終章第六話 凶星と女王
容赦なく撃ち出される魔弾の弾幕の中をクーガーとシュプローネは必死に掻い潜る。
ライガーと比べ体の大きいクーガーはその分だけ的もでかい。
「ピギイッ!!」
「大丈夫だクーガー、アタシがフォローする!」
受けた魔弾が炸裂し、クーガーの翼の一つに穴が開く。
だが他の飛竜と違い、翼が四枚あるのでそれでまったく飛べなくなることは無い。
「アタシ達なら行ける!! ここは絶対に到達するぜ!」
誘導魔弾は地表からの援護で掃討されたが、また撃ち出されないとも限らない。
このチャンスは無理を押してでも掴まねばいけなかった。
その中で、クーガーの翼がもう一つ駄目になる。
失速するが、まだいけると進むのを諦めない。
「いや、もう充分だ……」
「ああ? 何か言ったかカタナ!? 風でよく聞こえなかった!」
「魔弾の射線軌道は見切った、ここまで来ればあとは俺一人でいける……礼を言うぞ竜騎長、こんな危険に付きあわせてしまったクーガーを無事に帰してくれ、よろしく頼む」
「だから聞こえ……な!?」
命知らずにも飛竜の背に立ち上がったカタナ。
「最後に肩を借りていくぞ」
「おい、馬鹿!!」
クーガーの肩を踏み台に飛び上がり、高空に全身を差し出すカタナ。
まるで自殺行為に思えるその無防備な姿に、魔弾の嵐が次々に襲い掛かる。
「――魔元心臓、起動」
カタナの体に溢れる大量の魔力。
それが巨無に集まり、霊子断の刃を刀身に発現させ、急所に飛んできた魔弾を切り裂く。
「はあ!? アイツ、なんて発想してんだよ!!」
シュプローネはクーガーと共に離脱しながらも、信じられない光景に目を疑う。
カタナは自分を通り過ぎた魔弾をわざと触れて炸裂させ、跳躍の飛距離を更に稼いでいた。
身を襲う弾丸を切り捨て、それ以外も自分の力に変えて、傷付き血を流しながらカタナの刃は星玉座まで到達する。
しかし、そこで最大威力の流転を防ぎ切った魔術障壁がその行く手を阻む。
「そんなもので閉じ籠ったつもりか」
この世の全ての根幹にあるのは霊子、どんなに硬きものであってもそれは変わらない。
すなわち霊子断とは、全てを破壊する力。
巨無は魔術障壁も、その先の星玉座の装甲も、切り裂き打ち抜き、カタナに道を作った。
++++++++++++++
「なん……じゃと!?」
ユヨベール・ケニス・バティストは、喧騒に包まれる星玉座の艦橋で途方に暮れていた。
絶対不可侵の領域、神の如き力、信じたそれらが幻であった事を周囲の者達が告げていた。
「艦内に突入した者によって……ま、魔術動力炉が破損。このままでは浮遊すらできずに墜落します!!」
「だ、脱出艇があった筈だ、早く避難しなくては!! 女王陛下も、急ぎましょう!!」
「全員分あるのか? くう、どけ貴様ら!! 私が先だ!! 私は侯爵だぞ!!」
ユヨベールの顔色を窺うだけであった者達が、次々に見切りをつけて去っていく。
沈む船に残る者などいないように、ユヨベールはただ一人その場に残された。
「わ、妾の玉座が……国が……世界が……」
予備の動力でまだすぐには落ちないが、星玉座のほとんどの機能は止まっていた。
ユヨベールの手元のパネルも光が消え、全てを掌握していた権利は消え去った。
「ほ……ほほほほ……」
笑い声だけが虚しく響く。
力なく項垂れて、立ち上がる気力もなくなったユヨベールは、玉座にもたれて無機質な天井を仰いだ。
「早かったのう、まるでこの広き星玉座の構造を熟知しておるようではないか」
全てを失ったユヨベールの前に現れるのはカタナ。
星玉座を相手に一本の剣で機能を奪い、今まさにそれがユヨベールの喉元に向けられている。
「……ランスローが調べていた、動力炉の位置も、この場所も全てな」
「ランスロー・ブルータスか。あやつめ、可愛がってやった恩を仇で返しおって」
「……お前がバティスト王国の女王ユヨベールだな」
くすんだ灰色の髪、病的なまでに白い肌、そして灰色の瞳には鋭い意思が滲んでいる。
「そう言うそなたは凶星か? ……わざわざこんな所まで、妾を笑い来たのか?」
「……あんたの事はどうでもいい、用があるのはあんたが利用していた魔人だ」
「ラスブートか? ほほ、妾をさしおいてかような奴に用とは……ほとほとこの身の価値も落ちたものじゃ」
自嘲し肩を震わせるユヨベール。
喪失感によって怒りも憎しみもまるで浮かばず、ただただ空虚なだけであった。
その様子にカタナは話にならないと踏んだのか、立ち去ろうとする。
「待て凶星……妾の首を残していくのか?」
「殺す意味も価値もあんたには無い。その様子だと、どうせ生き延びる気もないんだろ?」
「ほほ、そうじゃな……この世を手にし、新たな時代をこの手で築く夢はもう潰えたからの……衆目に醜態を晒すくらいなら、ここを墓標にする方がマシじゃ」
その姿を潔いとは誰も思わないだろう。
何の容赦もなく多くの命を奪い、その責任すら果たさず死を選ぶ事には醜さすら覚える。
だからカタナは剣を用いるよりも、言わねばならない言葉を残した。
「……新たな時代か、どちらにしてもあんたにそれは築けなかっただろうさ」
「聞き捨てならぬな……では、妾に勝ったそなたならできると言いたいのか?」
ユヨベールの言葉にカタナは首を振る。
「俺だとか、あんただとか、誰か一人でこの世界は回っているわけじゃない。力がある者がその手にできるとか、そんな単純なもので良い訳がないだろうが」
いろんな戦いを経験し、それが無価値だと知っているカタナには自信を持って言える事がある。
「この世界を作り時代を築くのは、誰かを愛し、誰かを信じ、次の世代へその思いと正しきを伝えられる奴らだ」
自分には出来ない事だと解っていても、それが出来る者達をカタナは知っている。
それがユヨベールとの絶対的な違いであった。
「そんなちっぽけな玉座にしがみつき、そこで世界が完結しているあんたには解らないだろうがな」
「確かに……妾には解らぬな」
末期において一人きり。
自分が死ぬことで誰かが悲しむ姿というのも、ユヨベールには誰一人として浮かばない。
自分には愛する者も、心を許す友もいない。
まるで答えの出ない間違いだけを突き付けられた気分であった。
「酷な事をするのう……凶星よ」
すでにカタナの姿は無い。
完全に動力を失った星玉座は、太古の時代から続いた役目を終えようとしていた。