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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
終章 魔剣カタナとそのセカイ
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終章第五話 天と地

(死ぬときは空の上って決めてたんだけどな……)

 翼を失った竜騎士は落ちていく。

 シュプローネは内臓が浮き上がるような自由落下の感覚に身を任せ、それでも空を見続けていた。

(ライガー……庇ってくれたのか。でも、ごめん、アタシはもう飛べそうにない)

 魔弾の掃射により蜂の巣となった相棒の姿。

 とっさにシュプローネを放り出して囮となり、甲高い鳴き声を最後にあげていた。

(なんて言ってたんだろうな……)

 解り合っているつもりでも、最後の最後で解らなくなってしまった。

 どうせなら一緒に死にたかった。

 ずっと一緒に飛んできたライガーはシュプローネにとっては半身も同然で、向こうもそう思っていると信じていたのに。

(ちくしょう……空が……遠いな)

 手を伸ばせば掴めると思うほど近くに感じていた青色が、今はとてつもない距離に感じる。

 落ちていくことで身を包む風は、死の世界への招き手に抱かれているようであった。

 そしてシュプローネが全てを諦め目を閉じたとき、本当に誰かの手に抱かれるかのような感触を感じていた。


「冷てえな、死神の手は……」

「誰が死神だって?」

「――え?」

 聞き覚えのある声。

 そして心地良い浮遊感と、感じた事のある風。

「おまえ……カタナか!?」

「すまないな、随分と遅れたようだ」

 シュプローネを抱きかかえたのはカタナの腕。

 行方不明であったカタナがここにいる事に驚き、そしてシュプローネはライガーの真意を悟った。

(そうか……ライガーはカタナが来ることに気付いてアタシを……)

 四枚の翼を羽ばたかせるクーガーが、甲高い鳴き声を上げる。

 それはライガーが最後に発した声によく似ていた。

「何を呆けている竜騎長」

「あ? 別に呆けてねえよ。それよりお前、ここに来たって事はあれとやり合う気なのか?」

 シュプローネが星玉座を指して尋ねると、それにカタナは頷いた。

「もちろんだ、あんな物この世界には必要ない」

「勝算は?」

「ある。あそこに到達できれば、確実に仕留めてみせる」

「ハッ、言うねー。それで、アタシを助けたのは事のついでだけかい?」

「……借りは返す主義なんだろ?」

 そのカタナの言葉に、シュプローネは自分の額を叩きながら笑った。

「解ったよ、どこまで行けるか保証はできないけど、このじゃじゃ飛竜を乗りこなしてやろうじゃないか。クーガーも、いいかい?」

「プピピーーーーーーー」

「良い子だね、昔の暴れん坊が嘘みたいだ。カタナに似たのかね?」

「どういう意味だ?」

「ハハ、さあね」

 シュプローネは含みのある言葉でお茶を濁し、カタナの手から降りてクーガーの背にしっかりと腰を下ろす。 

 翼を失った竜騎士は、もう一度空に向かって強い意志の籠った視線を向けた。

(ライガー……あんたに貰った翼を無駄にはしないよ。一緒に駆けたこの空を、絶対に守って見せる)

 シュプローネは大きく息を吸い込み、発現させた空間魔法とクーガーの持つ四枚の翼を連動させる事に、意識を集中させた。



++++++++++++++



「……またか」

 星玉座の艦橋にて、ユヨベールは新たに接近する敵の姿をパネル越しに見ていた。

 四枚の翼を持つ奇形の飛竜、そしてその背には先程の竜騎士と、灰色の髪と瞳を持つ男の姿。

「まさか、あれが話に聞く『凶星』とやらか? ほほ、中々いい男ではないか。泣いて頼めば側室に迎えてやらん事も無かったのに、惜しかったのう」

 パネルの横には文字が浮かんでいる。

 状況を分析し、効果的な戦術を選択する星玉座の機能。

 そこには『術式誘導魔弾』と浮かび上がっていた。

「いや、ラスブートが懸念して程じゃ、危険な存在はさっさと排除してしまおうか。そろそろ空を眺めるのも飽きたのでな」

 ユヨベールはパネルに浮かび上がった文字をさわり、術式を起動させた。



++++++++++++++



「おい、さっきから離れていってないか?」

 カタナは遠くなっていく星玉座を見ながら不満を零した。

「しゃーねーだろ!! オマエにはあれが見えねえのかよ!!」

 シュプローネは追いかけてくる魔弾から逃れようと、クーガーの飛行を必死に補助する。

 星玉座より新たに撃ち出された八つの魔弾は、まるで意思でも持つかのようにクーガーの後ろを付いてまわる。

「二ケツじゃこれ以上スピードが出ねえから、今はあの船に近づくのは無理だ。追いかけてくる弾をどうにかしねえと、前からも弾幕を張られる事態になったらひとたまりもねえぞ!!」

 普通より体の大きいクーガーの最高速は、他の飛竜よりも劣る。

 シュプローネとライガーなら置き去りにできるような誘導魔弾の速さであったが、クーガーと比べれば僅かに上を行っていた。

 まだ捉えられていないのは、クーガーが四枚の翼を使った変則的な飛行でうまく誘導魔弾を翻弄しているから。

 しかし、そんな調子で飛び続けていれば限界も来る。

 特にさっきまで全力で飛び続けていたシュプローネの方が顕著であった。

「おい、大丈夫なのか」

「ハッどうかな、結構ヤバイかもしれんね」

 シュプローネの息は荒く、いつもならカタナの言葉に強がったりもするが、今はそれもなかった。

 しかしクーガーの独力では誘導魔弾から逃れるだけでも厳しい、上下の反転するような三次元的な軌道と視覚の中で、シュプローネは的確に空間魔法で補助をして導いている。

 飛びながら後ろを見る余裕のないクーガーの眼となり、時には安全な道筋を示す脳となる。

 それが竜騎士としての本領で、それを極めたのが聖竜騎士、ただ乗っている事しかできないカタナは今はシュプローネに任せる他は無い。

「うまく誘導すればあの弾同士をぶつけられねえかな……いや」

 誘導魔弾は機械的に互いの位置を調節し、徐々に徐々に距離を詰める。

 浅はかな考えは通用しない、まるでそう告げるように追われる者にプレッシャーを与え続けていた。

「おい、クーガー、ちょっとぶれてるぜ。こういう時こそ焦りは禁物だ」

 シュプローネは精彩を欠き始めたクーガーを諌め、平静に飛ぶことに集中させる。

 即席のコンビで呼吸が合わない分は、シュプローネがうまく帳尻を合わせる事でなんとかやっていた。

「く……悪いなカタナ、期待に応えられないかもしれないよ」

 それでも一向に星玉座に近づく糸口も見つけられない。

 吐きたくない弱音をシュプローネが吐いてしまった理由であった。

「……」

「カタナ?」

「……し、黙っていろ。聞こえなくなる」

「あ?」

 返事をせず、後ろで何かに耳を澄ませるようにしていたカタナ。

 不可解に思っても、構うほどの余裕がシュプローネにあるわけではないので放っていたが、しばらくしてとんでもない事を口に出した。

「……おい竜騎長、聞いてくれ。俺が合図したら旋回し、あの船に向かって全力で飛んでくれ」

「はあ!?」

 星玉座を指さすカタナ。

 シュプローネは正気を疑った目でカタナに振り返った。

 冗談を言っているわけではないような真剣な眼差し、それが逆に狂気の沙汰だと感じさせる。

「言っただろ、今の状況じゃ追ってくる弾をどうにかしねえと無理だって!!」

「それは何とかする……いや、してくれるそうだ」

「はああ!?」

 この天高く空の上、誰の援護も借りれない状況。

 しかしカタナの口ぶりはそうではない様子であった。

「竜騎長は前だけ見てくれればいい。俺はあんたの腕とクーガーの翼ならいけると信じている。だから俺の言う事も信じてくれ」

 頼むというより有無を言わさないカタナの口調だが、今の状況を打開できる案が無いとはいえ無茶苦茶な話である。

「おま……く、解ったよ!! そう言われちまったらしょうがねー、後ろの事は考えずに飛んでやる、それでいいか!!」

 それでも半ばやけくそ気味に、シュプローネはカタナの言い分を承伏する。

 一応やる時はやる男だという認識はあり、そうでなくては最初から協力はしていないから。

「カウントは十秒でいく。心の準備はできるか?」

「今すぐにでもやってやるよ、どんとこい!!」

 空の上では大先輩の筈が、どんな状況でも落ち着き払っているカタナにシュプローネは何かの敗北感を感じさせられた。

「いくぞ……9、8、7………………3……2……1、今だ」

 カタナの合図と共にクーガーの翼は翻り、速度を限りなく落とさないように旋回しながら、体は星玉座に正対する。

 だが追ってくる誘導魔弾との距離は更に縮まってしまい、もう目と鼻の先。

「くー、神様!」

「……大丈夫だ、神はいなくともこの世界には救いがある」

 悟りきったように言うカタナに応えるように、数条の光が天を突く。

 地表より撃ち出された霊子の雷撃が、誘導魔弾の全てを撃ち滅ぼした瞬間であった。



++++++++++++++



 空を見上げる金の瞳には、抱いた意志の成就の光が映っていた。

「全て命中したようですね」

「ああ、流石だカトリ」

「それはこちらの台詞ですよ風神」

 カタナを助ける為、地表より『戦術魔法・絶空雷鳥ぜっくうらいちょう』を発現し、誘導魔弾を滅したのはカトリ・デアトリス。

 だが卓越された空間魔法によって、高速に飛来する誘導魔弾に照準を合わせ、その有効なタイミングをカタナに伝えたのは隣に立つ風神だった。

「私では簡易とはいえ、同時に戦術魔法を発現する負荷に耐えられない。魔剣を救ったのはカトリだよ」

「いいえ、力を合わせた結果です」

 認め合う二人、しかしその後ろから声がかかる。

「そ、その通りだと思うわ……ぜえぜえ、ところで貴方達、私にはねぎらいの言葉も無いのね……」

 息も絶え絶えで倒れこみ、カトリの言葉に乗りかかるのはリュヌ。そしてその周りには、彼女が集めた魔法騎士や魔法士が大勢同じように倒れていた。

「お疲れ様ですリュヌさん、おかげで戦術魔法に必要なだけの霊力を集めることが出来ました」

「ふん」

 ねぎらうカトリと、見覚えのない美女に敵愾心を表すように鼻を鳴らす風神。

 そして彼女たちとは別にもう一人、空を望遠レンズで恍惚とした表情で眺める少女。

「ああ、おにーさま……風に靡くそのお姿のなんと凛々しい事……飛竜の背に共に乗って空を駆ければ、きっとこの上ない幸福が……」

「……フランソワ様、妄想が漏れていますよ。それと、一応危険もありえるので私たちの後ろにいて下さい」

「ああ、おにーさま……」

 カトリ達に飛竜を手配し、その見返りにこの場までついてきたフランソワ・フルールトークは、周りの言葉など聞こえぬように夢心地であった。

「く、こんな少女までも」

 風神はフランソワにまでも敵愾心を燃やす。

 一度その身で死を知ったことで自分の真の心と向き合い、任務に生きる人生から解放された彼女に見えているのは、やはり空の上の男の姿。

「はあ……」

 集った濃いメンバーに嘆息しながらカトリもまた空を見上げ、その姿を追う。

(勝ってくれますよねカタナさん……駄目ですよ負けては。私はまだ、貴方に勝ってはいないのですから)

 いつか誓った事を思いだしながら、カトリはカタナの勝利を願った。

 



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