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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
終章 魔剣カタナとそのセカイ
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終章第三話 女王と星玉座

 バティスト王国の女王であるユヨベール・ケニス・バティストは、星玉座ワールドエンドの艦橋にて高笑いを上げていた。

「ほほほほほ、見よ愚民どもの慌てふためく様、これは愉快じゃのう」

 新しい玉座に備え付けられたパネルには遠くの様子が映し出され、地上の王国軍と協会騎士団の様子を鮮明に見ることが出来る。

 艦橋にはユヨベールの他には彼女の忠臣と、星玉座を動かすのに必要な一握りの技術者のみが入ることを許されており、それ以外の者は今の彼女には不要な存在であった。

「その……よろしいのですか? 近衛騎士団の事は……」

 忠臣の一人が恐る恐る尋ねる。

「ほほほ、よいよい。せっかくわらわの手駒として有用なものか示せる機会を与えてやったというのに、期待に応えるどころか失望させおった。そのようなものはもう必要ない」

 ユヨベールはパネルを操作して王国軍の本陣に視点を合わせた。

 そこに見える近衛騎士をはじめとする王国の兵達は天を仰ぎ、まるで神に赦しを乞うように祈っている。

「もはや愚鈍な兵を千も万も持つ必要はないのじゃ、妾にはこの星玉座があればそれでよい。それよりも、準備はできておるのか?」

 ユヨベールは今まで自分の為に戦っていた兵達をゴミを見るような目で一通り眺めると、技術者の一人に確認をする。 

「は、四基の魔術動力炉は正常に作動。霊子変換、充填も完了……主砲発射できます」

「ほほほ、そうか」

 ユヨベールがパネルを見ると、発射の最終確認画面が浮き上がっていた。

 星玉座はユヨベールの決定なくしては動くことは無い、この艦船内ではどんな事にも彼女の決定権が必要である。

 それは彼女が、星玉座の作られた旧王国時代の王族の血を受け継ぐものであるから。  

 余分な血を交えないというしきたりや、強い選民思想などは、この星玉座の主たる資格を持つ、純粋な王の血を残す事が根幹にあったのかもしれない。

(ほほほ、ラスブートめは今頃口惜しげにしておる事であろうな)

 王国の遺跡に存在していた星玉座の秘密を解明し、稼働させる事が出来たのは、旧王国時代に同じく作られた魔人であるラスブートがいたから。

 ユヨベールは利用する為にラスブートを宰相として重用していたが、不要となった事でそれもあっさりと捨てた。

「では、撃とうかの。照準は王国軍本陣中心」

 そしてまたもユヨベールは不要となった者達を切り捨てる。

 主砲の発射承認画面に手を置き、星玉座のシステムがユヨベールの意思を読み取ると、撃ち出された眩い光が大平原に二つ目の大穴を作った。


 十万の軍勢が、命が何の余韻も無く失われ、残るのはその消し炭だけ。

 艦橋にいる誰しも息を呑む光景に、女王だけが笑っていた。

「ほほほほほほほ、これがあれば共和国も帝国も敵ではなかろう。いや、大陸どころかこの世界はもう妾の手中に収まったも同然じゃ」

 まるで神にでもなったかのような全能感。

 身の丈に合わない力を得て、ユヨベールはそれを振りかざすことに憑りつかれている。

「さて次は……目障りな協会騎士団を潰しておくとするかの」

 そしてユヨベールは次なる照準を向けた。



+++++++++++++



 ルベルト・ベッケンバウワーは瓦解した戦線を前にして呆然と立ち尽くす。

 突如現れた謎の空飛ぶ船の攻撃によって多くの者が命を落とし、そして生き残った者は恐慌状態に陥って我先にと逃げ出した。

「ルベルト坊!! 何を呆けておる!!」

「……ウボウ殿か」

 自分を坊と呼ぶ声に振り返ると、魔戦大隊の指揮をとっていたはずのウボウが息を切らせて走り寄ってきた。

「あの船には戦術魔法をもってしても傷一つつかん。ここは一度逃れるしか手はあるまい、早く撤退指揮をとらんか」

 このままでは騎士達はちりじりになってしまう、纏まって動くのは危険なので散会するのは良いが、申し合わせも何もなく散ってしまえば再起を図ることができなくなってしまう。

「撤退指揮はウボウ殿にお任せします。私は指揮官としてこの敗戦の責任をここで負う事にします」

「なんと、正気か!?」

「……はい」

 ルベルトの顔には諦めの色が濃く滲んでいた。

「此度の事は坊の責任ではあるまい、このような所で無駄死にをするよりも後の戦いに備え……」

「戦う? 無理でしょう、少なくともこの場にいた騎士はもう戦えない。私がそうであるように」

「お主……」

 強大な力の前に立ちすくむ事しかできない無力さ。

 痛感してしまったそれを押しのけられるほどのものが、ルベルトには残っていなかった。

「散っていった命に胸を張ることも、生き残った者に希望を示す事も今の私には不可能です……」

「馬鹿者!! そのような泣き言、バシリコフが聞けば何と言うか!!」

「だったら、どう戦えばいいか教えてくれ!!」

 肉体と精神を鍛え、研鑽してきた日々。

 自分を信じ、仲間を信じて到達した今。

 それがたった一つの不条理にあっけなく壊される。

 ルベルトには敬意を払うべき最古参の騎士に対して、礼儀を保つ余裕すらなかった。

「あんなものと戦うすべを私は師から教わっていない!! 戦う力も、勇気も、私には無いんだ!! 誰か、教えられるものなら教えてくれ!!」

「……ぬう」

 苛立ち混じりにルベルトが吐き出した言葉は、ウボウも心の中では認めていた事。

 五十年前の大戦ですでに現役であったウボウですら、十万に及ぶ大軍が一瞬で消し去られる光景は初めてであり、絶望は確かに感じていた。

「解った、撤退指揮はわしが可能な限りとろう」

「……」

「さらばじゃルベルト坊……もっとも、すぐにまた会うかもしれんがの」

 ウボウは去っていく、ルベルトは見送らずにその場に立ち続ける。

 周囲を見渡してみると、ルベルトの他にも退却する事すら諦めた騎士たちが、呆然と空に浮かぶ船を見上げている。

(……すまんなグラクリフト、お前の信頼には応えられなかった)

 前線にいたグラクリフトも、あの船からの初撃に巻き込まれておそらくは生きていない。

 このような無様な姿を友に見せずに済んだことだけは良かったと、ルベルトは自嘲して目をつぶる。

 そして天から光が落ちる。

 瞑目していても解るほどの眩い輝き、それに包まれて自分も死ぬ。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン


 星玉座の主砲は逃げる者も諦める者も等しく消し去らんと、轟音上げて打ち出された。

「があああああああああああああああ!!」

 それに立ち向かうのはただ一人。

 逃げる者も諦める者も数多けれど、いまだ戦う意思を失っていない者。

「――グラクリフト!?」

 ルベルトは目を見開き、正視の困難な光の中その後ろ姿を見定める。

 ボロボロになった全身装具、兜も割れてその素顔も露わになっている。 


「耐えろ、不退ヴァンガードよ!! 私は一歩も退く気はないぞ!!」


 魔光を上げ、グラクリフトの持つ魔術楯が持ちうる力の全てを解放する。

 強固で巨大な魔術障壁が、協会騎士団本陣全域を包む。

「無茶だ……」

 星玉座ワールドエンドの主砲を不退ヴァンガードの魔術障壁が防ごうと、その力がせめぎ合う。

 だが、その中心にいるのはあまりにちっぽけな一人の人間。

 強大な力がぶつかりあう狭間に身を晒し、無事で済むはずがない。

「グラクリフト!! ここはもういい!! お前だけでも逃げろ!!」

 不退ヴァンガードの力をうまく使えば、グラクリフトが一人で生き延びる事は出来る。

 しかしルベルトのその言葉をグラクリフトは聞かなかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 地が揺れる振動音に、かき消されそうな怒号。

 もう勝ち目は見えないはずなのに、グラクリフトから闘志は消えない。

 限界が近いのか、ミシミシと軋みあげる不退ヴァンガード

 グラクリフト自身も圧力に押されて膝を地面につく。


「ま、だ、だあああああああああああああああ!!」


 最後の力を振り絞りグラクリフトは不退ヴァンガードを支え続ける。

 それに応えるように魔力の黒き光が一瞬強まり、魔術障壁が押し返す。

 迎える臨界点、耐え切れなくなった魔術楯・不退ヴァンガードはバラバラに砕け散った。


「――グラクリフト!!」


 遠くに見える大きな山が半分消し飛んでいる。

 グラクリフトと不退ヴァンガードの最後の力によって主砲は弾かれ、この場にいる者達の多くの命は救われた。

 ルベルトは走り寄る、限界を超えて戦い倒れた友のもとへ。

「……」

「しっかりしろ!! 聞こえるかグラクリフト!!」

「……ルベルト……か」

 ボロボロの鎧の下から露呈する肌はひどく焼け焦げている。

 それでも、グラクリフトが修練で自ら負った体中の傷の数々と比べれば、それほど大したことは無いようにルベルトには見えた。

「……なぜこんな、私達は……もう」

「……ルベルト」

 解りきっている敗北、どう足掻いても絶望しか見えない。

 だが、グラクリフトの瞳にはそれ以外が見えているようだった。

「逃げるな……ルベルト……生きる事から……戦う事は出来ずとも、生き残る道は……まだ……あるだろう」

 戦わなくてもいい、諦めてもいい、だが生きる事を自分から止めたりはするな。

 そう言っていた師の言葉を思い出させるかのようなグラクリフトの言葉に、ルベルトから涙が溢れた。

(……そうだった、私たちが師から本当に教わったのはそれだった)

 生きる事を恐れない。

 恥を晒しても生にしがみつき、生きる事から逃げない事。

「立てるかグラクリフト?」

「……無理そうだ、置いて行ってくれ」

「馬鹿を言え」

 ルベルトはグラクリフトの腕を肩に回し、その巨体を持ち上げる。

 そして周囲を見回し、まだこの場に残っている騎士達に告げる。

「退却だ!! 急げ腑抜けども!! 今の光景を見て、ここで犬死を選ぶような奴は、私が国に帰って末代までの笑い者にしてやるぞ!!」

 鉄血と呼ばれた騎士の奮起は、一筋見えた未来を彷彿させるように、諦めていた騎士達をつき動かした。



++++++++++++++



「……つまらん」

 女王ユヨベール・ケニス・バティストは、額に青筋を浮かべて不満を口にした。

 たった一度とはいえ星玉座の主砲を防がれ、その絶対の自信を挫かれた事に苛立ちを見せている。

 先程まで神のように振る舞い、手に入れた力に酔いしれていた事から一転して、まるで子供のようであった。

「ユヨベール様!」

 技術者の一人が何かに気付いたように声を上げた。

「何じゃ騒々しい、つまらん事なら報告はいらんぞ……」

「は、前方より敵影が高速で接近……おそらく協会騎士団の竜騎士と思われます!」

「何……」

 ユヨベールが手元のパネルを操作すると、確かに竜騎士が一騎、向かってくる姿が確認できた。

「……不快じゃのう。全砲門を開けよ」

「は、了解」

「虫めが、さっさと巣に帰ればよいものを」

 ここにきてまだ立ち向かってくる者がいる事に、ユヨベールの苛立ちは頂点に達していた。


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