終章第七話 ラスブートとアンノウン
かつて世界を天上より支配していた星玉座が落ちゆく。
その光景に一抹の充足を感じながら、魔人ラスブートは自身が戦ってきた全てに終止符を打つべく、その手を掲げた。
「第二の幕は下りた、そしてこれが巫女の予言の最後の幕……」
予言の成就の為に大戦より半世紀、更に遡るは太古の昔からラスブートは戦い続けてきた。
人間を憎み、同じ境遇の仲間を犠牲にして、世界を相手に勝利を得んが為に。
「『最後の一人が再誕をもたらす』その幕を今、私が上げよう」
ラスブートの手には小さな宝玉が握られる。
怪しげな光を放つその宝玉こそ、ラスブートの目的のための切り札に他ならない。
「盛り上がっとるなラスブート。その様子じゃ、『星天至』を自分の物にできたんやな」
「ほう……不明視か、久しいな。人間側に下った貴様がわざわざ此処に来るとは、ノコノコ殺されに来たのか?」
背後からの声にラスブートが振り返ると、そこには無精髭の男の姿。
見覚えのない姿だが、その声は光の屈折を操り目に移る姿を自在に変える異能もって、『不明視』と呼ばれた魔人に間違いない。
「殺されに……か、そうやな。最後の一人はワシかお前さんのどちらか言うたら、そりゃお前さんやろうしな」
「……随分と余裕があるな、これがどういうものか解らないわけでもあるまい」
ラスブートはその手の宝玉を見せつける。
星天至――それは時と空間へ干渉し操作を可能にする、かつて運命操作の宝玉と呼ばれた魔術装置。
星玉座と、この時代では聖剣とも呼ばれる星界薙という超常兵器と共に生み出され、本来はその三つがそろう事で最大の力を発揮する。
「かつて我らが黒の民を、魔界と呼ばれるあの空間に追いやり、長きに渡る辛酸を舐めさせたこの宝玉。私がその所有者となるのには苦労させられたが、解析と改竄を重ねてようやくこの手にできた」
「本来は王族の血筋にしか使えんもんやろ? どうやったか知らんがご苦労なこった……せやけど、止めとき」
「何?」
「ろくな結果にならんいうのは目に見えとる。この世に絶対の力なんてもんは存在しない、お前さんも知ってるやろ? 星玉座も、星界薙も失われた、ワシらが手も足も出んかったあれらにだって出来んことがあるし、星天至だってそうや」
「違うな、それは扱う者が愚かであっただけ。私は間違えない、私が残されたのはその為であるのだから」
「聞けや、ラスブート。どんなに力づくで運命を変えても、いずれはその歪によって元に戻る。この世界を支配していた旧王国も歪みによって没し、魔界に送られたワシらもこうしてまたこの世界に戻された。お前さんが何をしようと、どんな運命に捻じ曲げようと、結局は無為な事として終わるのが目に見えとる」
「黙れ! 人間に下り、凶星を作り出した貴様の言葉に、今更誰が耳を貸すか!!」
ラスブートはその手の星天至を起動させる。
運命操作の力の矛先は、アンノウンに向けられた。
「もう一度だけ言う。やめときラスブート、外道に堕ちて不幸な因果を繰り返すくらいなら、ありのままで終わる方がええ」
「消え失せろ!! アンノウンよ!!」
ラスブートは念じ、星天至はその念に応え魔光を上らせる。
発現した術式は、不明視という存在をこの世から消し去るもの。
時と空間の支配とは、存在そのものの抹消すら可能にしていた。
「長年のよしみだ、せめて貴様の存在した記憶だけはこの世に残しておいてやろう」
「……ラスブート……ワシは…………」
消え去るその時まで、アンノウンはその姿を変えず、人間のように悲しみを背負った目でラスブートを見ていた。
「遅いのだ何もかもが」
もう立ち止まる事は出来ない。
ここに至るまで費やした時間と、失なった仲間。
それを無為にする選択肢を、ラスブートはとうに捨てているのだから。
「星天至は良好なようだ、動力も十分に得た」
星天至の力を発揮するには、相応のエネルギーが必要であったが、それを補うためにラスブートは王国の女王を利用していた。
戦場に存在する無数の死者の魂魄と霊子、そして落ちた星玉座、それらを星天至は運命改変の為の糧とする。
しかしまだ足りない。
「……アンノウンよ、この力の歪はいずれ返ってくると言ったな? 解っているさ、私には全て」
戦場となっていた場所の中心に立ち、ラスブートはその到来を待つ。
この世に存在する埒外であり、ひいては歪みそのものとも言える存在。
「来たか、『凶星』」
敵としてどうあっても避けられぬ相手。
まるで世界が用意しているかのように、運命の調整者というべき存在。
だからこそ、ラスブートはそれを利用する。
「あんたがラスブートか?」
「そうだ、お目にかかるのは初めてだな凶星」
星天至が起動し、魔光が上る。
「ご案内しよう、この世界の最後の場へ」
ラスブートがそう告げると、周囲の空間は闇に染まった。




