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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第四章 友との誓い
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四章第十五話 凶星の挽歌

 いつの間にか降り出していた雨が地面を濡らしている。

 カタナは呆然と立ち尽くし、目の前に倒れたシュトリーガル・ガーフォークの姿を見下ろしていた。

 眩いばかりに輝いていた魔法陣の霊光は消え失せ、残ったのは連鎖した霊子反応に体が耐え切れなくなった骸だけ。

 長き使命に終止符を打ち、永遠の安らぎを得たシュトリーガルの表情は悔いなど無いような晴れやかさであった。

「……ふざけんな」

 カタナはシュトリーガルを蹴り上げたい衝動に耐えながら、絞り出すように呟く。

 ただ一つの誓いの為に生涯をかけ、その記憶と遺志をカタナに押し付けたシュトリーガル。

 それはあまりにも一方的で、エゴイズムに満ちている。

 カタナはシュトリーガルの胸ぐらを掴み、持ち上げた。

「おい、起きろ、卑怯だろこんなの……」

 物言わぬ骸、霊魂すらも残らぬシュトリーガルの体は酷く軽い。

 言ってやりたい事がカタナには山ほどあるが、それはもう無駄な事だと何もかも解っていた。

「おめでとう、シャチョー」

 いきなりカタナの背後から声をかけたのは、いつからそこにいたのかサイノメであった。

「今の気分はどうかな?」

「……いいわけねえだろ」

「ああ、その言い方。ここにいるのはやっぱりシャチョーなんだね」

 サイノメはカタナに近づき、ぐるりと正面に回って顔を覗き込む。

「あたし、邪魔だった? 今は一人でいたいかな?」

「……」

 不思議とサイノメがここにいる事で、カタナは安心していた。

 他の誰でもなく、全てを知っている彼女だからこそカタナは何も言わずにいられたからかもしれない。

「泣いてるのシャチョー?」

「何?」

 言われて気付く。

 カタナの頬をつたう雫。

 ポタポタと地面を濡らしているのは雨だけでは無かった。

「……これが涙?」

 カタナは初めて流す涙に戸惑う。

 サイノメは手を伸ばしてそれを拭った。

「もしかしたら泣いているのはシャチョーじゃなくて、あの人の方かもしれないね……」

 サイノメはシュトリーガルの骸を一瞥し、またカタナの方に向き直る。

「……受け取ってしまったんだね、シュトリーガル・ガーフォークの記憶」

「ああ」

 魔法陣は既に消え去ったが、一瞬の内に駆け巡ったイメージはカタナの脳に深く刻まれた。

 シュトリーガルの長き人生、そこには多くの後悔、挫折、欠乏、裏切りが混在していた。

 人の道を踏み外すと解っていながら取った悪友の手。

 長く共に歩んできた戦友との決別。

 その他にも様々な出会いと別れをシュトリーガルは経験したが、多くの場合は打算に満ちていた。

 しかし因果な事に、その根幹にあったのは、彼が無二の友と親しんだ勇者との誓い。

「不憫なものだったよ。誰にも心を開かず、利用して、一人ぼっちという言葉がこれほど似合う者はいないだろうね。一人で走り出した挙句、一人で完結したのがこの結果さ」

「一人ぼっち……か」

 剣聖と称えられ、協会騎士団の騎士団長や元老院議員も務めている者には、あまりにも似つかわしくない比喩。

「人の弱さを受け入れられない人だったんだね。だから誰も信じられなくて、自分の力でシャチョーを試した……本当の凶星なのかどうか」

「……俺は認めてねえよ」

「解ってる、シャチョーはシャチョーだよ。誰が凶星と認定しようが、どんな運命の下に生まれてようが、それに縛られることは無いよ」

「……」

「成さなければいけないという責任もない。この世界がどうなろうと、それはこんな世界にした人が悪いというだけ。無理して必然を捻じ曲げることはないのさ」

 わざわざサイノメが諭すようにカタナに言うのは、これからどんな事がおきるのかシュトリーガルから聞き及び、把握しているからだろう。

 災予知パンドラと呼ばれた力を持つ、黒の巫女が残した予知。

 この世界の表側で行われる戦いに深く関わり、それによってこの世界は大きく変わる。

「巫女の予言の第二幕はもうすぐ上がる。王国と協会騎士団の戦いの場において、それは起こる」

「それを止めることが出来る可能性があるのが凶星、か」

「そ、世界に対する埒外エラーである凶星は、予知の範疇から外れる」

 シュトリーガルが凶星というものに執着した理由。

 かつて勇者がそうであったように、その存在は未来を創る事も終わらせる事もできる。

「……シャチョー」

「言うなサイノメ。俺が決める、いや、決められる」

 サイノメの言葉を止め、カタナは空を見上げる。

 降りしきる雨の中を、大きく旋回して降りてくる飛竜の姿が視界に入る。

 その四枚の翼を羽ばたかせ雨音を飛ばすのは、カタナの騎竜であるクーガーであった。

「俺は凶星じゃない、もし仮にそうだとしても、俺はカタナとしての生き方をやめるつもりはない」

「……そうかい、行っちゃうんだね」

 サイノメにはカタナの意思が見て取れた。

 凶星でなくとも、自分の意思で成すべきことをする。

 あるいはそういう意思をもっているからこそ、カタナは凶星であるのかもしれない。

「ああ、俺がカタナであるからこそ、この世界には大切なものがある。それは絶対に守らなければいけない」

「そうだね……シュトリーガル・ガーフォークとは違う理由で、シャチョーは世界を愛しているから。そう言うと思っていたよ」

 シュトリーガルとカタナの決定的な違い、それはこれまでの出会いも出来事も後悔していない事。

 全てを乗り越えて立っている、これからも立ち続けていくという強さを持っている、何があっても。

「……眠れ、シュトリーガル・ガーフォーク、友との思い出が残るこの場所で。あんたの遺志は不本意ながら俺が代替する」

 初めて行う祈りの所作でカタナはシュトリーガル・ガーフォークを弔った。


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