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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第四章 友との誓い
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四章エピローグ もう一つの強き意志

 フランソワ・フルールトークは突然の来客に見舞われていた。

 今居るフルールトーク家の別荘は人里離れた所にあり、親しい友人のいないフランソワにわざわざ会いに来る者はそういない。

 訝しんだフランソワであったが、客の顔を見てその意外さに驚くこととなった。

「貴方は……確か、カトリさん」

「お久しぶりですフランソワ様」

 フランソワの記憶では長かった金髪が短く切りそろえていたが、そこに居るのは間違いなくカトリ・デアトリスであった。 

「生死不明と聞いておりましたが、生きておられたのですわね」

 フランソワはリュヌから大体の事情は聞いており、ある程度の事柄は把握している。

「ええ、危ないところでしたがこの通り、ある方のおかげで命拾いしました……込み入った事情があるので詳しくは話せませんが」

 話せないと言ったカトリに、フランソワは若干の不信感を抱くが、今はとりあえず先に聞いておくべき事を優先した。

「どうして貴方がここに?」

 かつてカタナがフランソワの護衛を行った時、カトリもそのサポートについていた為、顔見知り程度の間柄ではある。

 しかしそれ以上の接点も無い為、フランソワにはカトリが現れた事の何かしらの繋がりが想像できない。

「お願いがあって参りました」

「お願い?」

「はい、飛竜の手配を」

 カトリのいきなりな頼みに、フランソワは逡巡し問い質す。

「それはおにーさまの利に叶う事ですか?」

 フランソワにとって一番重要な事であり、それなくしてはカトリの頼みを聞く義理は無いと思っているほどであった。

 カトリはその様子を少し微笑ましそうにして頷く。

「ええ、もちろんです。だからこそフランソワ様の下に参りました」

「……いいでしょう、フルールトーク家で所有する飛竜をお貸しします」

 カトリの様子を観察し、嘘はないと悟ったフランソワは、早速その手配を控えていた侍女に言い渡す。 

 共和国の貴族でも自家用の飛竜を所有する家は多くない。

 フルールトーク家はその少数の内であり、時に迅速な足が必要な商家だからこそといえた。

「それで、他にも何かあるのでしょう?」

 徐にフランソワはカトリにそう告げる、神童と呼ばれる者の観察眼は時に心の内を見透かす程であった。

「……恐れ入ります。実は身柄を預って頂きたい人物がいるのです、カタナさんの関係者ではあるのですが」

「おにーさまの?」

 少し言葉を濁し気味のカトリは立ち上がり、部屋のドアを開けて外に控えていた人物を連れてきた。

 体格の良い長身のその人物は深くフードを被っており、キョロキョロとフランソワや部屋の様子をうかがっている。

 カトリはその人物に被せていたフードを取り払い、フランソワに紹介する。

「こちらはゼロワンといいます。カタナさんとは……兄弟のような関係でしょうか」

「――!?」

 黒い髪、黒い瞳のその男。

 魔人の特徴を表すその外見にフランソワは驚愕するが、もっと驚くべきはゼロワンという名。

「――貴方が!!」

 フランソワは立ち上がり、まるで親の仇でも見るような怒りをゼロワンに向け、思い切り突き飛ばした。

「フランソワ様、落ち着いて下さい」

 予想していなかった事態に、カトリはフランソワを慌てて止めに入る。

「落ち着いていられますか!! この方はおにーさまを傷つけた、わたくしには何よりも許しがたい事です!!」

「それは……」

「お放しなさい!!」

 カトリを引きはがそうとするフランソワだが、そこは腕力に大きな差があり、全力でもびくともしない。

 そうしている内に、突き飛ばされたゼロワンが立ち上がる。

 呆然とした顔で、マジマジとフランソワを見つめるゼロワン。

「なあ、俺はこの子を怒らせるような事をしたのか?」

 フランソワの怒りが何故自分に向いているのか解らない様子のゼロワンは、カトリに向かってそう尋ねた。 

「ええと、それは……したかもしれません」

「そうか……」

 頷いたゼロワンは膝をつき、目線をフランソワと同じにしてまっすぐな瞳で言った。

「すまないが、俺は自分が何をしたのか、自分が何者なのかも覚えていない。その様子だと余程の酷い事をしてしまったのだろうが、どう謝っていいかも解らないんだ」

「な、おぼ……え?」

 ゼロワンの言葉を飲み込み、フランソワはカトリに疑問の視線を流す。

 カトリは首を横に振り、その疑問に答えた。

「記憶喪失、というものらしいです。彼は今、過去の記憶を一切憶えておりません」

「…………」

 フランソワはゼロワンに視線を戻し、その様子を観察する。

 挙動、仕草、癖、それらを余すところなく掌握し、その上で真実を見極める。

 嘘を見抜く事は商売を生業にする者にとって必須事項ともいえ、幼いながらもその経験が豊富なフランソワには、もはや染みついたものであった。

「……どうやら、本当のようですね」

 自分の直感からカトリとゼロワンが騙そうとしているわけではないと悟り、フランソワはとりあえずではあるが怒りを収めた。

 そして改めてカトリに問いかける。

「どうしてこのような事に?」

「実は私もゼロワンも、本来なら生きていられる筈もない傷を負ったのです。しかし、奇跡としか言いようのない方法で助かり、私は大丈夫でしたがゼロワンには後遺症が残ってしまったのです」

「……おにーさまの事もおぼえていないのですか?」

「はい……ただ、ゼロワンを治療した医師が言うには思い出す可能性はゼロではないということです」

「それがいい事だと言えるのですか?」

 容赦なく確信をつくフランソワに、カトリは言葉を詰まらせた。

「それは……」

「いえ、それはここでわたくし達が話して決める事ではありませんね。おにーさまにとってこの方が必要な人物かもしれない以上、こちらで身柄を預かることに異論はありません」

 フランソワはそう言ってゼロワンに視線を戻した。

「貴方はどうなのですか? もしよろしければそれなりの待遇でおもてなしさせていただきます」

「……なんだか解らないうちに話が進んでいたが、俺としては置いて貰えるならどこだっていい。記憶が戻らないうちは何処にいけばいいのかも分からないからな」

 投げやりに言うゼロワンだが、少しだけ不安げな様子も垣間見せた。

 記憶を失い、自分が誰かも解らず居場所も無い、そんな状態であれば誰であれ不安はある。

「では、後で貴方の世話をする者を呼びます。それまではここでくつろいでもらって構いませんわ」

「解った、感謝する」

 少なくともゼロワンに害意はなさそうであると判断したフランソワ。

「……それと、カトリさん」

「なんでしょうか?」

「おにーさまの事を、よろしくお願いします」

 聡いフランソワが歯がゆそうにそう言い、カトリはただ「はい」とだけ返事をした。

 


+++++++++++++



「ほんまに良かったんか? ゼロワンをフルールトークに預けて」

 帝国の南部訛りで話しかける男の言葉を、カトリ・デアトリスは首肯で返す。

 ゼロワンの事でフランソワに危険が及ばないかどうかの不安は完全には拭えないが、他に預けられる場所も浮かばなく。その外見から町に置いておくのも無理が生じる為、今はそうせざるを得ない。

「もしも記憶が戻ってたとしても、ゼロワンにはフランソワ様がカタナさんの大切な人だと伝えてありますから……滅多な事は無いと思います」

「思いたい、の間違いやないのか?」

「……意地の悪い事を言いますね。そんなに私をここに残したいのですか?」

 フランソワがそう言うと、男は困ったように自分の顎を撫でて目を逸らした。

「せやな、ワシの本音を言うと、もうカトちゃんは戦わんでもええと思っとる。せっかくばーちゃんの蘇生魔法で拾った命やし、ゼロワンとの事に決着をつけた今はもう戦う理由だって無いはずやろ」

 カトリはゼロワンと共に、シュトリーガル・ガーフォーク達の手によって一度は命を落とした。

 だが、『闇医者』を名乗る老婆により蘇生して、現在に至る。

「勝手な事を言いますね。ゼロワンがデアトリス家を襲撃するように手引きした張本人である貴方が」

「……ワシは外道やから別に責められても何とも思わんけど、デアトリス家の事は自業自得や。外道の力を借りて家の再興を狙った奴らの末路なぞそんなもんや」

「罪の意識は無いのですね」

「デアトリス家にはな、ワシが罪の意識を感じるとするならカトちゃんやゼロワン、それと魔剣に対してだけや」

 男はそう言って、浸るように遠くを見つめた。

 男が帝国特務の『室長』と呼ばれるよりも前、『不明視アンノウン』と呼ばれていた時代を思い返すように。

「作られて生み出されて、自由の無いまま生き方も死に方も誰かの手の内にある。そんなんが許せなくて戦ってた時もあったんやけどな、いつからか逆の立場になってもうたわ」

「……」

「その償いができるとも、しようとも思ってへんけど、カトちゃんがもし穏やかに暮らせるならそれが一番やとワシは思う。こうなった以上、あとの事は魔剣とワシらが蹴りをつけるさかいな」

 男は真剣な眼差しでカトリを諭すように言った。

 凶星という存在を追い求め、シュトリーガルと共に非道な事にも手を染めた日々。その責任を果たすのは自分だけでいいと。

「いいえ、私も戦います。私には培ってきたものと、それに対する誇りもあります」

 しかしカトリも持っていた、新しい生き方と戦う理由を。

「その意思も、誰かに用意されたものかもしれへんねんぞ?」

「だからこそ、ですよ。運命や存在意義を誰かに決められたとしても、私が私の意思で走れば、私の意思だと信じることが出来れば、そんな事は関係ないんです。結局は何をするにも、自分の力と意思で切り開くものなのですから」 

「……さよか」

 カトリの強い意志に呼応するように、携えた剣の鞘から霊光が上る。

 精霊に祝福された彼女は、より一層の決意をその瞳に宿している。

 男はその眩さに見覚えがあった、かつて自分が敗北した人という存在の強さである。

(……あかんな、これ。娘の成長を喜ぶ父親ってのはこんな心境なんかな)

 芯の強さと、進む意志、ここにいるのは誰かに作られた存在ではなく、その手をとうに離れ確固としたものになったカトリ・デアトリスという存在。

(あるいは魔剣も……)

 男は納得し全てを心の内に留めて、残された自分のやるべき事に向き合う決心をした。

 

「二人とも、飛竜の用意が出来たようだ。準備はできているか?」

 長い銀髪をなびかせながら、風神がカトリと男にそう告げた。

 彼女は彼女で、自分の大切なものを追い求める為にもう迷いはない。

「ええ、行きましょう」

「せやな、いっちょきばっていこか」

 カタナが向かう決戦の場に、もう一つの強い意志と力が向かう瞬間であった。 




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