終章第四話 絶望と希望
高空まで舞い上がる翼と一本の魔槍、飛竜と竜騎士。
星玉座によってその無力さを知らしめられた者達が絶望する中で、己の命をかけて大一番に臨む者。
聖竜騎士シュプローネは供もなく、単騎で強大な敵に勝負を挑む。
「単純明快。わっかりやすくていいぜ、こういうの……」
自分のすべき事、自分だけが出来る事が明確なのは、行動するうえではありがたい。
やるしかないという責任と、やってやるという覚悟が、臆病になる気持ちを後押ししてくれるから。
「グラクリフトも男を見せた、ならアタシも本気を見せないと女がすたるってもんさ」
「ピーーーーー!!」
「ハッ、ライガーも同じ気持ちかい! 嬉しいぜ!」
相棒の飛竜と通じ合い、得意とする大空の戦域で高揚し逸る気持ち。
相手は、人を相手にした時のような感傷は受けずにすむ、純粋な悪。
シュプローネの槍を曇らせる条件は何も無い。
「行くぜ! 全速突貫!!」
合図と同時にライガーの翼とシュプローネの空間魔法が完全同期し、その前進速度はすぐさま最高速に達する。
流線型の特注の鎧には、リリイ・エーデルワイスの手によって空気抵抗を抑える付加魔法も付与されており、速くなる事での負担は極限まで減らされている。
誰も追いすがる事の出来ない最速、その到達点に今のライガーとシュプローネはいた。
(目算把握……距離は、残り100)
シュプローネは星玉座までの距離を見て100と設定した。
これはメートルなどの決まった距離ではなく、目印の無い空の上で進行状況を把握する為、シュプローネが独自に考えた距離の算出方法である。
(99……98……9――と、気付いたか)
星玉座に動きがあった。
その巨体の隅々までが開き、中から筒のようなものがいくつも伸びる。
そしてその筒から撃ち出される魔弾。
「ぐ、右翼旋回!!」
すぐさまライガーに回避行動を指示するシュプローネ。
視界いっぱいの魔弾の嵐に竦みあがりそうになりながら、網目を縫う様に身を躱す。
(85……くそ、攻撃が激しい……近づくのは至難の業だぜこれは)
大軍を一気に殲滅する主砲意外に、そのような攻撃手段が星玉座にあった事に歯噛みするシュプローネ。
ライガーの翼なら一飛びの距離であるはずが、とてつもなく長い距離に感じさせられた。
(流転は……いい感じか、これなら一矢くらいは報いられっかな)
持っている槍の穂先に力が高まっているのが大気を通して伝わってくる。
魔術槍・流転の力は、速度によって高まる運動量の力を蓄積させるもの。
それは高速で突貫する事でこそ最大威力を発揮する。
「よし、賭けに出んぞライガー!! 空の上の天国まで、いっちょ付き合ってくれや!!」
「ピーーーーーーー!!」
危険をかえりみず、弾幕の中に身を投じる飛竜と騎士。
命を賭しての空の道。
大空の空気を噛みしめ、それに魅入られてそれだけを生きがいにしてきた事を思いだし、シュプローネは笑った。
最後の空を楽しむ為に。
「ひいいいいいいいいいいいやああああああああああっつはあああああああああああっ!!」
風の中に消えていく叫び声、声を置き去りに進む感覚。
(60……50……いいぜライガー!)
指示は必要ない、人竜一体の呼吸に身を任せ、ライガーの本能のままシュプローネはそれに合わせる、荒々しくも一番得意な飛行の仕方。
すぐ横を通り過ぎていく魔弾、次々と休むことなく撃ち出されるそれらに対して感じる恐怖は、いつの間にか消えていた。
(40……35……)
額から大粒の汗、限界速で飛び続ける事は空間魔法でそれを援護するシュプローネにも大きな負担がかかる。
もちろんライガーもそうだ、人が短距離走のペースで長距離を走れないように、飛竜の体力にも限界はある。
進めるのは片道だけ、戻れる事は考えない。
だからこそ得られる最速。
そして最大の力。
(25……20……19……18……17……16……ここだ!!)
見極めた距離、引き出した武器の力。
シュプローネは空間魔法によって空気抵抗を抑え、流転を全力で投擲した。
流転の力は最大威力を発揮する瞬間の余波が強すぎて使用者が耐えられない為に、それを集中させるには投げなくてはいけない。
「ぶっち貫けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
大気を震わせ、目に見える歪みを見させるほどの力が穂先に集まっている。
大地に刺されば大穴を穿ち、海に投げれば大渦を起こす事も出来る力。
飛竜と真に心を通わせた騎士である聖竜騎士の全身全霊の一投。
しかしそれを嘲笑うかのように、星玉座は更なる高みを見せつけた。
ギュィィィィィィィィィィィン
流転の力の余波がシュプローネのもとにまで戻る。
唸りを上げる音と共に伝わってくるのは徒労。
「まじ……かよ、そりゃあねえぜ……」
吹き飛ばされそうになるのをライガーの背で堪えながら、シュプローネは落胆した。
星玉座の周囲に展開された魔術障壁。
それによって阻まれた流転は、最大威力の反動をもろに受け粉々に砕け散った。
「ハハ……悪いなライガー、無駄足を踏ませて。でも良かった、最後にお前と飛べたから」
「ピイッ!?」
魔弾が再度、星玉座より撃ち出される。
精根尽き果てたシュプローネには、もう逃れるすべは残っていなかった。
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「敵竜騎士の撃墜を確認しました」
技術者の事務的な声が星玉座の艦橋にいる女王ユヨベールに伝えられる。
「ほほほ、流石じゃの星玉座は。あのような虫、潰すのは造作もないわ」
悪かった機嫌が少しだけ良くなってきた様子のユヨベールに、周囲の者達は胸を撫で下ろす。
なにせ気分次第で空の上から放り出されることも考えられるので、宮廷にいた頃よりもユヨベールの機嫌取りに苦心していた。
「絶対防御の障壁……当然よな、人が同じ力を持っているのに神たる妾にそれが無いわけがないものよ、ほほほほほほほほ」
ユヨベールの手元のパネルには『自動防御機能』の文字が浮かんでいた。
星玉座に備わっていた術式によって強い力に反応し、自動的な防御障壁が展開されるシステム。
それによって戦術魔法すら通さぬ装甲にさらなる堅牢さが加わっていた。
「さて、後は残っている協会騎士団のゴミ共めを掃除するとしようかの……主砲の発射準備はできておるか?」
「は、それが魔術動力炉の力を弾幕と障壁の構築に使用した為、もうしばらく充填に時間がかかります」
「そうか、まあよい……我がものとなった空の眺めを楽しみながら待つのも一興よ」
バティスト王国の女王ユヨベールは、星玉座の圧倒的な力によって人に無力さを知らしめた。
この場にいる誰もが新しい時代の到来と、恐ろしき支配者の姿を重ね、暗黒の未来を予期する。
しかしそれを壊すため、大空を眺める眼下より迫りくる者に、女王はまだ気付いてはいなかった。
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協会騎士団の本陣後方に待機していた補給部隊の一団。
その部隊長を務めている男は、前線より雪崩のように逃げてくる騎士達の姿に困惑していた。
(みんな目が死んでるっす、ペースも考えないで走って、余程のものを目の当たりにしたんすね)
傷付いた者の手当てをしながら、部隊長は空を見上げる。
遠くの空に浮かぶ船、それが惨状の原因だというのは流れてきた者から聞いていた。
「隊長、私達も逃げましょう。ここにいては危険です」
部下から進言されるが、部隊長は首を振った。
「いや、まだ前線には残っている騎士がいるらしいっす。僕らは前線での危険から免除された後方にいた分、今こそ働かなきゃいけないときっす」
「し、しかし……」
「う~ん、いや、無理強いはしないべきっすかね……キミは先に撤退してくれても構わないっす。正騎士ですら敗走する現状じゃ、敵前逃亡や命令違反には問われない筈っすから」
「違います、隊長の事です。ゼニスには奥さんも待っていて、子供だって……」
部下の心配をよそに、部隊長はやはり首を振った。
「僕の事はいいっす、こういう性格だって解ってていっしょになったんすから。生まれてくる子には悪いっすけど、万一の為にお別れだってしてきました」
「そんな……」
たとえ後方任務であろうと、騎士として従事すると決めた以上、部隊長の男はそれを揺るがせない。
「……相変わらず、誰に似たのか変な所で頑固なようだな」
「え? あ、貴方は」
背後から声がかかり部隊長が振り向くと、騎士団長代理であるルベルト・ベッケンバウワーが渋面で立っていた。
「お、お久しぶりですルベルトさん」
「ああ、確かキミが私の副官を辞して、カタナの下に行って以来だったか」
「そ、そうですね、あはは……」
昔から苦手な相手であるルベルトを前にして、部隊長は少しだけ顔が強張る。
「そんなに緊張しなくていい、過去を蒸し返す気でいるわけじゃないからな。それより頼みがあるのだ、グラクリフトを先に手当てしてやってくれ……思っていたより重症なのだ」
「グラクリフトさんが? 解りました、すぐに看ます」
「ああ、頼む。それと、終わったらキミも補給部隊をまとめて撤退させてくれ。ここに来るのは私達で最後だ」
そう言ったルベルトの顔には疲労が色濃く浮かんでいた。
グラクリフトの巨躯を担ぎ、徒歩で離れた後方まできたからだろう。
いや、それだけではない事も部隊長は察したが、それは気付かなかった事にした。
(負けたんすね……)
部隊長はまるでそれが他人事のように思えてしまう事に、慚愧を禁じ得なかった。
かつてのある事がきっかけで失った片足と片目、それによって今回の戦いでは戦線から外された。
自分がいれば何がどう変わったという事も無いだろうが、大きく悔いは残ってしまっている。
これでいいのか、これからどうなるのか、そういった不安と共にこの場に残っていたが、結局自分には何も変えられないという事を痛感しただけであった。
(負けたくないっすよ……)
彼は強く思った、何に対してというより、何にでもという漠然な思いだった。
その時風が流れた。
「……え?」
どこか懐かしい感じがして見上げると、頭上を大きな影が通り、一瞬だけ太陽を遮った。
「あ、あれは……まさか、隊長!?」
隊長と言えば、そう言った本人も今は部隊長であるが、彼にとっての隊長と呼ぶべき人物はただ一人。
四枚の翼を広げる飛竜の、その背に乗る男。
魔剣カタナが騎竜のクーガーと共に、星玉座に向かう姿がそこにあった。