすのは、享楽主義というべきサイノメの性格か。それとも波が立っても、それをコントロールできるという情報屋としての自信があるからか。

「ちょっとした若気の至りってやつだから、そこはあまり気にしないでもいいよ」

「……若気の至り」

 どんな因縁があったのかカトリには解らないが、それが帝国特務との関わりならばきっと、そんな一言では済まないような事だというのは解る。

「まあ、それはおいおい話すとしてだ。今ここで帝国特務の話を持ち出したのは、実はあたしとカトちゃんだけじゃなく、シャチョーにも帝国特務との関わりがあるからなんだよ」

「隊長も、帝国特務と関係している? どういうことですか?」

(……やはり、知らなかったか。じゃあ、カトちゃんは帝国特務の意思とは全く関係の無く、シャチョーと関わりを持ったのかな? いや、そういう風に仕組まれた可能性の方が高いか、『魔術剣』の事もあるし)

 カトリの反応を見ながらサイノメは逐一推測を立てていく。カトリの挙動が演技であるという可能性最初から捨てている。

 もし仮にカトリがサイノメを騙せるほどの役者だというのなら、それを見破るすべは無いし、その方が面白いとサイノメは考えているからだった。

 そしてここからサイノメは、カタナについての全てをカトリ・デアトリスに語る事にする。契約主から「好きにしろ」という許しが出た、今のサイノメの口は軽い。

「実はシャチョーは二年前まで帝国特務に所属していたんだよ。しかも固有の記号である『魔剣』としてね」

「……ありえません」

 カトリは即座に否定する、その言い分もサイノメには解るものだった。

「二年前まで帝国特務に所属していた者が、協会騎士団の聖騎士になるなど許されない筈です」

 カトリがそう語る背景は、まず今の帝国と共和国の仲が微妙という点である。

 共和国の国土の大半はかつて帝国の領地であった。共和国の建国は時の皇帝が認めるところではあったが、それは大戦によって帝国の国力が著しく低下した事によるものと、勇者ミルドレットの偉業を認めたからだ。

 だが皇帝の代も変わり、帝国の国力もかつての栄華を取り戻している現在。帝国は一部の国土の返還を共和国に求めてきていた。

 当然ながら共和国の議会はこれを受け入れず、何度も会談の場は設けられたが、未だ折り合いはつけられずにいる。

 現皇帝が強権主義的な思想を持ち合わせている事もあり、両国の間には数年の間きな臭い空気が流れているのも事実である。

 そんな中、共和国の象徴とも呼ばれる協会騎士団に、帝国の闇と呼ばれる帝国特務の人間が入り込むなど、みすみす間諜を許してしまう失態だろう。

「許されない筈……ね。じゃあカトちゃんはさ、どうなんだい?」

「……どう、といいますと?」

「カトちゃんだって、帝国特務だったわけなのに、今は協会騎士団の従騎士じゃないか?」

 あるいはカトリが今も帝国に属している可能性もあったが、サイノメはそれをあえて指摘はしなかった。

「私の場合は武芸祭という特殊な条件を元にしてますから」

「ほう、でもシャチョーがもっと特殊な条件の元で、協会騎士団の騎士になることを許されたのだとしたら、それを信じるかな?」

 勿体付けるサイノメの調子に、カトリは少し呆れながら言葉を待った。

「シャチョーは帝国特務に捨てられたんだよ、誰もが認めたその強さ故に味方からも恐れられてしまったんだ。カトちゃんも見たよね、シャチョーが宿す異形の力は」

 魔人を圧倒したカタナの力、カトリがそれを見た時に感じたのも恐怖、あるいは危機といった感情だった。

 相手が自分に敵意を持っていないと解っていても、自分とは異なる力は不安を呼び、そして思考さえ狂わせる。

「……隊長は魔力を宿している、それは本人も認めていました。しかし魔人ではないと否定もしていました。あれがどういう事なのか、サイノメさんはご存知ですか?」

 カタナが席を外しているからか、カトリは大分落ち着いているようだ。これから話す事はある意味で、カトリに更なる衝撃を与える内容なだけに、サイノメはあえてそれを聞かれるまで話さないでいた。

「シャチョーは魔力を宿しているけど、それは実はシャチョーの力ではなくてね……シャチョーの体内にある『魔元心臓ダークマター』の力なんだよ」

魔元心臓ダークマター?」

 それはカトリが初めて聞く単語だった。

「簡単に言うと魔元心臓は魔力を生み出す装置のようなものかな。魔術に対抗するには同じく魔術でと考えて、それを扱う為の魔力を、人に宿らせるという目的の元作られた――狂った偉業だよ」

「……そんな、馬鹿な話」

「確かに馬鹿な話だね。でもこの世界にはそんな馬鹿な話がごろごろ転がっているんだよ。五十年前の大戦でこの世界は狂わされたんだ……魔人、魔術、魔獣、魔界、研究者達はその未知に取りつかれて道を踏み外し、そして時にとんでも無いものを生み出していくってね。そして驚くなかれ、魔元心臓を作りあげたのは帝国特務に連なる研究機関だった」

 それはあるいは必然か、帝国の闇を担う帝国特務との繋がりは。

「私は聞いたことがありませんよ、そのような研究も、研究機関がある事も」

 カトリはかつてデアトリス家の書庫にあった、魔人や魔術に関する書物を読み漁った事があった。それは知的好奇心では無く、復讐を果たすための事前準備であったが、その中にサイノメが語ったような研究も、研究成果も記されたものは無かった。

「そりゃそうさ、その研究は帝国特務の闇の中の更に深い闇。多くの犠牲を費やして行われた、狂った研究なんだから」

「多くの犠牲とはどういう意味ですか?」

「人の身体では、魔元心臓のもたらす膨大な力の負荷に耐えられない、あるいは霊力と拒絶反応を起こしてしまう。そうやって実験のなかで失われた命は後を絶たなかったって事さ」

 研究者達は没頭するあまり、人としての倫理すら失っていた。

「だけどそれでその研究は止まらなかった。『人が魔元心臓に適合できないのなら、魔元心臓に適合できる人を作りあげればいい』、とそう言った研究者がいた。そして作りあげたのさ、『魔元生命体ホムンクルス』をね」

魔元生命体ホムンクルス? ……また私の知識にはない言葉ですね」

「魔元生命体は、いわば人工的に作られた命。自然の摂理を捻じ曲げて、無から作り出された人の事さ……」

 それは生命への冒涜とされる禁忌。人が人を生むのではなく、作る。自分の都合の為だけに、その生命を扱う。

 鬼畜魔道に堕ちた研究者達の最も狂った偉業。

「魔元生命体は人と同じ形をしながらも、魔元心臓に適応させる為に、生命体としての強度は人を超え、魔人の域すら超えていた」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? それってもしかして……」

 いや、もしかしたりする必要も無く、サイノメが語っているのは始めから一人の事。

「そう、シャチョーは魔人では無い、そして残念ながら人でもない。狂った研究者達に作り上げられた『魔元生命体ホムンクルス』であり、そして『魔元心臓ダークマター』に適応できた唯一の存在なんだよ」

 それがカタナという人物の生い立ち。

彼は父も母も無くこの世に生を受け、運命の介入の余地も無く生きる道が決められていた。

「…………」

 その話を聞いたカトリは衝撃を受けた様子で、しばし言葉を無くしていた。

 サイノメが語った事は真実であり、そしてカトリがそれを信じる条件はいくつも揃っている。逆に疑うための条件は少なく、それはカトリの知識では説明できない事が多すぎるからだ。

 あるいはカトリから見える僅かな葛藤は、その無知ゆえの事なのか。

「その研究は今も、続いているのですか?」

「いや、五年程前に凍結されているね、理由は解らないけどさ」

 それによってカタナがこの世で唯一の存在になってしまったのは、本当に皮肉な話だった。

「ちなみにシャチョーが作られたのは十年前だよ」

「じゅ……え!? といいますと、隊長の年齢は十歳という事になりますか!?」

 単純な驚きという意味では、それまでの専門的な話よりも理解しやすい分、カトリは感情を露わにする。

「うん、でも人のピークの年齢と肉体を基準に、最初から大人の姿で作られたみたいでね、十年前からずっと、今と同じ見た目らしいよ」

 それはそれで驚く所だが、単純に成長しすぎた十歳と考えるよりも、カトリには納得いく話だった。

「それで話を戻すけど、シャチョーはそれから帝国特務を経て、共和国の騎士になるわけだけど、その話も聞く?」

「……聞かせて下さい」

 どこまで信じられるのかカトリには測り兼ねている部分もあるだろうが、もうありえないなどとは言わなかった。

 サイノメとしては話を聞かせるだけで充分だ。いや、今はカトリにしっかりと話を聞いてもらう事が何より重要なのだ。

 誤解や懸念は放っておくと膨らみ、予想外の事態を引き起こしかねない。サイノメがそれを拭っておけば、最低でも時間稼ぎくらいにはなる。

(……まあ、アレが来るまで、もう少し時間がかかるだろうし。時間繋ぎにしては有効活用かな)

 そしてサイノメは自分の知る限りのカタナの半生を、カトリに聞かせた。


説明ってちゃんと伝わっているのか考え出すと不安でたまらないですね。

文章力が足りない分は勇気で補っています。

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