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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
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第十五話 犯罪者と軍人

夜明けより少し前のもっとも空が暗い時間、カタナはゼニス市の郊外に訪れていた。

 ヤーコフには、準備があると伝えて出掛けたはずのカタナ。実のところそれはサボる口実で、いつものように街をブラブラしていただけだったが、その場所に出向いたのは一応の理由がある。

 市長との取り決めにより、明日カタナは偵察の名目でゼニスを発つ。その前に会って置くべき者がいて、待ち合わせに指定したのがこの場所なのだ。

 街道からも離れ、誰もいないその場所はとても静かであり、唯一聞こえるのは虫の声だけ。しかしそれを風流とは思わないカタナは、雑音として切って捨てる。

 見上げると空いっぱいに闇が広がっている。今日は夕方から曇り気味だったから星も月も出ていないらしい。

「今日はシャチョー好みの、良い夜だね」

 狙い澄ましたかのように、唐突にカタナの背後から声が掛かった。

 振り向かなくても誰かは解っている。そいつをこの場に呼んだのはカタナなのだから。

「風神とのかくれんぼは済んだのか?」

 カタナの背後には、一週間程姿を見せていなかったサイノメが何故か正座していた。

「まあね、ちょいと巻いてきたとこさ」

「簡単に言うな。いや、お前にとっては本当に簡単な事か」

 正直な所、サイノメがこの場に来れるかどうかは微妙だと思っていた。風神がサイノメを追っている事をカタナは知っていた。だがサイノメはそれを伝えるより早く、自分で察知して身を隠していたので、どんな状況になっているかはカタナは知らなかったからだ。

 それでもサイノメが捕まることはありえないと思っていたから、いくつか取り決めてある伝達手段で呼び出してみたのだが。

「いや~実を言うとかなりしんどいね。元から風ちゃんとは相性が悪いからさ、まあ風ちゃんから見てもあたしは相性が良くないだろうから、どっこいどっこいだけどね」

 そう言いつつも微塵も疲れた様子を見せないのは、ある意味逃げる事に掛けては文字通りのプロである余裕なのか。

 しかしカタナにはそれよりも気になることがあった。

「本当に巻いてきたのか? 近くに居るんじゃないだろうな?」

「気になるなら見回りでもしてくればいいよ」

「……面倒だからやめておく」

「あはは、それでこそシャチョーだ」

 近くに居ても居なくても、風神にはそれこそ意味が無い。

 風神は風の霊子を媒介にした特殊な魔法を扱う事が出来る。その中で風と意識を共有し、風の通る所を知覚し探知が可能な魔法が存在していた。

カタナが知るうえで、風神の最大知覚範囲は約一キロメートル四方。その気になればそれだけ広範囲を捉えられる風神が同じ街に居る中で、逃れられる事自体が間違っているように思う。

「それで、俺の方の状況は知っているか?」

「もちろん。市長から魔人退治を頼まれたんでしょ」

 そこは流石の情報屋というべきか、話が早い。風神から逃げながらも、しっかりと仕事はこなしていたらしい。

「俺が知りたい事は解るな?」

「うん、その魔人とその周囲の情報」

 そこも流石というべき的確さで言い当てるサイノメ。しかしそれも情報屋としては当たり前らしく、サイノメ曰く「得られる情報には限りがあるから、常に契約主の欲している情報を見極め、取り捨て選択している結果に過ぎないよ」という事らしい。

「じゃあ知っている事を全て話せ」

「あいよ、じゃあまずその魔人についてだけど……残念ながら分かった事は少ないね。挙げられるとすれば、最近この辺のならず者を集めて山賊団を結成した中心人物だって事と、炎の魔術を扱うって事くらいかな」

「確かに少ないな、だがまあそれもそうか。存在しないはずの魔人の情報が、そんなに簡単に挙がるわけがないからな」

「そうだね、でもそう考えると変な話だよ。その魔人が五十年前の生き残りなのか次世代なのかは解らないけど、これまでひっそりと生きていたわけじゃない? それが山賊団を結成して、わざわざ目立つような事をする理由があるのかな」

「単純に考えればひっそりと生きていくのが嫌になったか、あるいは山賊として生きても魔人だとバレないでやっていける自信があったか、というところだが。まあ、何にしても始末するのは変わらないから、その点は気にするところではないな」

「うわ、ドライね」

「そうじゃなければ、やってられんさ」

 慣れた事のようにカタナは言い捨て、その話は終わりと言わんばかりに締めくくる。

「魔術については、シャチョーの方が詳しいだろうから別にいいよね」

「ああ。炎の魔術を使う事らしいって事は、市長から聞いた。何でも、黒い炎が広範囲に広がり、戦場になったのは山中だったが、焼かれたのは自警団員だけだったそうだな」

「そう、魔法じゃ難しい常識外れの離れ業だよね」

「焼きたいものだけ焼く炎な、便利で効果的だがそれだけだな」

「……まあシャチョーにとっちゃ、どんな魔法も魔術も怖いもんじゃないだろうね」

「そういうわけじゃないが、本当に恐れるべき事がもっとあるからな」

「例えば?」

「お前も知っている事だからわざわざ言うのは時間の無駄だ。それよりも話すことがあるだろう」

 サイノメは悪戯っぽい笑みを浮かべ、少し残念そうにしながら求められた情報を引き出す。

「魔人の結成した山賊団についてだけど。これについては本当にならず者の寄せ集めで、中には賞金首もいるけど、おおもとの身元は割れている人間だけだね」

 実のところ、カタナが一番知りたかったのはその点だった。

「山賊団は何人で構成されている?」

「全部で九人、魔人を抜かせれば八人だよ」

「そうか、それが解れば充分だ」

 カタナが知りたかったのは魔人が本当に一人なのかという事。それは単純に始末する対象を明確にしておきたかったに過ぎない。

 だが、根底にある理由として、相手が犯罪者であってもそれが人間ならば、カタナは殺さない。いや殺してはいけないとしている。

 それが化け物として生まれた自分が、人に交じって生きるために作った最低限の制約だと思っているから。

「こちらについてはそれで全てだな」

「いや、もう一個あるよ。前回保留だったカトちゃんこと、カトリ・デアトリスについて」

「……そうだったな」

 完全とはいえないが失念はしていた。帝国特務や市長との事で、優先順位が入れ替わってしまっていたので、後回しになったが。それも一応は気になっている所だ。

 記録ではカトリ・デアトリスは五年前に死んだ事になっている。ではカタナの部隊に配属されたカトリ・デアトリスは何者なのかということ。

「何か解ったのか?」

 わざわざサイノメがその件を持ち出したという事が、期待を持てる理由だったため、カタナは何らかの進展があるものだと思った。

「うんにゃ、それが全然なんも解んないのだなこれがまた」

「……無能め」

「ひど! それはちょっと酷過ぎない!?」

 カタナとしては見事に無意味に期待を打ち砕かれたわけだから、それくらい言っても罰は当たらないと思っている。

「これでも風ちゃんの目を盗んで色々と調べたんだよ! 本当だよ!」

「……解った、別に責めているわけじゃないから心配するな。ただお前の実力はその程度だったかとがっかりしただけだ」

「待った! やっぱり責めて、責めてください! 何かシャチョーがその冷たい目で見てくるのだけは最高に嫌だ!」

「冗談だ」

 どれだけ嫌だったのか、サイノメが変な要求をしてきたのでカタナはお茶を濁すことにした。

「……まあでも、カトちゃんの事については、今度こそ次までに調べておくよ」

 若干疲れた様子でサイノメはそう言った。

「別に急ぐ必要はないぞ、それより先に、お前は対応すべき事があるだろ?」

「ああ、風ちゃんの事? そっちは大丈夫」

「何か手があるのか?」

「まあね、だから心配無用だよ。かくれんぼもそろそろ終わりにしないと、シャチョーも寂しいだろうしね」

 カタナから見てサイノメの最大の懸念事項は、帝国特務と風神の事だと思っていたので、そうやってあっさりと返されるのは意外だった。

「別に寂しくないはないが、無理はしてないだろうな?」

「うん、全然」

「そうか、それなら任せる事にする」

 それ以上は愚問だとサイノメの目が言っている。カタナはこの小さな相棒の事はそれなりに理解して、信頼しているつもりだ。

 だから、もう何も言わない事に決めた。

「任せるも何も、帝国特務との事はあたしの問題だよ。最初からシャチョーが気にすることじゃないのに、あの時だって私のせいで……」

 しかし、サイノメがなにやら昔の事を蒸し返そうとしたので、もう一つカタナが言うべき事が増えてしまった。

「お前にはやってもらわなければならない事が山ほどあるからな、面倒をこれからも被ってもらうために、潰れてもらっちゃ困るんだ」

「最低だな! やっぱりもっと心配しなよ!」

 吠えるサイノメを見て、カタナはこれでいいと思った。

 本音を見せるのはサイノメらしくはない。もちろんカタナらしくもない。だからいつも通りに建前で言い合う。それで充分解り合えるし分かち合えるから。

「じゃあ、余裕があれば留守の事も頼むぞ。ヤーコフだけじゃ手が足りない事もあるだろうしな」

「……秘書官の仕事か、そうだね検討しておくよ。書類が溜まるのはもうこりごりだし」

 以前に机に積み上げられたトラウマを思い出したのか、サイノメの顔色は若干悪くなる。

 カタナもそれは同感だった。

「じゃあ、俺は行く、一応旅立ちの準備もあるしな」

「はは、ギリギリまでしないのがシャチョーらしいよ」

「放っておけ」

 そう言ってカタナは立ち去る。本当はもう一言残しておきたいところだったが、言わないと決めた事だったので止めておいた。

 


 サイノメはカタナの背が小さくなるのをその場で見送り、完全に見えなくなってから夜空を見上げた。

「今日は良い夜だね、そう思わないかな風ちゃん?」

「ふん、貴様のような犯罪者にとっては、月の無い夜が最良なのだろうな」

 サイノメが見上げた空には、銀糸のような髪を揺らして不機嫌な顔で見下ろす風神の姿があった。

 


++++++++++++++



「こうして顔を合わせるのは二年ぶりか、変わらないな貴様も」

「そういう風ちゃんは眉間のしわが増えたんじゃない? 苦労してるのかな?」

「白々しいな、誰のせいだと思っている」

 風神は眼下の、かつて苦汁を何度も飲まされた宿敵とも言える、少女のような風貌の犯罪者を睨み付ける。黒と青の色違いの両目はその対象を掴んで離さないように、しっかりと見据えられている。

「誰のせい? う~ん『室長』かな? それとも『雷神』? あ、解った、『鋼』でしょ!!」

「お前のせいに決まっているだろう……いや、まて、なぜ貴様が鋼を知っている?」

 鋼が帝国特務に組み込まれたのは最近の事だ。少なくともサイノメが現れた三年前にはいなかったのだから、情報が漏れていたことになる。

「敵の動きを調べておくのは基本だよ。そうしなければ、所詮はか弱い少女であるこのサイノメちゃんは逃げ延びる事も出来ないのだからさ」

「つくづくコケにしてくれるな……」

「本当のことじゃん? あたしには戦う力はこれっぽっちもありはしないよ。本当なら風ちゃん達みたいな凄腕集団よりも、近所のワンちゃんに追い回されるのがお似合いだと自負してるよ」

 確かに見た目だけは無害な少女ではあるが、サイノメの中身には害悪しか詰まっていないと風神は思っている。

「そんな戯言はどうでもいい……それより、何が目的だ?」

「目的って、もしかしてこうやって風ちゃんの前にわざと姿をさらした事かな?」

「そうだ、この一週間どれだけ血眼になってもこの目に貴様が映ることは無かった。その方法も不可解だが、それ以上に一番私がマークしている『魔剣』の側に貴様が現れた事が不思議でならん」

「なんだ、そんな事を気にしてたの? そりゃ簡単さ、シャチョーに呼ばれたからここに来たのさ、ただそれだけの事」

「シャチョー? 魔剣の事か?」

「あ、風ちゃんは知らなかったね。私達情報屋の鉄則として、契約主の情報はどんな些細な事であっても口外してはいけないってのがあってね、ただの記号であっても名前はそれに当たるんだ。ま、私のは只の癖ってのもあるけどね」

「……ふん。では魔剣に呼ばれたからという理由だけで、私に捉えられるのも構わずにのこのこ出て来たのか?」

「まあね、契約主の命令は絶対だし。ただシャチョーの方は、無理なら来なくてもいいと思ってたみたいだけど。あたしとしては別に風ちゃんに見つかるくらいどうでもよかったから」

「……何?」

「そうじゃない? だって風ちゃん、折角こうしてあたしが目の前に居るのに、何もしないで呑気に会話なんてしちゃってさ。まるで何かを警戒してるみたいだよ?」

「……」

「まあ、追っている対象がいきなり目の前に現れて二の足を踏むのは解るよ。罠の可能性だってあるし、私の余裕もそれを裏付けているように見えるかもね……でも残念だよ」

「……何が残念なんだ、言ってみろ」

「風ちゃんがちょっと見ない間に変わっちゃってた事がさ、二年前なら問答無用であたしを殺そうとしてたと思うよ。いや~出世した分、丸くなっちゃったのかな?」

「そうかもしれないな、不出来な部下を何人も見てきた、その分過去の自分を見つめ直すこともできたのだから」

「……へえ、認めるんだ。以外だよ」

「ああ、だからこうして貴様を殺さずに捕らえる事が出来る」

「――!?」

 サイノメの周囲の地面から霊光が上る。

 それと同時、サイノメは突然仰向けに倒れる。それはまるで吸い寄せられるように、受け身も取れずに地面に貼り付けられた。

 足掻こうとするも、手も足も動かすことができない、それどころか妙に息苦しい。

「どうした、まさか逃れるすべを何も用意していない訳ではあるまいな? それ以外にも四つほど魔法式を組んであるんだ、不本意な貴様との対話の時間で用意した貴重なものだ、無駄にしてくれるなよ」

 風神は始めからサイノメと、まともに話す事など考えてはいない。考えていたのは決して失敗しないための入念な準備だ。

「か、身体が重い……何……これ?」

空間魔法式・重烙じゅうらく。物体にかかる重力の負荷を数倍にする、風神の編み出した独自の戦技魔法。受けた者は身動きどころか指一本動かすことも困難になる。

「どうやって私から逃れ続けたかは知らないが、貴様の神出鬼没さはよく知っている。風に頼るだけでは三年前と同じ結果になる事は解っていた。だから貴様を捕らえる為にと思って編み出したものだが、存外役に立ったな」

 風神は自身に纏う風の魔法を解除して、上空から地面に降り立つ。これ見よがしに饒舌なのはサイノメに好き勝手を言われた仕返しなのか。

「貴様は、二年前の私なら問答無用で殺しにかかると言ったな。それは私も認めた通りだが、それは決して私が貴様に対する憎しみを無くしたわけではない。むしろその逆だ」

「……」

「憎いからこそ、生かして捕らえて死ぬより辛い地獄を見せてやる。殺されて楽になれるほど、貴様の犯してきたことは綺麗なものではないぞ」

「……そう、かもね。でも……風ちゃんが憎く……思っているのは、私の……犯してきた事じゃないだろ?」

「……喋りすぎた。もう貴様と対話する必要は無かったな」

 すでにサイノメは重烙による負荷で息も絶え絶えだ。この状態から逃れられるとは考えられない。

 風神の任務は達成されたとみて間違いない。 

 だが、サイノメの顔に浮かんでいる笑みは未だ消えていない。

「……ああ……そう……そんなつれない事……言わずにさ……」

 後はサイノメを気絶させて完全に無力化すれば完璧になる。放っておいても重烙の負荷で気を失うだろうが、念を入れて意識を失わせる薬品を用意してある。

 それをサイノメに使うために風神は近づいていくが、信じられない事が起こった。

「――馬鹿な!? 消えただと!?」

 一時たりとも目を放していなかった風神の視界から、サイノメの姿が消えている。それどころか重烙の術式も解除されていた。

 突然の事に、さしもの風神も取り乱す。そんな風神を嘲笑するかのように背後から声が掛かる。

「もうちょいお話ししようぜ、風ちゃん♪」

「貴様……どうやって」

 振り向くことすらできずに風神は問う。背中の中心下部に突きつけられているものを無視できなかったから。

 丈夫なはずの黒い軍服を貫き。サイノメの懐剣はあと少し力を入れれば、容易に風神に致命傷を与えられる部分を撫でている。

「どうやって逃れたかって? それは企業秘密だけど……まあ、あえて言うとすれば、それはあたしが神出鬼没さを売りにしている奇術情報屋だからなのさ!!」

「……そんな下らない冗談を聞いているのではない。重烙は貴様に直接発現させた魔法だ。だから解除しない限り、場所を移っても効果は残るはずだ」

 しかし、解除された形跡も素振りも無かったのに、重烙の術式は解除されている。それはまるで対象を見失った事で自然に消滅したかのように、サイノメの倒れていた場所に霊子の残照が残っていた。

「そうなんだ、へえ。それはまた良い情報を聞けたよ。重烙って魔法の事をあたしは何も知らなかったからさ」

「……」

 それではどうやって解除したのか。あるいは言葉とは裏腹に、サイノメは重烙の事を知っていて対策をしてあったとも考えられるが。結局疑心は疑心を呼ぶため、サイノメを理解しない以上、風神には結論を出せない事だ。

「まあ、そんな事はなんでもいいじゃない。あたしはもっと意味のある事が聞きたいのだからさ」

「……意味のある事? 貴様との対話に、私は寸分も意味を見いだせないが?」

「はは、そう言わずにさ。あたしは風ちゃんに、聞いておきたいことがあるんだよこれが」

「……」

 何を聞かれたところで答えない、風神の中では初めからそう決まっている。

「例えばさ、カトリ・デアトリスの事とか」

「――!?」

「お、いいね。表情の変化には乏しいけれど、身体の反応は意外に分かりやすよ風ちゃんは」

 サイノメは風神の身体の硬直や呼吸の乱れで、動揺を見極めた。ほんのわずかなものだったが、情報屋としての勘は間違いないと告げている。

「やっぱり帝国特務と関係があったか、おかしいとは思っていたけどね、あたしがその正体を掴めないなんてさ」

「……知らないな、カトリ・デアトリスとは誰の事だ?」

「はは、その誤魔化し方はないよ。詳しい裏の事情はともかくとしても、シャチョーの周りを張っていた風ちゃんが、その部下であるカトちゃんの事を知らないはずないし。それに帝国で栄華五家と言われたデアトリス家の事は、シャチョーでも知ってたくらい有名な話だよ、それを引き合いに出さないのはおかしい」

「……ぐ」

「まあこれで、ようやく確信が持てたよ。彼女は『名無し』だね……」

 サイノメの言う『名無し』とは、帝国特務における最も下位の構成員たちの事。『風神』や『鋼』という記号の与えられた駒とは違う、その名の通り呼び名すら与えられない捨て駒達の事をいう。

「いくら調べてもほとんど何も掴めなかったのは、既に抹消されていたからかな。何もかも奪われて、名前すらも無くなっていたんだ、そりゃ調べるのも到底無理な話だよね」

「……仮に、貴様がいう事が本当だったとして。カトリ・デアトリスをどうする気だ? まさか、そんな当て推量で殺す気じゃないだろうな?」

「いやいや、確かにあたしは犯罪者だけども、誰かれ構わず殺すような殺人鬼ではないよ。カトちゃんの事を知りたかったのは、情報屋としての依頼主と約束した事に対する唯の意地さ。それにあたし自身で確信はしても、これじゃあとても情報として確定とは言えないから、この件はまだ保留事項だよ」

 とはいえサイノメとしては、ようやくカトリの件についての進展をカタナに報告できると一安心ではあった。何気に無能呼ばわりされた事を気にしていたのだ。

「何にしても、カトちゃんについてはシャチョーに任せる事になるだろうから、あたしが直接手を下すことはまず無いね」

「……そうか。では私からも一つ聞かせろ」

「お、何かな。風ちゃんの言葉を借りるなら、あたしとしては風ちゃんと『対話する必要はもう無い』わけだけど……でもいいよ、折角だし答えてあげよう」

 ふざけた物言いだが、風神がサイノメに心臓を握られているも同然の状況であるので、言い返しはしない。そんな事よりも、聞いておくべき事が風神にはある。

「貴様にとって、『魔剣』とはどういう存在だ?」

「……こんな状況で、聞きたいことってそんな事だったの?」

「ああ、私にとっては何よりも知りたいことだ」

 どうしてか風神はそう思った。

もしかしたら自分はこのまま死ぬことになるかもしれない、そう思った時に確認してみたくなったのだ。

自分から大切なものを奪った者が、それを大切に思っているかどうか。

「……あたしにとってシャチョーは、ただの金ヅルだよ」

 しかし、サイノメからの答えは風神の望むようなものでは無く。

 それによって風神の覚悟は決まった。

「そうか……二年も魔剣と過ごしても、貴様は何も変わらなかったのだな」

「変わる必要があるのかな? お金は大事だよ、『世の中金だ』って言葉もあるくらいだしね。大抵のものは手に入るし」

「本当に価値のあるものは、大抵のものの中には無いと気づかないのか?」

「あら? どうしたの、風ちゃんがそんなこと言うなんて雨でも降るの?」

「……確かにらしくはないな。だが最期に言っておきたかった、貴様と私が死ぬ前にな」

「は?」

「貴様の非力な腕とその得物では、私を即死に追いやるのは不可能だろう。そして覚えているか? 私は重烙以外に、四つの魔法式を残してあると言ったのを。今度はそれを全霊力をもって、貴様を殺す為に発現させてもらう」

「ちょ、ちょっと待った。風ちゃん自分の全力を弁えて言ってる!? この距離で戦術級に近い魔法を発現させたら、風ちゃんだって巻き添えでしょ!?」

「元よりこのまま貴様に殺されるか、相打ちかのどちらかしか道は無い。ならば後者に賭けるのは当然だろ」

「そうかもしれないけど! 別にあたしは風ちゃんを殺すつもりなんてないから!」

「……もう貴様の舌先三寸に付き合うのはうんざりだ。あの世では関わってくるなよ」

 風神は自身の全霊力を持って術式を起動、それは霊子を望むように変化に導き、この周囲を殲滅させる魔法を発現させるはずだった。

「――!?」

 しかし風神は自身の身体に起きている変化を、その時なってようやく気付いてしまった。

 視界がぼやけ、意識が遠のいていく。

 その感覚に気付くと同時、風神は地面に倒れていた。

 サイノメはホッとしたように、風神のその様を見下ろしている。

「あっぶないなあ。なんとか間に合ったか」

「……これは、毒か」

「そ、効果は麻痺と睡眠作用。命には関わらないから安心していいよ」

 言いながら懐剣をしまうサイノメ。その刀身に塗られていた毒が、撫で斬られた風神の背中から作用していたのだが。そうやってその毒が遅れて作用するように仕向けていたのは、サイノメが風神から情報を引き出す為に、話をする時間を作る為だった。

「でも焦ったあ、反撃はあると思っていたけど、まさか相打ち覚悟で来るとは思ってなかったからさ。もう、風ちゃんはもっと自分を大切にした方が良いよ」

「……それを……貴様が……」

 言うな。という言葉を絞り出せずに、風神は意識を失う。

 眠りに落ちた風神の様子をサイノメは数秒観察をする。

「ふむ、風ちゃんは眠りながらでも魔法を発現できるって聞いた事があるけど、麻痺毒で霊力の操作を不能にすればそれも不可能みたいだね。本当に良かった」

 サイノメは風神を殺すわけにはいかない。なぜならサイノメの契約主がそれを絶対に許さないからだ。

 だから相打ち覚悟なんてものが一番困る。サイノメが逃れるすべはいくらでもあったが、風神が死ねば意味が無い。

「しっかし本当に相性が悪いな、あたしと風ちゃんは。頼むからもう関わってこないでよ」

 と、意識の無い者に言っても仕方がない事を言い残し、サイノメはその場を去る。

 そのまま置いていくことは少しだけ気が咎められたが、そこはうまく風神の相棒をここに誘導する事でフォローすることに決めた。

(あの毒なら二、三日は風ちゃんも動けない。これであたしの仕事の不確定要素は無くなったかな)

 サイノメの頭の中にある情報の数々。それを繋ぎ合わせるとこれから起こることがある程度予測でき、それによって自分がどう動くべきか理解している。

 サイノメにとってこの時に風神を無力化しておくことは、必要であり必然。カタナに呼ばれた事による偶然に見えるかもしれない事柄も、サイノメにとっては必然なのだ。

 ならば次に動くべきも決まっていた。

 必然は必然のままに、サイノメは決められた道を進むようにブレなく行動する。

 それはきっと何より大切に思うものの為に。


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