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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
終章 魔剣カタナとそのセカイ
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転章 友との誓い

 ミルド共和国南部の僻地に位置する街ゼニス。

 かつて魔竜が降臨したことよって荒れたその地は、住人の努力によって今や復興し、前以上ともいえる綺麗な街並みを取り戻していた。

 そして町の一画を成す居住区に新しく建てられた住まい、新居と新婚の慎ましやかな家庭が朝の営みを終える。

「それじゃ行ってくるっす」

 玄関で靴を履き、失った足につけた義足を入念にチェックして出発しようとするのは、その家の大黒柱であり、街の駐屯騎士の隊長を務めるヤーコフ。

「こんな早い時間に出なくても……もう少しゆっくりしていってはどうですか?」

 夫の見送りをしながらも、少し不満そうにそう言うのは妻のリーネ。

「うん、僕も奥さんともっと一緒にいたいっすけどね。でも隊長が一番早くに顔を出さないと示しがつかないっすから」

「それにしたって早すぎますよ。それにアイツが隊長の時はそんな事も無かったでしょう?」

「はは、まあそこは僕の威厳の無さが問題かもしれないっす。前隊長は色々と特別な人っすから」

 立ち上がったヤーコフは、リーネの大きくなったお腹をひとつ撫でる。

 そこに宿った新しい命と、妻を愛おしく思う気持ちはこの世で一番。

「大変な時期っすけど、早く帰るようにしますんで許して下さい」

「しょうがありませんね……それじゃあ、ん」

 顎を上げて目を閉じたリーネ。

 それが何を催促しているのか毎朝の事なのでヤーコフには解っている。

 行ってきますのキスという、新婚だからこそ許される愛情表現。

「ええと、はい」

 軒先でするには気恥ずかしい面もあるが、ヤーコフとしても一日頑張ろうという活力を得られる一幕。



「……お前ら、いつもそんな感じなのか?」

「ぶっ!?」

 そんな新婚二人の空気をぶち壊しにしたのは、忽然とその場に現れた男。

「た、隊長!? どうしてここに?」

「何でアンタがここにいるのよ!!」

 ヤーコフもリーネも、男の姿を見て驚きの声を上げる。

 ヤーコフにとっては元上官、リーネにとっては喫茶店のウエイトレスをやっていた頃の迷惑な客という関係。

「ヤーコフに用があって来た。少し時間いいか?」

 二人の前に現れたのは、かつてゼニスの駐屯騎士の隊長を務めていたカタナであった。



+++++++++++++



「隊長と一緒ならここがいいっすね」

 ヤーコフがカタナを伴って来たのは、ゼニスにいた頃カタナが行きつけにしていた喫茶店。

 カタナが街を出る時には、魔竜によって店が全壊となり屋台のような形での営業であったが、新築されて元の姿を取り戻していた。

「久しぶりだな……ここも」

「マスターも元気っすよ、さあ入りましょう」

 それほど昔の事ではないのに、店をしみじみと眺めていたカタナをヤーコフが促す。

 中に入ると、挽かれたコーヒー豆の香りと共に女性が声を上げる。

「いらっしゃいませ! おや、ヤーコフさん、朝からとは珍しいね。奥さんと喧嘩でもしたのかい?」

「ち、違うっすよサリーさん」

 出迎えたのはリーネの代わりに入ったウエイトレスのサリー。

 前任よりも歳は上だが、接しやすい雰囲気の姉御肌でお客からは結構人気がある。

「ん? もしかしてそちらはカタナさんかい?」

「え? 知り合いだったんすか?」

 ヤーコフの問いかけにカタナは首肯して答える。

「まあな、まさかこんなところで会うとは思わなかったが。息子は元気か?」

「おかげさまで元気にすくすく育ってるよ。これも騎士団が魔竜を退治してくれたからだね」

「……それは良かった、あの仕事はまだ続けているのか?」

「はは、お得意様があの時に全員逃げちまったからね。でもここのマスターが拾ってくれて幸運だったよ……っと、今も仕事中だった、カウンター席でよろしいですか?」

「ああ」

 懐かしい場所に懐かしい顔、この街のいろんな事を思いだしながらカタナが席に座ると、やはりそこにも懐かしい顔があった。

「いらっしゃいませカタナ様。またこうして来店して頂いて嬉しい限りです」

 喫茶店コシーロのマスターが変わらない柔和な表情でカタナを迎える。

 故郷というものがないカタナだが、その時に感じた感覚こそが郷愁というものなのだとどこかで納得した。

「マスターも元気そうで何よりだ」

「お心遣い痛み入ります」

 自然な動作と流れの中で、カタナの前に一杯のコーヒーが置かれる。

 口をつけると、この街を出た時と変わらない好みの味と香り。

 それによって緩んだカタナの表情に満足したように、マスターは少し離れて綺麗なコップを拭いだした。

(気を遣わせたか、こんな簡単に見通すとは流石だ)

 隣に座ったヤーコフにこれからカタナがする話は、できれば誰にも聞かれたくはない。

 マスターはそれが解ったから離れたのだろう。

 それに感謝しながら、カタナはヤーコフに話しかけた。

「いきなりいなくなった俺が聞くのも変な話だが、隊長業務はどうだ?」

「あー、はは問題ありまくりっすよ。引き継ぎも何もなしだったんすから、僕も皆もそれは困惑して、あと優秀な秘書官も一緒にいなくなっちゃいましたし」

「……そうだな、俺はともかくサイノメがいないのは困るか」

「何言ってんですか隊長。サイノメさんもそうですけど、隊長だっていないと困りますよ。僕が副隊長やれてたのは隊長の後ろ盾があったからなんすから」

「変な気は遣わなくていい、それと隊長って呼ぶな、もう俺は隊長でも騎士でもない」

 元々はカタナがこの街で隊長をやっていた事も、シュトリーガル・ガーフォークの思惑の内の事で、本当にそう呼ばれる義理も何もない。

「いや気は遣ってないんすけどね。あと、隊長って呼ぶのはもう癖っていうか、それ以外で呼ぶのが違和感を覚えるくらいなんで、どうか勘弁してほしいっす」

「違和感か……じゃあ、好きに呼べばいいか」

 カタナも考えてみるとヤーコフの言っている事も解る気がしたので、呼び方についてはそれ以上言及しない事にした。

「そういえばもう騎士じゃないって言いましたけど、どうしたんすか? 前に一度隊長の手配書がここまで来て、それはすぐに取り下げられましたけど、何があったんすか?」

「……特に大したことは無い。手配書はちょっとした手違いだろう、騎士は向いてないから辞めただけだ」

「そんな単純な話ですか? 騎士名鑑からも名前が抹消されてましたし、もっと深い事情があったのかと思ってたっす」

 そういうところはちゃんと鋭いヤーコフに、カタナは少し嬉しげに苦笑する。

「深い事情なんて何もないさ。名前を残しておくのも恥だと思ってルベルト辺りがそうしたんだろきっと」

「うーん、そうなんすかね。副騎士団長がそんな事するとは思えないっすけど」

「じゃあ騎士団の再編成のごたごたで間違ったとかだろう」

「あーなるほど、それはあるかもしれないっすね。そういえば聞きました? 新しい騎士団長が誰になるか」

「いや、知らないがどうせルベルトじゃないのか?」

「それがなんとグラクリフトさんなんすよ、そして副騎士団長はルベルトさんとシュプローネさんの二名体制になるらしいっす」

「……それは何とも不安を感じる布陣だな」

 代表で色んな場所に顔を出すのが寡黙で全身鎧姿のグラクリフトとか、何も考えていなさそうなシュプローネが副騎士団長とか。

「大丈夫っすよ、あの人たちが協力すればできないことは無いっす」

「そうだといいが」

 嘆息して、本当にしたかった話に戻すためカタナは一拍間を置いた。

「お前はどうなんだ?」

「え? 僕っすか?」

「そうだ、お前は燻ってたりはしないか? この街は良い街だ、平和で温かい……だが、そのぬるま湯で、本当に自分がやるべき事をやっているのか?」

 それはカタナにしても、かつての自分自身に向けてかけた言葉。

 自分の存在を見失い、怠惰に埋もれていた事への戒めと共に、今の自分が選んだ者が正しい存在であるか見定める為の言葉。

「僕は騎士っす」

 その正しさはただの一言で証明された。

「その心でお前は何を誓える?」

「騎士として、この手で守れるものは全て守ります。この街も、この国も、この世界も、たとえ魔人や魔竜が相手でも、僕は戦うっす」

 そこまで聞ければ十分すぎた。

 ヤーコフを選んだのは正しい、ここに来て良かったとカタナは思った。

 たとえ最初の出会いがその正義に触れさせるための、シュトリーガルが仕組んだ思惑の内の事だったとしても。

 新しい時代を築くのは力持つものではなく、誰かを愛しその正しきを伝えていける者。

「誰が相手でも守り、戦うというその言葉忘れるな。もしも俺がお前の正義の敵となったら……俺を斬るのがお前の役目だ」

「え?」

 カタナが唯一認め、尊敬する友に告げる酷な役目。

「その為の力は預けておく」

 カタナがそう言うのと同時に、店のドアが開いた。


「いらっしゃいませ。四名様ですか? こちらのお席へどうぞ」

「すまない、客ではないんだ。こちらにヤーコフという方はいるかい?」

 名を呼ばれ、反射的に店の入り口を振り返るヤーコフ。

 入ってきた四名は、異様とも言える統一感の無い恰好をした者達。

 先頭には貴公子然とした美男子、その横に侍従服を着た女性、少し離れて東方列島の民族衣装を着た男、最後に白衣に黒い高帽子という奇抜な格好の女性。

 そして初対面ではあるが、ヤーコフは悪名ともいえるその噂と共にその者達を知っていた。

「ぼ、僕がヤーコフっす」

 席を立ち、ヤーコフは慌てて四名の前に躍り出た。

「ああ、キミがそうか。僕はランスロー、そして隣にいるのが侍女のメイティア」

「よろしくお願いいたします」

 ランスローが自己紹介し、ついでに紹介されたメイティアが深々とお辞儀をして、ヤーコフも頭を下げて返す。

「……それがしはケンリュウ・フジワラ。以後お見知りおきを」

「う、は、はい……どうもっす」

 瞑目し厳めしい顔でそう言ったケンリュウに、いきなり殺気を向けられ及び腰になるヤーコフ。

「やめないかケンリュウ、キミも武士なら二言は無いのだろう?」

「……ふん」

 ランスローに窘められ、殺気を収めたケンリュウはつまらなそうにそっぽを向いた。

「すまないね、彼は長旅で気が立っているようだ」

「い、いえ大丈夫っすけど……」

 ランスローとケンリュウ――聖騎士でありながら、その特別な強さと付き合い難い性格は、協会騎士団では恐れられていた事をヤーコフは知っている。

 そしてもう一人、別の意味で恐れられた人物もこの場にいた。

「うひゃっ!? ちょ、いきなりなんすか?」

 いつの間にか後ろに回っていた白衣と黒い高帽子の女性に尻を触られ、体をビクつかせるヤーコフ。

「うんうん、なかなかえー尻してるね。こんだけ鍛えてるなら、納得のいく良い素材になりそうだよ。でもこの義足はないなー、まずはこれを直すところからかな……」

 ヤーコフの反応を無視して、遠慮なく全身を撫でまわしていくその女性。

 最初は観察的なものかと思われたが、際どい部分に手が行きそうになったところを、ヤーコフは全力で阻止した。

「あの……間違ってたら申し訳ないっすけどリリイ・エーデルワイスさんですか」

「いかにもボクはリリイ・エーデルワイスだよ。どうやらヤーコフは不明確な噂から、論理的な推察と考察ができるようだね」

「いや、そんな大したもんじゃ……」

 奇抜な格好と、色んな意味での変態趣味。

 リリイが噂で聞いていた通りの人物だと知り、そして他のメンバーも相当異常な面々が自分の前に揃った事に困惑するヤーコフ。

「あの、僕に何か用っすか?」

「ん? カタナから聞いてないかな? 今日から僕達はキミの部下として扱われることになったのだけれど」

「え?」


(『もしも俺がお前の正義の敵となったら……俺を斬るのがお前の役目だ』)


 何気なく聞いたその言葉がヤーコフの頭の中で反芻され、さっきまで自分が座っていた席の方を振り向く。

 そこに居たはずのカタナがいつの間にか消えていて、残っていたのは空になったカップとコーヒーの代金だけ。

「ええー!?」

 それが辺境の地で平穏な一生を終えるはずであった騎士の、運命の分岐点であった。

 


――後に隻眼隻脚の身でありながら、聖騎士の称号を得る男。

――後に恐れられたその力をもって、知らぬ者のない大犯罪者となる男。

――後の歴史に名を残す二人の別れは、この時が今生のものである。

――それはつまり、二人の正義が生涯を通してたがわなかった事の証明でもあった。


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