終章第二話 決戦場と聖竜騎士
吹き荒れる暴風に降り注ぐ雷鳴、そして地を這う業火。
決戦場となった大平原の惨状は戦術魔法の応酬によりまさしく地獄、相見えた王国軍と協会騎士団の戦いは激化の一途を辿る。
互いの持ちうる全戦力を投じた決戦場では、その明暗を分ける戦いが成されていた。
「報告!! 左翼の第三中隊の被害が甚大、救援を求めています!!」
王国軍の本陣にて、指揮官である近衛騎士団長ギムゼウスの下には同じような救援の要請がいくつも届いていた。
「ぐ……各隊には充分な兵員を与えている、各自で対処させろ!」
開戦時には五倍以上の兵数の差があり、王国側の圧倒的優勢で始まった戦いであるが、蓋を開けてみれば劣勢であるのがどちらなのか明白であった。
戦場の中央は協会騎士団の重装騎兵隊が駆け回り、着実に王国軍の戦力を削る。
右翼と左翼に戦力を集めて包囲陣形をとっても、自由に空を飛び遊撃する竜騎隊の強襲がそれを許さない。
兵数の少ない状況を快速の足で補い、各個の能力も高く装備の質も良い協会騎士団。
近衛騎士団以外は寄せ集めに近い王国側が劣勢に立たされるのは、仕方のない事であるのかもしれなかった。
「何をしている、戦術魔法の準備だ!!」
ギムゼウスは指揮官が隠しておくべき焦りと苛立ちをそのままに、副官を怒鳴り上げる。
「は、完了しておりますが、効果範囲の前線には友軍が多数……射線が通らなければ巻き込んでしまいます」
「構わん!! もはやこちらの被害に構っている状況ではない!!」
とうとう痺れを切らし、友軍もろとも協会騎士団の戦力を削ぐ事を命ずるギムゼウス。
(まだ勝算はある、敵の主戦力を疲弊させれば雑兵をいくら失おうと近衛騎士団が健在であれば問題は無い……どんな犠牲を払っても、ここは勝たねばならんのだ)
ギムゼウスは決意をかけ、北の空をふと見上げる。
(必ずや勝利を、我らが女王様の為に……)
それはまるで決死隊のように、後がない者のかけた決意であった。
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蒼穹から舞い降りる影。
流線型の白銀の鎧が血に染まり、振るった黒き長槍が新たな戦果をもたらす。
「しゃあ! 次はどいつだ!」
協会騎士団の竜騎長であり、ただ一人『聖竜騎士』の称号を持つシュプローネが吠える。
小柄な女性でありながら、騎竜であるライガーと息を合わせた奮迅の活躍は王国軍に多大なる被害をもたらす。
より多くを殺さねばならない協会騎士団の最大の敵は、それによって下がる士気と重なる疲労。
だからこそそれを見せてはならないと自覚するシュプローネは、迷いなく敵を屠っていく。
(まったく参るぜ、アタシはライガーと空を飛べるだけで幸せだったってのに!!)
命を奪う事が辛くないわけがない、それも騎士同士であるならともかく、相手の多くは武器を持つのもぎこちない者達。
それでも愛する祖国と愛する空を守る為と理由をつけ、また新たにその槍が命を断つ。
囲まれそうになれば飛び上がり空に逃れ、空間魔法で飛竜の機動性を最大限に活かす。
王国軍は空と地の両方に注意を働かせなければならず、まるで挟撃されているような感覚に陥っていた。
「悪いなライガー、こんな血なまぐさいとこに連れてきて……この埋め合わせはきっとするからよ」
「ピーーーーーーーーーーーー」
「おう、頼りにしてるぜ」
シュプローネは相棒の力の籠った声に後押しされ、急浮上から急降下の強襲を見舞う。
ギン
「お!?」
「ふん、雑兵ばかりと思うな……王国の近衛騎士をなめてもらっては困る」
この戦場で初めてシュプローネの槍を防いだ相手は、楯を捨てまるで挑発するように槍を振り回した。
「そちらの部隊長と見受ける、私は王国近衛騎士団のギュンターと申す者。貴殿に一騎打ちを申し込む」
シュプローネに対し、ギュンターと名乗った王国の近衛騎士は、偶発的に出来上がった一対一の状況を利用し劣勢を挽回しようと考えたようであった。
大陸史の過去の人間同士の戦いにおいては、泥沼の戦いの勝敗を指揮官同士の一騎打ちで決したという記録もある。
「いいね、そういう分かりやすいの……アタシは馬鹿だから結構好きだぜ」
優勢な側が乗る必要も無い提案だが、シュプローネは乗った。
大勢と戦況を見る力が自分には無いと解っているから、どんな場面でも自分自身の全力を出すと決めている。
弱きを挫く為に習得したわけではない騎士の力と技を、発揮するのに十分な相手であると思えたからという事もあった。
「ライガー、ちょっと空で休憩してろ」
騎竜から降り、相手と同じ槍一本で一騎打ちに臨むシュプローネ。
乱戦の中でその一角だけ静かに、両者の戦いを見守る流れとなった。
「そういや名乗ってなかったな、アタシは協会騎士団の聖竜騎士シュプローネ。ギュンターっつったな? アンタの名前は忘れないでおいてやるよ」
一騎打ちを臨む騎士が名乗り合うのも古来より戦場に伝わる礼儀。
「そうか、あの世で私の武勇を広めてくれるとはありがたい」
「ハッ、言ってろ!」
槍を前に構え、両者前進突撃する。
体格は元々小柄なシュプローネが劣っているが、武器を合わせたリーチは得物が少し長い為同じ程度。
一瞬間合いを測り足を止めたギュンターは勝っている体格を利用し、シュプローネの槍に自分の槍をぶつけはねあげる。
シュプローネはそれに逆らわず、退きながら体制を整えた。
どんな得物でもそうだが、特に槍は間合いが勝負の決め手となる。
穂先の刃を相手に届かせる為、一進一退の攻防の中で半歩のずれすら考慮してその技を競う。
その最中、一瞬の隙をついたギュンターの槍がシュプローネの兜をかすめ、シュプローネの視界が揺らいだ。
(つ……やべ)
脳へのダメージは少々の衝撃でも深刻なものとなる。当たり方次第では即脳震盪で倒れる事もある。
(突出しが速いな、得物についてるあの仕掛けのおかげか?)
ギュンターの槍は特殊な形の管槍であり、その突出しが行い易くなるように細工されている。
加えて付加魔法もかけられた魔法武装としての一級品。
(流石に近衛騎士は良いもん使ってんな。それに、ちゃんと得物を活かす技量もある)
一騎打ちを挑んでくるだけはあると、シュプローネは相手を認め、間合いを大きく離した。
「臆したか!!」
「ばーか、ちげえよ」
シュプローネはその手に持つ槍を大きく一回転させた。
それにより黒き長槍から上る魔光。
「流転、解放」
シュプローネの言葉により、付加魔法で抑圧されていた魔術武装の真価が発揮される。
協会騎士団の所有する魔術武装の一つ、『魔術槍・流転』。
それに秘めたる術式は、速度によって高まる運動量の力を槍自体に蓄積させるというもの。
振り回したり、持って動く事で、その分の運動量が破壊力として穂先に集中されていく。
「これでもか弱い女で陸の戦いは専門外だからな、腕力で劣る分のハンデはもらってくぜ」
「な……!?」
シュプローネの持つ流転がギュンターの槍を弾きあげる。
体格による腕力の差をものともせず、ほとんど触れただけで激しい衝撃が伝わっていた。
そしてもう一撃、一連の動作の中でその長い柄を大きく持ち上げたシュプローネが流転を振り下ろす。
ギュンターは槍の柄で受け止めようと構えるが、更に威力を上げた流転の力に槍、鎧、そして体の骨もろとも粉々に砕かれる。
「ぐ、ぶ……」
「……悪いな」
倒れたギュンターにそう言って、シュプローネは一騎打ちの行方を見守っていた周囲を見渡す。
そこで見て取れるのは王国側の兵の動揺と、協会騎士団の士気がまた持ち直した事。
「まったく、解りやすい奴らだな。何なら他の奴らも一騎打ち申し込んでみるか? いくらでもアタシは相手してやるよ。つーか、それが出来ないほど戦意がねえならさ、いっそもう降伏してくんねーか?」
そう言って魔光の上る槍をシュプローネが一回転させると、それだけで周囲がびくりと慄いた。
しかし誰も武器は捨てようとしない。
戦意は削がれかけているのに、それでもまだ戦いを止めようとはしない。
「お、俺たちにだって家族がいる、負けられないんだ!!」
王国側の兵の誰かがそう言った。
「あん? 家族がいるなら尚更、戦いなんてやめて国に帰れよ」
「それが出来れば! 俺たちが戦わなければ家族は……」
シュプローネに食って掛かったその兵士の言葉は、バティスト王国軍の実状を如実に表した。
無理やり徴兵され、従わなければ家族の命は無い。
近衛騎士以外の奴隷や一般人の全てが、いまやその命を国に管理されている。
(まいったね……)
シュプローネとその兵士のやり取りは、他の協会騎士達にも動揺を与えてしまった。
この場にいる者は誰も戦いを望んでいない、それでも戦いを止める事はできない。
重苦しい空気がしばし戦場を包むが、その時風雲急を告げるものがいた。
「ピーーーーーーーー!! ピーーーーーーーーーー!!」
シュプローネの騎竜であるライガーの金切声。
いつも接している者には解る慌て様にシュプローネが見上げると、ライガーはその足でシュプローネの体を掴みあげ急ぎ飛び上がった。
「ちょ、おい、どしたライガー!?」
ライガーがシュプローネの相棒となって以来、指示もなくそんな乱暴な真似をするのは初めてであった。
そしてどうしてそんな事をしたのか、それをシュプローネが問う前に起こった最悪の事態。
まばゆい閃光が戦場を包み、すぐ後に地鳴りと土煙が吹き荒れる爆風が空気を汚す。
シュプローネを掴んだライガーはその衝撃波に飛ばされるように空に舞い上がった。
++++++++++++++
「けほ、けほ……何だってんだよ、いったい」
シュプローネは高空から様変わりした戦場を見下ろす。
大平原の中心に大きくあいた大穴と、それを中心にして隆起した大地。
王国軍と協会騎士団の多くを飲み込み、多大なる被害もたらしたそれは戦術魔法など比ではない破壊の爪痕をありありと見せつけている。
「おい、まさか……まじかよ」
シュプローネは自分がさっきまでいた辺りを見下ろしてみるが、そこにいた多くの兵士や騎士は跡形も存在していなかった。
正体不明の閃光にいち早く気付いたライガーに助けられなければ、シュプローネも生きてはいなかった事だろう。
「隊長!! ご無事ですか!?」
突然の事に平静が揺らぎかけるシュプローネだが、自分を呼ぶ部下の声を聞き我に返る。
「……ライガーのおかげで何とかな。それより何が起こったかわかるかい?」
竜騎士の部下に問い質してみるも、部下も横に首を振る。
「後方にいた私には何も……ただ、光が北の空から降ってきたように見えたと他の者が言っておりました」
「北?」
「はい、それと……敵の補給部隊を叩く為に選抜した竜騎隊のメンバーが戻ってきていないとも報告が上がっています」
北はバティスト王国の領土が広がる方向、そして王国軍の補給部隊も前線の後方であるから共和国から見て北側に位置しているはず。
「……おいおいおい、もうそろそろ理解が追い付かねえよ」
ふとシュプローネが北の方角に視線を向けると、信じられないものが目に入った。
「どうされましたか、隊長?」
「あっちの方をちょっと見てみ」
特別目の良いシュプローネだけが気付いているようだったので、部下に望遠レンズで同じ方向を見てみるように促してみる。
「――!? 何ですかあれは!?」
「アタシが聞きてえよ!!」
王国軍の後方、北の空に見えるのは巨大な船。
誰も見た事が無い『空を飛ぶ船』が、その威容を見せつけるようにゆっくりと戦場に向かってきていた。
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「さあ余興も終わり、ようやく幕が上がったか」
混迷する戦場から遠く、たった一人で事の行く末を見つめる者。
帝国の宰相である魔人ラスブート……彼の悲願がようやく叶い、王国と共和国の決戦の場に憎むべき太古の遺産が姿を現した。
「巫女の予言の第二幕……『太古の船が人の無力さを知らしめる』。さて、人よ、どこまでその欲深さを見せつけてくれるか。まずはその手並みとくと拝見しよう」
かつて魔術を発展させ、魔人や魔獣、それらを超える超常的なものを生み出し続けた旧王国の遺産。
星すら駆ける魔術破壊兵器・『星玉座』が、主の系譜に連なる者の命を受け発進する。
「なんにせよ、最後に笑うのは私達だ」
王国の女王にその力を与えたラスブートは、全てを手中に収めんが為にその時を待つ。




