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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
終章 魔剣カタナとそのセカイ
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転章 聖騎士と従騎士 

 ガンドリス帝国の某所にある、森に囲まれた静かな墓所。

 そこに並ばれた墓碑に、祈りを捧げる少女の姿があった。

(お父様、お母様、ご報告が遅れて申し訳ありません)

 かつて帝国において栄華を誇ったデアトリス家に連なる者達の名が刻まれた墓碑、そこに祈りを捧げるのはカトリ・デアトリス。

 没落した家系の、存在すら知られぬ場所。

 誰もいないその場所で、デアトリスを名乗る最後の者は、ひっそりと自身の決意を天に上った者達に伝える。

(今日より私はデアトリスの名を返し、ただのカトリとして生きていきます。本来あなた方が私に望んでいた事も、御家の再興も、復讐も、私には果たせそうにありませんから……)

 以前と比べ、カトリが見ている景色は大きく変わった。

 復讐に身を焦がし、周りを見る事が出来なかった時とは違い、今は多くのものがその目に入ってくる。

(たとえ作り物でも、この命はあなた方に頂いたもの……勝手をする事をお許しください。そして、どうかやすらかに……)

 魔元生命体ホムンクルスとしての作られた自分を認め、過去を乗り越え、カトリという存在を手に入れた少女は旅立つ。

 認め合い、志を共にする者と共に。

「もういいのか?」

「ええ、付き合せてしまい申し訳ありませんでした」

 墓所の入り口ではカタナがカトリを待っていた。

 魔元生命体ホムンクルスの実験を主導していたデアトリス家に対して、思うところがあるはずなのに、それをおくびにも出さないでいる。

「私に遠慮せず、暴れてきてもいいのですよ? 埋葬させてはいませんから墓碑があるだけですが」

「……八つ当たりして来いって意味か? しねえよそんな事。墓に恨みつらみをぶつけても死んだ奴には届きようもない」

「では、私の祈りも意味は無いかもしれませんね」

「それは生きてる奴の気の持ちようだろ。墓なんてもんは生きている奴の為にあるんだからな。ただの死んだ奴の目印と考えるか、それとも別の繋がりを得られる場所なのかを考えるかはお前次第だ」

 ぞんざいな言葉だが、それはカタナなりのフォローのつもりなのかもしれない。

「……ありがとうございます」

「何の礼だ?」

「さあ? 何の礼なのでしょうね」

 カトリがクスクスと笑うと、カタナはバツの悪そうな表情で顔を背けた。

「……ところでカタナさん。もう一つだけお願いがあります」

「ん、何だ?」

 カトリの頼みでこの場所に来ることになったカタナだが、それを大した手間と思っておらず、別にもう一つくらいは何を言われても許容できると思っていた。

「手合せして頂けませんか、今ここで」

「は?」

 しかし失念していた。

 カトリがこういう人物であることを。

「……なぜここで?」

「デアトリス家ではない私を、最後にお父様やお母様に見てもらいたいのです」

「……墓の前で戦うってのはどうなんだ?」

「カタナさんにとって、お墓はただの目印なのでしょう? ならば、ここだろうとどこだろうと同じはずです」

「お前、まさか最初からその為に……」

 白けたカタナの視線に、カトリはニッコリと笑って返す。

「他の方の邪魔が入らないのが理想ですから。特に風神は目聡いですし、ここなら私達二人で来る理由もあります」

「……はあ」

 自然と嘆息するカタナを余所に、やる気に満ちているカトリ。

 得物もその手に構え、すぐにでも始めようという気概でいっぱいな様子であった。

 そして次の瞬間、カトリがどれだけ本気なのか、カタナは確信に至った。

「――錬装」

 カトリの持つ鞘が錬金魔法によって鎧と化し、リリイ・エーデルワイスによって作られた『魔法鎧・アルストロメリア』がカトリの全身を包む。

 その右手には同じくリリイ・エーデルワイスによって作られ、その名を銘に刻まれる『魔法振動剣・ブラックリリイ』が握られた。

 そしてカトリの更なる真価はそこから始まる。

「――『精霊駆身魔法・一神一体いっしんいったい』」

 霊光の白く眩い輝きがカトリの全身から発せられ、精霊銀に祝福された者の力が発現する。

「……本気すぎるだろ」

 かつて一度だけ見た事があるカトリのその状態。

 これがただの手合せという言葉で済まされるのなら、騎士団が行っている訓練とはどんなぬるま湯なのだろうか。

「本気じゃなければ困りますよ。それと、もし逃げたりしたら一生恨みます」

「はあ……変わらないなお前は、会った時からそういう所だけは」

 カタナはもう一つ深く嘆息し、意識を切り替える。

 面倒だから逃げ出したいが、カトリから一生恨まれる事に比べたら、これはここで決着をつけねばいけない事と考える。

「……リロード・『夢幻ミッシングリンク』」

 何も携えていなかったカタナの手に、空間を超えて巨無ドレッドノートが握られる。

 これはある意味でこの大陸における頂上決戦。

「泣きべそかくなよ非常識女」

「ふ、カタナさんの方こそ。今日という今日は貴方を超えてみせます」

 凶星となるべく作られた男と、それを止める為の力になるはずだった女。

 その運命を超えた二人が振るう剣戟の音は、誰の耳にも届かずに静かな墓所に響いていた。



++++++++++++++



 カタナとカトリの手合せという言葉を借りた頂上決戦は、どちらに軍配を上げるかは難しい。

 結果だけ見ると、先に力尽きて倒れたのはカトリで、それでいえばカタナの勝利と言ってもいい。

 しかしカタナは全く勝った気がしないでいた。

(……無血イノセントブラッドが無ければ即死だった。それに俺の剣はかすってもいない)

 再生してはいるがカタナが致命傷を受けた回数は六回、対するカトリは無傷で、倒れたのは精霊魔法を発現していた霊力が尽きたから。

 それでもカトリは当然であるように敗北を噛みしめていた。

「また、負けてしまいましたか……初めて出会った時と、協会騎士団にいた時、通算何敗目でしょう?」

「さあな……どうでもいい」

 勝ち星はともかく、とりあえず終わったから。カタナとしてはそれでいいという結論に達していた。

「ふう、勝者の余裕ですか、悔しい…………でも、少しだけホッとしました」

「ん?」

「もしも勝ってしまっていたら、私の目標がなくなってしまいますから」

「……」

 目標が無ければ進むことが出来ない。

 魔元生命体ホムンクルスとして人の道を外れたカトリには、立ち止まらずに済む何かが必要なのだ。

「……別に、俺を目標にしなくても、あるだろ」

「え? あ……」

 しかしカタナの言葉で思い出す。

 カトリがこれから一番に考えねばならない目標というものを。

「手伝うって言ったあれは嘘か?」

「いえ、すみません。まだ自覚が足りなくて……でも、そうでした、志を同じくし、この力を役立てると言ったのは嘘ではありません」

「それならいい」

 カタナがこれからやるべき事、そしてあるべき姿は人の身では到底成し遂げられない。

 だからこそカトリもそれに同調する。

「……さあ、立て。いつまで寝てるつもりだ?」

「ふふ、自分が寝ている時は聞かないくせに、随分と偉そうですね」

 カタナから差しのべられた手を、カトリは取って立ち上がった。

 


 ――しがらみを捨て、剣をとり、戦う為に作られた存在はそれに沿う。

 ――しかし運命ではない。

 ――戦うと決めたのは時代を作る者達の為、その為だけに剣を振るう。

 ――聖騎士と従騎士という関係ではもうないけれど、二人の関係は新たなる歩みを見せ始めていた。

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